60 偉い人
食後に食器の返却のために席を立った時、壁際に置かれたテレビが目に入った。
すごい人が映っている。とんでもなく美人だ。美しいの中に少女らしいかわいらしさがある。肌は白く、薄い赤色の目はぱっちりしている。紺を基調としたドレスに身を包んで、スーツを着た男性と握手をしたり並んで歩いたりしている。年は私に近そうだけれど、同年代の人たちからはあまり感じない何か……色気? そんな感じのものがある。テレビ越しに見てこう思うのだから実際に見たらすごいだろう。腰まである髪は、顔の周りは銀色なのに下にいくにつれて金色になっている。あえて欠点を言うなら色白で痩せでやや不健康そうに見えるところ。
すごく気になったからデイテミエスさんに聞いてみる。
「テレビに大写しになってるあの人、何ですか?」
「レゼラレムっていう国の王様。女王様か。象徴とかじゃなくて、本当に一番偉いんだって」
「えっ!? まだ若そうなのに」
「うん。十八だったかな? あだ名が、あー……月のお姫様?」
月? お姫様? かぐや姫的な話があるのかな。
「ほら、あの髪の毛と目の色がね、月みたいでしょ? 向こうも月赤くなることあるよね?」
「あー! 確かに……。あれって地毛なんでしょうか?」
「たぶんね。魔力の関係でああなる人いるから」
食器を返却してから席に戻ると、エイゼリックスさんから月のお姫様の国の話を聞くことができた。
「あの国は、怪しいと言われてきた国の一つです」
怪しい? ここの頂点にいる人がそう言うということは……国家ぐるみで魔獣を作っている疑惑をかけられてきたとか?
「簡単に言えば、長い間鎖国をしていたのです。出島は無くて、魔術による守りがとても固くて、どこの国のペリーも交渉できずに帰りました」
「すっかり閉じていたのに、他と競争して進歩したような国の上をいく力を持ってたっていうことですか?」
「そういうことです。閉じたその時にそこまでいっていたのかもしれませんし、閉じている間にも国内で競争し続けたのかもしれません。どちらにしろ閉じた時に近くの国より優れていたことは確かです。何しろ国全体を囲ってみせたのです。他の国は囲むとしたら街一つでした。あの国はそんなに大きくない国ですが、それでも街一つよりはずっとずっと広いです。それで閉じこもっていたので、何か変なことをしているのではと、魔獣を作ってあちこちに送り込んでいるのではと思ってしまう人が多くいました」
やっぱり魔獣のことで疑われたんだ。
「それを聞いてみた国とかはないんですか?」
「あります。近くの国々が一緒に質問に行って、離島で返事をもらいました。迷惑をかけることは何もしていないというのが答えでした。疑われたことで少しは開くかと考えた人がいたようでしたが、そんなことはありませんでした」
エイゼリックスさんが話すのを聞いていると、すごく頑張って日本語で話してくれているように感じる。滑らかだし、発音が変ということもないし、決して下手というわけではない。ないのだけれど……言い方と言葉が優しいというか易しいというかで、頑張っているように感じる……? デイテミエスさんだって難しい単語はあまり使わないけれど、彼は頑張っているという感じはない。違いは何だろう。雰囲気のせいかな。エイゼリックスさんはただ者ではない、怖いとも言える感じなのに、堅さや怖さの少ない表現をしているから?
「それなら開いた理由は何ですか?」
「方向性を変えたとあの国は言いましたが、外がある程度進歩したからではないかと言われています。閉じたままでは国を守れるかどうか怪しくなったのでしょう。世界大戦が終わってから開きました」
「その大戦には巻き込まれなかったんですか」
世界大戦というからには大規模であちこちで衝突があったと思う。
開国させようとした国が複数あるのなら、戦争で遠くに行く際に中継地にしたいとか、防衛の拠点にしたいとか思った国もありそうなものだけれど。
「巻き込もうとした国がありましたが、いつかのように交渉ができず攻撃も通じませんでした。迎撃で飛行機がいくつも落とされましたし、ある国はだいぶ怒らせて反撃されて、船が沈むことはなかったようですが片っ端からボロボロにされたそうです」
うわ、固いっていうか強い。
「すごいですね……。でもあんまり余裕がなかったんですね」
「ええ。それに他の国から見ると不便な生活をしていました。大戦が終わった一年後に近くの国とだけ貿易を始めました。それから少しずつ関わる相手を増やしていき、生活の質が上がって発展したそうです。一昨年にはあのレーカレーノ女王になって観光客も受け入れるようになりました」
じゃあ、あの人は十五、六才で国の頂点に? すごすぎる。
「ちなみにこの組織への参加はまだです」
「怪しまれたのにですか」
「怪しまれたのにです。外国の軍人を中に入れなくていい、少し人を送ってくれるだけでもいいからと他の国々は言っているのですが……もしかすると外への恐怖のようなものが強くあるのかもしれません」
「ずっと閉じてて魔獣がいなかったから、魔獣が怖いということはないですか?」
「それはないでしょう。鎖国の間もたまに現れたようです。国全体を囲っていましたが、危ない時以外は壁を低くしていましたし、上がすっかり開いていました。飛べて、見つからないのであれば入れたのです」
上が……。それなら、開国した理由の一つに飛行機がありそう。落とせたけれどギリギリだったとか。
「さて。あなたにレゼラレムのことを長々と話した理由はわかりますか?」
「……仮面の人たちに関係ありそうな国だから、だと思います。銀髪の人の剣が狙われている理由として、あの剣に魔術を大幅に強化するような機能があるとしたら欲しがる人がいるんじゃないかってアズさんが言っていました。そんな感じの、魔術関連のすごいものを作りそうな国だと今お話を聞いていて思いました」
エイゼリックスさんが微笑んだ。
「そのとおりです。それに私たちを避けて説明しないというのがあの国らしいとも言えます。あの国の国民ではないとしても、あの国の誰かから指示を出されて黙っている可能性は高いかと思います。知ったところで何にもならないかもしれませんが、憶えておいてください」
「はい」
あの女王様、家上くんたちと面識があったりするのかな。
☆★☆
エイゼリックスさんの話が終わった後、私はアズさんを起こした。
(どうですか、できそうですか?)
(ああ。大丈夫だ)
寝ていた時間はそれほど長くなかったけれどだいぶ回復したらしい。声がしっかりしていた。
立石さんたちにアズさんを預けて、午後も私はデイテミエスさんと一緒に行動する。アズさんの元の人についていろいろ教えてもらうことになった。
廊下に出て、周りに人がいなくなった時にデイテミエスさんが言った。
「支部長、ゆかりさんの前で緊張してたみたい」
「え?」
ここのトップであるエイゼリックスさんが私相手にそんなことってありえる?
「ゆかりさん、支部長のことちょっと怖かったでしょ? 怖いまではいかなかったとしても緊張はしたでしょ? そんな顔してたよ」
「そうですか……。偉い人で、会ったことないタイプで、緊張しました」
「そうでしょそうでしょ。支部長はさ、一般人の未成年を怖がらせちゃいけないって努力してたと思うんだ。総長さんと日本語で話してる時と違う感じだったからさ」
そっか。それで頑張って話してくれているように感じたのかも。
「優しい人なんですね。表情が穏やかでしたし」
「うん」
デイテミエスさんは笑顔で頷いた。自慢の上司ということなのかもしれない。




