93 それは嫌
翌朝、私が起きるとアズさんも起きた。
私は着替えた後、布団を畳みながらアズさんと話を始めた。
(アズさんは、昨日何で魔術斬れたかわかりますか?)
(いや全然。とにかく斬らないとって気持ちでいっぱいだったことしかわからん)
向こうの人たちが何か気付いてくれるのを待つしかなさそう?
(でも……ちょっとだけ、昔のことを……何を思ったかを、思い出した)
アズさんが思い出したのは、セラルードさんが武術大会で魔術を切り裂いた時のことだった。「ピンチだった。剣を振った」より少し詳しい記憶。それをアズさんは淡々と語った。
迫り来る攻撃と「これをくらったら立っていられない」という気持ち、回避できそうにないからせめてもと剣を振った、気付いたら動かない水溜まりができていた。
(それじゃあ、固形物みたいにスパッと斬れると思って剣振ったわけじゃないんですか?)
(そうだな。でも斬るつもりでいた。そうじゃないとただ負けるから。ああそうだ……魔術に負けたくなかったんだ)
アズさんの声に少し力がこもった。
(魔術あんまり使わないやつでも防御には使うことが結構あるんだけどな、オレの元は魔術が苦手すぎて、範囲の広い攻撃とか壊しにくい攻撃への対処方法が他の人に比べて少なくて、まあ要するに弱点なわけだ。結局そこを突かれて負けるのかって思った。それで悪足掻きしたらなぜかうまくいったってところだな、うん)
(……斬るつもりだったとはいえ、自分を信じてる感があんまり無いですね?)
(そうなんだよな。情けなかった。でもな、斬れないとは思ってなかったんだ。まあ水だし、固くて阻まれるってことはないよな。最終的にはあの物体が何かなんてことどっか行って……そうは言っても魔術だってことくらいは頭にあったような……)
アズさんは喋っている間にも思い出すことがあるようで、今はうまく話せないから考えがまとまるまで待つよう言った。
私は部屋を出ることにした。
一階に下りて、朝食の用意を両親とする。
私がご飯をよそっている時にアズさんがまた喋った。今度は世間話をする時とあまり変わらない調子だった。
(まず、試合相手が操る水が襲ってきた。あれをくらったら立ってられないと思ったし、回避できないとも思った。ただ負けるのが嫌で、あれを斬るって決めた。斬れる斬れないは関係なくて、とにかくそうするって決めたんだ)
(はい質問です。試合相手に剣を投げるっていう案はなかったんですか?)
大量の水に剣を振るより試合相手に対して剣を投げてしまう方が“ただの負け”から遠ざかると思う。昨日みたいに背後にいる弱い人を気にする必要はなかったのだし。
(そのことなんだけどな、たぶん、相手が剣投げられることの対策してたんだ。詳しいことは思い出せないけど、投げは即諦めたっていうか選択肢に無いに等しかった感じがするな。壁でもあったんだろうな。それか水が多くてだめだと思ったか)
試合相手は一人でセラルードさんを追い詰めた上にばっちり防御していたと。わかっていたけれどすごい人だ。
(耐えられなくて、よけられなくて、投げるのもだめそうで、斬る以外の手が消えたっていうよりは、全部消えちゃったから斬ることにしたって感じですよね?)
(そうそう。それでさ、斬ることにしたら次はどう斬るか考えるだろ? そこで、水だから簡単に刃が入るって思ったんだよ。水に剣振っても意味が無いってことは考えそうになったけど、斬ることに何の役にも立たないことだから無視した。その後はもう、あれを斬るために動きを見てタイミングを合わせて、って感じで斬ることに集中して、斬ってそれでどうするかとかは全然考えてなかった。そんな時間なかったしな)
悪足掻きだったけれど、水だから簡単だと思って、意味がないということを考えなくて、決めたことを実行しようとしていた。それは「自分を信じていた」と言ってもいいか。
自信の有無はともかく、剣を振る際の集中はすごかったんだろうな。嫌な負け方をしたくないがために、後のことを考えずに斬ろうとしていたというのだから。
(剣を振った時のことは振ったってことしかわからない。剣振って、気付いたら水溜まりができてた。そんで相手が、何が起きたかわかんねえって顔してた。あと観客がざわざわしてた。審判もたぶんびっくりしてたけど、選手二人よりはしっかりしてた。状況が飲み込めないで止まってた二人にまだ勝敗ついてないって言ったんだ。セラルードはそれ聞いて張り切ったけど結局負けちまった)
セラルードさんが反撃に出たことはデイテミエスさんも教えてくれた。結構いいところまでいったらしい。
(剣振った時に水だからどうこうって考えがなくて斬ることだけ考えてたのは昨日と一緒ですね)
(言われてみりゃそうだな。自分を信じるっていうよりは、信じないとか意味がないって気持ちをなくすのがいいのか?)
(セラルードさんもアズさんも追い詰められてそうなったんですよね。追い詰められていない時にそれは難しいから、自分を信じることにするとか?)
(そんなところかもなあ)
☆★☆
食事を始めてから私は話題を次に移した。
立石さんとディウニカさんが考えた、セラルードさんとアズさんの共通点の話をした。
それからアズさんの顔についての立石さんの疑問にどう答えるか尋ねてみた。
(それについてはそうだな……『知らない』で済ませてくれ。オレに直接聞かれたら『オレとセラルードの間何年開いてると思ってるんだ』みたいな感じですっとぼけるかなー)
「ねえ、ゆかりちゃん」
アズさんが言い終わるちょっと前に、お母さんが私に話しかけてきた。私はご飯から顔を上げた。
「何?」
「お誕生日のプレゼントに欲しいものある?」
「え、早くない?」
九月のうちに希望を聞かれたことは初めてだ。それに自分から言ったこともないと思う。
「そろそろゆかりちゃんもじっくり悩むようなものが欲しい年頃かと思って」
「例えば?」
「デートに着てく服」
それは確かに猛烈に悩みそうだけど!
「そんな予定ないよ……」
「えー。じゃあ万年筆いらない? 安いのじゃなくて、しっかりしたやつ」
(服のことは冗談でこっちが本当に聞きたいことだな)
私くらいの年の人って万年筆欲しがるもの? 大人っぽさに心惹かれるとか? っていうか安い万年筆ってあるんだ。どれも高いものだと思ってた。
「欲しいって思ったことないけど、くれるなら貰うよ」
あればたぶん使うと思う。
「じゃあどんなのがいいかな?」
今度はお父さんが聞いてきた。
「かっこいいの? 綺麗なの? かわいいの?」
「んー……綺麗なのがいいな。お母さんのスマホみたいな色合いのやつとか。よくある黒くて重厚感あるのだとおしゃれでもあんまり嬉しくないかも」
「そっかぁ……」
お父さんは何やら考えている。既に候補がいくつかあるのかな?
(ははーん。お父さんが言い出したことだな、これは。たぶんお父さんは高校生の時に万年筆欲しがったんだ。それが娘にも当てはまるかもと思ったのかもな)
(なるほどー。お父さん、万年筆を何本か持ってるのできっと当たりです)
そういえばお父さんから「大きくなったら買ってあげるよ」って言われたことある!
あ、そうだ。安くないものをくれるということだから、嫌なこと、困ることはしっかり伝えておかないと。
「もし柄があるの選ぶなら、秋だからって紅葉柄はやめてね。もらっても封印しちゃうから」
「何で?」
「今は素直に愛でられないの」
「?」
お父さんが不思議そうな顔のままだけれど私はこれ以上のことを答える気にはなれない。
「組で一番の美人さんが楓さんっていうんだよね」
お母さんが言っちゃった。
「へー。……そう……」
(娘の恋敵だと察したな)
わかってくれて嬉しいような、そこまで理解されるのは嫌なような。
「瑠璃色も嫌だよね?」
お母さん、よく涼木さんの名前まで覚えてるなあ。
「その名前だったら嫌だけど別の名前ならいいよ」
私の大事な刀に付いているのが青い人だから、青系の色は他に比べて良い印象が強めだ。綺麗な青の持ち物が増えるのは悪くない。