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78 高い所から

 少し走ると、戦いの音が聞こえてきた。

 駅に近いこの辺りは高い建物が多い。雷を落とすにはやはり高い所からやるのがいいそうで、立石さんとしては攻撃しやすくていい場所らしい。

 集合場所であるビルの前には立石さんが呼んだ人が全員いた。どの人も魔力を使わないでいられる人たちだ。

 ……ああ疲れた……。荷物をディウニカさんに預かってもらったからだいぶ楽になったけれど、もうあまり走りたくない。


「樋本さん。一応、裾握ってて」

「はい」


 私は立石さんに言われたとおりにした。すると新崎さんが私と同じ心配をした。


「それでいいんですか」

「いいんだよ。すごいよね」


 立石さんが建物の陰から戦いの場となっている通りの様子を伺う。私も見てみる。

 制服の人たち、コート着用の人たち、普通の格好の人たち、魔獣たちが戦っている。

 仮面でコートの人たちは、アネアさんの連絡の時より数が増えている。

 銀髪家上くん、赤髪駒岡さん、薄紫さん、緑美男子先輩と、それから青い涼木さんかと思ったのだけれど。


(あの青いの、前と違う戦い方だ)

(そうですか? じゃあ、きっと涼木瑠璃さんじゃないんですね)


 家上くんのところと一緒で、涼木さんではあるかもしれないけれど、私の同級生の瑠璃さんではないんだろう。

 もっと近くで見るか、あの人に普通の動きをしてもらわないと私には判別できそうにない。


(あと、あの茶髪の男のことなんだけど。あいつ、前の時よりずっと強いように見えるぞ)

(えー。八月の間に強くなっちゃったんですか?)

(それはあんまりないと思う。前は単純に力出してなかったんだろうな。まだ余裕あるって顔してたし。でもあそこまでとは思わなかった。もしかすると、前の時はこっちに来るまでに結構体力使ってたのかもしれない)


 ……ああ、それでかな。

 私が一学期の間に見たあの青年は、二回とも途中から戦いに入ってきている。あれは疲れていたから仲間がピンチになるまで戦わないでいたということなのかも。


(もしかして、あの人、強引な手段の道で仲間を、というか戦力を守るのが役目なんじゃないですか?)

(ありえるな)


 立石さんが引っ込んだので私もそうした。


「樋本さん、アイレイリーズ君は何か言った?」

「えっと、仮面の青い人が私が見たことある人じゃないっていうのと、茶髪の男の人が前よりずっと強いと」

「うん、あの茶髪君はすごい」


 私にそれだけ言うと、立石さんは森さんに意見を求めた。


「あの三人のうちの誰か、捕まえられると思います?」

「逃げられる気しかしませんね」

「ですよね。でも試みようと思うんです。逃げていったら普通に勝利、倒せて捕縛できたらラッキーって感じで」

「なるほど。となると、一斉に集中攻撃ですかね」

「まずは僕が樋本さんに協力してもらって一撃当てることを狙おうかと。一斉に攻撃するのはその後で」

「誰を狙いますか?」

「茶髪君にしましょう。一番いなくなってほしいのは彼です。完全に防御されるようなら美人さんに切り替えます。彼女が一番柔らかいでしょうから」

「わかりました。賛成します」


 森さんの賛成を得た立石さんは、次は集まった人たちに質問を投げかけた。


「何か質問や案のある人はいますか?」


 手を上げる人がいた。市内の高校の制服を着た男子だ。高校生以下が新崎さんの他にいるとは珍しい。


「ぼくたちは総長が攻撃するまでしばし待機ってことですか?」

「うん。でも、他の場所の魔獣がほぼいなくなった今の状態で僕らが全然姿を表さないのは不自然に思われるだろうから、今から誰かにそれとなく攻撃に加わってほしいところなんだけど……」

「それなら、私、行きます」


 若い女性が軽く手を上げた。香野姉妹と一緒にいた人だ。


「今のところ、遠くから攻撃してる人がいません。私なら、相手の警戒度が一気に上がって困るようなことはないと思います」

「じゃあお願いするよ。あ、誰かと一緒の方がいい?」

「そうですね。誰かいてくれるとありがたいです」

「ちかさんの武器が弓だから、誰か近接系の人、そばにいてあげてくれない?」

「ぼくが一緒に行きましょうか?」


 先程質問した少年が立候補した。


「よし、任せた。――他に何かある人は?」


 特に意見や質問は出なかった。


「えー、では、皆さん。今日のところは“基本的には全力で攻撃してお帰り願う”ということで。いいですね?」


 立石さんの言葉に魔力を持つ人たちが頷いた。そして女性と少年が走っていった。

 立石さんは仲間たちに指示を出した後、私に遠慮がちに手を差し出してきた。


「樋本さん、僕らも行こう。だから、あの、手を」

「はい」


 私は立石さんと手を繋いだ。そして彼に引っ張られるような形で走る。

 魔術を実行する場所として立石さんが選んだのは、十五階建てのホテルの屋上だった。問題の通りに面しているけれど、ホテルの周囲は今のところ何ともなっていない。

 私たちはホテルを上るにあたってエレベーターを使うことにした。もし変な所で止まってしまったら困るけれど、階段で行くのは魔力を使う立石さんにとっても大変だから。

 立石さんはホテルの一階でエレベーターを呼んだ後、私にまた裾を掴んでいるよう言った。私はうっかり手を離してしまわないように立石さんの服をぎゅっと強く握った。服が伸びちゃったらごめんなさい。


(よく走ったな。もうちょっとだ)

(はい……)


 私はここに来るまでにすっかり疲れてしまったし、息が上がったから、下を向いてはあはあいっていたら、


「はい、これ」


 顔を上げてみれば立石さんがゼリー飲料を持っていた。既にふたが取ってある。立石さんの腰にあるポーチのチャックが開いている。これに入れていたらしい。


「あ……あり、ありがとうござい、ます」

「うん」


 立石さんはにこっとした。

 九階にあったエレベーターが降りてきて、私たちは乗り込んだ。立石さんがRと閉じるのボタンを押した。

 ……ふう、一休み……。

 上がっていた息が落ち着いてきたから、もらったものを飲んでみる。やや、去年マラソン大会で飲んだ時よりおいしい。

 少し回復して気持ちが上向きになってきた私とは逆に、立石さんの表情が暗くなった。彼は、はあ……と大きな溜め息をつくと、困ったような、不安そうな、そして申し訳なさそうにも見える顔で言った。


「慎重すぎるかな、僕……」

(いや、そんなことはないだろ)

「魔力に敏感なのがあの子だけとも限りませんし、いいんじゃないでしょうか?」


 香野姉妹が言っていたように、隠れている人がいるかもしれない。そしてその人は私たちを探しているかもしれない。


(前回のでこいつも警戒されてるだろうしな。それに、組織の頭がやられるようなことがあっちゃまずい)

「アズさんが、立石さんも前回のことで警戒されてるだろうし、総長がやられるようなことがあったらまずいって言ってます」

「そうだね。うん、そうだ。僕はしっかりしてなきゃね」


 ……なんか、追い込んじゃったような……?


(そうじゃなくて、慎重にいく作戦立てたことに自信持てって言ってやってくれ)


 私がアズさんの言葉を伝えると、立石さんは少し嬉しそうにした。彼の中でアズさんはどのような存在なのだろう。


「ありがとう、アイレイリーズ君。樋本さんも」


 ともかく、前向きになってくれたようで良かった。

 エレベーターは何の問題もなく動いて、私たちは無事屋上に着いた。

 利用客が景色を眺めてゆっくり過ごせるようにするためか、椅子とテーブルが置かれている。

 屋上の端から戦いの場を見下ろす。……うん、よくわからない。でも空中にいる魔獣が邪魔であろうことはわかった。

 立石さんがポーチから今度はコンパクトな双眼鏡を取り出した。そして下の様子を見た。


「よし、ちょうどいい所にいる。――これ持ってて。ちょっと難しいかもしれないけど、見れるようなら茶髪君を中心に見てて」

「はい」


 私は立石さんの双眼鏡を預かった。双眼鏡のブランド名が読めない。向こうの世界で作られたものだ。

 立石さんの髪の毛が紫色になって、彼の手に白銀の長い棒が現れた。黄色士村さんや茶髪の青年が使うような杖ではないと思う。先が太いとか細いとかないし曲がった部分もないし。振り回して戦うのによさそう。

 立石さんは棒を両手で握った。その手がぼんやりとした紫色の光を放った。

 攻撃の準備の間に、空中の魔獣がいろんな攻撃によって消えていった。

 私は双眼鏡を覗いてみた。そうしたら黄色士村さんの姿を見つけた。他の人も合流しただろうか。

 肝心の茶髪の青年はというと、その場からあまり動かないものだから見ているのはそんなに難しくなかった。彼は杖を握っていて、氷とか火とか魔力の塊とかいろんなものをいくつも出してはあちこちに高速で飛ばしている。とても元気そうだ。


「やるよ」


 静かで落ち着きのある声で立石さんが言った。見れば、手だけでなく棒もうっすら光っていた。準備ができたらしい。

 今のところ、迷惑な人たちが立石さんの魔術に気付いているようには見えない。新崎さんの攻撃より強いことをするから、距離があっても早いうちに気付かれるおそれがあるとのことだけれど、この段階までならまだ大丈夫だと思いたい。

 立石さんは深呼吸をして、高い位置に棒を構えた。


「はあっ!」


 棒が振り下ろされて、雷が落ちた。

 雷が落ちる直前に、茶髪の青年の頭の上で赤っぽい魔力が広がった。でもそれでは雷を防ぎきれなかったようで、青年はよろめいた。彼の手から杖が落ちた。


「根性あるな……」


 立石さんが悔しそうに呟いた後、茶髪の青年は倒れこそしなかったけれど力が抜けたように地面に手と膝をついた。あと杖が消えた。根性でちょっと耐えただけだったようだ。


「よし、前よりだいぶまし!」

「やりましたね!」

「ありがとう樋本さん!」


 立石さんは喜んでいるけれど、油断していたり気が抜けていたりということはないようだ。手が光っていて、次の準備をしていることがわかる。

 立てない茶髪の青年へ、新崎さんの矢とか誰かのビームみたいなものとか誰かの尖った魔力の塊とか誰かの火の玉とかいろんなものが飛んでいって、それらの多くはあずき色の男の子による障害物に阻まれた。

 今度のものは盾や壁というよりはドームと言った方がいいだろうか。茶髪の青年はすっかり覆われて見えなくなった。

 仲間の安全を確保したあずき色の男の子は、次に自分の頭上に盾を出した。それからドームの上に飛び乗ると、四方八方に魔力の塊をまき散らして自分たちに飛んでくる攻撃を相殺して、近付こうとする人は遠ざけた。


「せやあっ!」


 うわ、びっくりした!

 立石さんが次の雷をもう落とした。声の感じからしてやや強引にやったようだ。一発目より威力は低いようだった。


「あー、だめかっ」


 雷が落ちたのは男の子たちからは離れた位置だった。その地点のそばに変な美女がいる。


(あの子たちを巻き込まないようにしたはいいけど当てられなかったか)


 赤髪駒岡さんと青い人も近くにいた。彼女たちに被害がないようにしつつ、動いている変な美女に当てるのは至難の業じゃないだろうか。

 立石さんが美女を狙ったことによって、新崎さんたちも狙いを変えた。

 私は茶髪の青年を見るのに戻った。あの人はわりとすぐに復帰しそうな気がする……。

 ドームの上であずき色の男の子が腕を伸ばした。方向的に変な美女への援護かな。

 美女だけでなく男の子にも攻撃がいく。流れ弾と、仮面の人たちによる明らかに狙った攻撃だ。それらに対して男の子はばらまき攻撃を続けて対処している。すごい。でも、


(あの子、なんか雑じゃないですか?)


 魔力の塊を大量に出しているのはすごいけれど、人の多い方向にも少ない方向にも同じように飛ばしていて結構な数がむだになっているように見える。


(いつも結構雑だぞ。でもそうだな、今は特に考えて調節する余裕がないんだと思うぜ。あれがあのチビのまだまだなところだな。まあ、あの状況で防御に専念するんじゃなくて攻撃できるのは十分すごいことなんだけど)


 自分の頭上と青年を守って、美女を手助けしているから、銀髪家上くんたちへの攻撃は適当になっているっぽい。

 攻撃の量とか威力はともかく、器用なことをやっていたデイテミエスさんならうまいことできるのかな?


「ぜりゃあっ!」


 おうわっ!

 また立石さんが雷を落とした。

 ……はー……。裾を握っておいて良かった。背中に触っているだけだったら立石さんの声か雷の音に驚いてうっかり手を離していたかもしれない。


「うあー、固いな……。不意打ちはもう無理かな」


 美女の上に落とせたけれど直撃ならずといったところ?

 私は美女の様子を見ようかと思ったけれど、すぐに諦めることとなった。美女は動き回っているし、集中攻撃の対象である彼女の周囲は動くもの、飛び交うものが多くてよくわからない。

 茶髪の男性とあずき色の男の子に視線を戻す。

 銀色の三日月が男の子の弾幕を切り裂いて飛んでいった。男の子は振り返りもせずに盾を出してきっちり防いだ。ただ、男の子の攻撃が止まった。

 それから男の子は防御するだけになった。むだが多い攻撃はさすがに疲れたんだろう。

 防御の合間に、男の子はドームを強く踏みつけたりぴょんぴょん跳ねたりした。


(何してるんでしょう?)

(茶髪の野郎に、早くしろって怒ってるんじゃねえ?)


 そう言われてみればそんな感じの動きだったかも。

 ……おや? 変な美女が男の子たちの元へ駆け寄っていった。美女はちょっと前まできびきび動いていたのに、今はふらついている。それに鎖の動きが大雑把だ。何らかの攻撃に当たったんだろう。


「そろそろ帰ってくれるかな?」


 男の子と美女は二人で攻撃に対処していく。……帰り道を作る暇がないというわけではなさそう。


「茶髪の人を待ってるみたいですね……」

「うん。ここは前に銀髪君がやったみたいに、特別強いのを一発ぶつけたらいいかな。こっちの居場所がバレるだろうし、僕がしばらく役立たずになるけど」

(いいんじゃないか。あのチビ、疲れてきたみたいだしな)

「アズさんは賛成です」

「そっか。じゃあ当てが外れてやばくなったら、僕が復帰するまで頼むよ、アイレイリーズ君」

(ああ)

「はい。あっ」


 私がアズさんの代わりに返事をした時、男の子がドームから降りた。

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