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53 あんまり変わらない

 夏休み一日目。

 私はちょっとおしゃれして家を出た。

 はるちゃんとの待ち合わせの駅に着いて、改札を出たところではるちゃんを待つ。

 時間ぴったりに電車がホームに入ってきて、改札に近い扉からはるちゃんが降りた。彼女は私にすぐ気付いて、にこにこしながら改札を通った。


「おっはよー」

「おはよー」

「今日も暑いねー」

「ねー」


 私たちはいつもの朝とそう変わらないやりとりをした。

 今日のはるちゃんの服装は、ワンピース……?


「その服、上下分かれてる?」

「そうだよー」


 はるちゃんは上の服の裾を少し持ち上げた。今日のはるちゃんは一見ワンピースな上下セットの服だった。


☆★☆


 四月にオープンしたばかりのショッピングモールはなんだかとても華やかなものに見える。新しいから当然のことかもしれないけれど床とか壁とか綺麗だし、床はちょっと高級感あるし、おしゃれな雰囲気を醸し出すベンチが設置されているし、かなり広そうでわくわくする。

 私とはるちゃんはどんな店があるのかを下の階から見て回った。二階をうろついている時にアズさんが起きた。


(お、賑わってるじゃないか)

(賑わってなかったらまずいですよ)

(そうだな)


 私たちは十二時半頃にお昼のために飲食店に入った。

 注文を済ませて店員さんがいなくなると、はるちゃんは両手を組み合わせてテーブルに腕を置いて重々しい雰囲気を演出した。


「さてゆかりん。夏休み明けに、ゆかりんにとって残念なことになってるかもしれないっていう覚悟はある?」


 はるちゃんが言っているのは家上くんのことだ。夏休み中に家上くんと誰かの仲が変化するかもしれないという話。


「もちろん。冬休みの時も春休みの時もゴールデンウィークの時だって思った」

「堂々と言うことじゃありません」

「はい……」


 ごもっともだ。こんな消極的なことなのに。

 はるちゃんが手を組むのをやめてテーブルの下に下げた。深刻っぽい時間は早々に終わった。


「脅すようなこと言ったけどさー、今回も大丈夫そうって思うんだよねー。夏休みなんて一番覚悟しなきゃいけない感じなのに」


 急かすことの多いはるちゃんがそんなことを言うとは。


「どうして?」

「ただの勘ー。でもあえて言うなら、今あの人が一番恋愛的な意味での好意を持ってるのってゆかりんじゃね? って考えに基づいて」

「なっ何その私に都合の良すぎる考え」


 最近の暑さのせいではるちゃんは私を美化しちゃっているのでは……。


「ゆかりんが挨拶すると嬉しそうだし、文化祭の準備の時のあれはやっぱりゆかりんと話したかったからだと思うし、いつもの人たちは友達って意識が強そうだから」

「“私が”挨拶して嬉しいってわけでもないと思うんだけど」

「一昨日、ゆかりんが学校来る前に試しに『おはよう』って言ってみたらわりと普通に返事してきたよ。びっくりしてたのは同じだったけど、昨日みたいにゆかりんのテンションが上がるような顔はしなかったの。照れてるって感じもなかったし嬉しいって感じもなかった」

「そ、そうなの……」

「うん」


 ……もしかしたら家上くんが私を意識しているかもしれない……?

 いいなってちょっと思っててくれてる? 家上くんが私を? 私が作った物じゃなくて、私の名前じゃなくて、私という人を?

 私が家上くんに対して持っているような気持ちを家上くんが私に対して持ったとしたら…………うおわあああ、何度か想像したことなのに今日は一段と頭が熱くなってきた感じがするー!

 涼しさを求めて水を飲んで少し落ち着く。


「あんまり考えないでおくね。違ったってはっきりわかった時に大ダメージ受けるから……」


 しかも、ゲームみたいな表現をすれば、毒とか麻痺とか火傷とかの状態になるかもしれない。


「はいよ。都合のいい話はこれで終わりね。それじゃあ、二学期はどうする? もちろん親交を深めようとするよね?」

「どうしたらいいかわかんない……朝と帰りの挨拶はなるべくしてみようと思ってるんだけど……。文化祭みたいに、一緒に何かやれる特別なことがあればいいのに。全然ないわけじゃないけど……」

「んーっと? ああ、修学旅行か。『一緒に行動しよう』って誘わないといけないわけかー」

「うん」


 家上くんを見て同じものを選ぶだけで良かった文化祭は、勇気を出せない私にとっては最高の機会だったのかもしれない。


「それまでに親しくなっておかないと、ゆかりんにとってはほぼ告白みたいなものか。んで、仲良くなる方法が思いつかないわけだから、いっそ告白か」

「できる気がしない……」

「今思ったんだけど、家上くんと仲良くなろうとする前にゆかりんが度胸つけるのが先じゃない?」

(だよなあ)


 アズさんがはるちゃんの意見に同意した。


「うぅ……」


 はるちゃんとアズさんの二人から言われてしまってはふがいなさに小さくなるしかない。


「でも鍛えようがないなー。お化け怖いとはまた違うものだから怖ーい所に行って慣れるとかできないもんねえ」

(度胸って一括りにして細かく考えなけりゃ五月から少しは鍛えられてるな)

(若干慣れた気はしますけど、あの中だと危機感薄いみたいですからどうなんでしょう……)

(主の表情から不安が減ってきてるとオレは思ってるぜ)

(それはアズさんが頼りになるからですよ)


 はるちゃんが身を乗り出した。


「突撃、悪くないと思うんだよね。作戦立てられないんならさ。それに告白していい返事もらうために仲良くなるのはいいことだけど、友達って言ってもいいくらいになったら余計に告白しにくくなる気もするし」

「え」

「前に読んだ漫画の主人公が、仲いい友達を好きになっちゃって、告白して振られてこの関係が崩れるくらいなら……って、黙ってた。ゆかりんもそういう所あるタイプだと思うんだけど、どう?」

「……そうかも……」


 今までもだめで仲良くなってもだめとか、私って……。

 はるちゃんの手が伸びてきた。彼女は私の頭をぽんぽんと撫でて元の姿勢に戻った。


「そういうわけだからさ、告白することをこれまでより考えてみてよ。無理って結論が何回も出ても考え直してみて。ね? それでもし告白するって決めたら私に教えてね。手伝えることがあったらやるし、直前で尻込みしちゃった時にはあの手この手で激励するからさ。私はね、家上くんが別の人と付き合い始めた時に、何もしなかったゆかりんが『自分が先に告白してたら違ったかもしれない』って後悔するのが一番だめだと思うんだ」


 私も考えてきたことだ。……いいや、あまり考えてこなかったことだ。嫌な想像だから。他人からはっきり言われると余計に嫌なものに思える。後悔するだけならまだいい。きっととても苦しむ。私はそれだけ家上くんのことが好きなのだから。


「……私も、そう思う。だから、言われたとおりちゃんと考えるよ」

「うんうん、前向きに行こうね」


 今日考えても、明日考えても、八月に入っても、夏休みが終わっても、二学期が半分くらい終わってしまっても、勇気がないから出てくる結論しか出てこない。それでもはるちゃんの言うとおりにしたらそのうちに「告白しよう」という気持ちになるかもしれない。二学期の計画が立てられない今はこうするのがたぶん一番だ。


☆★☆


 昼食の後も私たちはショッピングモール内で楽しんだ。

 手芸のキットを時間をかけて選んだり、はるちゃんがクレーンゲームでぬいぐるみを取ろうとするのを見守ったり、面白そうなタイトルにつられて手に取ってみた本の表紙があまりにも……で迷ったけれどあらすじと本文を少し読んで大丈夫そうだったから買ったりした。

 あまり運動したという感覚はないけれど、立ちっぱなしだったせいか疲れて、私たちは喫茶店に入った。

 紅茶とパンケーキとはるちゃんの話を楽しむ。アズさんも私と一緒に聞いている。

 はるちゃんは文化祭の日に届いたゲームをやったら、今まであまり好きにならなかったタイプのキャラクターを好きになったらしい。


「それでさ、うっかり名前で検索しちゃってさ、大ダメージ受けた」

「あらら」

(どういうことだ?)


 はるちゃんが紅茶を飲んでパンケーキを食べる間に私はアズさんの疑問に答える。


(はるちゃんが嫌うことを言ってる人とかそのキャラにさせている絵とかを見ちゃったってことです)

(例えばどんな?)

(はるちゃんの好みでないことをした上に、その……十八歳未満お断りなものをくっつけちゃったものです)

(……名前で探しただけで過激なのが出てくるのか? 困ったやつがいるもんだな……)


 おいしいもので嫌な記憶を押しやったはるちゃんはにこにこ笑顔に戻って好きなキャラクターの話を続け、再び紅茶を飲んだ後に話題を変えた。


「部活の後輩に聞いたんだけどさあ。昔、学校の辺りにおっきい犬の化け物が出たんだって」


 そう言われて、私の頭にすぐに浮かんできたのは魔獣のことだった。それを言うわけにはいかないから、次に思い付いたことを言う。


「大きい狼が山から降りてきたとかかな。妖怪退治の昔話でもあるの?」

「狼なら狼って言いそうだけどね。まあたぶんそれが何かはあんまり重要じゃないのかも。妖怪退治の話っていうか、危ない所を大きい人に助けてもらう話なの。今そこを背が高い人が通ったから思い出した」

「ふうん。それで、内容は?」

「何とかいう青年が夜に歩いてたら、人ぐらい大きくておっかない犬が現れて、そいつに食べられそうになるんだけど、槍持った大きい人に助けられるの。んで、槍持った人は化け物と戦って見事仕留めてね。助けてもらった青年がお礼を言って戦いっぷりを称えたら、大きい人は優しく笑って去ってくの。その顔が何かに似てるなーって青年は思うわけなんだけどその日はわからないで、翌日お寺に行って仏像見て、これだ! ってなるわけ」

「ああ、『仏様が見ていらして助けてくださったのです。』みたいな?」

「そうそう、『青年はますます信心深くなりました。』ってオチ」


 信仰心を持たせるための作り話――


(でっかい犬と槍使いに心当たりあるぜ。魔獣と向こうの世界の人だ)

(やっぱりそうですか)


 ――ではないようだ。


☆★☆


 私とはるちゃんは午後五時少し前に駅に戻った。


「じゃあまたね」

「ばいばい。熱中症には気を付けるんだよ」

「はるちゃんもねー」


 私はいつものように軽く手を振ってはるちゃんと別れた。

 帰りの電車の中でアズさんから“大きい犬と人”の話を聞く。


(まだこっちの世界の人のための武器ができてない頃の話だ。狼だか犬だか、まあとにかくそんな感じの形の大きい魔獣が向こうの世界で現れて、何でだか知らないけどあった道を通ってこっちに来た。それはかなり強いやつで、牢の壁破って出ちまったんだ。それを倒したのが、向こうの世界から槍持って追いかけてきたやつ。身長は人のオレより少し高いくらいだったな)

(会ったことあるんですね)

(何度か一緒に戦ったんだ。あれくらい背丈があるのはあの頃の向こうでも珍しかったから結構憶えてる。名前は忘れたけど。笑って立ち去ったっていうのが本当なら、言葉がわからなくて笑うしかなかったんだろうな)


 常識外れの生き物(っぽいもの)に襲われて危ない時に現れて助けてくれた見知らぬ人がただ笑っていなくなったら……あの世界の人だからたぶんすごい動きをして脅威を排除しただろうから……うん、神様仏様守護霊の類だと思ってしまうかもしれない。夜で姿がよく見えなくて周りに他に人がいなかったとしたらなおさら。たぶん先に夢か幻覚だったと思うだろうけれど、自分の体に傷があったり服が汚れていたり破けていたり、戦いの形跡が地面にあったりしたら、神秘的な存在を本当に見たのかもと少しは考える人が結構いるんじゃないだろうか。

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