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87 頑張り

 魔力のある人たちが話し合っているのをただ聞きながら、私はこっちの人たちが用意してくれた飲食物をありがたくいただく。

 黄緑色のビニールシートの上に置かれた籠には、いろんなお菓子が詰められている。アズさんの知らない字が書かれた包みもある。ディウニカさんによると、外国人の多い組織があるものだからこの周辺のお店では外国の食べ物が多めに並んでいるらしい。

 中身の見えない白い小袋を手に取ってみたら、アズさんが袋の文字を読んで警告してくれた。


(それ、主が苦手なやつかもしれない。すーってするやつだ。向こうでいうところの薄荷味だ)


 薄荷かあ。むむ……普段はよしておくやつだけど……。


(食べられないわけじゃないので、挑戦してみます)


 袋を開けて中のものを出してみた。緑がかった白いクリームを四角いビスケットで挟んだお菓子だった。どれどれ……。


(……確かにクリームは好みじゃない味です。でもビスケットはおいしいです)

(そっか)


 次はアズさんも何が書いてあるのかわからない黒い袋を開けてみた。茶色で四角いものが出てきた。色と匂いからしてチョコレートでコーティングされた何かだ。とりあえず一口。……うん、おいしい。ちょうどいい甘さ。さくさく感もいい。


(ウエハースです。おいしいです。これ好きです)

(良かったな)

(はい)


 他にもいくつか食べてみた。しょっぱいものも辛いものもあった。

 飲み物も用意されていて、スポーツドリンクを飲んでみたら梨に近い味がした。

 とある包みを開けてみたら内側に何か書かれていた。アズさんに読めないものだったから、暇そうにしていたデイテミエスさんに聞いてみた。デイテミエスさんも読めなくて、彼は外国人だという同僚を呼んだ。その人のおかげで、占いの結果が書かれていることがわかった。日本のおみくじで言うところの「中吉」くらいらしかった。


☆★☆


 補給を終えて、六回目。

 アズさんが自分をあまり信じないものだから、頑張れば切れるものばかりが出された。……ように見えて、一つそうでないものがある。緑色の魔力の塊を乗せている風だ。緑魔力の塊は触れると痛いものとしてただ存在するだけ。「緑魔力を切るついでに風の魔術を切るといいな」ということだ。


「あの組み合わせ、風の魔法って感じでかっこいいですね」


 緑色の魔力は平べったくて三日月形で、弧を前にして飛んでいる。だから見た目は障害物や敵を切り裂く風の刃といったところ。そう見えるだけで、切れないわけだけれど。


「おっ、樋本さんにもそういう感覚あるんだね。そうだよね、かっこいいよね」


 私の感想に立石さんがにこにこして同意してくれた。

 今回のアズさんは攻撃を叩き切って叩き割って破壊して、自分からも攻撃して、切って切れなくて風に吹かれて、たまに回避して、相手の武器を弾き飛ばして、攻撃を壊して……最後は、対処が間に合わなくて左肩に一撃くらって膝をついた。

 あわわ、また干渉されちゃったみたい。立ち上がろうとして失敗した。でも鞘に戻ってこないから、そんなに大事でもないようだ。

 私がそばに行った時には既にちゃんと立てていた。


「また干渉されました?」

「ああ。きついのくらっちまった」


 アズさんは左手を動かして、親指と薬指と小指を曲げて、あとの二本を立てようと……? ああ、わかった。チョキを作ろうとしてうまくいかないでいるんだ。なんだか手がかじかんだ人みたい。

 人差し指と中指がぴんと伸びるまで二十秒かかった。


「よし、直った」


 二本の指が曲げられたり伸ばされたりする。スムーズに動いている。


「直るまで時間かかりましたね。よっぽど強いのだったんですね」

「オレにしか当たってないのに巻き添えくらったやつが出たくらいだからな」


 アズさんは、すぐそばで疲れた様子で座っている男性を指差した。この人は……負ける前のアズさんが武器を弾き飛ばした人だ。


「倒れたのはアズさんが転ばせたからですよね?」

「おう。そんでオレに当たった攻撃の余波でこんなにぐったりして、いまだに立たないでいるわけだ」

「そうなんですか」


 力が入らないだけかな。痛いとか気持ち悪いとかもあるのかな。

 座る男性の元へ、若い男性がやってきた。比較的新入りっぽい雰囲気のその人は、お疲れの男性の背中に手を当てた。その手が水色の淡い光に包まれている。


「……あれって、治してるんですか?」


 魔術で他人に良い効果を与えられる人?


「そうだと思う」


 しばし見ていると座る男性が顔を上げた。あんまり元気がない感じだけれど、具合が悪いという程ではなさそう。彼は若い男性に引っ張ってもらうようにして立ち上がった。

 そこへ別の男性が寄ってきて何か言った。「巻き込んでごめん」と言ったとアズさんが教えてくれた。

 さらに立石さんも彼の所へ行って、少し会話した。

 全員の話を聞き終えた立石さんが振り向いてこちらを見た。少しつまらなそうな顔をしている。


「何もなかったってさー」

「まあそうだろうよ」


 出されたものは破壊されまくったけれど、魔術の妨害はなかったらしい。

 そして七回目。

 アズさんは自分を握った方が自信をもてるのでは? ということで、より危ない戦闘をすることになった。そうしたらアズさんは攻撃を斬って斬って斬ってたまに避けて武器を弾き飛ばして人は峰打ちにして……勝ってしまった。見物していた人たちからアズさんに拍手が贈られたけれど、本来の目的は果たせていなかった。


「あれだけ順調だったら逆にいける気がしてたよ」

「オレは、変わったことしなくても十分いけるからだめだと思った。それなりに斬る甲斐はあったが」

「そっかあ。じゃあ……」


 八回目は相手を強い人たちで揃えた。この場の責任者のバトニスさんも参加した。

 私にとっては一番わからない戦いだった。でも激しい戦いであることはわかった。ディウニカさんがいなかったら私は怪我をしていたかもしれない。魔力の壁にいろいろ当たっている時、ディウニカさんは少し不安になったらしく、安全のために自分の後ろにいるよう私に言った。立石さんは念のために魔力を使ってすぐに動けるようにしていたし、少しディウニカさんの手伝いもした。

 戦いが終わったことを私が理解した時、アズさんは地面に膝をついていて、槍のような魔力の塊を突きつけられていた。周りには斬ったものが散らばっている。

 立石さんの髪の色が元に戻った。


「魔術側にかなりの余裕があるはずだったんだけどなー? 倒されちゃう人が出るなんて」


 倒され……あ、ほんとだ。相手が一人減ってる。いつの間に。


「私がいるのをいいことに、こちら向きの攻撃では全力を出していた人がいましたね……」


 そんなことを言って、ディウニカさんが壁を消した。

 アズさんが立たないままその場からふっといなくなった。


「あ、消えた」

「おや」


 立石さんとディウニカさんが私を見たので、私はアズさんが鞘に戻ったことを二人に伝えた。


(主、なんともないか?)


 へ? 私の心配? こっちに流れ弾が来ていたから?


(大丈夫です)

(良かった……)

(アズさんはどうですか? すごい戦いでしたね)

(ああ。疲れた……本当に疲れた……)


 力のない返事だ。今は人間で言えば寝転がっている状態かな?


「アズさんだいぶお疲れです」

「そうだろうね。休憩ありとはいえずっと戦ってきたところに今のじゃあね」

(ねむ……)

「寝ちゃいました」

「そっか。もうお昼だし、そのまま寝かせておこうか」

「はい」


 さて、肝心の魔術の妨害はあったかというと。

 妨害されたかもと言った人が一人いた。彼女は長い棒にした魔力を投げ飛ばしたり振り回したり空中でぐるんぐるん回転させたりしていたのだけれど、アズさんに棒を斬られた時に今まで感じたことのないものを感じて、二つにされた魔力の塊が操りにくくなったとのことだった。

 というわけで、再び人が集まってきて、ビデオカメラがテレビに繋がれた。

 今回もわかりにくい異常だった。魔術を行使する本人や、その人をよく知る人でないと気付けそうにない変化だった。斬られたこと以外に魔力の塊の破損が見当たらなくて、二つになってからの動きがぎこちないという程度だった。

 でも、魔術が少し斬られたのだとテンションを上げる人が結構出た。魔力の棒の彼女はかなりの実力がある人だし、初めての感覚があって妨害されたと言う人はこれで二人目だし、戦いから脱落者が出たのはアズさんが棒を斬って、棒の人がうまく攻撃できなくて仲間を守れなかった時だったからだ。


「やったね樋本さん! いい感じだよ!」

「はい!」


 この調子で、私が見てもわかるようなことも起きたらいいな。


☆★☆


 今日の私のお昼ご飯は立石さんが作ってくれたお弁当だ。私たちは場所は移動せず、ビニールシートに座った。ディウニカさんとデイテミエスさんも一緒だ。

 デイテミエスさんもお弁当を作ってきていた。お弁当箱は二段重ねで、ご飯とおかずに分かれていた。


「どう? 日本っぽいでしょ?」

「はい。私のお母さんも作りそうな感じです」


 唐揚げ、千切りキャベツ、玉子焼き、トマト、ブロッコリー、ウインナー(タコとカニ)、かぼちゃ。ご飯にはごまがかかっている。

 それにしても量が多い。お弁当箱からしてもう大きい。私だったら全部食べられないと思う。

 立石さんが私に作ってくれたお弁当はというと、今回もまたかわいいものだった。ご飯が私の好きなキャラクターの顔の形をしているし、そのキャラクターの絵のついた高野豆腐が入っている。ウインナーはあざらしで、人参、ハム、薄焼き卵、チーズは花形に星形にハート形。


「わー! かわいい……!」


 私がお弁当に見とれていたら、デイテミエスさんが覗き込んできた。


「ほえーっ、すごい! これどうやってくっついてるんですかー?」


 彼はあざらしを指差して立石さんに質問した。


「スパゲッティ刺してるんだよー」

「へーっ、へーっ。今度真似しよー。ゆかりさんゆかりさん、そのお弁当よく見せてくれない?」

「あ、はい。どうぞ」

「ありがとー」


 デイテミエスさんがお弁当をじっくり見たり立石さんに質問したり携帯で写真を撮ったりしている間、私は水筒に入れてきたお茶を飲んでゆっくり待った。


「見れば見るほどすごいなあ。挑戦してみたいけど、俺が自分のために作るにはかわいすぎるから女の子のために作りたいなー」

「僕もねー、樋本さんがいなかったら作ってないよ。我ながらなかなかの出来だと思うんだけど……高校生にはちょっと子供すぎたかな」


 はっ、……確かにこれは……そうかもしれない……?


「そ、そうかもしれませんけど、私はすごく嬉しいです!」


 それに、入れてくれたキャラクターが好きだと伝えると、立石さんはほっとしたようだった。


「やっぱり好きなんだね。良かったー!」

「何でわかったんですか?」

「この前、樋本さんが持ってきたおにぎり包んでたナフキン見たからね。名前が全部ひらがなで書いてあったから、長いこと使ってるんだろうなって思ったよ。それなら嫌いってことはないはずだし、むしろ好きな可能性高いって思ってさ」

「なるほどー」


 お弁当が戻ってきた。それではいただきます。

 食事を始めてすぐに、デイテミエスさんが「食べてみて」と玉子焼きを一つくれた。食べてみて衝撃を受けた。


「おいしいです! 本格的というか手の込んだ味だと思います」


 私が感想を言うと、デイテミエスさんの表情がぱーっと明るくなった。とても嬉しそう。


「わかってくれて嬉しいな! 作るのもだけど、材料探しも頑張った甲斐があるよー。これのためにお米からできた料理酒探したんだ。始めて酒屋さんに入ったよ。飲むためのお米のお酒はあっちこっちで売ってて、それを和食作ってみるときに代用してたんだけど、今日のこれはどうしても教わったものに近づけたくて」

「ずいぶん気合い入れて作ったんですね。玉子焼きお好きなんですか?」

「というよりは、総長さんのお母さんが教えてくれたのをうんと気に入ったんだ。手間かける価値があるなあって思ってさ。でもかつお節の出汁用意するのやっぱり大変だし、お米のお酒ちょっと高いから、特別な気分に浸りたい時とかに作ろうと思ってて」


 ふむふむ。食材の調達の時点から苦労しても作って食べたくなるなんて、デイテミエスさんは私以上に衝撃を受けたんだろう。


「今日はゆかりさんに会えるのが嬉しいのと、ゆかりさんに食べてもらいたいのとで頑張っちゃった」


 あう。さすがに今の発言には単純に嬉しい以上の感情を持たされた。年齢が近くて顔立ちが良い異性に笑顔で言われて少しもときめかないでいるのは私にはちょっと難しかった。


「そ、そうですか。ありがとうございます……」


 お礼を言いながら、頭の隅にある考えが浮かんだ。

 今の、家上くんに言われてみたい……!

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