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55 見たことのないもの

 その数分後、アズさんとエイゼリックスさんが会話をしている時にデイテミエスさんが来た。私の知らない人と一緒だった。

 一緒に来た人は偉い人が刀と話している様を不思議そうに見つめて、デイテミエスさんはアズさんをちらっと見ただけで、会話の相手にしたのは私だった。


「賑わってるねえ。前に美術品って言ってたけどさ、見るだけじゃなくて喋るから美術品鑑賞っていうか新製品の体験会だね」

「私は、アイドルみたいだなーって思ってました」

「あははっ。そうだね。顔いいもんね」


 楽しそうにするデイテミエスさんだったけれど、ウィメさんに名前を呼ばれて少しだけ真面目モードになった。


「はい、何でしょう?」


 日本語で返事をしたデイテミエスさんにウィメさんがこの世界の言葉で長々と喋った。その後はデイテミエスさんも日本語から切り替えてやりとりをした。私の名前が聞こえたから、今日の予定に関係する話だと思う。

 最終的ににこにこして何かを了承したらしいデイテミエスさんにアズさんが言う。


「主に変なことするなよ」

「しないよー。俺、悪い人になるつもりないし。悪い人だとしても、魔術ありにしたって刀のお兄さんに勝つの難しそうだからやらないよ」


 どんな話があってそんなことを言っているのかと聞いてみれば、デイテミエスさんが私に通訳兼案内をしてくれるということだった。

 私たちがこの部屋に入ってから三十分が経とうとする頃、ウィメさんがアズさんにお願いをした。


「そろそろ人の姿も見せてくれる?」

「わかった。それじゃ、――――――――!」


 大きめの声で何かを言ってアズさんは部屋中の人を自分に……違う、私の方に注目させた。テーブルのこちら側に出るつもりのようだ。

 私の真後ろに人のアズさんが姿を現すとどよめきが起きた。よくよく見てみると急に人が出てきたことよりアズさんの容姿の良さに衝撃を受けていそうな人がいる。エイゼリックスさんは驚いたというより感心したという顔だ。


「写真で見るより……何と言うのでしたか。――ですね」


 ふさわしい単語が日本語で出てこなかったエイゼリックスさんにデイテミエスさんが助け船を出した。


「“ハンサム”が近いと思います」

「写真よりハンサムです」


 エイゼリックスさんは美世子さんが撮った写真を見たことがあるんだろう。あの時のアズさんは初めての写真撮影で戸惑っていたけれど、今は堂々としているから顔がより良く見えるのかもしれない。


「きっとセラルード・アイレイリーズと並んでも見劣りしないのでしょうね」


 本人の一部ですからね。……というのはもちろん伏せて、私は質問してみることにした。


「今でもセラルード・アイレイリーズという人は顔がいいって認識されてる人なんですか?」

「はい。今の人が見たら違う感想が出るかもしれませんが、見た目が良かったということはずっと有名なことです」

「そうなんですね。――そんな風にかっこよく見られて良かったですね、アズさん」

「オレの見た目が良くて主が嬉しいなら嬉しいよ」


 アズさんは少し照れたように笑った。

 アズさんのこういう所を間近で見て、エイゼリックスさんは私の言ったことを少しはわかってくれるだろうか。


「ねー、刀のお兄さん」

「何だ?」


 アズさんは笑みを引っ込めてデイテミエスさんに目を向けた。


「この前も思ったんだけど、その、わふ……じゃなくて、和洋、せっつ、折衷な服は何? 何そのデザイン」

「さあな。勝手に変わる」


 アズさんは元々、今と違う服を着ていた。それがどんなだったかアズさんは大体の形と色しか覚えていない。丁丸さんの日記によると、アズさんの服は元の人が所属していた騎士団の制服だったらしい。


「最初はこっちの……まあ洋服って言っていいものだった。だんだん和服っぽくなって、二人目の主と別れる少し前にはすっかり和装だったな。三人前の主の時に元に戻り始めたんだが、前の主の時に方向性が変わって、今の主の前に立ってみたらこうなってた」

「へー、不思議だね。和装見てみたいな。できない?」

「できないこともない気がするが、ごちゃごちゃになりそうであんまりやりたくねえ」

「そっかー」


 デイテミエスさんはちょっと残念そうな顔をした。


「今日はフードは付けていないの?」


 次の質問はウィメさんからだった。


「それはこっち」


 アズさんは薄いコートを畳まれた状態で出して、広げてウィメさんに見せた。


「樋本さん用?」

「ああ」


 ウィメさんが着てみてと言ったから私はコートを着た。フードもかぶった。


「ふふ。真っ黒で怪しいのにあまり害はなさそうね」


 今日は特に大したことない人間に見えると思う。スカートが長くてコートからはみ出てしまっているから。


「実際無害だしな」


 アズさんのその言葉に、デイテミエスさんがうんうんと一旦頷いてから「でもさー」と言った。


「あの男の子にとってはやーな存在だよね」

「二度奇襲された上に一度目の武器は麺棒だったしな」

「生意気でプライド高そうだからかなりショックだったんじゃないかと思うんだ」

「そうだな。まだ経験が浅くて失敗が少なそうで」

「――」


 あずき色の男の子の話をするアズさんへ声をかける人がいた。どうやら人のアズさんと話してみたくなったらしい。

 アズさんは刀の時と同じように見にきた人たちと会話した。その途中、私に着せていたコートを消した。コートが消えたことについては、驚いた様子を見せた人はいなかった。せいぜい「消せるんだ、ふーん」といった感じだった。

 アズさんの会話の相手は、アズさんに対して刀の時と態度が違う人も、あまり変わらない人もいた。刀の時は顔を近付けて熱心に見つめて楽しそうに話していたのに、人になったらおっかなびっくりで話す女性が特に印象に残った。

 展示会(?)終了時間が来て、人のアズさんがふっと姿を消すと部屋中がざわついた。人のアズさんがいた所から刀に視線を移して「そういえばそうだった(人ではなかった)」というような反応をした人もいた。

 部屋から見物客が出ていくと、さらに広い部屋に感じられた。今日の本来の予定はこのままこの部屋でするそうだ。


「それじゃ、アズさん。また後で」

「ああ。珍しいものたくさん見られるといいな」


 デイテミエスさんに連れられて私も部屋を出た。


☆★☆


 私たちは来た時と同じエレベーターに乗った。デイテミエスさんが、縦線が一本だけ書かれたボタンを押した。


「それは『一』ですか?」

「うん。地下一階、一階、二、三、四」


 下から順にボタンを指したデイテミエスさんの手が、地下一階ボタンの下に行く。そこには内側に向いた二本の矢印のボタンがある。


「これはわかるね。乗りたい人いないね?」

「はい。いません」


 デイテミエスさんは閉じるボタンを押した。

 一階に着いて、エレベーターを降りて歩いていくと、何やら広い所に出た。半分より上がガラスになっている戸がある。外が見える。晴れている。この建物の前は林のようだ。

 デイテミエスさんが戸を開けて、私たちは外に出た。暑い空気が襲ってきたけれど、湿度が高くてむわあ……という感じはあまりしなかった。

 建物を出てすぐの地面はアスファルトだ。オレンジ色の線が横に引かれている。ここを車が通ることがあるんだろう。

 林の奥に続く幅の広い道があって、そこは舗装されていない。緑っぽい黒色の鳥が土の上を跳ねたりつついたりしていて、私たちが近付くと飛んで逃げた。


「今の鳥、すずめの色違いみたいでした」

「そうだねえ、近い生き物だと思うよ」


 目的地に向かって歩きながら草木を見る。

 木は特に変わっていると思う箇所はない。私の家の近くに生えていてもきっと何も思わない。太めの枝の上を何かがたーっと走った。リスかな。下の方に視線を移すと根元に太いきのこが生えていた。全体が赤ワインのような色で形は松茸だ。初めて見るけれど私は別にきのこに詳しいわけではないから地球にもあるものかもしれない。


「デイテミエスさん、このきのこ何だかわかりますか?」

「名前は忘れちゃったなあ。日本語っぽく言えば赤なんとかみたいな感じだったと思うけど。毒ないけど全然おいしくないんだって。でも調味料でなんとかするって言って採ってく人もいるよ。ゆかりさんも食べてみる?」


「いいです。きのこは嫌いなので……」


 大きい塊で食べるのは無理。小さくて細いのを何かと一緒にしてようやく我慢できる。異世界限定のものだとしても自分から進んで食べようなんて思えない。


「そっかー。こっちでもねえ、きのこ苦手な子は多いよ。あとナスとセロリと……向こうでよく嫌われてるのはこっちでも嫌われてるかな。違うのピーマンくらい?」

「ピーマン苦くないんですか?」

「そもそも無いんだ。どこかにはあるかもしれないけど、この国には無いよ」

「それはいいですね。今後も出てこないといいと思います」

「ピーマンも嫌い?」

「はい」


 ピーマンのことはお母さんも嫌いだし、お父さんは別に好きというわけではないから、我が家の食卓にあれが出てくることはまずない。私が小さい時にはほんの少し出ていたけれど、気が付いたらなくなっていた。お父さんによると、私がある時強く拒否してからそうなったらしい。

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