51 帰らせたけれど
ずっと見ていたら、茶髪の青年がとても強いことが私にも理解できた。彼には誰の攻撃もろくに当たっていないようにしか見えない。一対三で、倒れたままのあずき色の男の子を守りながらなのになんて人だろう。でも別に圧倒的というわけでもないと思う。彼の攻撃があまり当たっている様子がないから。銀髪家上くんとアズさんはたぶん大丈夫だ。狙われている銀髪家上くんを守ろうとして魔術の撃ち合いをしているデイテミエスさんは当たってしまっているかもしれない。
茶髪の青年がアズさんたちから大きく距離を取って、何か長いもの――たぶん杖――を出して右手で握った。視線が上がった。
あ、新崎さんとついでに私を狙ってる。
私は急いで後ろに下がろうとしたら、新崎さんに腕を引かれた。おかげでずっと早く、余裕をもって下がることができた。新崎さんの動作の速さについていけなくてバランスを崩したのは仕方がないと思う。
私たちが立っていた辺りを何かがビュンと通っていって、後ろの方に落ちて割れた音がした。
「ありがとうございます」
「お前、思ったよりも反応が早いな」
「ドッジボールでよく的にされるせいだと思います……」
「……」
……今、意外とできるやつかと思ったらやっぱだめだった、みたいな顔された……。
新崎さんは元の位置に戻って、私は屋上に落ちたものを見てみることにした。
茶髪の青年が飛ばしてきたのは、やっぱりというか何というか尖った氷だった。六本……両端が尖っていたとすると三本か。デイテミエスさんが魔獣にグサグサ刺していたものに比べたら太さは控えめだけれど、長さはそこそこありそうだ。割れているのをくっつけてみようかな。
氷を手に取ってみようとした時、後ろからすごい音が聞こえた。雷が落ちた音だと思った。でも振り返って見てみても相変わらずの夏の青空で、雷は落ちそうになかった。
何だったのだろうと思っていたら、だいぶ低い位置から地面へ稲妻が走った。私と新崎さんがいる高さよりは上だけれど、白い雲よりずっとずっと下、せいぜい建物の十階くらいからビシャーンと落ちたように見えた。
屋上の端に寄って駐車場と空と見ているとまた雷が落ちた。ショッピングセンターの避雷針を無視して魔獣に当たっていた。美少女三人に襲いかかる魔獣が減った。
魔術なのかな。駐車場にいる人がしたことではないと思う。頑張ると言っていた立石さんかもしれない。魔獣相手に電気ビリビリをやるらしいから、雷を落とすこともできるのかも。でも、離れた位置からそんなことできるのかな。あ、できるから総長?
不意に稲光とは別の光が目に入った。銀髪家上くんの剣が輝いている。太陽の光を反射しているんじゃない。攻撃と防御をアズさんとデイテミエスさんに任せて銀髪家上くんはどんどん剣の光を強くしていく。あずき色の男の子がとんでもない魔力にものを言わせた時のように、すごいことをしそうだ。
銀髪家上くんが剣を振り上げると光がすーっと伸びた。まるで剣の刃が大きくなったかのようだ。
剣が勢いよく振り下ろされると、三日月みたいな攻撃を大きくして幅も広くしたような、いかにも強力そうなものが飛んだ。
銀髪家上くんの攻撃は車を消し飛ばしながら茶髪の青年に迫って、跳ね起きたあずき色の男の子に止められた。
男の子は大きな盾で自分と青年を守った。銀髪家上くんの攻撃だけでなくて、数秒後に落ちた雷も防いでしまった。でも、迷惑な人たちは帰ることを選んだようだった。気が付いたら茶髪の青年が帰り道を作り始めていた。
盾が消えて、男の子がぱたりと倒れた。それから、家上くんも倒れてしまった。銀髪じゃなくなった。緑美男子先輩と薄紫さんが家上くんに駆け寄った。
茶髪の青年があずき色の男の子を抱き上げて、強引な手段の道に入った。それに少し遅れて美少女三人から逃れた変な美女も入っていった。
黒い半球が消えて、駐車場にいた迷惑な人たちはいなくなった。
ああ良かった。帰ってくれた。……他にはいないよね……?
残っていた魔獣を片付けると仮面の人たちはどこかに行ってしまった。家上くんは緑美男子先輩に背負われていった。
家上くんどうしたんだろう。すごく疲れたのかな。
アズさんはデイテミエスさんと少し話した後、鞘に戻ってきた。
(お帰りなさい。お疲れ様です)
(ただいま。あー疲れた。あ、やばい、寝そう。出てる)
人のアズさんがまた出てきた。少し回復したくらいだと思うけれど、眠くはなさそうだ。
……お腹空いたな……。
「あの茶髪の人、強い人でしたね」
私がそう言うと、
「ああ、主にもわかったか。正直に言うと、一対一だったらやばかった」
アズさんはまず悔しそうに答えた。
「あのチビがずっと起きてても結構危なかったな。二人とも、いい活躍したな」
微笑んで私の頭を撫でたアズさんは、急にいたずらっ子のような顔になって新崎さんを見た。
アズさんの目論見を察して新崎さんが二歩逃げた。
「そんなに子供じゃない」
「子供扱いなんてしてないぞ? 孫だ」
「かなりの子供扱いじゃないか! あと祖父は二人で十分だ」
「おらぁ孫が多い方が嬉しいわ」
さすが男性の人生に寄り添ってきただけはある。言い方が完全におじいちゃんだ。声が若いからかなりの違和感がある。
「いきなり年寄り口調になるな!」
「オレを何歳だと思ってやがる。諦めろ」
アズさんは素早く新崎さんの腕を掴んで、頭にぽんと触れた。私にしたようにはせずに、軽く触るだけで済ませた。
ぽーん、と私の通信機が鳴った。今回も立石さんからだった。
『お疲れ様。怪我はないね?』
「はい。私と新崎さんは無事です」
『それなら良し』
立石さんの声はテンション低めだ。雷を落としてお疲れなのかもしれない。
『近くにはもう魔獣いないだろうし、ここ消えるまで休んでてもいいよ。あ、そうだ、秀弥君とどこかその辺にいてよ。終わったらアイス奢ってあげよう』
「え、いいんですか?」
『いいよいいよ。それじゃ、また後でね』
「はい」
立石さんはこれからまだ頑張るつもりなんだろう。
とりあえず私たちはショッピングセンターの駐車場へ向かうことにした。
「私の効果ってあったんでしょうか?」
マンションの階段を下りながら新崎さんに聞いてみた。
「あったと思う。前は完全に防がれたからな」
「それなら良かったです」
アズさんは頭を撫でてくれたけれど、私が行動したことでうまくいったという実感が私にはない。新崎さんの背中に手を当てていただけなのだから当たり前だ。でも、男の子を攻撃した新崎さんが私の効果があったと言ったから、私がいないのよりはいた方が良かったのだと少し思った。
ショッピングセンターの駐車場にいるのはデイテミエスさんだけだった。日陰に座り込んで、俯いていて元気がなさそう。左腕に大きな傷があるけれどもう塞がっているようだ。
「具合悪いですか……?」
デイテミエスさんのそばにしゃがんで聞いてみた。
「そういうわけじゃないんだけど疲れたから動きたくないんだよー」
顔色はそう悪くない。でも元気がないことは声からもわかった。
「塩飴ありますけど舐めますか?」
「ください」
私はコートの裾をまくって、スカートのポケットから飴を出した。
「どうぞ」
「ありがと」
「フェゼイレスさんはどうしたんですか?」
「まだ元気だから魔獣探しにいったよ」
デイテミエスさんは飴を口に入れると少しの間ぼんやりしていた。
私とアズさんと新崎さんも地面に座って休む。
「…………しまった」
デイテミエスさんが呟いた。
「どうしたんですか?」
彼は顔を上げて私を見た。眉が下がり気味だ。
「へんてこ美人殴ってお断りするの忘れてた。ごめんね」
「いいですよ、そんなこと」
別にしなくてもいいことだし、するべきことがあったのだし、しかも今日は私は変な美女に変なことは言われていないのだし。
私に続いてアズさんも言う。
「そんな余裕なかっただろ」
「でもさー、帰る時に火の玉ぶち込むくらいはできた気がするんだよ。ゆかりさんが気にしないんだとしても、俺がすっきりしなーい」
大きく溜め息をつくとデイテミエスさんは黙り込んだ。