58 今さらの話
大木のある所に連れてきてもらった。
「はい、これが通称、御神木。ちなみにケヤキです。でも日本のとは何か違うかもね」
「ほわー……立派ですねえ」
周辺には大きな木がたくさん生えているけれど、デイテミエスさんが「御神木」と言った木は特に大きい。高さもあるしすごく太い。二千年くらい生きていそう。
「これがあるから、何か施設を作るとしてもここらは手をつけないでおこうってことに昔からなってるんだ。御神木だからじゃなくて、ただ立派だから、ね」
「そういえば“通称”なんでしたね」
「この国にも周りの国にもそういうの無いからね。海の向こうにそういうものがあるってことは昔の物知りさんは知ってたんだけど。これ見た日本の人が『祀られてそう』って言ったからその人に教えてもらってなんとなく理解して、大事にする木って意味でこれを御神木って呼んでみるようになったんだって」
「囲ったりはしないんですか?」
「人が大勢来る所でもないからね」
せっかくだから木の下で一休みしていくことにした。
地面の上に出ている根に腰掛けて麦茶を飲む。私は水筒のふた兼コップで、デイテミエスさんは魔術で作った氷のコップで。
麦茶を注ぐ前に氷のコップを持たせてもらった。
「わあー! すごい! ちゃんとしたコップになってる!」
厚みがあってちょっと重いけれど形はいい。歪みがほとんどない。そして透明度が高い。商品にできそう。
「器用っていうか職人さんみたいです」
私がそう言うとデイテミエスさんがとても嬉しそうに笑った。
「えっへへへー。これならすごさが想像できる?」
「はい。氷は私にもわかるものですし、これならどうすれば作れるか考えられます。私じゃどうしたって道具も時間もいりますけど、デイテミエスさんはそうじゃありません。あんまり時間かけないで用意したことも、用意されたこれの出来もすごいとしか言えません」
「んふふふ、照れるなー」
麦茶を注いでデイテミエスさんに返す。それから自分のコップにも注いで飲んだらいい感じに冷たかった。
「あー……いーねえ……」
「そうですねー」
枝葉が夏の日差しを遮っているし、いい具合に風が吹いてくる。そして麦茶がおいしい。
一杯飲み終えた私は、デイテミエスさんに質問をしてみることにした。
「今さらなんですけど」
「んー?」
デイテミエスさんはコップに口を付けたまま私を見た。
「ここってどういう所なんですか?」
「本当に今さらだね……。一応聞くけど、どういうって、何を知りたい? 俺たちがここで何してるかってこと? それとも地理的なこと?」
「両方です。デイテミエスさんたちのことは聞いてますけどもう少し知りたいです。地理の方は、標高高めってことくらいしか知りません」
別の世界まで魔獣を追いかけて、アズさんを作った組織がどんな風に存在していたのか、アズさんが思い出したことがあれば教えてくれたし、現在のことは立石さんから聞いた。
「そっか、両方か。それじゃあ知ってることを教えて」
「えっと、ここは表向きはただ魔獣を退治する組織だそうですね」
こちらの世界の一般人にどういう所と認識されているかというと、魔獣と戦う国際的な組織の支部の一つだ。
魔獣と戦うその組織は、いろんな国が少しずつ差し出した戦力で構成されている。どこに住んでいようと何を信じていようと魔獣は人類どころか全ての生き物の敵だから、余裕がないとか変わり者の国以外どこも協力している。
支部には大きいものと小さいものがあって、ここは大きい所で、周辺の小さな支部をまとめる役割もある。
アンレールという国のメイセル県のフィウリー市にある大きい支部ということで「アンレール・メイセル・フィウリー大支部」という名前が付いている。大抵は「フィウリー支部」と呼ばれる。アズさんの記憶では「アンレール二番」で、実際昔はそう呼ぶ人が多かった。
アズさんが完成した時点では、五ヶ国がそれぞれ魔獣退治専門の組織、部署を用意して、それが国の枠を越えてまとまっているような感じだった。
「ここの一部だけが特別なことをしていて、向こうのことは、偉い人でも知らないことが多いんですよね」
特別なことというのがつまり、別の世界での魔獣退治のこと。
ここの支部の中に別の世界と関わる組織があるという構造になっている。ここで仕事をすることにならないとその小さな組織の存在を知ることはほとんど無い。知っても「魔力の無い人向けの武器制作をしている」というだけの認識の人もいる。
「うん。ねえ、それだけ知ってれば十分な気がするし、教えられること他に思いつかないんだけど」
「どういう人がいるのかって言った方が正確でした。ここはいろんな国から来た軍人さんがいっぱいいるって思っていいんですよね?」
「そうだけど、ここはこの国の人が多いし、他の所もその国の人が多くなってるよ。あと、大抵はゆかりさんの言うとおり選ばれたり志願したりして派遣された軍人なんだけど、その国の軍には所属してない魔獣専用の集団から人を寄越す国もあるし、戦い以外のことなら地域の普通の人を募集するし、戦う人でも直接就職する人もいるー。ここは特別なことしてるから直接の人の割合が高いよ。俺もそうなんだけど」
「それじゃあデイテミエスさんの職業って何なんですか?」
「軍人。魔獣と戦う軍隊の人。……あんまりしっくりきてないんだよね。元々さ、国の軍隊とは別に作られた魔獣退治用の組織で、軍より消防に近い感じだと思うんだ。軍人がいっぱい参加してるし結構な戦力持ってるから軍隊扱いはしょうがないんだけど……」
愚痴のようなことを言うとデイテミエスさんは麦茶を全部飲んだ。私がおかわりはいるかと聞くと、彼は言葉で答える代わりにコップを宙に浮かせてすーっと移動させて寄越してきた。まさかそうくるとは思わなくて驚くと同時に感心した私の反応を見るとにこにこした。
私は止まったコップをつんつんつついてみた。一ミリも動かなかった。
「こ、これ、このまま注いでみていいですか?」
「うん。やってみて」
麦茶が入っても、浮かぶコップはまるで下に見えないテーブルでもあるかのように安定していた。
コップを手元に戻すとデイテミエスさんはまたおいしそうに麦茶を飲んだ。
地理的な話に移る。
デイテミエスさんはまず、私たちが今いる国のことを簡単に説明してくれた。その後はここが国のどの辺りに位置するかを言って、この地域の話になった。
「で、夏はまあこんな感じで、冬は国の中では寒い方。雪が降るけど、たくさん降るわけじゃないよ。今年は珍しく車が埋まったけど。あとは……」
デイテミエスさんはコップをガジガジかじりながら考える様子を見せた。そして何か思いついたらしく、口からコップを離した。
「はい問題です。ここの標高はどのくらいでしょう。この世界で最も使われている単位、ラーエでお答えください。一ラーエは一.三メートルです」
む……。
落ちていた小枝を拾って、地面で筆算する。
「……七百……七十七」
私が単位を付け足す前にデイテミエスさんが「えっ」と言った。
「何で一の位まで完璧なの」
「正解ですか? やったー! あのですね、千メートルくらいかなって思ってて、わざわざ単位を指定して問題を出してくるならちょうどいいとか七百八十九とかそういうのかもって思って、ぞろ目でいってみました」
「バレバレだったのかぁ」
☆★☆
元いた建物の前まで戻ってきた。
まだ建物の中には入らないで裏へ回る。
駐車場があって、その端にフェンスがある。フェンスはすごく高いというわけではなかった。三メートルくらいだ。でも横には長い。
フェンスの向こうを見る。
私がいるのは高台だった。下に見える街はそこそこの都会ではないかと思う。
川が街を斜めに分割していて、川の向こう側の方に大きな建物が多い。手前側は民家が多いようで、ゆるやかな三角の屋根の小さめの建物がたくさん見られる。
私が普段見ている街と大きく違うのは色だ。色の数だけで見たら日本とそう変わらないかもしれないけれど、それぞれの建物の主張が激しい。例えば緑の屋根に赤紫の壁の「ぶどうをイメージしました」といった感じの、日本に建っていたら「どんなこだわりを持つ人が住んでいるのだろう?」と思ってしまうようなカラーリングの家がいくつも建っている。隣の建物に近い色にしてはいけないなんて条例でもあるのだろうか。見事に色がバラバラだ。
「景観も何もねえ! って感じでしょ?」
「これはこれで物珍しくて歩き回ってみたい感じです」
「そう? まあ確かに街並み目当ての観光客多いんだけどね。俺はもうちょっとまとまってた方がいいなあ。いろんな色があるにしても淡い色に限定するとかさー」
全部が淡い色かー。ずいぶん印象が変わりそう。
「何でこうなってるんですか?」
「えっとね、四十……一か。四十一年前に大地震があって、直した時に好き勝手したらしいよ。業者が『こんなのも選べるよ』って言ってみたらみんな『どうせだからやってみるか』って。百年くらい前の地震でも散々なことになって、その後にもわりと自由にしてて、古い街並みが残ってたとかそんなわけじゃないからあんまり文句もなかったって。あとね、この辺の神様がたくさんの色の綺麗な服着てるって言われてるから、それを考えるといいことだって言う人もいるよ」
たくさんの色の綺麗な……綺麗……うん。
「…………神様の極彩色の衣の街って考えると、いいですね」
「わあ、なんかかっこいい言い方だね!」
お? 思いの外いい反応をもらった。
「宣伝文句にするにはちょっと長い気がするけど」
「ですよね」
最初は「極彩色の衣の神様の街」と考えたけれど、デイテミエスさんの言い方からして極彩色神様の勢力圏はもっと広そうだから変えた。どっちにしろ「の」が三つあって長ったらしくて微妙だなと思う。