63 また今度
帰る時間になった。
目印の二本の柱がある部屋で、ウィメさんが「向こうとこっちでの違いを見せてあげるわ」と私に言った。
ウィメさんは鳥居の時と同じように両手を光らせた。柱と柱の間に、膜が現れ……たけれどトンネルの形をしていない。空中にできた謎の染み状態だ。これがこのまま道になるとしたら大人なら頭くらいしか入りそうにない。
「んうー……!」
ウィメさんは重い物でも押しているかのように、力を入れているとわかる声を出した。染みがゆっくり広がっていって、三十秒かかってようやくトンネルの形になった。
「ここからが、また大変でっ」
色が全然濃くならない。
「一人だとっ、こう……!」
立石さんとデイテミエスさんが加勢して、十秒経過してようやく少しばかり色が濃くなったように見えた。
「これで人を増やせばすぐできるかっていうとそうじゃないのがまた面倒でさ」
「しばらくこうしてなきゃいけないんだ」
もうあまり力まなくていいようだけれど、三人は真剣な表情を崩さない。私と美世子さんと辰男さんは見ているしかない。
五分近くかけてようやく柱の向こうの壁が見えなくなった。そして膜が強く光った。
ぎゅっと瞑った目を開けると、トンネルが開通していた。
頑張った三人の息が荒くなっている。デイテミエスさんなんか「うあー……」と呻いていつかの涼木さんのように床に転がってしまった。でも二十秒くらいで体を起こして、かけ声と共に立ち上がった。
立石さんが私をトンネルの真ん前に立たせた。
「ほら、言ったとおりでしょう」
「はい」
長い。遠い。先の様子がわからない。立石さんが走ったら五分だそうだけれど、こうやって見ていると近いとは思えない。来た時と同じ場所を繋いでいるのにどうしてこんなに違うのだろう。
私たち地球人は一旦トンネルに背を向けて、ウィメさんとデイテミエスさんに挨拶をした。「お世話になりました」と私が頭を下げたら、デイテミエスさんは「一緒にすごせて楽しかったよ」と言ってくれた。
そして私たちはトンネルを歩いていく。
「樋本さん」
「何ですか?」
「暇だから今日見たものの話でもしてくれない?」
「はい」
私は立石さんたちに、デイテミエスさんと行動していた間の話をした。アズさんも聞いていた。
「そういえば魔力ある人でも銃使う人を見たことないんですけど、いますか?」
私が質問すると立石さんはまず「いるよ」と答えてから詳しく教えてくれた。
あの世界は魔力と魔術によって近距離でも遠距離でも大ダメージを出しやすいので、銃はあまり発展していないようだ。大戦の初期の頃は銃の出番があまりなかったくらいだという。でも現在の紛争多発地域では多くの銃弾が飛び交っているし、軍人といえば普通は銃を持っているイメージだし、警察官もいざとなれば銃を構えるという。
「銃持った一般人と剣持ったカイネート君だったらカイネート君の方が強いけど、あの若さであんな風に強い人はそうはいないんだ。だから銃は結構有効なんだよ」
「……強い人が銃を使えばとっても強くて良さそうですけど、そうでもないんですか?」
「強くていいよ。だから警察官も軍人も銃を持ってる。じゃあ何でカイネート君は銃じゃなくて剣を振り回してるかっていうと、剣の方が強いから。特に魔獣を相手にする時はね」
「銃だと魔力を活用できない感じですか」
「うん。銃弾は小さいから十分な魔力をこめられなくて、せっかくあんなに速い攻撃ができるのにある程度強い魔獣にはいまひとつになっちゃう人が多いんだ。魔力で弾作ることもできるけど、簡単に作れたとしてもその後だいぶ努力しなきゃいけなくてね。弓なら矢を飛ばす時までずっと持ってるからいいんだけど、銃はそれができないから、気を付けてないと弾の形が崩れちゃったり威力ががくっと落ちちゃったりして難しいんだ。いい状態で保てたとしても一発撃った時にはもう疲れちゃってるから、敵が多い時とかには向いてないね。作った弾使いたいなら杖でも補助道具にしてすぐ飛ばした方がいいって考えの人が多いよ。まとめて簡単に言うと、魔獣との戦いでは銃をうまく使えない人が多数派」
「ということは、魔獣に銃を使う方が強い少数派もいるんですね」
弾に魔力をこめて十分な強さを出せる人がいたから、魔力が無い人用に魔力をこめておくタイプの銃が一旦作られたのだろうし。他にも、しっかりした弾を作れるとか、魔力の上乗せが上手な人とかがいるんだろう。
「そう。実は今日地球に来てくれた四人の中に銃使う人がいるよ。焦げ茶色の髪の毛の人」
あの真面目そうな女性? へー、あの人が。
トンネルの出口が見えてくるまで立石さんはいろいろと私に話してくれた。
例えば、魔術で銃弾の形のもの(新崎さんの矢の弾丸バージョン)は作ることができても金属の弾はできないものだという話を聞いた。でも小さい小さい金属片を出すことができる人はいて、それを使って攻撃する人が大戦中に二人だけ目撃されているらしい。だからもしかしたら金属の弾を出して撃てる人がどこかにいるかもしれないし、今いなくてもこれから生まれてくるのかもしれないとのこと。“特別な上にとんでもない”という人がいるそうだ。
地球では森さんが私たちの帰りを待っていてくれた。
森さんに会釈しつつトンネルを出て、振り返った。やっぱり向こうは見えない。
おかえり。
……行く時に聞こえた声がまた聞こえた気がする。この部屋に私たちの帰りを待っていた十代の女子はいない。でも私はなんとなく、空耳に「ただいま」を言った。
立石さんが道を閉じた。消えるのは早かった。
そして私たちは食堂に移動した。そこには朝にこちらの世界に来た四人が待っていた。彼らの名前を聞いて、私も自己紹介をして、人のアズさんの顔を見せておくことになった。アズさんはいつもの格好で出てきた。はじめましての人たちといつもの調子で少しだけやりとりをして、鞘に戻るとすぐに寝た。
帰宅があまり遅くならないように私も四人との会話は少しだけにして、事務室で小瓶と報酬を受け取った後は寄り道などはしないで帰った。
☆★☆
夜、私が居間でテレビを見ていたらアズさんが起きた。私はセラルードさんの話を聞いてみることにした。
(肖像画のあの顔に心当たりないですか?)
(ある。あの絵のやつは、友達だ。同僚で友達。本当は違う色。わかるのはそれだけ)
(ということは、何らかの理由でその人を描いて色だけセラルードさんにしたんですね)
(そういうことだろうな)
次に結婚相手について聞いてみた。相手がお城で働いていたことを伝えてみたけれど、アズさんは「全然わからん」と言った。
(オレには無いのかもな。二十七だか八だかの頃まで入ってるって聞いた気がするから……付き合い始めたのが二十九とか)
(そういえば何で二十代の所から取ってるんですか? 他の所はだめだったんですか?)
魔術を斬る方法を身につけたのが本当なら四十くらいが強くていいように思う。
(そこが取りやすかったらしいんだ。生まれ変わりのやつが思い出してることが多くて。本当はしっかり魔術斬れると良かったんだけど、二十五以降が含まれててできないこともないはずだからまあいいかって感じらしい)
(それでアズさんは、魔術を斬るのはどうなんですか?)
(やり方聞いたんだけどな。すまん……)
(できなくてもみんなのことちゃんと守ってきたからいいんですよ)
でも欲を言えば、魔術を切り裂くところを見てみたい。かっこよさそうだから。