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66 良いのか悪いのか

 暑いから昼休みは教室で過ごすことにした。

 向かいに座ったはるちゃんを改めて見る。夏休み初日とは明らかに違う。


「朝言いそびれたんだけど、はるちゃん焼けたねえ」

「日本海に行ったらこうなったー。水着の跡がさらにくっきりよ。ああそうだ、お土産があるの。忘れないように今のうちに渡しておくね」


 はるちゃんは一旦自分の席に戻った。

 私は家上くんの席の方へ目を向けた。

 彼も教室にいる。いつもの三人と和気藹々とお弁当を広げている。夏休み前と変わった所はないように見え……あああっ!?


「はい、どうぞ」


 にっこにこの士村さんが家上くんに箸でつまんだ何か(恐らく玉子焼き)を差し出した。差し出すだけならいい。おかずをあげる、貰う、交換はときどきあることだから。でもあの高さは――!


「……? 何やってんだ?」


 家上くんがわかってない! まだ大丈夫っぽい!

 士村さんの箸が家上くんのお弁当箱に降りていった。


「ききょうさんの真似をしてみたのですけど、思ったような反応を得られませんでした」

「何だよ、俺をからかいたかったのかよ」


 ききょうさんってあのツインテール後輩さん? あの人、いつの間にそんなことを……!


「わたしには魅力を感じないということですか?」

「いや全然そんなことはない」


 そーだよねー士村さんって魅力的だよねー。特別かわいいし、癒し系だし、手や足を出さないし、意地悪なことを言うことが少ないし。


「士村がそうしてくるなんて少しも思ってなかったから。きだみたいにわかりやすい言葉を付けてこなかったし」

「では……」


 士村さんが別のおかず(たぶんタコの形のウインナー)をつまんで、


「あーん」


 大変わかりやすくやった。


「俺をからかいたいがために教室でそういうことをするんじゃない」


 家上くんは冷静に拒否した。ほっ。


「顔を赤くしたり慌てたりと面白い反応してくれないんですか」

「しないから」

「……カニさんください」

「ん」


 家上くんはカニの形のウインナーを士村さんのお弁当箱に入れた。うぅ、仲良し……。


「桔梗みたいに照れさせたいなら不意打ちでやらなきゃ」


 涼木さんが士村さんに助言した。

 ……へえ……後輩さんにやられると家上くんは顔を赤くしたり慌てたり照れたりするんだー……。

 ……それは……それは、受け入れたいけれど恥ずかしいってことなんじゃ……。

 あと、それらの反応を示したその後はどうするのかな……。

 はるちゃんがお土産を手に戻ってきた。


「はい」

「ありがとう。……ありがとう」


 お土産の入った紙袋に、はるちゃんの字で小さく「強くあれ」と書いてあった。

 ところでこの感触はもしや。

 私は紙袋を開けて中を見た。


「わあ、これくれるの! 嬉しい!」

「喜んでもらえて良かったー。集めたいって言ってたの思い出してさ」


 はるちゃんがくれたのは、私の好きなキャラクターのご当地ハンカチだった。


☆★☆


 一日の最後の授業の時間に、新学期ということで席替えが行われた。その結果、私の席と家上くんの席の間がちょっとだけ縮んだ。私の席は窓際の前から五番目、彼の席は隣の列の前から三番目になった。

 残念なことにはるちゃんは遠くなった。彼女は廊下から数えて二列目の前から三番目に移動した。

 そして嬉しくないことに家上くんと涼木さんの距離がとても近くなった。私と同じ列、家上くんの斜め前が涼木さんの席だ。でも駒岡さんは廊下側三列目の一番後ろに行った。

 その後、清掃が終わって帰る支度をしている時にアズさんが起きた。


(……席替えってやつをしたのか?)

(はい。はるちゃんがあんなに遠くになっちゃいました)

(遠いなあ)

(家上くんがそこにいるのは嬉しいんですけどね)

(あいつ、後ろに一個ずれただけか?)

(そうなんですよ。一番動いてません)


 かく言う私も大して動いていなくて、二つ横にずれただけなんだけれど。


(涼木さんがこの列の二番目で)


 涼木さんはまだ掃除場所から戻ってきていない。


(駒岡さんはあっちに行きました)


 私と同じく帰り支度中の駒岡さんはお下げのままでいる。せっかくやってもらったのだからと解かないでいたようだ。イメチェンしたのかと葵さんに聞かれて「今日だけよ」と答えていた。


(主にとっては微妙な結果か)

(微妙です)


 忘れ物がないかの確認をして後は帰るだけになった私は、家上くんの様子を見た。

 椅子に横向きに座って、右斜め後ろの席になった葵さんと話している。葵さんは数学の教科書を見ながらときどき頷いている。家上くんが葵さんに軽く教えてあげているようだ。

 葵さんなら声をかけやすい。彼女を巻き込もう。

 私はゆっくり歩いて二人に近付いた。


「葵さーん、家上くん、さよならー」


 かなり自然にできた気がする!


「バイバーイ」

「また明日」


 葵さんだけじゃなくて家上くんも気楽な感じで返事をくれた。

 うん、いい感じだと思う。これを続けていけば、家上くんに話しかけやすくなる気がする。

 はるちゃんと一緒に教室を出る前に、葵さんと家上くんの声が聞こえてきた。


「はー、なるほど。やっぱあんた頭いい。その頭を普段の行動に活かせないの? 勉強に力を割きすぎて会話の予測とかに支障出てない?」

「俺が知りたい」


 去年の今頃の家上くんなら、そんなことを言われることもなかっただろうに。


☆★☆


 廊下に出てから、私ははるちゃんから「良い滑り出し」との評価をもらった。

 そして部活がある彼女とは校内で別れて、一人で学校を出た。

 ……ああ……暑い。久しぶりの学校疲れた。

 アズさんともあまり話さずにややぼーっと歩いていたら、ふと今朝のことを思い出した。

 今思うと、家上くんの発言は不思議だ。

 ……あれは褒められたと思っていいのかな……。

 アズさんの考えを聞いてみよう。


(アズさん。朝、浴衣の写真見た時、家上くんは『大正ロマンな感じ“も”似合いそう』って言ってましたよね)

(言ってたな。つまり浴衣が似合ってると思われたってことだ。良かったな)

(はい、嬉しいです。でも、そう思ってくれたなら、普通そっちを言うものじゃないでしょうか。大正ロマンのこと言うにしても先に浴衣のこと言ってからのが自然だと思います。“も”とは言ってくれましたけど、本当は浴衣は微妙だったんでしょうか……)

(主を期待させるようなこと言うぞ。――見たいと思った願望が漏れたんじゃないか? 褒めるのはうっかり忘れた)


 ……へっ?


(ちょっと質問に答えてくれるか? なあ、あいつによく似合うと思う服装は何だ? 見たことあるの以外で)

(いろいろ考えたんですけど、今のところ一番はタキシードです)

(そうかそうか。ただ単に“似合いそう”って思うわけじゃないだろ? 希望することがあるだろ?)

(着てみてほしいです)


 銀髪家上くんが仮面を付けているのを見て、タキシードが似合いそうだと思った時からずっと。


(あいつが着るだけでいいのか? 主の知らないところで着て満足か?)

(違います)


 着たところを見たいに決まっている。

 …………え。


(見たい、です)

(そうだろうそうだろう。“似合いそう”には“見たい”がくっついてても全然おかしくない。オレだって主の浴衣見たいと思ってた)


 私が持っているような気持ちを家上くんも……?


(オレみたいに前々から思ってて写真見て確信したか、浴衣が結構好みで、袴もいいだろうって思ったか……まあ何にしても、『着てほしい、見たい』とまで思ってなきゃ、褒め言葉の前にあれを言うことはないだろ。もし良くないって思ってたとしたら、あいつなら、適当に浴衣の模様でも褒めるか、制服の方がしっくりくるとか何とか言って済ませるだろうしな)

(そう言われると、そんな気がしますけど……)

(主は主が思ってるより魅力的だぞ)

(それ以上は言わないでくださいね)


 もしかしたら家上くんが私のことをだいぶ良く思ってくれているかもなんて思う時間が長くなったら、ただでさえ暑いのにさらに熱を頭がもってどうかなりそうだし、悪い結果が待っていた時にどんなに暗い気持ちになることか。


(わかってるよ。もしもの時に主が受けるダメージをオレが増やすなんてことしたくないからな)


 本当によくわかってくれている。嬉しいなあ。

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