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6 たぶん

 駅を出て学校まで歩く。

 この街は私にとっては都会だ。道は広いし大きな建物がいくつも建っている。


(……たぶんなんだけど)


 自信なさげにアズさんが言う。


(一番目と二番目の主がこの辺に住んでた)


 電車の中で聞いたことだけれど、アズさんは昔のことをあまり思い出せないそうだ。たくさんのことを忘れてしまったし、そもそもろくに覚えられなかったらしい。持ち主の家族でさえ顔と名前が一致するようになるまで相当時間がかかったとか。


(地名に覚えでも、って、ありますよね)


 ここはそれなりに有名な所だ。地名に覚えがあるから住んでいた所とは限らない。


(そうなんだよな……前の主と何度か来たし。まあオレが合ってるとして。あの二人は、結構あっちの世界に関わってた。侵入者がよく来てたし“ちゃんとした道”の入り口が家の近くにあったんだ。だから、この辺りにはあっちのやつがいてもおかしくないと思う)

(そうなんですか!)


 家上くんの出自に別の世界が関わっている可能性が高くなった。家上くんは学校から徒歩圏内に住んでいるからだ。走れば十五分かからずに登下校できるらしい。


(そういえば、アズさんはずっと県内ですか?)


 三番目の持ち主からはどうだったのだろう。


(あー、たぶんそうだな。旅行だの子供の結婚式だの、出かけるってことでしか外に行ったことがないな)

(再来年からは大都会暮らしに付き合うことになるかもしれませんよ)

(変わらず田舎暮らしとどっちが可能性高い?)

(どちらかといえば田舎です)


 遠くに行かないと学べないことに興味があるわけではないし、近くを選べるくらいの成績は取っている。三年生になったら変わるかもしれないけれど。

 駅から歩くこと二十分。いつもどおりの時間に学校に着いた。

 今朝は、家上くんは自分の席で本を読んでいて、美少女三人は教室の後ろの方で時間割を見ながら仲良く喋っていた。

 私は自分の席に座り、リュックから物を出しながらアズさんに話しかける。


(アズさんアズさん。窓側の二列目に、本読んでる人がいるでしょう? 銀髪の人、あの人です)


 昨日の家上くんはとても素敵だったなあ……。もしあの人が家上くんじゃなかったら、ふ、二股?


(ほほう。主はあいつのことが好きなんだな)


 ……へ? えええ、即バレた!?

 声を出してしまいそうになって、私は慌てて手で口を塞いだ。


(何で、何でわかったんですか?)

(主の気持ちは、オレに望まないものでも強いとわかることがあるんだ。なんとなくだけどな。それに鞘の外だと全くわからん)


 そんなあ、そんなあ……。


(そんなに恥ずかしがるなよ。ほら、オレ刀だから、主の持ち物なんだから気にすんなって。誰かに言うわけじゃないし)


 ……そっか……アズさんは私の持ち物だから、私の気持ちが隠せなくてもいいのかな……うぅ。

 机に突っ伏したいのを堪えて、今度は駒岡さんのことをアズさんに教える。


(後ろの方で喋ってる三人組がいるの見ましたか?)

(おう)

(ポニーテールの人が昨日の赤い人だと思うんです。それと、髪の毛長い人もたぶんあの中にいたと思います)


 ポニーテールは駒岡さんのことで、髪の毛が長いのは涼木さんのことだ。ちなみに士村さんの髪は短くて、肩より少し上までしかない。


(もう一人の子は?)

(わかりません。でもあの人たちはいつも一緒だから、いたのかも……)


 銀髪家上くんは「みんなは見たか?」と赤髪駒岡さんに聞いていた。あの二人の他に涼木さんだけなら「みんな」とは言わないだろう。士村さんも先輩二人も後輩さんも膜の中にいたのかもしれない。


(何してたと思いますか?)

(魔獣退治ってのが一番可能性あるな。閉じこめられたのが自然と力尽きるのなんか待ってられない、って率先して消してくやつが昔いた)


 家上くんたちがわざわざ私の家の辺りまで魔獣退治に来ていたと?


(あれができたことって、遠くから探知できるものなんですか? うちの辺りでまたああなったとして、ここからわかりますか?)

(さあな。一キロぐらいならわかるやつがいたが。オレが知らないだけで、技術が進歩してるのかもしれないな。――後ろ)


 アズさんが「後ろ」と言った直後、


「だーれだっ?」


 そんな言葉と一緒に私は目を塞がれた。

 この声はわかる。

 ふふ、今日は学校行くってメールくれたもんね。


「はるちゃん」

「当たりー」


 手がどかされたのですぐに振り向くと、昨日休んでいた友達が明るい笑顔を浮かべていた。

 彼女の名前は小野春代(おのはるよ)。私は彼女のことをはるちゃんと呼んでいる。


「おっはよー」


 両手を顔の横で振るはるちゃん。彼女は私より少しだけ背が高い。


「おはよう。元気そうで良かったよ」

「もう大丈夫ー。あ、そうだ。昨日の生物と古典のノート貸してくれない?」

「ちょっと待って……はい、生物の。古典は自習だったからないよ」

「やったっ。ラッキー。ありがとね」

「どういたしまして」


 はるちゃんは私のノートを持って自分の席に座った。

 それから少ししてチャイムが鳴って、士村さんが私たちの教室を出ていった。

 私の右斜め前の席に駒岡さんが座る。

 駒岡さんの髪はやや茶色い。赤も少し入っているように見えないこともないけれど、昨日見た赤色とは違う。日の光がどう当たってもあの色にはならないと思う。

 家上くんも改めて見てみる。黒髪だ。白髪が多いということはない。茶色に見えても銀色には見えない。


(アズさん、何でこの人とあの人は髪の毛の色が変わってたんでしょう?)

(そうだなー、普段隠してるのを出してたか、魔力使うのに当たって変わってたかのどっちかだな)

(魔力使うと髪の毛の色変わるんですか?)

(魔力ってのも人それぞれで、それがなぜか毛の色に現れてるようなんだ。親子とか兄弟で一緒の色なことが多いから、遺伝するものなんだろうな。でもこっちのやつの血が入るとそうじゃなくなって、毛の色と魔力は関係なくなる。かと思えば魔力使うって時には色が魔力と一緒になるんだ)


 昨日聞いた、別の世界の人とこの世界の人の子は、普段はこの世界の人と変わらない、というのはそういう意味だったのか。

 アズさんが一通り喋ったところで担任の先生が前の扉から教室に入ってきた。そのすぐ後に、後ろの扉から生徒が三人。

 またチャイムが鳴った。

 私たちのクラスは、今日は遅刻なしだった。

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