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94 望むこと

 朝食の後には自室に戻って掃除をして、その後にアズさんとまた大事な話をした。勉強机の前の椅子に座って、窓の外を眺めながら。

 今度の内容は、昨日帰る前に立石さんから伝えられたこと。


(そうか……困ったな、主)

(はい。立石さんたちにはとてもお世話になりました。戦力になるのを拒否するわけにはいきません)

(そうだよなぁ……)


 アズさんはしばし黙って、それから提案をしてきた。


(なあ主。あいつらのこと話すって手もありだと思う。どこの誰だかわかれば、組織は深く調べだして、戦いは保留になるだろう。うまくいけば戦いそのものがなくなるかもしれない。そんなにうまくいかなくて対立することになっても、主の持ってる情報があれば『こっちはこれだけ知ってるぞ、もう吐け』って感じで、言葉だけであいつらを折れるかもしれない。何せ個人情報を握って握られての関係になるんだからな)


 そうなのかな……。そうかもしれない。

 立石さんたちだって仮面の人たちとの戦いを避けたいから、銀髪家上くんの剣が重要なものだとわかってもすぐに彼らに事情を聞きにいくことはせずに、魔獣への対処と迷惑な組織との対立で済ませてきたんだろう。

 私が家上くんたちのことを伝えれば、調査のために戦いが先送りになって、調査の結果次第では戦わずに済む……。それは良いことだ。でも、でも……。

 ああ、この気持ち、アズさんに伝わっているんだろうな。でもこれでわかってもらうんじゃなくて、ちゃんと説明しないと。大事なことなんだから。


(……できません。嫌です。私だって家上くんのこと知りたいですけど、そのために家上くんが隠したがってる情報を誰かに渡すなんて嫌です。家上くんに知られた時が怖いです。嫌です。そんなことしたくありません)

(やっぱり、そうだよな。きついよな。でもさ、誰かが怪我するのだってすっごく嫌だろ?)

(それは確かにそうです。でも言い訳をします。まず、アズさんも言ったように、私が喋ったら戦いを回避できるってわけじゃありません。“回避できるかも”です。それと、立石さんたちが家上くんたちのことを知ってる状態で戦いになったとして、その状況が何も知らない場合と比べて悪くないという保証がありません。個人情報を握られた仮面の人たちが折れずにますます固くなるどころか、攻撃的になる可能性だって十分あると思うんです。追い詰められた人は何をするかわかりませんよね、アズさん)

(ああ、そうだな……魔術に追い詰められて魔術斬ったやつがいるんだもんなー……。面倒なことにならないように、あいつらが話してくれるといいな)


 アズさんは弱ったなあという感じでそう言った。そして沈黙した。でもまだ何かある雰囲気だったから私はじっと次の言葉を待った。


(主)


 改まって呼びかけてきたその声は固かった。


(これは聞いておくぞ。仮面のやつらの口割らせるために戦うことになった時、主はオレにどうしてほしい?)


 私はこの質問には答えるまでにそれほど時間をかけなかった。昨日一人で考えて、結論らしきものが出てはいた。でも伝えるのは少し怖かった。声を出す形ではうまく言えなかったかもしれない。


(家上くんを狙ってください。それで、勝って、観念させてほしいです)

(そうか。そこまで言うのか。他の人に傷つけられないように……みたいな考えを持つだろうとは思ってたんだが)

(それは当たってます。その上で家上くんを負かしてほしいのは……私、家上くんたちを悪く思う気持ちが無いわけじゃないんです。あの人たちはこの世界の人が魔獣の脅威にさらされる回数を増やしてるのに、説明もしなければ謝りもしてないって認識してます)


 積極的に魔獣退治をしているけれど、それはエイゼリックスさんたち――向こうの魔獣退治の組織の人たちも同じだ。


(魔獣のお詫びにアズさんっていうすっごい武器を作った人たちと比べると、どうしても印象悪くなっちゃうってものです)

(それは知ってる。でも主は、事情があってああしてるんだろうっていう考えを持ってて、迷惑かけられてるとはいえ実際のところ被害は少なくて、恋心があってあいつのこと知りたいから巻き込まれることはむしろ歓迎してる。だから、あいつを恨まない、あいつに怒らない、敵意を向けない。守りたいし役に立ちたいと思ってる)

(はい。でも疑問が消えるわけじゃありません。家上くんたちが何も教えてくれなくて戦いになったら『何でそこまで?』って疑問がすごく大きくなると思うんです。そうなったら、駒岡さんに怒った時みたいに、リーダーである家上くんに何でなのって問いただしたくなるんです。向こうは私たちが情報を得ることを魔力と武器を使ってまでして拒否してくるので、私はアズさんに頼ることで『いい加減教えてー!』って言いたいんです。

 それに、きっちり勝敗がつかないと、私たちと仮面の人たちの関係がずっと悪くて危ない状態で続いちゃうかもしれません。そうならないためにも『この人たちには勝てないんだ、自分たちだけでは剣を守れないんだ』って思わせてほしいんです)


 アズさんはすぐには返事をしなかった。私の気持ちがどんなものか考えていたのかもしれない。


(わかった。オレは主の望むとおりにする)

(お願いします)

(よし、主にとって嫌な話はここで終わり!)


 じゃあ次はアズさんにとって好ましいかもしれないことをしよう。

 私は昨日机の引き出しにしまっておいた本を出した。


(見てください。リグゼ語の教材もらったんです)

(ほう)

(それで……ほら)


 アズさんに見せたのはあちらの世界の写真が何枚も掲載されているページ。それぞれの写真の下にはその風景の名前(地名や建造物)が添えられている。

 私はページの真ん中にある写真を指差した。


(……――、ミレアクラ城……!)


 ミレアクラ城。アンレール国の首都ミレアクラに立つお城。私には西洋のお城に見える。石造りで、アンレール国の中で一番の規模を誇る立派なお城。今は観光地。王国の頃には王様が住んでいた。

 このお城をアズさんは見たことがなくてもセラルードさんにとってはすごく大事な場所だったはずだから、思い出すことが多いだろうと思った。


(懐かしいな……本当に懐かしい。出て、見てもいいか?)

(はい)


 出てきた人のアズさんに私は教科書を渡した。


「ゆっくり見るといいと思います。写真だけじゃなくて、他のページもです。もしかしたら思い出すものが増えるかもしれません」

「ありがとう」


 アズさんはコートを消してワイシャツ姿っぽいものになって、座布団に座った。

 アズさんが教科書を見る間私は宿題の残りに取り組む。

 十分後に様子を見ると、アズさんは開いたままの教科書を膝の上に置いて目を閉じていた。

 それから四十分後に宿題が片づいて、再びアズさんを見てみたら教科書の後ろの方の長文を読んでいた。あの辺りのページは昨日軽く見たところ何かの伝説が書かれていた。


「その話、面白いですか?」

「ああ。一部抜粋ってことらしいけど、オレが知ってる話より詳しい。付け足されたものもあるんだろうけどさ」


 宿題の他に学校の用意も済ませた私は読書を始めた。

 それからさらに二十分が経ってからアズさんが教科書を閉じて私に声をかけてきた。私は本にしおりを挟んで読書を中断した。

 アズさんは教科書を私に返して鞘に戻った。


(いろいろ思い出したんだ。でもめちゃくちゃだ。例えば、騎士団の団長の顔を思い出したんだけど、この人の名前と思うものが三つある)

(団長を務めたけど顔を思い出せてない人が二人いるってことでしょうか)

(たぶんな。副団長あたりと混ざってる可能性もある)


 アズさんは思い出したことを他にも聞かせてくれた。魔術の練習を頑張ったことや、ひたすら雪かきをしたこと(場所不明)、友達の名前、夜間に街中を走り回ったこと(理由不明)、後輩の特技、愉快な王子様、弓で何かを狙ったこと(たぶん訓練)などなど。

 私はメモしながら話を聞いた。情報を整理してみたら他の思い出と繋がる話もあった。

 魔術を切り裂くことについて思い出したこともある。

 一つは、ただ「再現に成功した」ということ。いつどこでどのようにできたかは全然わからない。

 二つめは模擬戦での出来事。飛んできたものを普通に破壊するつもりだったけれど相手が「斬られた」と言った。これはディウニカさんの壁を斬った時と近い感じだったのかも。

 私は少しでも情報の欲しいことをアズさんがさっそく二つも思い出したものだから素晴らしいことが起きたと思ったのだけれど、アズさんは「もっと役に立つことを思い出したい」と言って物足りなそうにしていた。

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