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88 弱気

 お昼を食べ終えて、雑談している時だった。私たちに向かって猛烈な勢いで走ってきた人がいた。何だと思ったらシェーデさんだった。私服を着ていて、髪がぼさっとしている。


「――――――!?」


 シェーデさんが立ち止まるなり私に向かって何か言うと、


「――――」


 立石さんがテーブルとテレビとビデオカメラのセットを指差して代わりに返事をしてくれた。するとシェーデさんは、駒岡さんのスマッシュのような速さでテーブルの前へ移動してビデオの再生を始めた。


「えっと……ご先祖様の自信作が魔術を斬ったかもしれないことを聞いて興奮してる、んでしょうか?」

「たぶんそうだよ。俺、メールしといたんだ。もしかしたら他にも誰か送ったかも」


 デイテミエスさんによると、シェーデさんは元々、午後には見学に来るつもりだった。今日の朝になるまで仕事をして、その後は帰って寝ていた。昼になって予定どおりに起きて、メールを見て飛んできたようだ。

 デイテミエスさんのメールでわかるのは、誰の魔術に異常が起きたかと、それがわかりにくいことの二つなので、詳しいことを教えるために立石さんがシェーデさんの元へ向かった。

 二人は数分で戻ってきた。


「言われなきゃわかんなかったよー」


 そう言ってシェーデさんはシートの端に腰を下ろした。そんな彼にデイテミエスさんがお茶を注いだ紙コップを渡した。

 立石さんは元いた位置に座った。


「今日のことに比べると、ディウニカさんの壁を斬ったのはわかりやすいことだったなあ。ね、樋本さん」

「そうですね」


 あの壁は切れるそばから直っていたのにある時からは切れてそのままになったし、ものすごく固くなって刃を通さなくなったのに最終的に上から下まで一直線に切り裂かれた。それらのことが私でも普通に見ていて把握できた。ビデオを一時停止しつつ確認する必要はなかった。


「見たかったなー。刀のお兄さんかっこよかったんだろうなー」


 あの場にデイテミエスさんがいたら、アネアさんのように喜んだことだろうな。


「ええ、それはもう」


 壁を切り裂くアズさんを一番近くで見ていたディウニカさんがしみじみと言った。


「そして恐ろしくもありました」

「めちゃくちゃ強い人がすごい剣で切りかかってくるんですもんねー。切れないはずの剣持ってたって切れそうなぐらい迫力あるっていうのに」

「彼が刀そのものでもあるからでしょうね、あれは」

「やられた時のこと、いえ、どんな戦いだったか詳しく聞きたいです」


 デイテミエスさんに続いてシェーデさんが自分も聞きたいと言った。

 ディウニカさんは壁を斬られた日のことを快く語って聞かせた。青年二人は、何か楽しいことを教えてもらう少年のようにわくわくした顔をして、質問を追加しつつ熱心に聞いた。

 この国の人同士なのにずっと日本語で話していた。


☆★☆


 休憩時間の終わりが近付いてきて、私はアズさんを起こした。

 そして、魔術が斬れていたかもしれないことを伝えて、ビデオを見せた。立石さんたちも一緒に見た。

 繰り返し再生して、三回目の斬ったシーンで一時停止した。


「……この時か……。他と違う感覚はなかったけどな」

「でもさ、水の球を壊したのよりは信憑性高いでしょう? この人の魔術に異常が発生してなかったら、こっちの人を退場させるのは難しかったんじゃないかい?」


 立石さんにそう言われてアズさんは頷いた。


「そうだったかもしれない。二つになってから速度落ちて動きがぎこちなくなってたからな、これ。別に珍しいことでもないし、そういうやつなんだと思ったんだが……」

「この人は速度は落とすけど、回したり止めたりの制御は変わらず上手なはずなんだよ。あとね、用意するのがちょっと苦手だから、二つにされただけならそのまま戦うんだけど、この後で作り直したでしょう?」

「ああ。交換した方がいいと思うくらいには困ったわけだな。オレに斬られて」

「うん」

「そうか……」


 お? ちょっとは自分を信じることに前向きになった雰囲気かも。

 立石さんが再生ボタンを押した。映像の中のアズさんが相手の一人に峰打ちをくらわせて、後ろから攻撃されて反撃して、横から飛んできた何かを回避して、それとは別の何かがビデオカメラを持つ人のところまで飛んできて画面が大きくぶれた。撮影者が「あっぶねー」みたいなことを言った。


「やっぱり激しいなあ。これだけやってもまだ綺麗に斬れないなんてね……。僕の予想間違ってるのかなあ」


 立石さんが困り顔をすると、私の横にいるデイテミエスさんが口を開いた。


「でも、負けそうな時しか斬ってないですよ? だよね、刀のお兄さん」


 聞かれたアズさんは頷いて「どうもそうらしいな」と返事をした。


「となると危険度がまだ足りないのかな。でもこれ以上っていうと……」


 立石さんはちらっと私を見た。そしてすぐに彼の中で何らかの案が却下されたらしく、さほど私には関係のないことを言った。


「ここは一旦方向性を変えて、いにしえの……千本ノックならぬ千本カットしてみない?」


 魔術で何かを出してもらって、それを剣で切る。その動作を何度も何度も繰り返す。それが立石さんの言う「千本カット」だ。セラルードさんが確実に魔術を切り裂くために何年もやっていた練習方法で、昔にアズさんがやってみた練習方法でもある。セラルードさんが技を身につけているからには効果が期待できる。でも、そうしていたから何年もかかったとも考えられる。それに同じことをして成功した人はいないとされている。


「それこそそんなに効果はないと思うが」

「今のキミならかなり期待できるよ」

「……なあ。オレが確実に魔術切り裂けるようになるものと信じてないか?」

「そりゃそうだよ。だって、キミが実在したんだよ? 魔術切り裂くのだっていけるいける」


 立石さんの言葉にデイテミエスさんがうんうんと頷いている。彼もかなり期待していることが窺える。騎士の制服姿のアズさんを見たことが大いに影響しているのかもしれない。


「できなかったから今ここでこうしてるんだが」

「人の顔とか名前憶えるのがやっとの昔とは違うんでしょう? 技術の修得にもきっと違いがあるよ。持ち主が女性っていう今までにない状況にいるわけだし、ここは若い持ち主を見習って、まだまだ成長できるっていう気持ちでいこうよ」


 私を見習って成長……成長……。


「キミの中身はともかく見た目は二十代……どうしたんだい、樋本さん。暗い顔して」


 あう、切ない気持ちが顔に出てしまった。


「あの、その……成長というと、身長のことが真っ先に出てきて。伸びたいのにほとんど伸びないので……」

「……あー……高校時代に伸びた男が成長とか気軽に言ってくれちゃってー、みたいな?」

「はい……すみません、嫉妬のようなことを……」


 恥ずかしくなってきた。アズさんの背に隠れようか……いや、そんなことをしたら子供っぽいか……。


「なんかごめん。あー、えーっと、伸びにくくなっただけだと思うから大学生になってもまだいけるよ、たぶん」


 そうなのかなあ。そうだといいなあ。


「主は今までの主たちの中では大きいぞ」


 アズさんがよしよしと頭を撫でて慰めてくれた。気持ちは嬉しいけれど、昔の人たちと比べられてもな、とも思う。


「で、どうだい、アイレイリーズ君。キミが自分を信じることが大切らしいから、無理にとは言わないよ」


 立石さんに改めて意志を聞かれたアズさんは、


「……今日中に何かが起きることは期待するな」


 後ろ向き感が強めなものの拒否はしなかった。


「わかったよ」


 こうしてアズさんは魔術でできたものを斬りまくることになった。

 弾の数が必要なこともあって見学に来ていた人ほぼ全員が参加した。

 しばらくの間アズさんは刀を振り続けた。アズさんの足下に水が溜まって、消えるのが遅いものが積もった。ときどき邪魔になったものが蹴り飛ばされて、泥水が跳ねた。

 終わったのは、固くて干渉が強いものをアズさんがうまく斬れなかった時。アズさんの体がふらふらしたから、もうやめようということになった。

 結局、何も起こらなかった。普通に切れるものは普通に切れて、刃が通りはしても切れないものは切れなかった。


「続けたらいけそうとか、何かわかりそうとか、そんな感じのものはない?」

「何もない」

「そっかー……。それならやっぱり追い詰められるといいのかな。でも何度も戦うの大変だよね……」


 立石さんはまた私をちらりと見て、今度もまた何かを自分の中で却下して、腕を組んでしばし考えた。


「あ、そうだ。雷で練習するのはどうかな?」

「何でだ?」

「ほら、雷を切ったっていう刀あるでしょう。キミもいけるんじゃない?」


 アズさんは変な顔をした。最初こそ納得した様子を見せたけれど、時間が経つにつれて悲しんでいるような怒っているような怯えているような、言葉にしにくい顔になっていった。何だろうこれ……初めて見た。


「だ、だめかい……?」


 アズさんの反応に立石さんも戸惑っているようだ。

 雷に嫌な記憶が? 違うかな。それなら最初から嫌そうな顔をするだろうから……正真正銘の日本刀に対する複雑な気持ちを抱いた? 魔力が込められている自分にできないことを魔力が無いはずの刀が成し遂げた(かもしれない)ということに敗北感を覚えたとか……。そうだとしたら、持ち主の前で「無理」とか言いづらかったり失敗するのが嫌だったりでこんな顔? ここは私から「それはやりたくない」って言うべき?


「あの、雷切らいきりって、雷を切ったかもしれませんけど、持ち主無事じゃないですよね?」

「ああそういえば半身不随だったかな。……やめておこうか」


 立石さんは何かを察したようですぐ提案を取り下げてくれた。


「アズさん、鞘に戻って休憩してください。次に何をするかの話はそれからです」


 アズさんは無言でただ頷くと鞘に戻った。気持ちを切り替えられるといいけれど。


「……何だったんだい、今の。いや、やっぱり聞かないでおくよ」

「聞かれても答えられません。あんな顔初めて見ました」

「そう……」

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