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92 もう

 日本に帰ってきた。メイさんが出迎えてくれた。


「お帰りー!」


 おかえり。


 メイさんの元気な声と一緒に、またあれが聞こえた。前に世界を行き来した時に聞いた気がする声。知っているような知らないような声。空耳だと思ったけれど返事をしておいたあれ。

 今日の出発の時にも声をかけられたような気がしたけれど、立石さんが私に対して話す声とかぶって、何を言われたのかわからなかった。まあ前回が「気を付けてね」だったし「いってらっしゃい」あたりかな。

 今回は「おかえり」と言われたと思ったから、メイさんだけでなく空耳にも返事をするつもりで「帰りました」と言った。


「どうだった? 何か収穫あった?」

「できました!」


 私の答えにメイさんはまずきょとんとした。理解に時間がかかった模様。


「……え。できたって、成功したってこと?」

「はい!」

「もうすごかったんだよ!」


 トンネルを閉じた立石さんが会話に参加した。


「伝記にあるみたいに、生き物みたいな水を一撃で仕留めたんだ! ね、樋本さん!」

「はい。私には普通に刀が水に入ったように見えたんですけど、それだけで宙に浮いてた水の生き物が落ちて、ただの水溜まりになったんです」

「何それすっごーい! でも何で!?」


 何でだろう? 誰もわからない。とりあえず今は私が答えておく。


「わかりません。あえて言うなら、火事場の馬鹿力的な何かが無事働いた、みたいな?」

「ほえー。自分を信じるしかない状況になったのかな。誰が見ても斬ったってわかるやつだったの?」

「はい。周りで見てた人たちがざわついてました」

「すごいなー! かっこよかったんだろうなー! 見たかったなー!」


 かなり羨ましがっているメイさんにディウニカさんが優しく微笑んだ。


「ばっちり撮れている映像がありますから、上で皆さんと一緒に見ましょう」

「やったー!」


 テンションが上がって跳ねるメイさん。私のお腹の辺りまで足が上がって、どういう技を使ったのか高さのわりには小さな音で着地した。


「ということになりましたが、樋本さんはどうしますか? だいぶお疲れでは?」


 ディウニカさんに聞かれて私は頷いた。そして、もう帰るつもりであることを伝えると、メイさんが残念がった。

 そうして私は帰ることに……ならなかった。立石さんが別の用事で私を引き留めてきて、私がそれに応じたからだ。


「向こうの言葉の教材いらない?」

「え、あるんですか」

「うん。向こうの人たちは日本語あっという間に習得して喋ってくれるし、身振り手振りでも結構なんとかなるけど、向こうの言葉でも意志疎通できた方が安全でしょ? だからある程度は覚えられるように用意してあるんだ。樋本さんにはアイレイリーズ君がついてるから別にいいかなって思ってたんだけど……アイレイリーズ君って結構おじいちゃんで知らない言葉もあるからやっぱいるよね」

「欲しいです」

「じゃあ取りに行こう」


 私たちは四人でエレベーターに乗って、私と立石さんは五階で降りた。ディウニカさんとメイさんはそのまま上の階へ向かった。

 立石さんがとある部屋の戸を開けて、私たち二人はそこに入った。

 ここは以前に私が通信機などを受け取った部屋だ。棚と箱が多いけれど綺麗に整理されていて、武器以外の支給したり貸与したりする物を管理している場所。

 今回は糸で綴じられた本を書店の袋と一緒に渡された。

 本の表紙には「リグゼ語」とだけ書かれている。開いて何ページか見てみると絵や写真が結構あった。文章は日本語も向こうの字も全部手書きだ。パソコンで異世界の文章の作成ができないから……いや、頑張ればできるのかな? 私はその辺りの仕組みを知らないけれど、これを作った人はたぶん手書きの方が楽だと判断したんだろう。


「中学の英語の教科書を書き換えたって感じですね」

「作り方わかんないから、同じようにしとけばなんとかなるだろって真似したらしいよ」

「そういうことですか。これ、ありがとうございます」

「うん」


 私は本を袋にしまった。

 用が済んだから今度こそ挨拶をして帰ろうと思ったのだけれど、私が喋る前に立石さんが「あのさ」と言った。

 わ、真剣な顔。何を言うつもりだろう。


「樋本さんは立派な戦力の持ち主だから、伝えておくよ。次に侵入者が来たら、その時からは……機会があったら積極的に仮面の子たちに事情を聞きにいこうと思うんだ。争うことになってでも」


 ……ああ。もう、こうなったか……。

 いつかは、いや、近いうちにこうなるとは思っていた。迷惑な人たちが事情を教えてくれなかったから、次は仮面の人たちに聞いてみるのは当然のこと。そうでなくてもこの世界への侵入者が激増してからそろそろ一年。それだけの間、立石さんに限らずこの組織の人は仮面の人たちと迷惑な人たちの争いに付き合ってきた。相手が未成年でも手荒くいきたくなるだろう。

 私は家上くんの味方をしたいけれど、そのために立石さんに反対することはできない。なぜなら立石さんは私のような人のために頑張ってくれているから。魔獣が強いものでもない限り放っておいたって彼は困らないのに、率先して倒そうとしてくれている。

 でも、意見を言ったり質問したりするくらいは……。


「あの、アズさんと話したんですけど、あの人たちの、特に銀髪の人の言わないって意志は固いと思います」

「どうして? そんなに僕らが嫌い?」

「違います。アズさんは、あの人たちは私たちを信用できないんじゃなくて、信用しないようにしてると見てます」

「そう。それじゃあ、あの子たちの意志が固いと思う理由を聞かせて」

「一つは、剣のことを『この世界に迷惑をかけてでも渡せないものなのか』って質問されてすぐにきっぱり答えたことです。あの人たちは発言からして、立石さんのような戦う人たちのことも、私やみことさんたちのこともわかっています。私たちがどうしてあの空間にいるのか理解してます。わかってて迷惑かけてきてます。それなら、申し訳ないっていう態度を少しは出すのが普通だと思うんです。あの人たちはお礼を言いに来たり、この前みたいに心配してくれたりするので、非情ってことはないですよね」

「うん。僕もそう思うよ。あの日はキミへの興味で近付いてきたかもしれないけど、心配する気持ちだってちゃんと持ってたはずだよ」


 思っていた以上に私の話をしっかり聞いてくれている。アズさんと一緒に考えておいて良かった。


「でも、剣を渡さないことが何より大事だって態度で即答したんです。それにあの銀髪の人が高校生だとしたらアズさんは結構威圧感のある人だと思うんですけど、怯んでる感じとか全然なくて、それくらい芯があるっていうか、ぶれそうにないように見えました」

「確かに、味方じゃないときのアイレイリーズ君に見下ろされたら、びびっちゃうのが普通だろうね。小さくない僕だって、今日『あ?』って言われた時、ひえってなったし。まあ予想だともっとおっかない顔すると思ってたんだけど」

「たぶん、そういう案だってことを先に言ったからだと思います」


 あと、立石さんがときどき私を見ていたことにアズさんも気付いていただろうから、ある程度は予想できていたということもありそう。


「予防線っぽいもの張ってみて正解だったよ。――それで、他は?」

「剣を渡さない理由を『言いません』と言ったことです。アズさんは『言えません』じゃなかったことに思うところがあったみたいです。誰かに言われてやってるんじゃなくて、自分でそう決めたんじゃないかって推測してました」

「へえ。たまたまそういう言い方になっただけにも思えるけど」

「私もそんなに気にしてなかったんですけど、銀髪の人がアズさん相手に言ったことだったので、アズさんにはあの人の気持ちが伝わりやすかったのかもしれません。あの時に固い意志を感じたって言ってました」

「そっかぁ……。仮面の子たち、すっごい頑固に思えてきた……戦いになったらまずいかなぁ……」


 立石さんは「嫌だなあ」という顔をしている。これで、仮面の人たちが徹底的に抗戦してきて大変そうだから戦いは避ける……という感じの方向で考えてくれるといいな……。


「あの子たちに何をどう言うか、もうちょっと考えてみるよ。引き留めて悪かったね。また今度」

「はい」


 私は立石さんに挨拶して部屋を出た。

 そして疲労と空腹を感じながらバスに乗った。

 今日はとっても喜ばしいことがあったのに、心配なことができて、充実感が薄れてしまった。

 はぁ……。立石さんは銀髪家上くんたちへの接し方をまだ考えてくれるみたいだけれど、どうなっちゃうんだろう。この組織の人たちが納得できるようなことを家上くんたちが言ってくれたらいいのにな……。

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