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5 朝の会話

 翌朝は普通に目が覚めた。


(おはよう、主)

「ほうわっ」


 頭の中で声が聞こえたことに驚いて、変な声が出た。

 ……ああそうだ、私の中の謎空間にアズさんがいるんだった……。


「おはようございます」


 別にいい夢は見なかったなあ……。

 アズさんにはまだ寝ていてもらうことにした。その理由は、昨日の着替えから起こすまでの時間と同じだ。

 一階に下りると、いつもどおりにお母さんとお父さんが台所で朝ご飯の用意をしていた。私も手伝う。

 点けてある居間のテレビから「行方不明」という言葉が聞こえてきた。気になって見てみると、行方のわからなかった二歳の女の子が、自宅から離れた所で見つかったというニュースが流れていた。

 女の子は、人が大勢集まった家から姿を消したらしい。


「みんな、誰かが見てるって思ってて、ちゃんと見てなかったんだろうなあ」


 お父さんがテーブルにご飯を並べながらそう言った。


「うん……」


 きっと女の子の親は台所とかで忙しくしていて、子供を見ていなかったのだろう。親戚や近所の人がいるから大丈夫だと思っていただろうし、他の人たちも同じように考えていたんだろう。みんな「大勢いるから、誰かが見ている」と他人に任せてしまっていた。そんなだから誰も女の子を見ていない時間ができて、その時に女の子は家を抜け出してしまった。……と、お父さんは考えている。過去にそういうことがあったから。

 でも、もしかしたらこの女の子は、家の中にいる状態であの膜の中に入ってしまったのかもしれない。いなくなったみんなを探しに家から出たのかもしれない。大人たちが注意していても、防げないことだったのかもしれない。

 私にも起こったかもしれないことだ。

 私は、いつからあの中に入るようになったのだろう。最初から? 最近?


「あのさ、私が消えたら、どうする?」


 消えるかも、とは言えない。だから、せめてもと思って、関係することを両親に聞いてみた。


「そりゃ探すよー」

「ねえ」


 まずお父さんが答えて、台所から卵焼きを持ってきたお母さんがそれに頷いた。


「まあすぐには探さないかな。ちびちゃんじゃないし携帯あるし」


 あのね、お父さん。私は圏外に行くんだよ。

 台所に戻って私のお弁当箱にご飯を詰めてくれながらお母さんが言う。


「学校からなかなか帰ってこなくても、そういうお年頃だし。お母さんとお父さんに言わないことがあってもしょうがないよねー。危ないことじゃなければ秘密いっぱいでもいいよ?」


 あれ、消える理由が「そういうお年頃」でいけそうな感じだ……。


「家から急にいなくなるのは?」

「なあに、家出の予定でもあるの? ふりかけ何がいい?」

「鮭がいいな。家出の予定なんかないけど、急にどっか行きたくなるかもしれないでしょ?」


 本当は違うの。行きたくなくても行っちゃうんだって。


「黙って出てって帰ってこないのは嫌だなあ」

「そっか……」


 あの中から出られないことはないと思いたい。

 そういえばアズさんは魔獣に対してどれくらい強いのだろう。自信がありそうな感じだったけれど……。


☆★☆


 駅のホームは今日も混んでいた。私と同じくらいの歳の人が多くて、制服率が高い。


(ずいぶん混んでるな)


 アズさんが喋った。いつ起きたのだろうか。


(こんなにいるのに、三月に一両減らされちゃったんですよ。ちょっとひどいですよね。……まあ、途中でほとんどが降りちゃうんですけど……)


 人がとても多いのは私が下りる駅の四つ前までだ。それに都会と比べればこのくらいの混雑はきっとたいしたことないのだと思う。ぎゅうぎゅう詰めで駅員さんに押し込められるなんてことはない。

 電車が参ります、とアナウンスが流れる。黄色い線の外側を歩いていた人が慌てて内側に入った。

 時間どおりに電車がホームに滑り込んできた。電車から大勢降りて、それ以上の人が乗っていく。

 私は前の方で電車を待っていたから、今日も最初から座ることができた。いつもなら本を読むところだけれど、気になることがあるのでアズさんと話をしてみる。


(こうやって電車とか車とか乗ってる時に、あの空間に入っちゃったらどうなるんですか?)


 膜の中に動いている車はなかった。だからこうして乗っていたら、床も座席もなくなって落ちてしまわないだろうか。


(あー、たぶん大丈夫じゃねえか? 前の主が電車に乗ってたら進行方向にあれがあったけど入らなかった、ってことがあったんだ。動いてるものの中にいれば入らないんじゃないかって前の前の主が言ってたな)

(たぶんなんですか……)

(あれ自体が珍しいからだよ。まあ、何かに乗ってて巻き込まれたことがないのは確かだし、前の前の主は頭いい方だったから信じていいと思うぞ)


 なるほど、言い切るには数が少ないと。


(それじゃあ、飛行機乗ってて落ちるってことはないと思ってていいんですね)

(そうだな)


 高い所にいる飛行機から落ちたらどうしようもない。その可能性が低いのなら少しは安心できる。

 ああそうだ、安心といえば。


(あの、アズさんってどれくらい強いんですか? 魔獣の強さもよくわからないんですけど……)

(……やっぱり気になるか? 今までの主がどうなったか……オレがちゃんと守り切れたか)


 私が考えていることはお見通しらしい。


(はい)


 今までの持ち主をしっかり守れたかなんて聞くのは少し気が引けた。だから回り道をして強さを聞いた。ただ単に強さを知りたかったというのもあるけれど。


(オレがある間にあっちの世界絡みで死んだ人はいないから安心しな)


 アズさんはしっかりとそう言った。

 誰も死んでいない。これはとても安心できる情報だ。


(強さは、そうだな……魔獣は普通の動物より厄介なのがほとんどなんだが、魔獣相手に苦労したことは少ないくらい、だな)

(それじゃあ、熊より強いって思っていいですか?)

(おう。熊なら今の状態でも大丈夫だ)

(今の状態?)

(短いってことだよ)


 そういうことか。

 アズさんは長くなるらしい。しかも伸び縮みするのだとか。でも今はできないと昨日聞いた。ならどうしたらいいのだろう。


(どうやったら伸び縮みできるようになるんですか?)

(そのうちに自然と。主からエネルギー分けてもらうことの一つなんだ)

(何で伸び縮みできるんですか?)


 アズさんはいったい何でできているのだろう。材料は普通で作り方が特殊ということもありそうだ。生き物もどきとか魂どうのこうのとか人の中に入る武器とかがある世界なら、普通の材料から伸縮可能な刀だって作れてしまうのかもしれない。


(人の中に入るのと一緒で、その辺のことはオレにもよくわからん)


 それはちょっと残念。


(じゃあ、どれくらいまで伸びるんですか?)

(最高記録は柄まで含めて八十八センチだな)


 となると今の三倍以上か。すごい。


(末広がりでいいですね)

(オレとしてはもっと伸びたいし、伸びると思うんだがな……)

(目標とかあるんですか?)

(三桁行きたい。なんか憧れる)

(私も大きくなりたいです。せめてあと二センチ)


 でももう無理だろうな……男子だったら伸びるのかな。

 高校に入ってから私の身長は六ミリしか伸びていない。誤差の範囲だ。一年間に十センチ近く伸びたこともある小学生の頃が懐かしい。


(そうするとどうなるんだ?)

(百六十になるんです)


 この気持ちは、アズさんが一メートルに憧れているのと似たようなものだと思う。


(アズさんは人になった時大きいですよね)


 あのアズさんは、百八十センチはあるように見えた。


(ああなるとだいたいの人間がオレより小さいからなんか面白いんだよなー)

(今はどういう風に見えてるんですか?)


 人になって周りを自分より小さいと思うなら、私の中にいる時はどう感じているのだろうか。


(そうだなあ……主の目っていう高い所の窓から外見てる感じで……ドアの近くに立ってるブレザーの子のこと、小さいって主は思うだろ?)

(はい)


 アズさんの言う人は、たぶん百五十センチもない。小学校低学年の私が見たら大きいお姉さんだと思ったかもしれないけれど、今の私にとっては小さい人だ。


(オレからするとかなりでかい)

(かなり?)

(そう。だってオレ、人間なら園児の頃に通過する高さに憧れてるようなやつだぜ?)


 そう言われると途端にアズさんの目標が小さく思えてくる。でも刀として考えたらやっぱり大きい……かなあ? 中学の時に体育の授業で使った竹刀は何センチだったのだろう。思っていたよりも長いとか短いとか、どう感じたかもう忘れてしまった。

 あ、そうだ。大きさ、長さといえば物差し。家に一メートルの物差しがあるけれど、あれのことはいつの頃からか、それほど長いものじゃないと思うようになった。あれくらいの刀か……うーん……。人のアズさんは背が高いから、刀はもう少し長くてもいいんじゃないだろうか。


(目標、百十くらいにしてみませんか?)

(何でだ?)

(人のアズさんが大きい刀振り回してたら、きっとかっこいいんだろうなあって思って)

(そんなこと言われたらますます伸びたくなるな)


 こんな調子でアズさんとのんびり話しているうちに、電車は私が降りる駅に着いた。

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