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57 強い

 やることが終わるとクロさんたちはパパッと片付けて撤収した。銃や的は荷車に積んでいった。

 私とデイテミエスさんは少し散策する。お昼まで自由にしていいそうなので、気になるものがあったらじっくり見たり触ったりすることができる。

 ワイン色のおいしくないきのこをまた見つけて、笠の裏を見てみたら表に比べて色が鮮やかだった。

 蟻は日本にいるものと違う所はないように見えた。

 緑っぽい黒の鳥がすずめみたいにちゅんちゅん鳴いているのを聞いた。

 色は違うけれどたんぽぽにしか見えない花が咲いていた。秋には綿毛になると教えてもらった。

 スズメバチみたいな大きい蜂がいて怖かったけれど、デイテミエスさんが冷気で弱らせた。


「今、魔術のすごさを一番理解できた気がします……!」


 脅威だと私が認識している生き物が、道具を持たない人間に一方的にやられる様は衝撃の光景だった。


「俺かっこよかった?」

「はい!」

「そんな風にキラキラした目で見てくれるなんて嬉しいなー!」


 来た道を途中まで戻って別の道を歩いていくと、何かが爆発したかのような音が聞こえた。魔術を使って訓練している音だとデイテミエスさんが言った。

 さらに進むといろんな音や人の声も聞こえるようになった。そして開けた場所に出た。ただ木を切って広い場所を確保しただけのような所だ。そこには繰り返し攻撃する人たちとずっと防いでる人たちがいた。防いでいる人の後ろには椅子とかパイロンとか樽とかいろんな物がある。


「こっち側の人たちは防御が得意な人たちで、今やってるのは後ろにある物を守りきる訓練だよ」

「へえー」


 許可を貰ってしばし見学させてもらうことにした。木陰に座って眺める。

 離れた位置から攻撃される度に盾を出す人は、ボールをひたすら打ち返すテニス選手のようだ。ずっと盾を出している人は、攻撃する側にシューティングゲームをさせているかのよう。

 攻撃する側はいろんな手段で攻撃している。剣で盾を切り裂いてしまう人、黄色士村さんも見せた針のようなものを機関銃のように連射している人(一発の威力はあまりないみたい)、すごく強い水鉄砲のような攻撃を繰り出す人、隙あらば槍で突こうとしている人(動きが速すぎて私には瞬間移動に見える)、丸い魔力の塊を野球選手のように投げる人……。

 ときどき遠くからなんかすごい威力の緑色の大きな矢が飛んできて、守る側の体力を大幅に消耗させている。次に来たら脱落しそうな人がいる。


「どうして守ってばっかりの練習してるんですか? ここの人はデモ隊とか相手にするわけじゃないですよね?」

「さっき、あの人たちは防御が得意って言ったけどね、攻撃がとっても苦手でもあるんだ。実戦では攻撃は他の人に任せて、一般人や仲間をとにかく守るのが役目なんだよ」

「なるほどー。あのピンクの人のは何かぶつかると金属みたいな音がしてますけど、あっちのオレンジの人のは音が響かなくて違う感じです。触り心地なんかも違うんでしょうか?」

「だいぶ違うはずだよ。あ、そうだ、俺のでよければ触ってみる? 魔力の塊。まだ触ったことないでしょ?」

「触っていいものなんですか?」


 デイテミエスさんが提案するのなら問題ないのだろうけれど、油断するなと言われたばかりだから質問してみた。


「俺のは、っていうか攻撃するつもりがなかったら大体みんなそうだけど、触ってもどうもならないよ」

「そうなんですね。それなら触ってみたいです」

「ちょっと待ってね」


 デイテミエスさんは両手を向かい合わせて小さいおにぎりを握るかのような形にして、おにぎり作りとは程遠い真剣な顔をした。手と手の間から魔力の光が漏れてきた。


「んぬぬぬぬぬぬ……!」


 新崎さんが矢を出すのに比べるとだいぶ時間がかかっている。つららをたくさん出すのは得意でも魔力の塊を出すのは少し苦手なのかもしれない。それとも新崎さんや黄色士村さん、あずき色の男の子、ここでの攻撃係の人がすごいんだろうか。


「できた! 手を出して」


 私は両手をくっつけて皿のようにして出した。

 デイテミエスさんの手から魔力の塊がころんと落ちてきた。色は彼の髪の色より少し濃い。形は丸くて大きさは直径二センチくらい。軽くてほんのり温かい。それを私は手の上で転がしてみたり握ってみたりする。この感触は………………


「どう?」


 ……これは……!


「ずっと握られていた消しゴム」


 が一番近いと思う。柔らかいけれど自在に形を変えられるわけではなくて、固さはあるけれど力を入れたらぽろっと一部が取れたりはさみで切ったりできそう。


「中学生の時はクッキーの生地だったんだー。しゅーくんの矢ならもっと硬くて武器になりそうな感じのはずだよ」


 あれ、いつの間に新崎さんのことをしゅーくん呼びに。


「デイテミエスさんはこういうので攻撃しませんよね」

「苦手だからあんまりしないね。普通の人に比べたらできるけど、戦える人がいっぱいいるここだとへっぽこ。まあこういうことなら得意だけど」


 いきなり魔力の塊が浮き上がって、上下左右、奥に手前に行き来した。アズさんが氷を浮かそうとした時のようなわかりやすい動作をデイテミエスさんはしなかった。


「出しちゃえばこっちのものって感じ」


 魔力の塊は今度は素早く動いて円を描く。ぶれることなく同じ所を同じ速さでぐるぐる回る。


「ついでだからとっておきの芸も見せるね」


 デイテミエスさんは魔力の塊を止めると、手の中に戻して形を変えた。玉に角が付いた。

 再び浮き上がった魔力の塊は、先程より遅く動き出した。どうして遅くしているのかとよく見てみればくるくる回りながら円を描いていた。角が付いたのはこの回転をわかりやすくするためか。


「自転して公転してるんですね」

「そう! 器用でしょ。……って言ってもゆかりさんにはわからないよねえ」

「……正直に言うと、はい」


 見て触っても変わらず私にはわからないものだから。


「だよねー。……――!」


 デイテミエスさんは「やばい!」というような顔をしたかと思うと、私をひょいと抱えて十数メートル走った。走って、


「ふひょうっ」


 変な悲鳴を上げて、私を抱えたまま転びそうになってなんとか耐えた。

 何、何なの、何事なの。


「何が起きたんですか?」

「きょーれつなのがとんできた……」


 地面に降ろしてもらって、訓練している人たちの方を見る。何かあったとすれば当然そこだと思ったから。

 ……って、えええええー!? 何あれ!


「皆さん倒れてるんですけど!?」


 なんと防御していた人だけでなく攻撃していた人までひっくり返っていた。


「うん、だから、強いのが飛んできてみんなやられちゃった」


 あの威力の高そうに見える矢の音は聞こえなかったのに。ということは、大したことなさそうに見えて強いというやつが飛んできたんだろうか。


「ゆかりさんは無事? どこか変なことになってない?」

「私は……」


 特に変な感じはしない。手を握ったり開いたりしてみれば普通に動く。軽くジャンプなんかもしてみた。


「何ともないです。アズさんもたぶん」


 鞘が出てきた時には少しくすぐったかったし、アズさんが目を覚ましたらわかるから、アズさんに何か異変が起きていればそれもわかるのではと思う。今何も感じないなら、きっと何ともなっていない。


「見てのとおり強いのだったけど、あれもゆかりさんにはただ飛んできて危ないものでしかなかったんだねえ」

「そうみたいですね。それにしても思い切ったことやるんですね。敵も味方もあんなになっちゃうなんて」

「魔獣は連携みたいなことすることはあるけど他を巻き込んで攻撃することを気にしないからね」


 矢が飛んできて椅子の背もたれに刺さった。


「あーあ」

「魔獣に負けちゃったってことですか」

「うん」


 手をついて起きあがろうとしていた人が、がっくりして地面にへろーんと伸びた。

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