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54 遠出

 七月最後の日、私はまた出かけた。とても暑くなると天気予報で言っていたから、水筒に麦茶と氷を入れて持っている。

 今日の用事は、文化祭の前に立石さんからアズさんがお願いされていたことだ。

 組織の本部はいい感じに冷房が効いていた。

 指定された時刻までは時間があったから、私はまず事務室に魔獣の核を提出して、それから食堂に向かった。

 食堂にはデイテミエスさんとフェゼイレスさんとシェーデさんがいた。彼らのそばには大きな鞄やリュックが置かれている。

 私が三人に挨拶していたら立石さんが入ってきた。

 今日の立石さんはジャージじゃなかった。一般的な服装だ。相変わらず年齢の推測が難しいけれど、四十歳以上の可能性がなくなった気がする。

 朝の挨拶の後、立石さんは普通にさらっとこの後の予定を私に話した。


「今日はね、カイネート君たちと交代する人が来るんだ。で、その人たちが通った道を使ってカイネート君たちは帰って、僕と樋本さんと辰男さんと美世子さんはそれについてく」

「……え。え? えーっ!」


 私、向こうの世界に行くの!? 海の向こうだって行ったことないのに!


「ふふ。樋本さんなら気付くかと思ったけど、その様子だと向こうに行くって想像したこともなかったかな」

「はい……。今日は、お迎えしてお見送りするんだろうとしか思ってませんでした……」

「お迎えはするけどお見送りは森さんの役目だよ。それじゃ、行こうか」


 五人で一階に行くと、鳥居の前に森さんと美世子さんと辰男さんがいた。美世子さんの足下に段ボール箱が置かれている。あれには資料が詰まっているんだろう。


「俺やりたいでーす」

「いいよいいよー」


 デイテミエスさんが立石さんの許可をもらって、ウィメさんと同じようにして鳥居の内側にトンネルを作った。トンネルの先に人が複数いるのが見える。やっぱり別の世界超近い。

 立石さんが手を振ると、向こうにいた人たちがトンネルを歩いてこちらに来た。

 新しく来たのは四人。お兄さんとおじさんの中間くらいの人と、何かスポーツをやっていそうな雰囲気の若い男性と、真面目そうな若い女性と、十代半ばに見える女子だった。三ヶ月くらい別の世界にいる仕事を中学生、高校生くらいの子供がするとは思えないからたぶん私より年上なんだろう。


「自己紹介は帰ってきてからね」


 そう言って立石さんがトンネルに入った。異世界人三人が続いて、辰男さんもスタスタと行った。


「大丈夫大丈夫、普通に歩けるよー」

「は、はい」


 段ボール箱を抱えた美世子さんに促されて私が白い所に片足を乗せたその時、



 気を付けてね。



 知っているような知らないような声で言われたような気がした。同年代の女子の声だった。

 空耳だったと考えて、でも一応振り返った。


「戻ってきたらお話しようね」


 来た人のうち一番若そうな人がにっこり笑って言った。さっきのは彼女じゃない。他の人は何も言わないから他の人でもない。空耳だった。


「はい」


 返事をして私は前を向いた。

 トンネルを進む。石畳の上を歩いているような感触だ。横に手を伸ばして触ってみる。少し冷たい。すべすべしていて、これは……小学生の時に作った勾玉に近い触り心地だ。


(アズさん、里帰りですね)

(そうだな。……うん、そうだ。“里”って感覚がある)


 もうトンネルが終わる。

 出た場所は入ってきた場所と同じようにがらんとした部屋だった。板張りの床に、クリーム色の壁。振り返って見たら、トンネルは二本の柱の間にあった。柱はたぶん木製で丸くて、天井まで伸びている。この建物は目印込みで建てたんだろう。

 トンネルのそばにはウィメさんがいた。スーツのスカートと白いブラウスという格好だ。


「ティルへようこそ、樋本さん」

「お邪魔します」

「別の世界に来たっていう実感があまり無いと思うから、早いところ移動しましょう」


 デイテミエスさんが光る右手を近付けるとトンネルが消えた。開ける時は両手だけれど閉じる時は片手でいいようだ。

 戸を開けて部屋の外に出て、短い通路を歩く。病院の廊下を少し狭くした感じだ。左右には壁しかない。通路の終わりには出てきたのと同じ戸があった。その戸の先は同じような床が延びていた。でもずっと壁というわけではなくて、戸があって部屋があった。

 歩きながらウィメさんが私に質問してきた。


「あなたの武器はあれから順調に伸びてるかしら?」

「はい。順調って言えるそうです。でも今の時期は暑いので私が疲れちゃって遅くなってます」

「今年の日本はとっても暑いんですってね。彼にとってはどうなの? 昔はどんな季節でも同じ格好で平然としていたそうだけど」

「私の中はずっと快適らしいです。外にいる時は暑さ寒さをあんまり感じなくて、戦う時の問題にはならないみたいです」


 気温はアズさんじゃなくて持ち主が気を付けることだ。


「それはいいわね」

「はい」


 あ、そういえばウィメさんに言おうと思っていたことがあったんだった。

 私はアズさんが着ているものの話をすることにした。


「アズさんって上着着てるじゃないですか。あれにフードを付けることができたんです」

「まあ。ますます個性的な服になるわね」

「できる気がしたからやってみたってアズさんが言ってたので、作った人は知らないことだと思います。それから、もう一着出せたんです。生地が薄くなっちゃうんですけど。あと、服だけ残して鞘に戻ることもできました。おかげで私、アズさんの服で顔を隠せて、変な人に顔覚えられずに済んでるんです」


 そしてたぶん家上くんたちに気付かれずにいられる。


「戦うこと以外でも守ってくれるのね!」

「そうなんです!」


 日本に滞在していた三人とは途中で別れた。でもデイテミエスさんは荷物を置いたら私たちの所に来るらしい。

 エレベーターに乗って二階分上がって、また廊下を進む。ここに来てから全然窓がない。

 どういう建物のどの辺りに私たちがいるのだろうと考えていると、ウィメさんが止まって引き戸を開けた。目的地についたらしい。

 その部屋の中には人がたくさんいた。

 広い部屋だ。長方形の大きなテーブルが四つあって、それぞれの周りに椅子が並べられている。会議室なんじゃないかと私は思う。

 この場にいる人の多くの人が席に着かずに立っている。作業着の人もいればデイテミエスさんたちと同じ制服を着ている人、私服の人もいる。

 ウィメさんが状況を説明してくれた。


「珍しいものを見たくて、本当はお休みの人までいるの。今日こそ蓮根になっちゃうかもしれないわ」


 アズさん大人気!


「だから、まずは、ええと何て言ったかしら……まずは展示品みたいになってほしいの。いいかしら」

(どうですか?)

(……前に自分で美術品って言ったからな。そうだな、お触り禁止ならいいぜ)

「誰も触らないならいいそうです」

「わかったわ。ありがとう。そこが彼のための席よ」


 ウィメさんに指示されて、私は手触りのいい布が敷かれたトレーの上に一番短い状態のアズさんを置いた。どうせだからお城や博物館で展示されている刀を意識して柄の方を左側にして刃を奥に向けてみた。今日もアズさんは綺麗だ。

 アズさんはテーブルの隅に置かれて、見にきた人が前からだけでなく横からも見られるようにする。私は見物客の向かいの席に座ってアズさんを見守る。立石さんと美世子さんと辰男さんは別のテーブルで冷たいお茶を飲んで待機だ。お茶は私も貰った。

 大勢がアズさんをそばで見ようとする中、アズさんではなく私に近寄ってきた人がいた。オレンジ色の髪に緑の目のおじさんだ。年は五十前後かな。穏やかそうな顔をしているけれど……なんというか……ただ者ではないという感じがする。私には馴染みのない雰囲気の人だ。着ている紺色の服は軍服だろうか。あんまり意味のなさそうな紐とか付いているし、腰のベルトには何かの模様があるし、手間暇かけて邪魔にならない程度におしゃれに、そしてある程度目立つように作られたんじゃないかと思う。それを着ているということは、この人は偉い人かもしれない。そういえばウィメさんが「私の上司」と教えてくれた人がオレンジ色の頭だったような。


「樋本ゆかりさん、はじめまして。私はこの組織の責任者の、イード・エイゼリックスです」


 うおおう、低い声。合唱するなら即一番低いパート行きだ。そしてやっぱり偉い人だった。

 私は、ふと座っていては失礼だと思って、立とうとしたら「そのままで」と止められた。言われたとおり座ったままで挨拶をする。


「はじめまして」

「今日はわざわざありがとうございます」

「い、いえ、貴重な体験ができて嬉しいです」


 受験の面接でもないのにやけに緊張する。初めて会うタイプでしかも偉い人だからだろうか。


「あのような武器が本当にあったとは驚きました」


 私の隣の席に座ったエイゼリックスさんはアズさんを見てそう言った。

 みんな“喋る刀”を見にきているから、今アズさんは喋ってあげている。


「資料はあってもとても信じられませんでした。私たちより日本の人たちの方が存在を信じていたんですよ。魔術という不思議なものがある世界なら、と。……声は若い男性ですが、話し方がお年寄り……古いと言っていいですね。歴史ものの作品を作る人にはとても良い資料になりそうです」


 辰男さんは「ちょっと古い」と言っていたけれど、エイゼリックスさんの言い方だとちょっとどころではなさそうだ。


「今日皆さんから学習して今風になると思います。日本語だと強気で気さくな感じのお兄さんです。――アズさーん」


 お話し中のところ悪いけれど私はアズさんを呼んだ。少し日本語を話してもらおうと思った。


「何だー?」

「アズさんの話し方が古くて、昔の資料になれるみたいですよ」

「やっぱそうかー。言われたことがわからなくて別の言い方してもらうことがあるんだ。言葉忘れたかと思ったけど、知らないってことなんだな。今日覚えなきゃ困ることもあるかもなー」

「今のアズさんならきっとすぐ覚えられますよ」

「おう。期待しててくれ」


 アズさんは前にいる人との会話に戻った。


「確かに日本語だと、お年寄りという感じすらありませんね。ところで、樋本さんは持ち主なのにあれに丁寧に接するんですね。今の会話だけだとあなたの方が立場が下のようにも思えてしまいます。あれがあなたに従っていることは聞いていますが」

「最初に話した時、まさか刀と話してるとは思わなくてそのままなんです」


 私は神社でアズさんに「お嬢さん」と呼ばれた時の話をした。


「それに、人になった時にはどう見ても年上の人で、実際すごく年上で……すっかり物扱いするっていうのはちょっと変だと思うんです」


 アズさんの魂は昔に生きていた人の一部だし。


「でも会い方が違っていたら、接し方も違ってるかもしれません。最初に人だと思ったか刀だと思ったかでずいぶん変わると思います」


 刀の状態が先だった新崎さん、美世子さん、辰男さん、立石さんは刀に何か不思議なものが付いていて喋って、なぜか人が出てくると思っていそうだし、刀を持った人が先だった香野姉妹はアズさんに対して私と同じように接して、人の魂が刀に入ったのではと想像を膨らませていたし、同じく人が先だったデイテミエスさんは「刀のお兄さん」と呼んで人扱いしている感じが強めだ。

 そんなことを話していたら、一旦どこかに行っていたウィメさんが戻ってきた。


「樋本さん、この後のことだけれど」

「はい」

「樋本さんには別にやってもらいたいことがあって、魔力を付けた新しい武器を作っているから試してほしいの。建物の外に出ることになるわ。別の世界に来たのに、この部屋にいる時間が長いっていうのはもったいないし、どう?」


 屋外! 気になる。地球と同じように晴れた日は空が青くて一つの太陽が照っていると知ってはいても気になるものは気になる。

 私はもう一度アズさんを呼んで、ウィメさんから言われたことを伝えた。


「私がいなくてもいいですか?」

「大丈夫。外行って若いのと浮気しないでくれよー?」

「そんなことするわけないじゃないですか。アズさんはお年寄りでも魅力的です」


 私たちのやりとりを聞いてウィメさんがくすくす笑った。


「仲良しね」

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