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7 何なの

 一時間目が始まると同時にアズさんは寝た。次に喋ったのは、二時間目が終わり、私がはるちゃんと廊下を歩いている時だった。


(どこに行くんだ?)

(体育なので体育館です。終わったらお昼です)


 この学校は一つの授業が六十五分で、授業と授業の間は十分となっている。だから午前の授業は三つだ。


(あ、あの。今さらですけど、アズさんって男性ですよね?)


 声と喋り方と人になった時の見た目で判断するなら男性だと思う。でもアズさんは刀だし、中身というか心? は別の世界の人の魂のかけらだ。性別はあるのだろうか。


(まあ、そうだな。人の形になった時はどうも男の体っぽいし。それに自分のこと女だと思ったことはないな)

(じゃあこの中は、ぜーったいに見ないでくださいね)


 話している間に着いたここは体育館の出入り口。これから私とはるちゃんは脇にある部屋に入る。


(この中って……)

(女子の更衣室です)


 ごめんね、みんな。男の人を入れちゃって。見せないし聞こえないようにもするから……。


☆★☆


 バドミントンのラケットを持った生徒たちが体育館のあちこちに散っていく。


(主って女の子なんだなあ……)


 アズさんが約十分ぶりに喋った。


(急にどうしたんですか?)

(いやさ、周りが女の子ばっかっていうのが新鮮でさ)


 アズさんが言うように、体育館には体育の先生も含めて女子しかいない。男子は校庭でサッカーをしている。


(それだけじゃない。着てるものがかわいらしかったり着替えの時の拒絶が強かったりで、ああ今の主は女の子なんだなあ、と)


 実感した、というところだろうか。

 体育だからなのか、この授業ではアズさんはときどき話しかけてきた。でも試合の時は黙っていてくれた。

 今日最後の試合をしている時、


(危な――)

「わっ」


 アズさんの声が聞こえたと思ったら、使っているものとは違うシャトルが私の顔を掠めていった。


「ごめーん。当たってないー?」


 隣のコートで駒岡さんと涼木さん相手に試合をしていた子に謝られた。彼女が変な方向にシャトルを飛ばしてしまったということらしい。


「大丈夫だよ」


 返事をしてから、シャトルを拾って涼木さんに渡す。

 隣は試合を再開した。


「なんか……ヤバいね?」


 ネットの向こうにいる私たちの相手が、隣をラケットで指してそう言った。


「ねー」


 はるちゃんが同意した。私も頷いた。

 駒岡さん、涼木さんの相手は、隣のクラスの運動が得意な子たち。二人ともバスケットボール部員だったはずだ。運動部対帰宅部なんて運動部が圧勝しそうなものだけれど、隣の場合は接戦だ。すごい勢いでシャトルがコートを行ったり来たりしている。


(両方とも、何が何でも打ち返すって感じだな。たぶんどこに落とすとか考えてないぞ)


 私にはどちらも上手に見えるのだけれど、アズさんがそう言うならそうなのだろう。

 八対十一で私とはるちゃんが負けた頃、隣も勝負がついたようだった。

 私たちの相手が勝って喜んでいる横で、「負けたー」と言ってバスケ部二人が床に転がった。相当疲れたのか涼木さんも「うあー……」と呻きながら床に伸びた。駒岡さんは寝ることなく試合の結果を紙に書きに行った。

 体育が終わった後、私とはるちゃんは中庭に直行した。体育が三時間目の時はジャージと一緒にお弁当を更衣室に持っていくことにしている。

 はるちゃんが、お弁当箱のふたを開けながら、昨日は家上くんたちに何かあったかと聞いてきた。


「家上くんが駒岡さんの機嫌損ねて暴行受けて帰りに何か奢る約束してた……」


 掃除の後、彼は同学年の美少女三人と一緒に校門まで行った。その後のことは私は知らないけれど、先輩二人と後輩さんを待って七人で一緒に帰って、その途中で家上くんは駒岡さんに、もしかすると六人に何かを奢った……のだろうか。その前に私の家の近くにきたということもあるかもしれない。銀髪家上くんは制服ではなかったけれど。


「またかー。自分の失言が原因だとしても、よく耐えられるよね」


 私があれを初めて目撃したのは冬休み前日だった。昨日のでもう八回目だ。学校外でも一緒にいるらしいことを考えれば、きっともっとされているのだろう。


「……それくらい好きってことなのかなあ……」


 その「好き」が友達としてだといいと思う。恋愛対象としてだったら……はぁ、何回考えただろう、これ。


「それはわかんな――」


 はるちゃんの言葉は途中で切れた。家上くんが歩いてきたからだ。彼が私たちの前を通り過ぎてからはるちゃんは言い直した。


「それはわかんないけど、あれで嫌いだったらびっくりだよね」

「うん」


 私とはるちゃんは家上くんたちの方へ目を向ける。今日も家上くんたちは楽しそうだ。後輩さんはまだ来ていないようだけれど……あ、来た。

 後輩さんが私たちの前を小走りで通り過ぎていった。

 お弁当に視線を戻したはるちゃんが言う。


「ほんと、ライバル多いね」

「うん……しかもあんな美人でかわいい子ばっかり……」


 彼女たちが家上くんをどう思っているかは知らないし、ライバルなんて言うべきではないのかもしれないけれど、誰だってそう考えてしまうと思う。


(男は数えなくていいのか?)


 あああ、アズさんなんてことを……!


(か、数えなくていいと思います)


 性別のことは考えないとしても、これ以上美形ライバルが増えるのは勘弁してほしい。


「ま、家上くんはからかわれたら全否定してるし、大丈夫なんじゃない?」


 はるちゃんの手が私の肩に乗った。励ましてくれているらしい。


「特に焦ったりむきになったりしないで普通に『ない』って言ってるし」


 確かにそうだ。家上くんは、美少女たちの中で誰が好きなのかと聞かれたら「誰も好きじゃない。友達と先輩と後輩」と答えるし、付き合っているのかと聞かれれば「そんなことない。ありえない」と答える。でも家上くんは嘘が下手というわけではない。

 改めて、家上くんと美少女たちの関係を考えてみる。

 私たちが高校に入学した時、駒岡さんはいなかった。彼女は去年の十月末に転校してきた。

 駒岡さんが来るまで、家上くんは涼木さんとはそれほど会話はしていなかったと思う。組が違う士村さんに至っては、廊下ですれ違うだけとか、合同でする授業で見かける程度だったんじゃないだろうか。学校の外で二人と親しくしていたことも考えられるけれど。

 美女先輩とは夏休み前にも話しているのを何度か見た。その時にはだいたい美男子先輩がセットでいた。家上くんは美男子先輩と小、中学校が同じらしくて、三年生二人はよく一緒にいるから、美男子先輩を通して美女先輩と仲良くなったのだろう。

 駒岡さんが転校してきた日、家上くんはすでに駒岡さんと知り合いだった。そしてその日から、士村さんが私たちのクラスに遊びに来るようになった。彼女は駒岡さんと親しいようだった。

 家上くんと駒岡さんが知り合いといっても、別に親しい様子はなかった。お互いに、会ったばかりの人、という感じだった。涼木さんと駒岡さんの間もそんなように見えた。実際、彼らは休み時間を一緒に過ごすことはなかった。それなのに、なぜか下校時には一緒に教室を出た。隣のクラスの前で士村さんが加わって、校門の辺りで美女先輩と美男子先輩が合流した。

 翌週の月曜日になると六人は、晴れた日に一緒にお昼を食べるようになった。十二月に雪が降るまでそれは続いた。

 家上くんと同学年の美少女三人はじわじわと仲良くなっていった。例えば、クリスマス前に友達から家上くんとの仲をからかわれて「ないわー。付き合うとか絶対ありえないわー」と言っていた涼木さんは、バレンタインには「義理くらい用意してやろっかなー」と言い、ホワイトデーには「悪い気はしないかなー」なんて言っていた。

 四月になって進級してみれば、これまた美少女な後輩が現れた。私が後輩さんを初めて見たのは、家上くんたちが中庭でお昼を食べるのを再開したその日のことだった。彼女は美女先輩と美男子先輩に連れられてこの中庭にやってきた。あの時点ですでに家上くんと彼女は知り合いのようだった。

 進級から一ヶ月と少しが経った今、家上くんは美女先輩(と美男子先輩)にかわいがられ、美少女三人に遊ばれつつも彼女たちと良好な関係を築き、かわいい後輩に懐かれている。……ように私には見えている。

 ねえ、もう何なの、家上くん。何でそんなに囲まれてるのに自信ないの。何かの理由で、別の世界関係で一緒にいるだけなの? 私にもチャンスあるって思っていい?

 ……思うだけで何もできない自分が嫌だ。


☆★☆


 今日もまた、無事に掃除まで終わった。


「それじゃ、また明日」

「うん。じゃあね」


 はるちゃんは部活へ行き、私は帰る。

 いつもの道を歩いていたら、足を持ち上げられたような感覚がして、私は転びかけた。


(入った!)


 アズさんの鋭い声が聞こえて、慌てて周囲を確認すると、人がいなかった。侵入者を閉じこめる空間に入ってしまったらしい。


「昨日の今日で……」


 たまーにしかないことだと聞いたのに。

 私が思わず呟いている間に人のアズさんが出てきた。右手に短刀を握っている。

 アズさんが少し笑って言った。


「二日連続なんて最初の主以来だ。貴重な経験だぜ?」


 うわあ、嬉しくない貴重な経験だ。

 アズさんの表情が真面目なものになった。


「とりあえず駅まで行くぞ」

「はい」


 誰もいない街をアズさんと歩く。

 この空間はどれくらいの広さなのかをアズさんに質問してみたところ「場合によりけり」と返ってきた。半径三百メートルくらいのときもあれば三キロを越えるときもあるそうで、広いときは大抵侵入者が複数いるらしい。今回はどうだろう。駅に行くまでに終わっていればいいけれど。

 銀行の前でアズさんが足を止めた。と思ったら私を抱き抱えて車道に跳んだ。

 ついさっきまで私たちがいた場所に、どぎついピンク色の蛇みたいなものがいた。脚が見当たらない長い胴体で、頭の辺りに蝙蝠みたいな羽が付いている。


「あ、あれ、何ですか?」


 わかってはいるけれど、もしかしたら違うかもしれないから質問してみた。


「魔獣だな」


 アズさんは私を抱えたまま答えた。


「獣って言っていいんですか?」

「鳥だろうが両生類だろうが生き物もどきは全部魔獣だ。最初は四本足のしかいなかったんだけどな」


 蛇が頭を上げて私たちを見た。

 アズさんが軽く後ろに跳ぶ。

 私たちがいなくなった所に蛇が顔から突っ込んだ。


「こういう風に、魔獣は生き物に気付くと即襲いにいくことが多いんだ。五十メートル離れてようが百メートル離れてようが隠れる所があろうがな。でかいやつだとわかりやすくて助かる」


 そうアズさんは言って、また頭を上げた蛇に短刀を投げた。短刀は見事に蛇の頭に刺さり、大きく広がっていた蛇の羽が力なく垂れた。

 ここでようやく私は地面に下ろされた。

 蛇の胴体が、色はそのままに泥のようになった。羽と胴体がくっついて区別が付かない。そして、昨日の熊と鳥がそうだったように、どぎついピンクの塊は小さくなっていく。

 全部なくなって短刀だけが残ったと思ったら違った。蛇がいた所に近付いてみたら、短刀のそばに、小さくて黒っぽい赤色の玉が落ちていた。アズさんが両方を拾って、短刀を消して玉を私に見せた。


「これは魔獣の核で、こめられてたものがほとんど抜けた状態。主が昨日言った、銀髪のやつが拾ってたのはこれだと思う」

「何かに使えるんですか?」

「魔獣退治の証拠になる。それしかオレは知らない」


 銀髪家上くんは拾ったものを少し見ただけで割った。魔獣退治の証拠として拾っていたとは思えない。


「また魔獣になる可能性があるから、用が済んだら速やかに割るものなんだが、割ってみるか?」

「え? 私が?」

「これなら落とすだけでいけると思う」

「それじゃあ……」


 私はアズさんから魔獣の核を受け取った。

 核は軽く、ビー玉のような手触りで、少し冷たい。肩の高さくらいから落としてみると、カシャンと小さな音を立てて割れた。

 割れた核はだんだんと色がなくなっていき、ほぼ透明になると今度は端から消えていった。


「そろそろ出られるぞ」


 その言葉に顔を上げれば、アズさんがどこかを見ていた。

 とりあえず私も同じ方を見てみる。

 駅前のデパートの辺りが、水面のようにきらきらと光っている。


「あれ何ですか?」

「壁が、主の言うところの膜が消えかけてて、遠くからでも見えるようになったんだ」


 膜は近くに寄らないと見えない。そのせいで昨日の私は何度もがっかりした。


「つまりこの空間が消えるってことだな」

「へえー」


 じゃあ赤髪駒岡さんはあれを見て「終わったみたい」と言ったのだろうか。

 この空間が消えるなら歩道に戻らないと。本来の世界に戻った時に事故を起こしてしまう。

 アズさんの姿が消えて、頭の中で声が聞こえた。


(何かの陰にいれば、出た時に驚かれにくいぜ)


 少しうろうろしてみて、自動販売機の横にいることにした。前にいたら飲み物を買う人の邪魔をしてしまうかもしれないけれど、横なら大丈夫だろう。

 昨日のように、地面がなくなる感覚がした。


「わっあっ」


 また尻餅をついてしまった。痛い。座っておけばよかった。


(大丈夫か?)

(はい……)


 立ち上がって時間を確認する。よし、いつもの電車に間に合う。……はずだったのだけれど。

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