72 特別な家の子
(アズさん)
(……ん……)
(十五分経ちましたけど、もう少し寝ますか?)
(……いや、いい。起きるよ)
アズさんはしっかりした声で返事をすると私の前に出てきた。眠気はなさそう。
アズさんとシーさんの勝負はすぐに終わった。
シーさんはデイテミエスさんと同じような戦い方をする人で実力もあまり変わらないそうだから、彼が魔術禁止の場でアズさんに勝つのは難しいようだ。
次の人にもアズさんはあっさり勝った。そこからさらに三人を順調に負かしていった。
そんなアズさんを見て、メイさんとアネアさんとシーさんがお菓子を食べつつも真面目な顔で何か話している。実戦ではあまりなさそうな状況での勝負といえど何か参考になることがあるのかもしれない。
私はというとお腹が減った。前回と違ってすでにアズさんは三回もしっかり戦って、その度に鞘に戻って回復しているからだ。ここらで私も多めの補給をしよう。
鞄からパンの袋を取り出した私にシーさんが気付いた。
「とうとうきみも疲れた?」
「疲れはほとんどないんですけど、お腹が空きました」
「へー。あんなにやったのにそれだけ? すごいねえ」
「はい。すごく助かってます」
パンを食べ終わったところで、
「あのっ」
今度はピンクの髪の女の子に話しかけられた。前回私にパンをくれて、私からは飴をあげた子だ。
「こんにちは。――、おはようございます」
女の子は少し緊張しているように見える。よく知らない年上と話そうというのだから当然か。
「おはよう。どうしたの?」
「日本の人と、お話したくて来ました」
「そう。じゃあ聞きたいことがあるんだけど、いいかな」
「はい!」
女の子は顔をぱっと明るくして頷いた。私は彼女を座らせた。
「私は樋本ゆかりっていうの。あなたは?」
「ルーエ・ロシルエウゼです」
「じゃあルーエちゃんって呼ぶね。あなたはどういう人なの? 魔獣倒すのが仕事の人じゃないよね?」
「私はまだ小学生です。でも、魔術で怪我を治すのが得意で、戦うのもちょっとできます」
おおお? これは……!
「代々こっちの世界に関わってて、それで、特別に連れてきてもらいました。道の一つは、私の家に繋がってるんです」
日本語上達してる!
知っている言葉がかなり増えたんじゃないだろうか。保育園から一気に小学校高学年になったかのようだ。
「へえー。たまたま? それとも管理するためにそこに家建てて住んでるの?」
「わかりません。私の家は……特別です。怪我を治すのが得意な人がいっぱい生まれます。風邪を治せる人も生まれます。それで、ずっと昔にあそこに住むことになったのかもしれないんですけど、管理を任されたご先祖様は、別の世界と繋がってることを知りませんでした」
「……ええと、別の世界の病気が来た時にすぐ対処できるように住んでる?」
「……えっと……たぶんそうです?」
む、ルーエちゃんの伝えたいこととずれて受け取ってしまったっぽい。
ルーエちゃんが困り顔になって、私は彼女の言いたいことはどういうことか、何と尋ねればいいのかと考えていたら、瀬田さんが口を開いた。
「樋本さんが向こうの当たり前がわからなくて通じてないんだと思うよ」
そっか、それで。
「こっちのことも向こうのこともわかる立石君に補足を頼んでみたらどうかな」
「そうします」
私はルーエちゃんを連れて立石さんの所へ行った。
立石さんはディウニカさんと話しながら観戦していたけれど、私たちに気付いて「どうかした?」と先に声をかけてきた。そこで私は、私がルーエちゃんの言いたいことがわからないことと瀬田さんに助言されたことを話して、解説してくれないかと頼んだ。
「風邪を治せるって聞いたので、よそから持ち込まれた病気の蔓延を抑えられるようにその土地に住んでるのかなって思ったんです」
「そっかそっかー。その推測は合ってるかもしれないけどねえ」
立石さんは私とルーエちゃんを座らせると、講義のようなことを始めた。
「まずね、魔術で他人の魔力、そして体に干渉することができます。干渉できる人は大勢いますが、その多くは他人にとって悪いことばかりがうまくできて、良い効果はなかなか思うように与えられません。
悪い効果というのは、アネアさんの銃弾がもたらすようなものです。
良い効果は大まかに分けると三つです。怪我を治すこと、体調を回復すること、強化すること。程度は問わないで、できる人の数だけでいうなら怪我を治せる人が最も多く、強化できる人が最も少ないです。
風邪を治すというのは体調の回復に分類されます。回復ができる人の大半は頑張っても車酔いを軽くする程度で、すっかり良くしてあげられる人はそうはいません。風邪を治すなんてそれはもう貴重な人材です。――常識の話終わり」
「はい、質問です」
私は軽く手を上げた。
「風邪を治す人と金属片出す人とどっちが多いですか」
「風邪を治す人だね。金属片の人は希少価値高すぎだよ」
「そうですか」
「じゃ、次はルーエちゃんの家の話だよ。ロシルエウゼ家は、むかーしから治療の魔術が飛び抜けて得意な人を輩出しています。医療技術が発達してない時代にはすごく尊敬されて、頼りにされていました。もっと昔には神に近いと考えられて、お祭りなどを取り仕切る役に収まったんじゃないかと言われています。要は神職の家ってこと」
「もしかして有名な家ですか」
「そうだねえ、郷土史にちょくちょく出てくるそうだからね」
わあ。一子相伝な上に口伝の儀式とか技術とかありそう。
「どうだい、ルーエちゃん。キミの家はどれくらい有名かな?」
「そんなに有名じゃないと思います。偉い人になったり大きい病院を建てたりしてないからです」
……ということは。
「治すのが得意ですごく有名になった家もあるの?」
「あります。すごくて、えっと……国全体で有名です。――の教科書に載ってます」
聞き取れなかった言葉は立石さんが「社会科」だと教えてくれた。
小学生の社会の教科書に掲載となると、全国的に知名度が高いどころか常識の領域? それとも小学生の学習ではおまけ程度?
なんて考えたところで立石さんが情報を付け足してきた。
「王様やってる国もあるよ。治す能力あんまり関係ないんじゃないかってところもあるけど」
いくつかあるのか。ルーエちゃんの家みたいなのって、そんなに珍しいものでもないのかな。
「地位とか役割はともかく、他人にとっていいことが得意な人がいっぱい生まれる家系って、結構あるんですか?」
「うん。一国の中だけでもあっちこっちにあるよ」
「それなら、血を引いてる人がたくさんいそうですけど」
「そりゃもうそこら中にいるだろうね」
「でも他人にとって悪いことばっかりうまい人が多いってことは、治療が得意なことを次に残せる人はそうはいないってことですか?」
「まあそんなところ」
立石さんは麦茶を飲むと講義の内容を元に戻した。
「で、ルーエちゃんの家の場所の話に戻るけど。何も無いのに神社は建てないでしょ? そこで何かあったから神様に鎮まってもらおうとしたり、これから問題が起きないようにって建てるわけでしょう。そんな感じで、ルーエちゃんの家の土地で昔何かあったか何かありそうだったから強い力を持つ人が住むことになったのではって言われてるわけだよ」
なるほど、そういうこと。
立石さんが神社で説明してくれたことと、怪我を治すのが得意な人が多く生まれる家はそう珍しいものではないことを合わせて考えると、ルーエちゃんの言っていた「特別」は、魔術の能力が優れていることよりは神職であることを指していたんだろう。
「医学より宗教的な話だったんですね。“何か”が病気かもしれないから、私の考えは間違いとは言えなくてルーエちゃんが説明に困っちゃったんですね」
立石さんが説明してくれたことをルーエちゃんが私にわかるように話すのは大変だと思う。
「そうだと思うよ。ね?」
立石さんがルーエちゃんに向こうの言葉でも確認すると、ルーエちゃんは頷いた。
私は立石さんにお礼を言って、ルーエちゃんと元の場所に戻った。




