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96 消耗

 土曜日の夜、立石さんから連絡が来た。仮面の人たちと戦う覚悟をしておくように、と。

 組織の大人たちが話し合って、そういう方針でいくのだと決めたそうだ。仮面の人たちが何も話してくれない場合のことではあるけれど。


☆★☆


 そして木曜日。

 帰りの電車を待っていたら、侵入者を閉じ込める空間に入れられてしまった。

 ああ、嫌だ。すごく嫌だ。

 家上くんたちと戦いになるかもしれないことに加えて、明日がマラソン大会なのが嫌すぎる。

 ホームを見渡すと新崎さんがぽつんと立っていた。彼は私に気付くとこちらに向かって歩いてきた。

 私はいつものようにアズさんにコートを借りた。

 そばに来た新崎さんにアズさんが先に声をかけた。


「お前、今日こんなとこにいていいのか」

「弱い魔獣を退治するだけだ。人でも魔獣でも強い敵は誰かに任せる。必要なら援護するが」


 家上くんたちだって今日戦いになることは嫌がると思うけれど、どうだろう。


「それと、俺は予定に関係なく、仮面の集団と戦闘になってもよほどのことがないと呼ばれることはない」


 え。高校生とはいえ新崎さん無し? 遠距離攻撃ができる人の中では上位の強さらしいのに。


「子供だからか?」


 アズさんにそう聞かれて新崎さんは頷いた。


「それに受験生だからだ。あいつらは敵とは言い切れないから、戦いになったらそれはわざわざ起こした余計なものなんだ。それに俺を参加させたくないらしい」


 ああそっかあ。もう十月だもんね。


「そうなのか」

「そっちこそ大丈夫か。持ち主が高校生でも主戦力の扱いだと聞いているが」

「まあ主が直接戦うわけじゃないからな」

「だがそれなりに負担だろう」

「ああ。だから面倒なことにならないことを期待するしかない」


 私も新崎さんも今日はできるだけ疲れたくないので、一緒に行動することにした。

 とりあえず駅を出る。

 駅前の道路に体の大きい魔獣がいて、それが何の形か私には判別がつかないでいるうちに新崎さんがさっと矢を放った。その一撃で魔獣は倒れた。


「お見事っ」

「あれで倒れるとは思わなかった」


 おや、私より新崎さんの方が驚いている。



「あれは見た目に反して弱いやつだったけど、それでもお前はいい腕してるって言えるぞ」


 アズさんが褒めると新崎さんは照れたようで早歩きになって魔獣の核を拾いにいった。

 次に私たちが見つけた魔獣は、駅から徒歩二分くらいの場所にいた。そしてよろよろしていた。

 様子が変なので少し観察する。黄色くて四本脚で角が生えている。


「……鹿?」

「ありゃあガゼルってところじゃないか?」

「何でしたっけ、それ」

「サバンナでよく追っかけられてるやつ」

「あぁ」


 アズさんに教えてもらって、私はぼんやりとだけどガゼルの姿を思い出した。テレビで見たことがある。

 ガゼルっぽいよろよろ魔獣のそばに、同じ色の魔獣だったものもある。周囲に人はいない。遠くから攻撃が飛んできたというわけでもない……?


「もしかしてあれ、強引な手段の道であんなことになったんでしょうか」

「そうかもしれないな。昔ああいう道通ってこっち来た人間の中に、あんな感じに弱ってるやつがいた。あっちこっち傷だらけで、しかも記憶が曖昧になってた」


 うへえ、あの黒い道やっぱり怖い。


「あの魔獣すぐには消えないな。片付けてくる」


 そう言ってアズさんは魔獣にとどめを刺しにいった。


「あの刀、長くなったな」


 新崎さんがアズさんの右手に握られた刀を見て言った。私はそれに頷く。


「そうですよね」


 アズさん本体は九月の間に六センチ伸びた。刃が四センチで柄が二センチだ。十月はかなり伸びるんじゃないかとアズさんは見ている。


「いい気候になって私が元気なので、今順調なんですよ」

「それは良かったな。誰かの持ち物になって半年くらいはよく伸びるそうだが、どこまで行きそうだ?」

「全部で六十センチを超えるくらいです。アズさんの持ち主はみんな半年あればそこまでは行くそうです」


 どうも私はアズさんが戦う機会が多いこともあってアズさんの持ち主の中では伸びるのが遅い方のようだ。でも年内に七十センチに到達できるかもと先日アズさんが言っていた。今の調子だと半年を過ぎても成長が緩やかにならない感じがするらしい。

 アズさんが魔獣の核を持って戻ってきた。


「こいつ、傷みたいなものは見当たらなかった。ずっと走ってたとか遭難したとかそういう感じで消耗してるように見えた」


 私は差し出された核を受け取ってそっと小瓶にしまった。


「あの道って、どんな感じになってるんでしょう……。危ないものがいっぱいなんでしょうか」

「さあなあ。まともに証言できたやつ少なかったんだよな。まあそもそも経験者があんまりいないからな」


 アズさんが「今もそうだろ?」と確認すると新崎さんが頷いた。

 街を歩きながらアズさんは怖い道の話を続けた。


「前に話したみたいに、何が何だかわからなくなって気付いたらこっちに来てたってやつとか、必死になって身を守ってたってことしか覚えてないやつとかいた。一人だけ、最初から最後まで意識がはっきりしてたやつがいたんだが、そいつが言うことには、暗くて、前を行く魔獣の姿以外何もなくてすごく不安だったんだと」

「じゃあ怪我してる人は魔獣にやられてる……っていうわけじゃないんですよね?」

「ああ。入ってから数分のことをしっかり覚えてるやつもいてな、あいつは『夜みたいに暗くて、石が横から飛んできた』って言った。他にも、何か体に当たって痛かった、気絶したっていう話もあったし、どうも何か飛び交ってることが多いようだったな」


 石が横から飛んでくる……?


「もしかして、広いんですか?」

「たぶん。狭いって言ったやつはいないと思う。あと、壁の話がなかった気がするな」


 暗くて、広くて、壁がないかもしれなくて、危ない物が飛んでくる……わわ、ますます怖いものに思えてきた。


「壁どころか地面があるかどうかもわからないことがあるらしい」


 新崎さんからも情報が出てきた。


「えっ、何ですか、それ。足の感覚がなくなっちゃうとか?」

「いや、なぜか浮いて飛んできたそうだ。強い風が吹いていたが、方向的に風に運ばれたわけではないらしい。何事かあってこちらに着く前に気を失って、地面に放り出された衝撃で目が覚めた。明治時代の話だ」

「うわぁ……いろんなことが起こるんですね……」


 迷惑な人たちもよくわからない出来事を乗り越えてこちらに来ているんだろうか。アズさんにはあの黒い半球が昔と違うように見えるようだから、あの人たちが通る道はいくらか楽なものになっているのかな……。

 私たちは話をしながら学校の方へ歩いていく。魔獣を探すために歩き回るにしても慣れた道なら少しは楽だろうと思ってこうしてみた。

 ある所で横道を確認したら、あまり大きくない魔獣の群れがいた。緑色の……鶏だ。


「とりあえず何匹かは俺が」


 そう言って新崎さんはぼんやりと光る矢を用意した。彼が建物の陰から出ると、すぐに魔獣たちがこちらに気が付いた。


「コケーッ!」


 鶏の魔獣が何匹かダダダダッと走ってくる。

 新崎さんが光る弓矢を構えた。手も光っている。

 あ、魔獣の一匹が転んだ。

 新崎さんが放った矢はびゅんとすごい速さで飛んでいって、羽を広げて飛び上がった先頭の魔獣に当たって、止まることなく貫いた。そして勢いを落とさずに後続の魔獣にも当たって、そこからまだ少し進んで爆発して他の魔獣にもダメージを与えた。魔獣たちはひっくり返って起き上がれなかったり、力尽きて泥になったりした。


「わー……!」

「お前、あんなことまでできるのか」


 私とアズさんはまた新崎さんに感心した。


「最近なんとかできるようになった。だがうまくいかないことも多いし、燃費が悪すぎるからあまりやりたくはない。後は任せたい」

「わかった、任せろ」


 残った魔獣は鳴き声だけはどれも元気だった。体は弱っているのがほとんどで、飛ぼうとしても飛べなかったりろくに動かなかったりする。新崎さんの矢の爆発に巻き込まれていない個体もそうだ。

 アズさんが魔獣を蹴り飛ばしたり斬ったりしているのを見守っていた時、通信機が鳴った。立石さんからだった。仮面の銀髪の人が見つかったから、自分のいる所に来てと言われた。

 家上くんに事情を教えてほしい気持ちは私にもある。でもやっぱり、戦いになるのは嫌だなあ……。

 全部の魔獣を倒すと、アズさんは軽く手を上げて「もう大丈夫だぞー」と言って私と新崎さんを呼んだ。私たちはアズさんの元へ小走りで向かった。


「なるべく核を踏まないように……」


 アズさんが不意に表情を硬くして、喋るのを途中で止めた。そして私に寄ってきた。


「主。あの銀髪が見つかった、か?」


 なんという察しの良さ。私がわかりやすいのかもしれないけれど。


「はい。立石さんに呼び出されました」

「やっぱりそうか」


 アズさんは私を落ち着かせるように私の肩をぽんぽんと軽く叩いた。


「そんなに心配するな。すぐに戦いになるわけじゃないんだ。どっちの組織のやつらにとっても戦いは避けたいことのはずだ。それにもし戦いになったとしても、オレはうまくやってみせるから」


 ニッと自信ありそうに笑うアズさんを見て、私は不安な気持ちが和らいだ。

 そうだよね、大丈夫だよね。アズさんはとても強いんだから。

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