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52 みんな疲れた

 私はアズさんに付き合ってもらってちょっと駐車場の様子を見て回ることにした。


「ここにいたの、いつもの人たちでした?」

「たぶんな。銀髪は間違いない」


 変な美女がいた辺りには地面に穴があいている箇所がいくつかある。黄色士村さんの威力の高い攻撃の痕だそう。

 足場にされて、障害物扱いされて、流れ弾をくらった車たちは言うまでもなくめちゃくちゃなことになっている。でも燃えているものはもう無い。私たちがここに来るまでにデイテミエスさんとフェゼイレスさんで消火したらしい。

 銀髪家上くんが飛ばしたものが通った痕を見る。コンクリートが一直線に抉られている。

 ここが住む人たちのいない魔術で作られた街で良かったと心底思う。そしてこんな状態にした人たちのことを考えずにはいられない。


「銀髪の人の攻撃、すっごく強そうに見えましたけど、どうでしたか?」

「あれは強かった。魔力が動くのがわかったよ。あいつにあそこまでのことができるとはなあ」

「でも男の子にすっかり防がれちゃったってことでいいんですよね?」

「ああ。あの細いのはどうともなってない」

「それで、あれに比べたら新崎さんの矢はそんなに強くなかったっていうか弱かったはずですよね?」


 あんまり強いと私の意味がなくなるかもしれなかったし、そもそも新崎さんは魔力に敏感でない人が感じ取れる程のことはできないらしいし。


「私の効果があったといっても新崎さんの矢にやられたのに、ずっと強い銀髪の人の攻撃は起きたばっかりでも大丈夫なんてのは変だと思うんです。ということは、早いうちに目が覚めてて、構えてたんじゃないかって思います」

「そうだな。オレが銀髪がすごそうなことするって魔力でわかったのは準備の途中からだ。あのチビなら遅くても準備が始まってすぐの頃に察知して起きただろうな」

「起きてるか起きるってことは銀髪の人もわかってたはずです。それでもやったのは何ででしょう……?」

「何でだろうなー……チビの防御より自分の攻撃が上だと思ったか、防がれても改めてチビを戦闘不能にできれば良かったか……」


 アズさんは私に顔を寄せてきて小声で言う。


「あいつのこと心配で、自分にはわかりにくいことでも考えちゃうんだな」

「はい……」

「そんなに心配しなくていいはずだぞ。あいつの仲間たち落ち着いてたし、オレが見た感じだと疲れただけだから。……とは言っても、あの威力は無理したかもしれないな……明日は学校休むかもな」

「……一日休めば元気になりますか? 魔力使うと、どう疲れるものですか?」

「休めば回復するのは魔力のある人も無い人も一緒だ。魔力の無い疲れ方はオレにはわからないから、そこはあの眼鏡にでも聞いてみてくれ」

「はい……そうします……」


 ということで、私は戻って新崎さんに質問してみた。

 新崎さんは難しい顔で少し考えてから答えてくれた。


「精一杯走ったら疲れて足が痛くなるだろう。魔力はただ疲れる。動かしても体が痛むことはほとんどない。一歩も動かず、ただ前に手を伸ばして水を出したとする。それでマラソン大会の後のように疲れて息が上がったとしてどこも痛いところはないし、翌日筋肉痛ということもない」

「ほとんどないってことは、痛い時もあるんですね」

「やりすぎると痛くなると聞いたことがある。魔術の際に力を集中させることが多い手が特に痛くなりやすいとか」

「じんじん痛いんだよー」


 デイテミエスさんが付け足したから私は彼に聞いてみた。


「やりすぎたことがあるんですか?」

「うん。力入らないし痛いしどうしようもなかったよ。寝て起きたらだいぶ良くなってたけど」


 それなら、倒れるまでのことをした家上くんは今、とても疲れていて手が痛いのかな? 寝ているなら痛いのはわからないかな。


「今はどうですか?」


 デイテミエスさんの顔に小さな笑みが浮かんだ。私に心配させないためのものだろうか。


「ゆかりさん優しーい。大丈夫。だめだったらさっき飴の袋開けてないよ」


 飴の袋も開けられなくなっちゃうんだ……。

 再び新崎さんが話す。


「こちらの世界には当てはまらない人もいる。強力な魔術を使っても魔力を消費したという感覚のみでその後に全力疾走もできるそうだ。そういう人の子供や孫は大抵魔力を持たない」

「そりゃ初めて聞いた」


 アズさんがそう言うと、


「幕末に初めて生まれてきたらしい」


 新崎さんが追加で説明した。


「ほう。不思議なこともあるもんだな。魔力持ちはそこで終わりか?」

「今のところはそのようだ」


 これから先、魔力が無くてご先祖様のことを知らない親から魔力のある子が生まれてきたら、親も子も苦労しそうだなあ。


☆★☆


 ときどき話しながらゆっくり過ごしていると、遠くの景色がきらきらし始めた。


「侵入者いなくなったみたいですよ」

「あいつら以外にいなくて良かったあ」


 ほっとした様子でそう言ったデイテミエスさんは、服のポケットから赤いバンダナを出して、それをかぶって赤紫の髪をほとんど隠した。


「どう? 近付かないと、ちょっと変な格好してるだけの人でしょ?」

「そうですね」


 私が頷くと、何か短い言葉を言ってデイテミエスさんが立ち上がった。「よいしょ」みたいなことかもしれない。


「それじゃ、俺は迎えが来る所まで行かなきゃいけないから。またねー」

「はい。お疲れ様でした」


 デイテミエスさんは手を振ると走って駐車場を出ていった。速かったけれど以前にドロンした時に比べると遅かった。

 元の街に戻った私と新崎さんはショッピングセンターの中で立石さんを待った。立石さんは十分くらいで来た。

 それぞれ注文したアイスクリームを片手に店内に置かれたベンチに三人で腰掛ける。新崎さんが真ん中。何も知らない人からどういう関係だと思われるんだろう、私たち。叔父さんと兄と妹あたり?

 プラスチックのスプーンを使ってアイスクリームを食べながらゆるゆると会話する。


「樋本さん、体の具合はどんな感じ? だいぶ消耗してない?」

「運動場の時に比べるとかなり疲れてて、お腹が空いてます。これはえーっと、体育でマラソン大会の練習のために走って、教室に戻って一息ついた後って感じです」

「へー。なんか今の樋本さんって、部活の後の高校生に近そうだね」


 ……部活。部活かあ。


「そうかもしれません。何かの部に入ったことないのでよくわかりませんけど」

「やっぱりアイレイリーズ君は寝てる?」

「はい。ところであの、雷落としてたのは立石さんですか?」

「うん。疲れた。それなのにあの子たちにはろくに効果なかったんだからやになっちゃうよ」


 少し落ち込んだ様子の立石さんに新崎さんが言う。


「立石さんがいなかったら、彼らが帰るのが遅くなったかもしれません」

「そうかなあ。そーだといーなー」


☆★☆


 翌朝登校すると、教室に家上くんがいた。士村さんにクリアファイルで風を送ってもらいながら女子三人と和やかに話していた。数人の生徒がそれを羨ましそうに見ていた。

 終業式の後、教室に戻って少ししてアズさんが起きたから私は家上くんのことを伝えた。


(うお……あんなのやって学校来るのか……。意外とすごい魔力持ってんのか? それとも別人か? いや別人はねえよなあ。頭黒くなってたし、声は確かに本人だったし)

(疲れていそうではあるんですよね)


 チャイムが鳴ってから先生が教室に入ってくるまでの間は机に顔を伏せていたし、椅子から立ち上がる時は「よっこいしょ」という感じだったし、なんか駒岡さんたちに気遣われているように見えるし。


(私みたいに家が遠かったら来なかったかもしれません)

(そうかー。………………もしかして剣か?)


 剣? 銀髪家上くんが持っているあの剣?


(剣の効果で家上くんはすごいことができたってことですか?)

(魔術を大幅に強化する、みたいな機能があるとすれば、奪い取ってでも手に入れたいやつもいるんじゃないかと思った)


 おお、なるほど。アズさんが言うとおりの機能があの剣に付いているなら、すごい魔力を持っていなくてもあんな攻撃ができるだろうし、狙われる理由にもなると思う。


(その場合、家上くんが倒れたのは攻撃の反動ってことなんでしょうか?)

(それもあるだろうけど、あいつあれをするまでにも頑張ってたからな、疲れたってことも当然原因だろうし、すっかり防がれて参っちまったってこともあるかもな)


 そっか。頑張ったのに相手にダメージがなかったら、それはがっくりくるだろうな……。


(でも、良かったな。あんまりひどいことになってなくて)

(はい!)


 そして、夏休み前に家上くんの姿を近くで見ておけることが嬉しい。


☆★☆


 下校の時間になった。

 文化祭が終わってからだめだめだったけれど、今日はせめて挨拶してから帰りたい。

 家上くんがまだ帰る準備中であることを確認した私は、はるちゃんの所に行って、やることを伝えた。


「よしわかったちょっと待ってね」


 はるちゃんは早口で返事をするとやや乱暴にバッグに物を詰めて帰り支度を済ませた。

 私は普通を装って、はるちゃんの席から教室の出入り口に行くまでに家上くんの席の近くを通るようにして、


「家上くん、さようなら」


 ちょっとだけ立ち止まって家上くんに挨拶した。はるちゃんも「さよならー」と軽く言った。


「さっ、さよなら樋本さん、小野さん」


 家上くんは慌てながらも微笑みと一緒に挨拶を返してくれた。やったー!

 教室を出た後、


「最後に笑顔を貰うとはやりおるな、ゆかりんっ」

(ほんとにな。うまくいったな)


 にやにやしている小声のはるちゃんとアズさんにそう言われた。


「えっへへー」


 周りに他の生徒がいなかったら、私は今頃わかりやすくガッツポーズをしている。

 終わり良ければ全て良し……にはちょっと力及ばないけれど、ささやかでも良いことだし、悪いということは絶対ない。

 はるちゃんがにやにやを引っ込めた。でも変わらず楽しそうではある。


「ねー、ゆかりん。明日暇? 遊ぶっていうか会ってお話しよ」

「うん、いいよ。どうしよっか」

「ここじゃなくて別のとこにしようよ。たまには私が長距離移動して、ゆかりんの家の方が近いとことか」

「こっちの方、観光地的なとこはあるけどここみたいに面白いものはないよ」


 この街に比べてあの空間に入ってしまう可能性が低いことはいいけれど。


「いいのいいの。お喋りが一番の目的だから」

「じゃあ……最近できたショッピングモール行ってみる? 駅からちょっと遠いけど、バス出てるって」

「よし、そこにしよう」


 待ち合わせの時間を決めて雑談しているうちに駅に着いた。

 はるちゃんに「また明日」を言って、電車に乗って揺られて、暑さにうんざりしながらも何の問題もなく家に帰った。こうして高校二年生の一学期が終わった。

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