50 少しは役に立てる
デイテミエスさんと一緒に行動して、魔獣を探したり魔獣に襲われて返り討ちにしたりしていたら私の通信機が鳴った。立石さんからだった。
『今どこ?』
「武居歯科っていう歯医者さんのすぐそばです。デイテミエスさんも一緒にいます」
『そこさっき僕通ったから近くだね。そっち行くから待ってて』
言われたとおりに待っていたら立石さんがかなりの速さで走ってきた。新崎さんも一緒だった。
新崎さんは私を見ると少しだけ顔をしかめた。
「よくそんな格好できるな」
「思った程じゃないですよ。生地薄いですし」
そんなことより。
「何があったんですか?」
私が質問すると立石さんが「それがさあ」と嫌そうな顔になって言った。
「ついさっき連絡が来たことなんだけど。仮面の人たちが今ね、魔獣の群れに加えてあずき色の男の子と大胆な格好の美人さんと戦ってるんだ」
……うへぇ……。
「来てましたか……」
「うん。来ちゃってた。それでね、また苦労してるらしいんだよ。フェゼイレス君が魔獣いくらか引き受けてるんだけどそれでも」
立石さんの表情が真剣なものに変わった。
「そこで、秀弥君と樋本さんで奇襲っぽいことをして手助けしてみよう。奇襲っていうよりは狙撃の方が近いかな」
「刀の方でなく、持ち主の方と?」
新崎さんが私も疑問に思ったことを立石さんに聞いた。立石さんは「そう」と頷いた。
「樋本さんはね、アイレイリーズ君の魔力を全然漏らしてなくてね、しかも触ってるものの魔力までわかりにくくなるらしいんだよ。それを使って秀弥君の魔力をなるべく隠して移動して、感知されたとしても大したことないように思わせるんだ」
ああ、そういう使い方ができるんだ、私の体質。家上くんの役に立てるなら嬉しいな。
私と新崎さんを納得させた立石さんはアズさんを見た。
「守り刀で騎士としてはどう?」
「反対はしない」
「そう? ありがとう。それじゃあちょっと待っててね」
立石さんは腰のポーチから通信機を取り出して、私にはわからない言葉と日本語を使って誰かに連絡した。
「人呼んだから、待ってる間に作戦を話すよ」
作戦は複雑なものではなくて、すぐに説明が済んだ。
立石さんが呼んだ人は三分くらいで来た。それなりに離れた所にいたらしいけれど車に乗ってきたから早かった。
来たのは若い女性二人だった。一人は私の知らない人で、もう一人は魔力に敏感なジェイネさんだった。
まずはジェイネさんに私がちゃんと新崎さんの魔力を隠しているか確認してもらう。
「オレは出てない方がいいな。上着は……まあ大丈夫だろ」
アズさんは私に貸してくれているコートだけ残して姿を消した。
(アズさんこんなこともできたんですね)
(オレもびっくり)
さてやってみよう。
私は新崎さんの手を握ろうかと思ったけれど、それだと新崎さんが弓を構えられないと思い直して、背中に手を当ててみた。その状態で新崎さんが矢を出すと、ジェイネさんは親指をぐっと立てて、
「かんぺき」
と言った。
「ジェイネさんがこの距離で完璧って言うなら大丈夫だね。――それじゃ田中さん、よろしく」
「はい」
立石さんから田中さんと呼ばれた女性は私と新崎さんとデイテミエスさんを車に乗せた。
「シートベルト締めてね。飛ばすから」
宣言したとおり田中さんは飛ばした。四十キロの標識が出ている道で八十キロ出した。信号無視もしたしウインカーを出さなかった。でもなんとなく左側通行を心がけているようだった。
目的地には二分くらいで着いた。
魔獣の鳴き声や戦っている音が聞こえる中、私と新崎さんは手を繋いだ状態で近くの五階建てマンションの屋上に上がって、デイテミエスさんは魔獣たちがいる方へ行って、田中さんは別の用事に向かった。
マンションの屋上から、道路の向こうにあるショッピングセンターを見る。
駐車場にある車が何台か燃えていた。
仮面の人たちは七人いるようだ。遠いからいつもの人たちかどうかはっきりとはわからない。色は合っている。七人ともコートを着ている。
魔獣はいろんな種類がいる。色の種類も豊富だけれど、明らかに赤系のものが多い。前にあずき色の男の子が作った魔獣が黒っぽい赤だったことを考えると、あの場であの子がたくさん作ったんじゃないだろうか。
その男の子は今どうしているかというと、銀髪家上くんと一対一で戦っている。半袖半ズボンというとても普通で常識的な格好だ。
銀髪家上くんも男の子も前に私が見た時よりだいぶ動きが早い。男の子は本気で銀髪家上くんの剣と仇を取りに来ている感じだし、銀髪家上くんは小さい子だからといって容赦しないと言わんばかりに攻撃しまくっている。
もう一人の迷惑な人である変な美女は赤、青、黄の美少女三人と戦闘中だ。今日もなんか変なのを着ている。もしかすると前よりおかしいかもしれない。悪い方向へ改造した黒チャイナドレスなことは前と一緒だけれど露出が多いように見える。
今回、美女の鎖はなんと二本ある。うねうねと動くものが二本もあるし、魔獣が邪魔をするしで美少女たちは戦いづらいようだ。でも美女が優勢かと思えば違う。美女も魔獣に襲われていて、魔獣を追い払おうとした隙を美少女たちに狙われている。魔獣は自分を作った魔力の人以外生き物はみんな敵なのかもしれない。
オレンジ美女先輩と緑美男子先輩と薄紫さん、それからフェゼイレスさんはそれぞれ違う所で魔獣の相手をしている。高校生たち、特に緑美男子先輩は銀髪家上くんの元へ魔獣が行くのを阻止しようと動いているようだ。フェゼイレスさんは高校生たちの負担を減らしている。
状況がなんとなくわかったところで私たちはデイテミエスさんに連絡した。新崎さんの矢が銀髪家上くんに当たってしまわないように、銀髪家上くんからあずき色の男の子を少し離してもらわないといけない。
通信を終えてまた下を見るだけに戻った私はちょっと感想を言ってみた。
「みんな元気ですね。暑さを感じてないみたいです」
「魔獣はどう感じているか知らないが、人は魔術で多かれ少なかれ冷気でも出しながらやってるんだろう。だから銀髪と小学生は、あのまま長引けば小学生の方が勝つだろうな」
「新崎さんはそういうことしないんですか?」
「しない。……苦手なんだ」
「冷気を出すのがですか?」
「出し続けるのが」
そういえば前に新崎さんが自分の矢は長持ちしないと言っていた。何かを出し続けるのが苦手だからだろうか。傘を振り回していた時はずっと傘が光っていたけれどあれはまた別なのかな。
私の通信機が鳴った。デイテミエスさんからだ。
『今から屋上出るよ』
「わかりました」
私の左手を新崎さんの背中に当ててから、私たちは繋いでいた手を離した。
両手を使えるようになった新崎さんが弓を出した。下の人たちは誰もこちらを見ない。
デイテミエスさんがショッピングセンターの屋上駐車場に姿を現した。彼は素早く端まで行くと、下にいる銀髪家上くんとあずき色の男の子に向けて何か飛ばした。たぶん氷だ。銀髪家上くんと男の子は飛びすさってよけた。
新崎さんの手のひらに青い光の玉がふわっと現れて、それはあっという間に矢の形になった。以前にライオンみたいな魔獣に素早く攻撃した時に比べると気合いの入った矢だと私は思った。
デイテミエスさんは男の子が銀髪家上くんから離れるように妨害を続ける。下の二人は遠くにも攻撃ができるから妨害があっても二人の戦いは続く。
新崎さんが矢をつがえた。彼の手も弓もぼんやり青く光っている。
男の子はこちらを見ない。薄紫さんもだ。確認する余裕がないのか、気付いていないのか、いちいち見なくても平気なのかは私には判断できない。
矢が男の子に向かって飛んでいった。
男の子は気付いた。でも、たぶん遅かった。盾のようなものを出したけれど防ぎきれなかったようで後ろに倒れた。そして鎌が消えた。
新崎さんが次の矢を素早く出して、変な美女も狙った。矢は美女の鎖に当たった。美女が矢を弾こうと思ってやったのではなくて、たまたま鎖を動かしたら当たったという感じだった。こちらを確認した様子が私にはそう見えた。
三本目の矢が飛ぶ。私を使った立石さんの作戦はあずき色の男の子にダメージを与えるためのもので、彼に一度攻撃したら後はもう美女にこちらの位置がバレていても構わない。美少女三人と新崎さんと魔獣に攻撃される美女は大変だろう。
私は男の子の様子を見た。……立ち上がらない。
デイテミエスさんが屋上駐車場から飛び降りた。男の子に駆け寄ろうとして、何かが大量に飛んできて後退した。銀髪家上くんも足止めをくらった。
銀髪家上くんとデイテミエスさんの邪魔をしたのもたぶん氷だ。デイテミエスさんが魔獣に刺していたものと同じようなものだと思う。
宝くじ売り場の陰から人が出てきた。たぶん普通の格好だ。
「あの茶髪……」
新崎さんが呟いた。
ああやっぱりいた。頼りなさそうだけれど恐らくとても強い人。前みたいに男の子抱えて帰ってくれないかなあ。
茶髪の青年が片手を上げると、その手の上に大量の氷が出てきた。手が振り下ろされると氷は一斉に銀髪家上くんに向かって飛んだ。
(やる気しかねえって感じだな)
残念ながらアズさんの言うとおりのようだ。
新崎さんは狙いを変えて、私は立石さんに連絡する。
「男の子が動かなくなりましたけど、茶髪の人いました。今日はすぐ帰らないみたいです」
『やっぱそうかー……。僕も頑張るけど、アイレイリーズ君もよろしく頼むよ』
「はいよ」
アズさんが人になって外に出て返事をした。
私が通信を終えると、アズさんは屋上の縁に立った。
「主をよろしく」
「任された」
新崎さんは茶髪の青年から目を離さないまま答えた。
「それじゃ行ってくる」
「お願いします」
アズさんは三階まではベランダを足場にして降りて、後は一気に飛び降りた。邪魔な魔獣を斬ったり蹴ったり投げたりしながら茶髪の青年に近付いていく。
私は新崎さんの邪魔にならないように静かにしているしかない。