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82 かわいいもの

 翌朝、私は何の問題もなく起きて、いつものように登校して、はるちゃんに挨拶した。


「強敵がそばにいるけど負けちゃだめだよ」

「うん」


 それから、今日もちょっとドキドキしながら、自分の席で何かしている家上くんにも挨拶しようとして、


「あ、樋本さん。おはよう」


 先制攻撃をくらった。家上くんによる微笑み付きの挨拶だった。私の足は止まった。


「お、おはよう」


 突然のことにどうにかなりそうだったけれど、なんとか挨拶を返せた。

 今朝の家上くんは美少女三人と趣味仲間と一緒だ。集まって何をしてるんだろう。

 ……向こうから挨拶してくれたのなら私と言葉を交わすのは嫌じゃないはず。それなら、今日は、挨拶だけじゃ済まさないんだから……!


「何してるの?」


 平常を装って聞いてみれば答えはあっさり返ってきた。


「長田が問題作ったんだ。ほら」


 家上くんが見せてくれた紙には、九かける九のます目と、その中にまばらに書かれた数字がある。数字は二種類あって、色の濃いものが問題であらかじめ出ているもので、薄いのは家上くんがシャーペンで書き込んだものだろう。

 長田くんはファイルを抱えている。これに問題をとじてきたんだろうか。


「へえ、長田くんこんなの作れるんだ。すごいね」

「ありがと。でも、なんていうか、ぶさいくで」

(何言ってるんだ、こいつ)


 アズさんは長田くんの発言を理解できなかったけれど、


「お前のことだから近いうちに満足できるようなの作れるよ、きっと」


 家上くんは正しく受け取れたのか、長田くんに励ましの言葉をかけた。


(たぶん、最初から数字が出てるますの位置のことじゃないでしょうか)

(なるほど?)

「家上くんは、こういうの得意?」

「うーん、得意な方って言ってもいいのかな。苦手って思ったことはないよ」


 私に答えてくれながら家上くんは数字を二つ書き込んだ。

 ……話を続けたら邪魔になるかな。でも、百瀬くんも米山くんも戸田くんもすぐそばで賑やかにしているし、ちょっとくらい大丈夫かな。


「それ、難しい?」

「難問の中の簡単な方って感じ」


 問題の上を行ったり来たりしていたシャーペンが止まって、また数字が書かれた。

 涼木さんの席で問題を解いていた士村さんが顔を上げた。そして、


「できました」


 ます目が全部埋まった紙を両手で持って家上くんたちに見せた。


「おお」


 家上くんの反応は控えめというか普通だったけれど、


「うわ、すげ、はええ!」


 戸田くんが目を丸くして大きめの声を出した。


「ありがとうございます。でも、わたしのは少し簡単ですから」


 褒められて嬉しそうにしつつも照れた様子を見せて謙遜する士村さん。そんな彼女を見た戸田くんは、なんだかふにゃっとしたしまりのない顔にちょっとなった。


「ちょっと待ってて」

「? はい」


 士村さんに少し待つよう言った長田くんが一旦自分の席に戻って何かを取ってきた。

 あれは……はんこだ。かわいい文房具売り場に置かれているもの。私にはわかる。だって同じようなものを持っているから。

 長田くんが士村さんの紙に、ぽん、とはんこを押した。パンダだ。頭の上に「いいかんじ☆」とある。


「よくできました」

「まあ! ありがとうございます」


 士村さんがにこにこして、長田くんは満足そうに頷き、戸田くんがまたゆるい顔になった。……今までも戸田くんが士村さんの笑顔を間近で見ることはあったと思うけれど……こんな反応してたかな。自分に向けられたらまた別ってことかな。それとも士村さんのかわいらしさを再認識しちゃったとか?


(なあ、これ女子向けっていうか女児向けじゃ?)

(男子が持ってるのは初めて見ましたね)


 家上くんたちが突っ込まないあたり長田くんは前からかわいいはんこを持っていたようだ。

 涼木さんが士村さんの紙を覗き込んだ。


「へー、良かったじゃん」

「はい」


 機嫌良さそうな士村さんに、


「カリン……終わったんなら教えて……手伝って……」


 駒岡さんが暗ーい声で言った。彼女はどうも苦戦しているらしい。


「はいはい。……ここ、数字入れられますよ」

「一、二、三、五、六、七、八……?」

「九だとこっちがだめになります」

「え? えー……? ああ、確かにそうね」


 真剣だ。宿題でもないのに。


「駒岡さん、真剣だね」


 私は駒岡さんには聞こえないように声量を抑えて言った。家上くんと長田くんが頷いて、彼らも小声になった。


「せっかく同級生にもらったんだから、って思ってるんじゃないかな」

「どういう理由でも、ああいう風に取り組んでくれると制作者冥利に尽きる」

「良かったな」

「ん」


 ……これ以上はさすがに邪魔になっちゃうかな。

 私は「じゃあね」と言って家上くんたちから離れて、自分の席に着いた。

 ふう……。


(主の衝撃が伝わってきたよ)

(そうでしょうね)


 家上くんの方から挨拶されるのは初めてではないけれど、二学期になってからは朝はずっと私が先だったから動揺した。しかも微笑みを私に向けてくれたからもう、もう……!

 ああ……思い出したら幸せで頭がぼーっとする。朝からあれは強い。


(おかげで昨日あんなに疲れたのに今日も頑張れます)

(良かったな)

(はい)


☆★☆


 帰りは私が先に挨拶して、家上くんはいつものように気楽な感じで返してくれた。

 私は一人で学校を出た後、組織へ魔獣の核の提出にいった。今日もいい感じに冷房が利いていた。

 窓口で呼び鈴を鳴らすと美世子さんが出てきた。


「あらぁ、ゆかりちゃんじゃなーい」

「こんにちは。これお願いします」

「はいはい。じゃ、待っててね」


 瓶を預けて、壁際の椅子に座って待つ。

 本を読んでいたら、


「――ー!」


 向こうの世界の言葉が聞こえた。明るい声だった。本から顔を上げるとジャージ姿のメイさんがいた。

 彼女は目をきらきらさせながら近寄ってきた。どうしたんだろう。


「いいなー! 私もそういうの着たかったー!」


 ああ、私の制服に反応してたんだ。

 ……メイさんならまだ余裕でいける。


「じゃあ、これ着てみます?」

「着たい!」


 というわけで私はメイさんに制服を貸す。……だけに留まらず、メイさんと服を交換することになった。

 私の用事が済むのを一緒に待つとのことでメイさんは私の隣に座った。


「そういえばメイさんはどうしてここに来たんですか?」

「学校の制服のゆかりちゃんを見に来たの。来てるよってみよこさんが教えてくれたのー」


 デイテミエスさんのようにセーラー服に興味をもっていたようだ。


「メイさんは学校に通ってる時どんな制服着てたんですか?」

「んとねえ、中学のがワンピースでね、かわいかったんだけど、ごてっとしたかわいさだったの」


 ごてっとしているワンピースな制服というのは想像しにくいけれど、ワンピースで中学生のメイさんなら想像できる。かわいいに違いない。


「高校は、――、あー、えっと、ブレザー? っていうんだっけ? みことみちゃんのと同じようなのだったんだけど、かっこいい路線だったの」


 女子もかっこいい路線の制服かあ……心当たりがないなあ。私が電車や街中で見る中高生の女子の制服は、微妙か普通かかわいいのどれかだ。


「ゆかりちゃんのはすっきり爽やかなかわいさだと思う!」

「装飾少ない方が好みですか?」

「ものにもよるけどー、制服についてはゆかりちゃんのそれが好き!」

「デイテミエスさんから聞いたんですけど、向こうは凝ったものが多いそうですね」

「うん。例えばねー、ポケットのふちにはレース付けるし、スカートは、えーと……ひだ寄せたのを二重三重に付けるの」

「フリル?」

「そう、それ! ゆかりちゃんのみたいに折ってあるひだのやつにはひらひら付かないけど、布を重ねるから豪華な感じがするの。あと、袖にリボンね」


 装飾が目的で重ねる布と袖のリボンはいらないけど、ポケットのレースはちょっといいかも……。


「男子の制服はどうなってるんですか?」

「男子も飾るよ。ズボンの後ろのポケットにレース付けちゃうよ。謎の紐とか飾りでしかないボタンもあるよ。女子にもだけど」


 制服の話ばかりしているうちに美世子さんに呼ばれた。

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