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 八月が終わった。

 私は家上くんに挨拶をするだけだった。それしかできなかった。でも、はるちゃんが言うには不自然さが減ったらしい。私としても文化祭期間ほどは緊張していない気がする。

 迷惑な人たちは来なかった。もしかすると暑い中で戦うのが嫌だったのかもしれない。彼らは魔術で自分を涼しくできるけれどその分疲れる。そんな余計なことはせずに戦いに集中できる方がいいんじゃないだろうか。

 九月になって最初の月曜日に、立石さんからメールが来た。土曜日か日曜日に本部に来ないかというお誘いだった。向こうの世界から来た四人がアズさんと勝負をしてみたいらしい。ついでだから前にアズさんの実力を見たときのように他の人も呼ぶそうだ。

 アズさんに聞いてみたら、銃を使う人と戦ってみたいとのことだったから、私はアズさんの希望を書いて返信した。


☆★☆


 というわけで土曜日の朝。

 私は組織の本部にやってきた。八月の間に来なかっただけなのに、ずいぶん久しぶりのように感じる。

 エレベーターに乗って、体育館に直行した。

 体育館から人の声や動いている音が聞こえて、開きっぱなしの出入り口から中を見れば思っていたより人がいた。前回に比べれば少ないけれど。

 真っ先に私に気付いた人が駆け寄ってきた。


「おっはー」


 彼女はメイニーティア・トーレさん。十八歳の社会人。デイテミエスさんたちと交代で来た人たちの中で一番若くて、火とか水とか出すのが苦手で空を飛べる人だ。赤みの強いオレンジ色の髪をショートカットにして、前髪にピンを付けている。茶色の目はぱっちりしていて愛らしい。今日のジャージのズボンにTシャツという姿はなんだか体育の時間の女子高生のようだ。

 私は彼女に「メイって呼んで」と言われている。


「おはようございます」

「今日はわざわざありがとう。暑かったでしょ? 麦茶用意してあるよ」

「自分でも持ってきてるので、先に自分の飲みます」


 メイさんと一緒に立石さんの元へ向かう。今日もジャージの立石さんは、私の知らない男性と話している。相手の人の年齢は六十過ぎていそうな感じだ。

 立石さんたちがこちらに気付いた。立石さんは男性に「この子がそうです」と言ってから私に朝の挨拶をした。


「おはよう、樋本さん」

「おはようございます」

「紹介するね。この方は、表の会社の社長の瀬田せださん」


 「表の会社」とはつまりこの建物内に堂々と存在する会社のこと。

 新崎さんが言っていたとおり、瀬田さんはこの組織の二代前の総長の親戚で、魔獣退治の報酬が現金で貰えるのは彼のおかげなのだと立石さんは教えてくれた。

 瀬田さんは魔力の無い人で、今日は見学に来たそうだ。


「さて、さっそく始めようか」


 前回のように立石さんが体育館にいる人を全員集めて、人のアズさんが私の横に出た。今回はどよめきは起きなかったけれど驚いている人はいた。例えば瀬田さんは不思議そうに目をパチパチさせて、三秒後くらいに「おおお?」と状況を理解しきれていない感じの声を出した。


「一番手はアネアさんでいいね?」


 立石さんがアズさんとアネアさん――魔獣退治で銃を使うお姉さんに聞いた。二人は頷いた。


「じゃあ準備してもらうから待ってて。ディウニカさん、任せました」

「ええ」


 メイさんと一緒に来た“お兄さんとおじさんの中間の人”がディウニカさんだ。青紫色の髪と黄緑色の目をもっている。穏やかでのんびりした雰囲気で、怒ることが少なそうな感じの人だ。今日は向こうの世界の組織の制服を着ている。

 ディウニカさんは私たちから少し離れた位置に移動して、屈んで床に手をかざした。そこから光が広がって、うっすらと青い色がついた透けている何かで床が覆われていく。

 何をしているのかと立石さんに聞いてみた。


「床を保護してるんだ。この後、壁を作ってもらうよ。アネアさんがどこに何撃っても大丈夫なようにね」

「それって結構な大きさになりますよね。すごいことなんじゃないですか?」


 魔術でひたすら防ぐ訓練をしていた人たちの中に、人が二人も自由に動き回れる広さを守れる盾を出している人はいなかった。


「うん、すごいよ。とんでもないよ。めちゃくちゃすごい人に来てもらったけど一ヶ月暇だったわけ」


 ドッジボールのコートくらいの範囲を四角く保護するとディウニカさんは立ち上がった。


「こんなものですかね」

「十分でしょう。それじゃあアイレイリーズ君とアネアさんは内側にいてね」


 アズさんとアネアさんは保護された床の上に立った。

 ディウニカさんは一辺ずつ壁を作って、最後に一辺の上部から延ばすようにして屋根を追加した。壁の厚さは一センチもないくらいで、少し色がついているものの、床を覆うものと同じで透けているから中が見える。


「あの、これ触ってもいいですか?」

「どうぞ。叩いても蹴ってもいいですよ」


 ディウニカさんに許可をもらって私は壁に触ってみた。ほんのり温かい。透けているからガラスのように思えるけれど触った感じは違う。すべすべの木の板のようで、そのくせ柔らかさがあって押せば少しへこむ。衝撃を吸収しそう。


「面白い感触です」

「よく言われます」


 この触り心地は一般的ではないらしい。


「穴がいくつもありますけど、空気を通すためですか?」


 壁には横長の四角い穴が複数あいている。穴の大きさや穴と穴の間はバラバラだけれど、なるべく均一にしようと努力した感じがある。


「そうです。完全に通さないわけではありませんが、苦しくなってしまうので。大きい穴がないかちょっと点検してきますね」


 ディウニカさんは銃弾が通ってしまう穴を見つけると、壁に手をついて穴を小さくしていく。

 壁の向こうではアズさんとアネアさんが話している。アズさんが頼みごとをしているようだ。

 屋根もしっかり点検したディウニカさんが戻ってきて「始めてもいいですよ」と言うと、アズさんとアネアさんはお互いに距離を取って、武器を持った。


「樋本さん、あれは今の最長?」


 アズさんを指して立石さんが聞いてきた。


「はい。暑い日が続いたのでいまいち伸びてません」


 アズさんは私が持ち主になってから八月三十一日までに約十八センチ伸びている。そのうち八月に伸びた分は三センチとちょっとだけ。


「でもそろそろ柄が大きくなり始めそうな感じだね」

「そうみたいです。アズさんも一昨日言ってました」


 アネアさんが拳銃を両手で構えてアズさんに向けるなり撃った。でもアズさんには当たらなかった。

 アネアさんはどんどん撃っていく。魔術による銃弾をアズさんは全部よける。銃弾はディウニカさんの壁に当たって床に落ちると消える。今は戦っているというよりアズさんがアネアさんに撃ってもらっているという状況だ。

 次第にアズさんは銃弾を刀で弾くようにもなって、さらには斬った。


「うわ、斬った。やるかなとは思ってたけど」

「銃弾斬る人はあんまりいないんですか?」

「初めて見たよ。剣を盾の代わりにする人なら見たことあるけど」

「あれ、そうなんですか」


 できる人は少ないにしても、向こうの世界のあの組織には何人かいそうだし、そういう人たちを立石さんなら知っていそうなのに。


「弾が速いから厳しいってのももちろんあるけど、よける以外に何かするなら魔術の方が安全だから」

「ああ、斬って対処できるようにしようって考えは出てきにくいんですね」


 できるようになる人がいても練習することはない、と。


「――――――!」


 アズさんが何か言うと、アネアさんは一旦撃つのをやめた。


「ここから戦うつもりだよ」


 これから起こることをメイさんが教えてくれた。

 アネアさんが銃を増やした。そして両手に一丁ずつ持って、


「――!」


 短く叫ぶとすごい勢いで撃ち始めた。さすがのアズさんも簡単には近付けないようだ。

 メイさんによると、先程までのアネアさんは安定のために両手で銃を持っていたのではなかった。左手は加減した弾を作って補充するためにあった。加減する必要がなくなった今は速さ重視でやや適当に弾を作って撃ちまくっている。


「先輩のあの弾はだいぶ攻撃的だから、防ぐの大得意な人以外は避けることを優先した方がいいんだってー」


 弾が攻撃的って、デイテミエスさんが巻き添えくらった矢みたいな感じ?


「……具合悪くなりやすいとかですか?」

「そうみたい。私は受け止められないから、あれでどんな感じになるかはよくわかんない」

「大体の人はちゃんと守っても、ぞわぞわってして、うまく魔力使えなくなっちゃうよ。短い時間だけど」


 メイさんに代わって教えてくれたのは、私が「シーさん」と呼ばせてもらう人。メイさん、アネアさん、ディウニカさんと一緒に来た若い男性だ。

 赤い短髪に水色の瞳の彼は運動が得意そうなイケメンで、私の同級生で言えば西村くんと山村君の同類……進化形? 世界で戦うレベルになってちやほやされる人のような感じ。ジャージがよく似合っている。でも話すと、運動はあまりしていないような、のほほんとしている印象を受ける。


「きみの武器の人は……あんまりぞわぞわしないみたいだね。結構弾いてるけど元気だね」

「影響受けにくく作ってあるんじゃないかな?」


 立石さんが言った。


「弱かったらぞわぞわで動けないどころか、ああやって人になってるのも無理かもしれないから」


 どうなんだろう。後で聞いてみよう。……なんて思っていたら。

 ディウニカさんの壁に大きなヒビが入った。アネアさんの銃弾がたくさん当たってもなんてことなさそうだったのに、急に。


「ひゃっ」

「うわ」

「――」


 私は思わず一歩下がった。立石さんやメイさんも私ほどではないにせよ驚いたようで、声を上げてやや身構えた。

 私の驚きが引かないうちにアネアさんが両手を上げて降参した。彼女はもう銃を持っていない。


「え、あれ、何がどうなったんですか?」


 この疑問には立石さんが答えてくれた。


「アネアさんが特別強いの撃ったけど、アイレイリーズ君はそれをかわしてアネアさんに刀突きつけて勝ち」


 そうか、アネアさんの最後の攻撃がそれまでよりずっと強かったから壁にひびが入ったのか。

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