97 こんなことになったら
新崎さんとは別れて、立石さんと合流した。この辺りはコンビニや飲食店、衣料品店などお店が多くある。今いるのは美容室の前。
立石さんによると、銀髪家上くんは赤髪駒岡さんと緑美男子先輩と一緒にいるそうだ。
他の仮面の人は、青い人と黄色士村さんが一緒にいるのを確認されている。もちろん今の居場所も立石さんたちは把握している。オレンジ美女先輩と薄紫さん、もう一人の青い人、リーダーでない銀髪の人、中学生くらいの二人、その他の人は目撃されていない。
そして魔獣を連れてくる迷惑な人たちもいない。来ている魔獣が弱っているから、またうまく来れなかったのかもしれない。
状況の簡単な説明が終わると、この後の計画の話になった。
立石さんがアズさんを連れて仮面の人たちに話を聞きにいく。アズさんが一緒なのは、青い涼木さんを助けたことがあるから、仮面の人たちとしてはあまり冷たくできないだろうと期待してのこと。
他の人たちは、仮面の人たちが簡単には逃げられないように道を塞ぐ。
私は隠れるけれど仮面の人たちに気付かれる程度の隠れ方をして、巻き込まれている人が物陰から見守っている様子を演出する。もしかしたら少しは仮面の人たちの罪悪感的な気持ちを刺激できるかもしれない。彼らが私のことを被害者というより戦力だと認識している場合には、いきなり襲うつもりはないという証拠の一つになる。
もし戦うことになったら、その時は立石さんとアズさんは細かいことは考えずに戦う。作戦は離れた所で様子を見ている森さんが主に考えて、状況に応じて連絡してくることになっている。
立石さんの指示で私はファミレスの駐車場に移動した。念のため私のそばには藤川さん(以前に車で駅まで送ってくれた人)がいてくれる。
私が誰かの車の陰に隠れた時、立石さんは銀髪家上くんたちに「やあ」と声をかけていた。
気楽な雰囲気の立石さんに対して、銀髪家上くんは固い声で「何ですか」と返した。
「キミたちに話聞きたいんだ。キミのその剣、何? どういう代物?」」
立石さんは単刀直入に質問した。
「そこの青い人に、この剣のことは言わないと伝えたはずですが聞いていませんか」
「聞いてるよ。だから簡単には話してくれないと思って、今日まで聞いてこなかったんだ」
「では今日はなぜですか」
「状況が変わったからだよ。この前、魔獣従えてる人たちの一人からようやく話を聞けてね。あの金髪の青年のこと、キミたちだって見たし攻撃したよね」
銀髪家上くんたちは頷いた。
「憶えています。あの人に協力でも申し込まれましたか」
「そういうわけじゃないよ。邪魔をするなって言われたし、その剣がどういうものかは教えてもらえなかったんだ。でもキミのそれを狙ってきてることは確かなことだとわかったよ。剣を手に入れられれば来ないって言ってたからね。あっちが教えてくれなかったからキミたちに教えてもらおうと思うのは自然なことだよね。っていうか聞かないのは逆に変だと思わない?」
「それはそうですね」
そう言ったのは緑美男子先輩。
「ですが彼らが喋ってくれないなら、強引に口を割らせる手もあると思いますが」
「それができたら今頃こんなことしてないんだよねえ……」
立石さんの返事を聞いて緑美男子先輩はとても警戒した様子で槍を構えた。攻撃の用意というよりは、銀髪家上くんを守る感じ?
「まあそうでしょう。あの組織とおれたちだったらおれたちの方が楽でしょうね」
「待って待って。こうやって話してる最中にいきなり襲うようなことはしないよ」
立石さんの言葉は赤髪駒岡さんには信じられないものだったようだ。彼女は剣の一本を立石さんに向けた。
「あんたたちが私たちを囲んでることに気付いてないとでも思ってるの?」
「血の気が多いなあ。若いからかな。確かに僕らは武器持って囲んではいるけど、誰も攻撃の用意はしてないよ。僕だって、こっちのこの人だって、このとおり武器はしまってるし。僕らが一番望んでるのは情報を得ることだからね。あとキミたちに簡単に勝てるとは思ってないよ。戦ったら被害がとんでもないことになりそうで嫌だよ。僕らは戦いが仕事って人は少なくてね。僕だって会社で仕事してる身なんだよ」
立石さんは瀬田さんの会社の社員だ。でも午後は社内どころか地球にいないことが多々あるらしい。
「だったらこんなとこで私たちの邪魔してないで、魔獣片付けてさっさと家に帰ったら? 大体の人は明日も仕事でしょ? なんなら魔獣は私たちが引き受けたっていいわ」
「キミたちの話聞くだけなら大して疲れないさ」
「言わないわよ」
「言ってもらうよ。キミたちのことは攻撃したくない。だけど戦うことになってでも話を聞きたい。ちなみにこの空間はすぐには消えないよ。魔獣を一匹捕まえてあるからね」
「それならしばらく出社できない覚悟をすることね」
赤髪駒岡さんはすぐにでも攻撃に移れそうな雰囲気だ。でもアズさんと立石さんはただ立っているだけ。そして銀髪家上くんも武器を構えることはしていない。きっと、それぞれの集団のリーダーである立石さんと家上くんが構えたらもうだめだ。
「今ここで考えて。キミたちも相当自分勝手で迷惑な集団だよ。キミたちが魔獣退治してるから、僕らはあっちの集団と戦うだけでキミたちに触らないできた。だけどさ、その剣が原因だってわかったし、侵入者が増えてもう一年になる。その原因になっておいてだんまりなキミたちは、悪者としか言えないよね」
「なんとでも言えばいいわ」
立石さんに赤髪駒岡さんが言い返した時、銀髪家上くんがちょっとだけこっちに目を向けたのが私にはわかった。今気づいた……ってわけじゃないか。「悪者」とまで言われて、私みたいな人に対して何か思うことがあったのかも。
「正直あっちの集団と五十歩百歩」
「言ってくれるわね」
あ、駒岡さんムカついてる。家上くんに痛い正論言われて「うるさいわね」とか言う時の声に近い。
「で、何? 結局私たちと戦いたいわけ?」
違うよ。立石さんは駒岡さんを怒らせたいんじゃなくて、リーダーである家上くんの良心に刺さるようにしてるんだよ。
「キミ、もうちょっと落ち着いてくれる?」
「あんた……」
何か言おうとした赤髪駒岡さんに銀髪家上くんが手を伸ばした。そして強制的にちょっと下がらせた。
「何するのよ」
「黙ってろ」
「……」
え。うわー! なに今の! 家上くんが駒岡さんを一言で完全に黙らせた!? 家上くんがリーダーとはいえ、今のは言い方も相まって駒岡さんなら反発しそうなのに。冷静に意見を聞き入れるにしても何か一言言いそうなのに。
銀髪家上くんは一歩前に出て、立石さんをまっすぐに見た。
「俺たちは、あなたたちに良く思われないことも巻き込まれる人に恨まれることも承知の上です」
「ふうん。キミたちさ、この中に入っちゃう人の人生をめちゃくちゃにするかもしれないの、わかってる?」
「もちろんです」
「本当に? “何の問題もなかったのに大事な場に現れなかった人”にするってわかってる?」
例えばこの空間のせいで試験に遅れてしまったとして、大怪我でもしていれば、別の世界のことを知らない人にだって「異常事態があった、仕方ない」と思ってもらえる。でも見るからに何もなかったら。
もしそんなことになったら、立石さんたちがあの手この手でなんとかしてくれるらしい。でも、組織と連絡が取れる人でないとその助けは受けられないし、いろいろしてもらったとしてもうまく取り戻せないものもある。
私が知っている人の中で今一番心配なのは香野姉妹だ。志望校が私たちの学校だから、入試の会場がこの空間の範囲内になってしまう可能性がある。
「……」
「僕たちもキミたちも、ここのことを世間に隠してる。だから何も知らずに巻き込まれて、無事に解放された人の言うことは信じてもらえない。一人で異常事態に直面して、でも人も魔獣も見ることなく外に出たってこともあってね。まあそれを僕が知ってるってことは、そういう人たちは後で事情を知ったってことだけど……僕らに会えない人だっていることくらい想像つくよね。何が起きたかわからないってことは、怒る相手も恨む相手もわからない。――キミたちが、自分たちが恨まれる対象だと自覚してるのが何だっていうんだい」
「自己満足、ですね」
「わかってるならせめて『自分たちが悪い』くらい言ったらどうなのさ。今言ったって遅いけどね、ずっと黙ってるともっと印象が悪くなるし、敵を増やすことになるじゃないか。いっちばん被害を受ける人たちはキミたち関係なく大変な目に遭うからろくに怒ってないけど、取り返しのつかないことがあった時その剣が原因だったらさすがにキミたちを敵扱いすると思うよ。そうなったら、弱いからって油断してるとバッサリやられると思って」
立石さんが「それくらいするよね?」とアズさんに確認すると、アズさんは頷いて銀髪家上くんに改めて視線を向けた。
「実を言うとな、今ここで戦うことになったら怒る人が一人確実にいる。何でそんな強情なんだ、ってな。そうなったらオレが代わりにお前らの口を割らせる。特に銀髪、リーダーのお前はきっちり負かして観念させるからな」
赤髪駒岡さんと緑美男子先輩がちょっと動いた。アズさんへの警戒度を高めたといったところ?
銀髪家上くんはというと、また私の方を見た。「あいつか」とか思ったんだろうなあ……。
ごめんね。嫌だよね。それはわかってるつもり。だから、もし、家上くんの仮面が強制的に外されるようなことがあったら、その時は、私も……。
「……わかりました」
お?
「あなたたちに敵と見なされない程度には喋ります」
おおっ!
銀髪家上くんは赤髪駒岡さんと緑美男子先輩に武器を下げさせた。そして自分の剣を見て語りだした。
「これは……欲しがる人がとても多いんです。これの力を魅力に思うのはもちろん、何も知らなくても惹き付けられるということも珍しくありません」
うん、まあ、それなりにかっこいいかな。でもここから見てる限りだと、そこまで素敵なものとは感じないなあ。家上くんの持ち物だから興味は大いにあるけれど。
「そういう力がこもっています。大事にされるように作られたようで。ここまでとは想定外でしょうが」
あ、そういう魔術だの魔法だのの話だったの?
銀髪家上くんは剣の柄を両手で握って、ゆっくりと顔の前に掲げた。
「どうですか、あなたは。これを見てどう思いますか」
この質問に立石さんが答えるまでに少し時間がかかった。
「…………かっこいい見た目してるとは思うよ」
なんか変だな。他に言うことがいろいろありそうな感じ。答えるのが遅かったのは、剣をじっくり見ていたからじゃなくて、何と言うか迷ったから?
「とても魅力的に思えたでしょう。もっと近くで見たいとか、触ってみたいとか、振ってみたいとか。他の武器と比べてみてください。あなたの仲間のものでも、こっちの二人のものでも」
「……」
「この剣ほどの興味はわかないでしょう」
「……そりゃあ、今ここでこうしてる原因はキミのそれなんだから、当たり前だよね」
「でもこの状況を考慮しても異様だと思っているでしょう。顔に出てますよ」
「……」
立石さん、うろたえてる……?
藤川さんも立石さんが変だと思ったようで「大丈夫かなあ」と呟いた。
「これに惹かれる人は本当に強く惹かれます。あの鎌の男の子のおじいさんのように、これを手に入れるために暴力的な手段を選んでしまうほどです。最初に言ったように、欲しがる人が多いので過激な人もそれなりに現れます。今あなたはその程度の反応で済んでいますが、この剣のことをもっと知った時、あなたも強引な人になると思いませんか」
「……そう言われると……」
そこは否定してください、立石さーん! その人、事情を話さない理由を言ってるだけですよ! このままじゃ、こっちの世界に迷惑をかけてでも剣を守る理由まで教えてもらえません!