90 かっこいいから
普通に言葉でアズさんを祝いたい人たちが寄ってきて、アズさんは私を離した。
「やっとアイレイリーズ君も成功を喜べたみたいだね」
立石さんが私に小声で言った。彼は微笑んでいた。
「はい」
アズさんのあの行動は立石さんから見ても「褒められて嬉しかったからではなく自分が起こしたことを受け入れられたのがあの時だった」と判断できるものだったらしい。それもそうか。そういう笑顔だったし。
かけられた言葉にきちんと返事をするアズさんを見守っていたら、デイテミエスさんが「お疲れ様ー」と言いながらお茶を持ってきてくれた。私と立石さんはありがたく頂戴した。
「いやー、刀のお兄さんかっこよかったね!」
「ですよね!」
「どう見たって魔術斬ったってだけでも十分すごいのに守るべき人を守ったっていう状況だったのすっごい良かった! っていうか最高だった! あとゆかりさんのお願いに応えた感じになってたのも百点!!」
わわ。デイテミエスさんも胴上げに参加していたから喜びとか熱とか発散して落ち着いているかと思いきやそうでもなかった。目を爛々と輝かせて、声が大きめで、早口で、嬉しそうで楽しそう。
「もう俺セラルード・アイレイリーズだけじゃなくて刀のお兄さんのファンにもなりそう」
そんなことまで言い出したデイテミエスさんに立石さんが「なっちゃっても別に問題ないんじゃないかなー?」と言った。するとデイテミエスさんは真顔になって、
「なんかやばくないですか? すでに若干ゆかりさんのファンっぽい心境なのにそのゆかりさんの騎士で持ち物のファンにまでなるってなんか俺やばいやつじゃないですか? ゆかりさんアイドルとかじゃなくて普通の女子高生なのに」
……なんかすっごい変な発言を聞いた気がする。アズさんがかっこいいあまりデイテミエスさんがちょっとどうかなっちゃってる気がする。以前から何やら気に入られている雰囲気はあったけれどそれにしたって変だ。
「それは……それは……」
立石さんがちょっと困っている。彼もまたデイテミエスさんの発言に面食らったようだ。
「どう、かな……?」
デイテミエスさんの疑問には答えず、恐る恐るといったように私の気持ちを聞いてきた。困る。
「えー……えっと、その、よくできた刀のファンであることは、変なことじゃないと思います……」
若干私の……というのは、テンションが上がった冷静でない人のちょっと言葉を間違えちゃった発言だと思って聞かなかったことにした。
「あ、そっかー。言われてみればそうだよねー」
デイテミエスさんが笑顔に戻った。
「人っぽく見ちゃうけど、本当は“シェーデの刃物”だもんね。ファンがつくのも当然だった!」
地名でなくて“シェーデの”?
「シェーデさんのおうちの刃物はこの辺りでも特別なんですか?」
包丁が独特だから他と同じように扱わないとか?
「うん。えーっとね、フィウリーが会社だとしたら、その会社の最高のブランドがシェーデって感じ? 昔からずーっと質が高いって評価されてて、昔の誰それもシェーデに作ってもらった武器使ってたなんて話があって、そこに刀を知って技術を取り入れたのがきっかけでここで作られる刃物の発展に貢献した家っていうのが合わさって、一番なんだ。あ、刀のことは世間には秘密のことだからね。ミチカラコって国の剣をヒントにしたらしいってことになってるよ」
アズさんの昔話ではそんな感じじゃなかった。確かにアズさん本体を作った人はフィウリーで一等腕の良い人とされていたけれど“シェーデ”が特別ということはなかった。質が高くて有名人に愛用されている(いた)フィウリーの鍛冶屋は他にもあった。あと、歴史が浅い方だった。格ならたぶん香野姉妹の剣を作った一門の方が上だったと思う。そこは王室に何か献上したことがあるらしい。
だからきっと、シェーデさんの家はアズさんがこの世界と遠くなってからも一流であり続けて、しかも進歩していったんだろうな。
「刃物の街の中でもすごい扱いなら、一般的にも結構有名ですか?」
「そこまで広く知られてるってわけじゃないけど、有名といえば有名かなあ。ほら、前にさ、ご先祖様作の剣とかが展示されてるって話したでしょ?」
「はい」
以前こちらに来た時に、丘の下に広がる街のことを教えてもらったわけだけれど、その際にちょっとした情報として展示物となっている刃物のことを聞いた。
あの街には淡いオレンジ色の大きく波打った屋根の建物がある。それは博物館と美術館が合体した施設だ。刃物で有名な街の施設だから、包丁や鎌、剣や槍などを多めに保管、展示している。シェーデさんのご先祖様たちが作ったものもいくつかある。
「その中に隕石使ったやつがあってさあ。“シェーデ”は知らないけどあれのことは知ってるって人結構いると思うんだよね。ゲームとかにたまに出てくるから。隕石使ってるやつは他にもあるけど、あれは使った量が多いのと、見た目がかっこいいから人気なんだと思う」
「何か物語はついてないんですか?」
「うん。ない。作られたのが百年とちょっと前なんだけどさ、どこに落ちた隕石かも、作った人も作らせた人も、切れ味悪くないけど観賞用だってことも、どこに置いてあったかも、みーんなわかってるよ。贅沢素材の美術品なんだよ。でもなんたって隕石だしかっこいいし、しかも作った人の腕が確かだからね、楽しいこと想像したくなるし、小学生が見に行ったらはしゃいじゃうのも当然だよねー!」
デイテミエスさんはとても楽しそうに語った。だから私は、目の前にいる人が幼い頃に素敵な剣を見て目を輝かせている様子が容易に想像できた。
私たちの近くの集団の中にいたシェーデさんがすすす、と寄ってきて、デイテミエスさんに後ろから声をかけた。
「うちの話してた?」
「はい! してました! あと――の話も」
デイテミエスさんがテンション高いままに返事をした。私も頷いて、少し説明した。
「アズさんはシェーデさんのところの刃物だから、人気なのは当然だって話を聞いてたんです」
「そう」
シェーデさんは人に囲まれて祝われているアズさんを見て、嬉しそうににっこり笑った。
「でもキミの武器の場合は、謎の技術があってのものだし、本体は家より個人の力って感じだけどね。家としては刀の作り方を知ったばかりの頃のだし、打ったのは天才的な人だったから」
「その人のこと、アズさんが何度か話してくれました」
あと丁丸さんの日記に出てきた。昔から保存されてきた正式な資料にもアズさん本体の製作者として名前がしっかり書かれているはずだ。
「へーっ。ご先祖様のこと憶えててくれたんだ」
「はい。アズさんにとってはお父さんみたいな人なので、名前も忘れなかったんです」
持ち主の家族くらいの扱いの良さだ。少なくとも、あだ名を聞いて「たぶんわかる」と言ってその後に時間をかけて思い出したティニーマールさんとは違う。
刀に魅了されて、作るものの多くが刀になった人。アズさんが最初の持ち主のところにあった頃には整備も担当していた。見た目は不良みたいな感じで、ノリが良かった。真面目な息子(製作物ではなくて人)に叱られたり呆れられたり尊敬されたりしていた。
「そっかあ。今度お墓参りに行ったら教えてあげなくちゃ」
「それなら『とても助かってて感謝してます』って持ち主が言ってたって伝えてください」
「うん。今も役に立ってるって知ったら喜ぶだろうなあ」
☆★☆
新たにアズさんに話しかける人がいなくなると、立石さんが私とアズさんに意思を聞いてきた。
「一回できたけど、どうする? もう一回同じことやっちゃう?」
もう一回かあ……。ちょっと嫌かな、断っちゃおうかなと私が思っているうちに、アズさんがささっと答えた。
「やりたくない。主が電車乗って帰るだけの体力がなくなる」
アズさんの発言は大袈裟だけれど、バスと電車に乗っている間はぐったりしているだろうし、駅から家までの徒歩はつらいことになりそうな感じはしている。だから私は否定しないでおいた。
「そっか。じゃあ今日は終わりにしようか」
というわけで立石さんはバトニスさんにもう無理だと伝えて、今日の試みを終了にしてもらった。その際アズさんもバトニスさんとちょっと会話して、その後すぐ鞘に戻って私におやすみを言うなり寝た。
解散する前に、私と立石さんはこちらの人たちに協力してもらったお礼を言った。何人かに「また来て」と言われた。彼らは魔術が切り裂かれるところをまた見たかったり、自分の魔術を切られたりしてみたいらしかった。
私が運動場を離れる時、魔術を切り裂くことに挑戦しているグループが三つあった。どこも楽しそうにやっていた。




