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61 記録

 私たちは資料室という所にやってきた。本棚があって、椅子もソファーもあって、机があって、パソコンが置かれている。街の図書館を小さくしたような感じの部屋だ。室内にいる人は普通の声量で喋っている。静かに読書や調べ物をする所ではないらしい。


「見た目は図書館みたいですけど違うんですね」

「うん。休憩室その二って感じなんだ。面白いもの少ないから見てのとおりここで休む人はあんまりいないんだけどね」


 デイテミエスさんはある場所で足を止めた。


「ここら辺のが魔獣が出てくる前の話でね、魔獣のいなかった時代に……思いを……えっと、昔のこと考えるんだ」

「思いを馳せるんですね」

「そうそう」


 どんな内容の本が置いてあるのかわからないけれど、一番上から三段目の途中まで背表紙に同じ文字が書かれた本が並んでいる。大長編を書いた人がいるようだ。

 別の場所に移動して、デイテミエスさんが文庫本サイズの厚めの本と大きくて分厚い本を一冊ずつ手に取った。それらを開くことなくパソコンコーナーに向かう。そしてパソコンの前に座り、隣の席の椅子に私を座らせた。なかなかいい座り心地。


「さて。ゆかりさんはセラルード・アイレイリーズのことどのくらい知ってるの?」

「騎士で、アズさんが作られた頃には歴史上の人物で剣豪って感じだったってことと、七十四歳まで生きたってことです」

「寿命まで知ってるの珍しいね。刀のお兄さんが言ってたの?」

「はい。作った人に聞かされたそうなんです」


 アズさんにセラルード・アイレイリーズさん七十四歳の記憶は無い。思い出せないのではなくて、どこにも無いだろうとアズさんは言っている。享年が七十四だということは、作った人たちの中にいた歴史マニアというかセラルード・アイレイリーズさんのファンと、生まれ変わりの人に聞いたらしい。


「何をしたとか、何に勝ったとかそういうことは?」

「私は聞いてません。アズさんも、聞いたかもしれませんけどわからないみたいです。アズさん、昔はあんまり物事を覚えられなくて、忘れちゃったことも多いんです。持ち主の孫の名前がわからなかったり、子供たちのうち誰が一番上かあやふやだったりするんです」


 最近の持ち主の時だと、子供の名前も孫の名前も一度で覚えて、誰が長男だとか誰と誰が従兄弟同士だとかの関係を間違えたことはないそうだ。


「へえー。そういう身近なことも思い出せないってなると今日やってることは本当に大変なことなんだろうね」

「そうみたいです」


 デイテミエスさんはパソコンを操作して何かのページを開いた。文庫本も開いて、両方を確認しながら私にセラルード・アイレイリーズさんについて教えてくれた。


 セラルード・アイレイリーズはアンレール王国(現在の名称はアンレール国)の一般家庭に生まれた。

 幼年の頃から周りの同年代に比べて走ったり木登りをしたり泳いだりすることがよくできた。ただし騎士となるまで魔術はとても下手だった……と大人になった彼が語っている。

 彼は十五歳で騎士の道に足を踏み入れる。見習いだった最初の二年間は、剣や槍などの武器よりも魔術の指導を受けることが多かった。それは「こいつの身体能力なら多少剣の扱いが下手でもどうにでもなる。それよりもせっかくの魔力を活かせないのが問題だ」と判断されたからだった。

 彼の伝説的活躍は十八才の時から始まる。きっかけはある山の麓の村に出没するようになった恐ろしい狼退治に参加したことだった。彼は風のように走る狼に向かって石を投げ、仲間が持っていた槍も投げ、大なり小なり傷を負わせ、追いついて尻尾を掴み、反撃に出た狼を蹴り飛ばし、最後には無事仕留めた。


「まだあんまり剣豪って感じの話じゃないですね」

「そうだね、力業だね」


 二十一の時、魔獣を使った悪事を企んだ輩がいたため、実戦に出る回数が急激に増え、国内各地で大々的に活躍することも増えた。大打撃を与えたり広範囲へ攻撃できたりする魔術を使わない(使えない)にも関わらず一番魔獣へ打撃を与えているのは彼で、戦いの様子を見ていた人が周囲の人に話したことによって彼の活躍は広く知れ渡った(「こんなすごい騎士がいる」であって、名前はそれほど広まらなかったようだ)。そしてモテた。


「真面目で強くて収入がそこそこあって顔が良くてついでに背が高い。……どう?」

「そこまで行くとアイドルの領域なので、身近にいたとしてもあんまり興味わかないと思います」

「そっかー」


 二十代前半でモテ始めたけれど結婚したのは三十になってからだった。

 二十五歳の時に隣国のファルメミア王国(現在は共和国)で開かれた武術の大会に出た。こちらの世界で武術といったら魔術も含まれるので、それはそれは危険で激しくて迫力のある試合がいくつも行われた大会だった。選手に切れない剣や刺さらない槍を使わせたけれど、魔術は「自分で加減しろ」というものだった。相手にひどい怪我を負わせるなど程度の重いことをしなければ火でも冷気でも何でもありだった。そんなルールだから出場者は強い人に限られたが、それでも結構な人数が出た。


「魔術って自分でなんとかしてもらうしかないんですか? 手足を縛って制限するみたいなことできないんですか?」

「制限しようと思えばできるけど、どうしても体調悪くなっちゃうからだめなんだよ。まあ日頃戦ってるなら加減はそんなに難しいことじゃないから大丈夫。んと……ボール持ってるとしてさ、味方がちゃんと取れるように投げるか、敵が取れないように投げるか、調節できる人はできるでしょ?」

「なるほどー。でも出る人を制限するってことは、うっかりしちゃうこともあるんですね」

「うん。年齢分けないでやって、高校生がうっかり強く投げちゃったのが園児に当たるなんてことがないようにね」


 彼は剣を強化する以外には魔術を使うことなく概ね順調に勝ちを重ねたとされる。


「あの、また質問が」

「何かな? 魔術は使わなかったんじゃって話?」

「そうです。何かを強くするのは、デイテミエスさんとしては魔術には入らない感じですか?」

「俺だけじゃないよ。強くするっていっても種類があってね、火とか水とか付けてると魔術だけど、そうじゃなくて魔力で補強するって感じだと、“どうやって持つか”みたいなことに思えるんだよ。特に見てわかんない場合はね。教わらなくても自然とできる人多くて“魔力を使う”の延長って感じ。人によってやり方が違って、判定も分かれる微妙なところなんだ」


 準決勝でとうとう負けてしまうが、その試合で剣豪らしいことをした。


「この時にね、魔術を切り裂いたんだ。それで、あいつの剣の腕はすごいぞって外国でも有名になったんだよ」

「……攻撃を斬ったんですか?」


 そういえば防いだのは見たことあっても斬った人は見たことがないような。


「魔術を切り裂くってどういうことか訳わかんないよね。俺もわかんない。攻撃を斬ったってのはたぶん合ってる。相手が動かしてる生き物みたいな水をね、斬ってただの水にしたんだよ。でもそんなことした人他にいないから、歴史を研究してる人も戦い方を研究してる人も正しいことはわかってない」


 あ、そうなんだ。


「当時見てた人たちもわかってないし、それに斬った本人もこの時はまだ、なんか知らないけどできたって感じだったっぽい」

「それならその話は創作なんじゃないんですか?」

「微妙なところ。魔術の制限だけじゃなくて妨害だってできることだからね。でもね、それを剣で斬るってことでやることができるかはわからないんだ」


 アズさんはできるのかな……?


 武術大会の後、彼に好意を寄せる人がますます増えた。既婚者が言い寄ってきて面倒事になったこともあるとかないとか。


「結局結婚したのは……えっと、何て訳したらいいんだろ……。お城で働いてた人なんだけど。偉い人のお世話とか部屋の掃除とか。女中?」

「女中だと一般家庭とか宿屋とかの人で、今はお手伝いさんとか接客係です。お城で偉い人のお世話なら侍女じゃないでしょうか」

「じじょ……二番目の女の子しか出てこないや。お手伝いさんって感じじゃないなあ。あ、あれは? メイドさん。格好は似てるよー」


 デイテミエスさんは別のウェブページを開いた。画像がずらりと並んでいる。「メイド」的な言葉で画像を検索したんだろう。白黒写真とか写実的な絵とか昔のものと感じるわりには、かわいいを強調したかのような、現代の楽しむためのものっぽいメイド服に身を包んだ若い女性の画像が多く表示されている。丈の長いものから短いものまで様々だし、色の種類も豊富なようだ。


「メイドさんもお手伝いさんらしいですけど……それよりこれ、本当に着てたやつですか?」

「うん? あー、お遊びっぽく見えるんだね。写真は本物のはずだし、好みを描いたってのはここには出てないと思う。この絵のはお城に展示されてるの見たし」


 デイテミエスさんがとある画像をクリックして大きく表示させた。お盆に何かを載せて運ぶメイド(仮)の絵だ。茶髪の彼女の白いエプロンにはレースが付いていて、その下の深緑色の丈の長いドレスの裾と袖にフリルが付いている。頭にはドレスと同じ色のカチューシャ。靴は黒。……他のものに比べるとやや地味だけれど、袖がこんなにふりふりでいいんだろうか……。


 結婚してからしばらくは華々しい活躍の記録はない。主に後輩たちの指導をしていた。

 次の広く知られる活躍は四十歳の時。また隣国での武術大会に出た彼は、魔術を切り裂く方法をしっかり身に付けていて優勝した。

 そしてその四年後。成し遂げたことの剣豪的なすごさとしては四十歳の武術大会に劣るかもしれないが、とても有名な話がある。


 デイテミエスさんが大きい方の本を開いた。彼は目次を見て何回かページをめくり、本を横向きにして私に見せた。横長の絵がでかでかと掲載されている。余白はわずかしかない。

 ボロボロの深緑色の服を着た人が、ひっくり返った四本足の何かの胴体に剣を突き立てている。


「これがね、セラルード・アイレイリーズの一番有名な絵。想像で描かれた場面だけど、画家はセラルードに会ったことがあるし、着てるものも正しいんだ。これは騎士団の制服で、博物館に別の騎士が着てたのが展示されてるよ」

「これ何ですか?」


 私は四本足を指差して質問した。


「魔力を持ってる狐の仲間。本当にいたんだよ。セラルード・アイレイリーズは命令されて駆除しに行ったんだ。一人じゃなくて部下引き連れてったはずだけどね」

「こういう動物がいるんですか?」

「魔力を持ってたのは何かの加減だけど、こういう大きいのはいた。猫の仲間に虎とかライオンがいるでしょ? そんな感じでさ。狭い範囲にしか住んでなかったから、二百年くらい前の火山の噴火で絶滅したって言われてるよ。こいつは特別大きかったみたいなんだけど、魔力があって強かったから、食べるものを手に入れやすかったと思う。それで他より大きくなったんだろうね」

「どうしてこの絵が一番有名なんですか?」


 みんなが知っているような歴史上の人の絵や写真といったら普通はその人の顔や格好がよくわかるようなものだと思うのだけれど、この絵はそうでない。偉人の絵というよりは戦いの絵に偉人がいる感じ。


「かっこいいからだよ!」


 デイテミエスさんがパソコンを操作してページを少し上へ戻した。そして出てきた縦長の絵をびしっと指差した。


「見てこの微妙な肖像画!」

「えっ、これセラルードさんだったんですか」


 三十前後に見えるハンサムな人の絵だ。軍服っぽい群青色の服を着て、左手で剣を鞘ごと持って佇んでいる。髪と瞳の色の組み合わせはアズさんだけれどアズさんに似ていない。


「顔はいいし、騎士って感じあるけど、剣豪的なかっこよさが足りないし強さもあんまり感じないでしょ?」

「騎士的っていうのはいまいちわかりませんけど、この人が剣豪だよって言われるとうーんってなるのはわかります。遠距離攻撃系とでも言えばいいのか……剣より魔術を多く使いそうな感じです」


 この絵の人よりは……はるちゃんのお父さんの方がしっくりくる。うん。


「やっぱそう思うよね! っていうわけで」


 デイテミエスさんは本を指で軽く叩いた。


「あんまり顔が見えないけど、こっちの絵の方がいい! って思う人が多くて広まったらしいんだよ。肖像画は本人じゃない説あるし」

「何かおかしい所でもあるんですか?」

「描かれた当時から別人だって話がずーっとあるんだって。似てないって思った人がいっぱいいたのかもね。何でこんな人になったかっていうといろんな説があってね。顔を広く知られてこれ以上モテると困ると思ったとか、画家の前でじっとするのを嫌がって別の人に代わってもらったとか、忙しすぎて画家が想像で描くはめになったとか、画家が下手で本人だけど別人にしか見えなくなったとか」

「……これ、携帯で写真撮ってもいいですよね。アズさんに見せてみたいです」

「『オレの方がいいだろ?』みたいなこと言いそうだねー」

「ふふ、それがそうでもないんですよ。人の時の見目の良さはあんまり自覚してないみたいで」

「へえ。刀の時は自信ある感じなのに」


 私はパソコンに表示されている肖像画の写真を撮って、その後についでにどうかとデイテミエスさんに言われて、大きな本の“有名な絵”も撮った。後でアズさんに見せて何か思い出すことがあるか聞いてみようと思う。


 魔力持ち狐退治の二年後、魔獣を利用して悪事を働く大きい組織が精力的に活動したために、彼は国の枠を越えて活躍する。

 その後は比較的平穏に過ごし、五十五歳で退職する。そしてその十九年後に亡くなるが、その前日まで自分の子や孫、騎士を目指す子供たちに何かと教え続けた。

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