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8 関わっている人たち

 そう歩かないうちに肩を叩かれた。

 振り返ると学ランを着た人がいた。私と同じ学校の校章が襟に付いている。二年生ではないと思う。同じ学年の人なら名前は知らなくても見覚えくらいはある。雰囲気が大人っぽいから三年生だろうか。

 三年生(仮)は縁の細い眼鏡をかけていて、そのせいか知的に見える。瞳が青い。眼鏡の色も青系だ。


「少しいいか」

「え、あ、はい」


 頷いてしまったけれど、少しってどれくらいだろう。

 腕を掴まれて、誰もいない細い道に引っ張り込まれた。少しで済む気がしない。

 三年生(仮)は真剣な表情で私を見る。


「お前、複製空間にいただろう」

「何ですか? それ」

「誰もいない空間のことだ」


 ああ、侵入者を閉じこめる空間のことか。そんな名前が付いていたのか。


「いましたけど……」

(オレそんな呼び方知らないぞ)


 え?


「あの空間のことはどれくらい知っている?」

「えっと、別の世界から密入国してきた生き物もどきとかを閉じこめる空間だって聞いてます」


 この人はいろいろ知っているのだろうか。も、もしかして別の世界の人かその子孫……?


「武器は持っているか?」

「お詫びで作られたやつのことですか?」

「そうだ。持っているなら、見せてほしい。異世界から持ち込まれたものの情報を管理している組織があって、俺はそこに所属している」


 別の世界の人かどうかはわからないけれど、関わってはいるらしい。


(アズさんに出てきてほしいみたいですけど)

(主がオレ持ってるの想像してみ? あ、鞘は出ないからな)


 刀のアズさんが私の両手の上に載っているのを想像してみた。すると、思ったとおりのところにアズさんが現れた。手を切らないように気を付けないと。


「日本刀タイプか。珍しいな。これをどこで?」


 へえ、珍しいのか。他のはどういうものだろう。


「家の近所の神社です」

「どうやって入れた?」

「えっと、胸にぐっと」

「質問が悪かった。入れ方をどうして知った?」


 ああ、そっちの意味だったのか。


「この刀さんの言うとおりにしました」

「……は?」


 あれ? 何この反応。


「刀の、言うとおり……?」


 いろいろわかっていそうなのに、私の言っていることが理解できていないように見える。特別製なアズさんのことを知らないのだろうか。アズさんを私なんかが持っていることに驚いているというわけではなさそうだ。


「……これ、喋るのか?」

「付喪神みたいなものなんです」

「えぇ……」


 私はすっかり三年生(仮)を困惑させてしまったらしい。


「オレは特別なんだよ」


 アズさんが喋って、三年生(仮)は目を見開いた。


「つーか、お前、名乗れ。こんなとこに女の子連れ込んで、同じ学校の生徒でも完全に不審者だぞ」

「む……」


 少し不機嫌そうな顔をしたものの、三年生(仮)は裏返しにしていた名札を取って手に持ち、私に見せた。


新崎(にいざき)秀弥(しゅうや)だ」


 学校名と名前の間の線が赤い。本当に三年生だった。

 私も同じように名乗ってみる。アズさんを片手で持ち、もう片方の手で制服の胸ポケットから名札を取った。


「樋本ゆかり、です」


 私の名札は学校名と氏名の間の線が青い。今の二年生の印だ。ちなみに一年生は緑になっている。


「主、オレが邪魔ならしまったらどうだ?」

「望めばいいんでしたっけ?」

「おう。戻るよう願ってもいいし、鞘に収まってるのを想像してみるのもいい」


 それじゃあ……戻って、アズさん。

 私の手からアズさんが消えた。

 名札を元の位置に戻した新崎さんが言う。


「今日は何か用事はあるか? ないなら、これから組織の本部まで来てもらいたい」


 これから来いということは、本部という所はこの近くにあるのだろうか。


「特に用事はありませんけど……あの、何のために行くんですか?」

「武器の管理のためだ。どこに何があるか把握しておきたいと組織は思っている。それから、異世界関係のことをまとめて説明してやれる」


 別の世界のことなら、アズさんから聞けるけれど……


(オレが知ってることは古いから、行ってみてもいいんじゃないか?)

(あ、それいいですね)


 アズさんが別の世界とよく関わっていたのは二人目の持ち主までだし、覚えていないことも多い。魔獣の核の使い道とか、アズさんが把握していないことも教えてもらえるかもしれない。


「そこに行って用事が済むまでにどれくらい時間かかりますか? 遅くなるなら家族に連絡したいです」

「それはわからないが、連絡しておいた方がいいだろう」

「じゃあします」


 お母さんにメールをしようと鞄から携帯を出したら、


「珍しいやつだな」


 と新崎さんに言われた。


「デザインに一目惚れしたので……」


 いいと思うんだけどな、ガラパゴス。

 私がぽちぽちとメールを打つ横で、新崎さんは組織とやらに電話をかけた。どうやら迎えが来てくれることになったらしい。電話の相手に近くの公園で待っているよう言われたそうで、私たちは移動した。

 公園に置かれた石のベンチに新崎さんと並んで座る。この公園は子供の遊び場というよりは市民の憩いの場といった所で、滑り台やブランコはない。変なオブジェなら置いてある。

 迎えを待つ間、新崎さんは本を読むことにしたらしかった。私はアズさんと話をする。


(私、あの空間の名前とか聞いてませんけど、何かあるんですか?)

(最初の主もその周りも牢って呼んでたし、オレは今までの主にそう教えてきた。主に教えるのは忘れてた。すまん)

(聞かなかった私も悪いのでいいです)


 「あれ」とか「あの空間」と言って何も困らなかったから、名前のことなんかすっかり頭から抜けていた。

 それにしても「牢」か。閉じこめる場所としてはぴったりだ。新崎さんの言った「複製空間」というのも、これはこれで合っている気がする。膜の中には動くものはないけれど、他は私が見た限りでは元の世界そのままだ。まさに「複製」だと思う。

 公園に来てから十分くらいで、新崎さんがしおりを挟んで本を閉じた。そろそろ迎えが来るのかと私が尋ねると、そうだと彼は頷いた。

 少ししてから公園の前に白い軽自動車が止まった。車を運転していたのは三十歳くらいの男性だった。彼は安藤と名乗り、新崎さんのことを「しゅうくん」と呼んだ。

 安藤さんは私と新崎さんがしっかりシートベルトを締めたことを確認してから車を発進させた。車は普段私が行かない方へ走っていった。観光客が行く方向でもない。十五分くらいして、どこかの地下駐車場で止まった。

 車を降りた私と新崎さんと安藤さんは、駐車場の端にある何かの扉の前に立った。扉の脇に上向きの三角のボタンと、何かの機械が付いている。たぶんエレベーターだろうけれど、自由には乗れないようになっているんだろう。

 安藤さんが機械にカードを通して三角のボタンを押すと、扉が左右に開いた。思ったとおりのものだった。

 エレベーターに乗ると新崎さんが四と七のボタンを押した。私と新崎さんは四階で降りて、安藤さんはそのまま上に行った。

 エレベーターを降りてすぐに引き戸があって、新崎さんがそれを開けて中に入った。私も入る。

 中は学校の図書館のような広い部屋だった。

 私より少し高いくらいの棚が並んでいて、ファイルや箱が納められている。

 入り口から見て左側の壁に戸がある。そのそばに長いテーブルが二つくっつけて置かれていて、テーブルの上にはパソコンやカメラが乗っている。

 パソコンの前におじいさんと若い女の人が座っている。おじいさんは七十歳くらいだろうか。女の人の方は、大人のお姉さんといった雰囲気だ。そして、これまで私が会った人の中で……一番、胸が大きい。本当にいるんだ、こんなに大きい人。


「しゅーちゃん待ってた! そっちの子が?」

「はい」


 お姉さんにしゅーちゃん呼びをされた新崎さんが頷くと、すぐさまおじいさんとお姉さんが立ち上がって私に近寄ってきた。

 おじいさんが私に向かって言う。


「ほうほう、お嬢さんが霜月の持ち主か」


 霜月って何だっけ。ああ、そうだ、アズさんの最初の持ち主が付けた名前だ。


「は、はい」


 頷いた私に、


「ちょっと出してみて」


 と、語尾にハートマークが付きそうな感じの声音でお姉さんが言った。

 言われたとおりに私がすると、二人は私の手の上に載ったアズさんを食い入るように見た。


「ほー、綺麗なもんだなー」

「ねぇ……」


 その状態で一分くらい経った時、


「お前らオレを蓮根にでもする気か」


 アズさんが苦情らしきことを言った。“らしきこと”と私が思ったのは、アズさんの声が怒っているというよりは呆れているように聞こえたからだ。


「喋った? 今喋った?」


 お姉さんが目を輝かせながら私を見た。


「はい」

「まー! 本当に人工付喪神なのねー!」


 私の返事でテンションが上がったらしいお姉さんの横で、お爺さんがアズさんに話しかける。


「おめーさん、日本語喋るようになったんか」

「まあな」


 答えたアズさんにお姉さんはさらにテンションが上がったらしい。また喋ったー! と嬉しそう。

 私は疑問に思ったことをアズさんに聞いてみる。


「アズさん日本語喋らなかったんですか?」

「最初の頃はな。ほら、オレ異世界製だからさ」


 アズさんが人の名前や関係をなかなか覚えられなかったのは、日本語がわからなかったから、というのもありそうだ。


「じゃあ別の世界の言葉喋れるんですか?」

「んー、どうだろうな。だいぶ忘れた気がする。……――、――――――、――――」


 わ、何だろう、今の。


「何て言ったんですか?」

「『いいか? 向こうの人たちのこと、しっかり守れよ』って言ったつもり。あっちのやつに言われた言葉」

「ちょっと古いわな」


 おじいさんがそうコメントした。おじいさんは別の世界の言葉がわかるらしい。


「守るっていえば」


 少し落ち着いたお姉さんがアズさんに顔を近付けて言う。


「あなた、自分で戦えるってことになってるんだけど」

「それがどうかしたか」

「どういうこと?」


 お姉さんが顎に手を当てて少し首を傾げて質問すると、人のアズさんが私の真横に出てきて答えた。


「こういうことだ」


 顔を上げたお姉さんは目を丸くして「んまー!」と叫んだ。

 私のそばにいてずっと黙っていた新崎さんが「んなっ」と驚きの声を上げて、一歩下がってアズさんを見た。

 おじいさんもまたアズさんを見上げて言った。


「はー、でけーなあ、おい」


 すると、アズさんがおじいさんを見下ろして返した。


「えらくちびだな」

「年取ったからなあ」


 髪の少ない自分の頭を軽く叩いてみせたおじいさんに、お姉さんが、


「おじーちゃん元々ちびじゃーん?」

「言うなよおー」


 ごめーん、と軽くおじいさんに言いながらお姉さんはテーブルに歩み寄り、カメラを手に取った。


「それじゃ、書類作りましょうかね。まずはその刀撮らせてね。付いてるあなたもね」


 お姉さんは刀のアズさんの写真を何枚か撮り、全体の長さや刃の厚さなどを測った。


「はーい、こっち向いてー」


 お姉さんが人のアズさんにもカメラを向けた。アズさんは戸惑ったようだった。


「オレ撮られるの初めてなんだが、どうしたらいい?」

「そうなの? じゃ、レンズ見て。まばたきしないで。はい」


 数枚撮ったお姉さんは画像を確認して満足げに頷くと、次は私も一緒に写した。それから私だけの写真も撮った。

 お姉さんはカメラをテーブルに戻すと私を椅子に座らせた。お姉さんも座ってパソコンの操作をする。新崎さんとおじいさんは隣の部屋から椅子を持ってきて私たちのそばに座った。アズさんは人の姿をやめて短刀としてテーブルの上にいる。


「あなたのこと教えてね。外には漏らさないって約束する。あ、その前に。私は菊間(きくま)美世子(みよこ)ね。こっちは私のおじいちゃんで菊間辰男(たつお)。私たち、異世界から持ち込まれたものと、異世界関連の記録を管理してるの」


 お姉さん――美世子さんは私に、名前、生年月日、住所、家と携帯の電話番号、メールアドレスを聞いてきた。私が答えたことをパソコンに入力すると、今度はボールペンとメモ帳を構えてアズさんに質問を始めた。


「名前は? 霜月とは呼ばれてないみたいだけど」

「アイレイリーズに戻った。主には縮めてアズって呼ばれてる」

「戻ったってどういうこと?」

「作られた時に付けられた、とりあえずの名前がアイレイリーズ」

「あら、それは貴重な情報……」


 メモを取る美世子さんの表情は真剣なものだ。


「こっち来て六十年くらいで行方不明になってるんだけど、今までどこにいたの?」

「六十年? こっち来て六十年っていつ頃だ……あの人は確か、会った時に二十四で……」

「えーっと、ちょっと待ってね……」


 美世子さんがパソコンの横に置いてあったファイルを開いて中の資料を確認する。


「三人目の持ち主の手に渡ってからね」


 どうやら、アズさんが別の世界にあまり関わらなくなってからの記録がないということらしい。


「あー、あの人は……」


 アズさんは、三人目以降の持ち主たちがどこに住んでいたか、それぞれの人とはどれくらいの期間の付き合いだったか、今までどんな名前が付けられてきたかを話した。


「じゃあ、ゆかりちゃんは知らないことが多いのね?」


 私とアズさんが昨日会ったばかりだということを知った美世子さんがそう言った。


「ああ。オレの知識古いし、別に急いで教えることもないしな」

「それがそうでもないのよねえ……」


 え、何それ。


「どういう意味だ?」


 美世子さんはテーブルに肘をついて、困ったような顔をした。


「この辺、去年から魔獣の侵入がすっごく増えたの。最近なんて週一くらい」

「はあ? 昔と一緒じゃねえか」

「何だか知らないけど、そうなのよ。あっちの世界の人が原因探してるみたいなんだけど……続きはお茶でも飲みながらにしましょっか」

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