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56 当たったら

 目的地はグラウンドのような場所だった。

 端の方にすごくものものしい何かと、それから離れた場所に立て看板のようなものが置かれている。ものものしい何かのそばには作業着の人が三人いる。

 あまりにも見慣れないものだから理解するのに時間がかかった。あれは三脚に乗った銃だ。……たぶん。屋台の射的で使うような長い銃をゴツゴツさせたような見た目をしている。色は真っ黒でそれがものものしさをアップさせている気がする。

 銃のそばにいるのは全員男性だ。顔立ちを見るに出身地がバラバラっぽい。年齢は上は四十、下は二十代前半だろうか。一番年上であろう人は眼鏡をかけている。

 まずデイテミエスさんが作業着の人たちに私のことを紹介した。そして逆のことをする。

 デイテミエスさんは最初に三人のうち眼鏡をかけた人を手で示した。


「クローリーリンティシアさん。魔力のない人向けの武器を作るチームのリーダーだよ」


 う、これまた長くて覚えにくいのが……!


「――――――――。――――」

「長いからクロでいいって」

「わかりました」


 即ご厚意に甘えさせてもらうことにした。

 クロさんの横の二人のことも紹介してもらう。


「クロさんの部下にあたるフィーウルさんとメオくん」


 フィーウルさんの名前は今日覚えたつもりになっても明日あたりには間違えそうだけれど、メオさんなら大丈夫な気がする。


「――、――――――」


 クロさんが銃を指で軽く叩いて何か言って、


「早速これの話をするよ」


 デイテミエスさんを通して私に銃の説明を始めた。

 クロさんと彼の仕事仲間たちは、私のような人のための銃を作ろうとしている。

 銃の場合、弾丸に魔力がなければ魔獣にはろくに効かない。それならば魔力を弾に付ければいい。だから昔の武器作り担当の人たちは他の武器と同じように銃を作った。そして使えるかどうか試してみて……撃ち出した弾をうまく回収できないことがわかった。「持ち主が望めば武器が持ち主の元へ戻る」ということが五十センチくらいの距離でも正常にいかなかった。五発撃ったとしたら一、二発は拾いにいく必要があった。

 遠くから攻撃できるのはいいけれど的が大きくないと当てるのは難しいし、一人だったら「数撃ちゃ当たる」はなかなかできないし、魔獣が多いなら頻繁に弾を補充しなければいけないし、弾を大量に用意して補充の回数を減らすにしてもそんなに持てない(人の中に入れられない)し、襲われて咄嗟に使うものなら刃物の方がいいし……ということで昔の人は銃をすっぱり諦めた。

 でも約二十年前に「今ならできるのでは?」という話になって、銃の開発が再開された。とりあえず現代の銃で作ってみたらやっぱり弾の回収がうまくいかなかった。見つけて回収できれば何も問題ないけれど、見つけられなかったら大変だ。弾が減って困るだけでは済まない。あの空間が消えた後に何も知らない人が弾を見つけて騒ぎになってしまうかもしれない。

 そこで武器を作る人たちは弾を変えることにした。弾に魔力を付けるのではなくて、攻撃する前に魔力で弾を作ることを考えた。作ることはできた。でも、弾を作り、撃ち出すための仕組みのせいで銃が大きく重くなってしまった。それが今ここにあるもの。人の中には入れられない。


「これから小さくしていくためにいろいろするんだけど、その前にこのまま進めていいか確認したいんだ」


 というわけで、私は銃に触ることになった。

 まずクロさんが私を銃の後ろに立たせて三脚の高さを調節した。

 次に私が銃の横に移動した。本当は動かないで操作するものだけれど、今回はわかりやすいように真横から。


「まずこれを外す。上げてね」


 缶の筆箱に付いているような金具を動かして、


「次はこれをこっちに。ちょっと重いって」


 金具が外れて動かせるようになったレバーを引いた。


「元の位置に戻って。今のはガスの元栓開けたようなもので、今度は火をつけるよ。これを回して」


 まさにカセットコンロで点火するのと同じでつまみを回した。回しきったら、ガチン、という音がして、つまみがゆっくり逆方向に回転して元に戻った。


「弾を作り始めたよ。ここが赤くなったら、弾の用意ができましたって合図。――うわ、これすごい」

「何がですか?」

「この中で何かしてるっていうのが俺にもわかるよ」

「そうなんですか」


 魔力の感知は普通の人のデイテミエスさんにわかるということは、よほど強力な弾を作っているのかな。


「あ、わかんなくなった」


 ランプの色が青から赤になった。

 デイテミエスさんにわからなくなったと同時に弾の用意ができたということは、弾を作ることがすごいことで、弾自体はそうでもないのかも。


「あの的目がけて撃ってみて」

「はい」


 看板のように見えた的には、デフォルメされた目つきの悪い茶色の熊が描かれている。二本の足で立って前足は顔の横で、「ガオー!」と叫んでいそう。

 少しドキドキしながら引き金を引くとレバーが元の位置に戻った。それから二秒くらいしてから何か小さくて赤っぽいものが飛んでいった。銃弾にしては遅かった。あれがバドミントンのシャトルなら私でもなんとか打ち返せるくらいだ。そして的に届かなかった。……ええ? これでいいの?

 私の戸惑いをよそにフィーウルさんとメオさんが巻き尺を使って弾が飛んだ距離を測った。クロさんも特に変な顔はしていないけれど……。


「――――」

「もう一回やって、だって」


 レバーを引いて、つまみを回して、弾ができるのを待って、もう一度撃った。やっぱり的まで届かなかった。的に当たったらどうなるのだろう?


「――――――」

「次、俺がやってみるね」


 クロさんに言われてデイテミエスさんが私と同じことをしたら弾は熊の顔に当たった。ボールでもぶつけたかのような鈍い音がした。速さは変わらなかったと思う。


「……私の体質だか何だかって、これにも影響するんでしょうか……」


 ここに来るの私だけで良かったのかな。


「――――――、――――――」

「関係あるか確かめるから、ゆかりさん銃のどっか触ってて」


 私が銃に触れている状態でもデイテミエスさんが撃つと的に当たった。私のせいではないようだ。

 デイテミエスさんはクロさんたちとのやりとりの後、弾の飛び方の違いについて簡単にまとめて私に教えてくれた。


「俺たち、遠くに飛ぶようにしちゃうみたい」


 飛ぶように……しちゃう?


「その気がないのに魔術を使うっていうことですか?」

「ちょっとね。ほとんど魔術とも言えない感じで、使ってるって感覚もないんだ。あそこに届くのを想像すると、魔力を上乗せしたり、魔力で後押ししたりしちゃうんだって。だから、ゆかりさんが撃った時みたいにあそこまで届かないのがこの銃の本当の力ってことなんだ。魔力を使わないでいられる人に――総長さんみたいな人ね――試してもらった時とゆかりさんは同じ結果だって」

「そうだったんですか」


 魔力を使わない人に撃ってもらってどうなるか知ったけれど、それでも魔力の有無によって何か違いが出るかもしれないと考えてこの場を用意した、といったところかな。


「これって、魔獣相手にはどれくらい効くんですか?」

「――――――――――」

「――――――。――――――」

「剣で一回刺すのと同じくらいだって」


 速さのわりには強力に思える。当たってダメージを与えるだけじゃないのかも。


「じゃあ人に当たるとどうなるんですか?」

「――――――――」

「――――。――――――」

「当たっちゃった人による。魔力が訳わかんないことになって死んじゃう人もいるはずだし、気持ち悪ーいって程度で済む人も、なんてことない人もいる。ちょっと痛くて調子悪いなーが多いんじゃないかな。将来的に普通の銃みたいになったら、普通に大怪我もするから死にやすくなるね」


 クロさんの答えは短かったのにデイテミエスさんは詳しく話してくれた。自分の知識で答えられることだったんだろう。


「今ゆかりさんに当たったら、そうだなあ……フランスパンぶつけられたくらい? 大きいのじゃなくて小さいやつね。痛いけど、それで終わり」

「はあ」


 わかるようでわからなくて少し間抜けな反応になってしまった。フランスパンを前回食べたのはいつだろう?

 ここにある銃の弾は、魔力のある人と魔獣にとっては打撃と毒で、魔力のない人にとっては打撃だけ……みたいな感じなのかな。


「だからといって当たっちゃだめだけどね。何が起きるかわからないから。普段武器入れてるわけだし」


 私は良くてもアズさんに悪影響が出るかもしれないと。


「何か起きたことってあるんですか?」

「実は聞いたことないんだよね。――――――――――?」


 デイテミエスさんが質問するとクロさんは首を横に振ってから答えた。


「やっぱりないって。でも記録の数が少ないし、強いのは怖くて試せてないから、大したことなさそうに見えても油断しないでって」

「わかりました。気を付けます」

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