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48 楽しかった

 午前中、廊下を歩いている時だった。私は、自分でもよく憶えていたなと思う人を見つけた。その人たちは壁に掲示されたコンテストの写真の前にいた。


「あ……」

「どうした、ゆかりん」

「あのクリーム色の服の人、家上くんのお母さんだよ。隣にいるのお父さんかな」


 私は壁際で立ち止まってはるちゃんに小声で答えた。そうしたらはるちゃんも小声になってからかってきた。


「未来の姑の顔憶えてるの? 偉ーい」

「そういうわけじゃ……ないと思う? ほら、結構な美人だし……」


 ないとは言い切れなかった。家上くんが私を好きになってくれたら嬉しい、家上くんの彼女になれたらどんなに幸せだろう、と考えることは少なくない。幸せがずっと続いた時のことを考えたことだって何度かある。


「うん、確かに美人だわ……。お父さんかっこ仮もいい感じ。どっちかといえばお母さん似?」

「そうだね」


 魔力はどちらから貰ったものだろう。両方ということもあるのかな。


「まあ顔のことは置いといて。見てるよね、息子の女装姿」

「うん。何思ってるのかな」

「うちの子かわいいー?」

「娘も欲しかったなー?」

「やーね、うちの子ったらこんなことしてー?」

「あ、家上くん来た」


 早歩きで来た家上くんは、お母さんとお父さん(仮)の腕を引っ張って写真から離れさせた。駒岡さん、涼木さん、士村さんの三人も家上くんを追って写真の所まで来た。

 家上くんたちがどんな話をするのか気になって、私たちは彼らに少し近付いてみた。文化祭のパンフレットを広げて、どこに行くか相談中のふりをする。


「悪くないんだから、そんなに恥ずかしがることないのにー」


 家上くんにお母さんがそう言うと、美少女三人がうんうんと頷いた。


「そうだな」


 お父さん(仮)も同意した。


「まあ俺程じゃないけどな」


 お、おお?


(ほう?)


 アズさんまで興味深そうに聞いている。


「えっ、まさか父さん……」

「したぞ、大学生の時に。コンテストじゃなかったけど、好評だったんだぞ」


 お父さんは得意げに答えた。息子に言っていなかったあたりわざわざ自慢する程のことではないけれど、良い思い出にはなっているっぽい。


「家に帰ったら写真見せてあげるよ」


 そしてお父さんの女装のことをお母さんは前から知っていたらしい。


「そういうのって普通じいちゃんばあちゃんちにあるもんじゃないのか!?」

「大学時代のものは家にあって当然でしょ」


 言い方からして、家上くんのご両親は大学生の時には既に知り合いだったんだろう。それぞれのものではなくて共通の思い出だから自分たちが今住んでいる家に置いてある。

 こうやって姿を見て、話すのを聞いていると、お父さんも性格は普通の人だと感じる。すぐに怒って手が出る人には思えない。暴力的なのに外面が良いという人がいるらしいけれど、それでも違うと思う。能力的に普通かどうかはさっぱりわからない。


(アズさん。お母さんとお父さん、どっちが魔力ある人だと思います?)

(わかんねえ。が、母親の方が強そうに思えるな)


 そう言われてみるとそんな感じがする。お父さんよりお母さんの方が運動が得意そう。


(あと、銀髪似合いそうだと思わないか?)

(確かに……)


 年を取って白髪が増えても、同年代の人と比べたら綺麗で素敵なんじゃないかなあ。

 家上くんとご両親は、女装の話の他に、この後どこに行くかとか、どこの展示が良かったとかの話を少ししてから別れた。


「普通だったね」


 パンフレットを閉じたはるちゃんがそう言った。もうこの場に用はないので私たちは元々行こうと思っていた場所へ行く。


「ね。変な所はなかったよね。あえて言うなら、仲がいい方の親子だったけど、それだけって感じ」

「うん。あとは、お兄さんか、中学までの知り合いか、ただ心が広いってだけかだね」

「お兄さんのことは信じたいなあ」

「うんうん。結婚相手の家族もいい人たちだといいよねー」

「またそんなこと言ってー」


 その通りだけどね。


☆★☆


 書道部の展示を見にいったら私の両親がいた。

 私は、はるちゃんとは一旦離れて、両親に後ろから近付いて、


「やっほー」


 と言いながら二人をつついてみた。すると二人は同時に振り返った。


「や、ゆかりちゃん」

「やあ」


 私の名前を呼んだのがお母さんで、「やあ」だけの方がお父さんだ。


「ねえねえ、男装と女装コンテストの写真見た?」

「見た見た」


 お母さんはそう言った後、声を小さくして続けた。


「家上くんなかなかだったね」

「そうだよねっ」


 お母さんはにこにこしているけれど、お父さんはちょっと変な顔をしている。何だろう、この顔。

 変なお父さんにお母さんが気付いて、


「お父さんね、ゆかりちゃんが結婚するところ想像しちゃったんだよ」


 と解説してくれた。…………えっ。えええええ?


「え、何で? 女装写真見て?」

「これが“家上くん”かー、って思っちゃったんだよね、お父さん?」

(お父さんも知ってることだったのか?)

(バレンタインの時にお母さんがごくごく自然に名前を出してくれちゃったんですよ……)


 別に隠したかったというわけじゃないけれど。お母さんには相談みたいな感じで話してもお父さんには言いにくいし、言ってどうするんだって感じだし。世間一般の娘と父親の間だとどうなっているのか知らないけれど、とにかく私は黙っていた。

 家上くんの話を聞いた時のお父さんの反応は「ふーん」という程度だったからとっくに忘れたものと思っていたら憶えていたらしい。


「……女装だから本来の姿とはかけ離れてることは百も承知だからあれで判断することなんてないよ?」

「違うでしょ。いいか悪いかじゃなくて、ゆかりちゃんを取ってくのはこいつかー、でしょ」

「黙秘します」


 お父さんは展示を見るのに戻ってしまった。


「気が早すぎるよ」

「そうでもないよ。早ければ来年には結婚できちゃうんだから」

「だからって……」


 付き合ってもいないのに。

 ……こんな所でする話じゃないか。

 もう切り上げることにする。


「私、はるちゃんのとこ戻る。じゃあね」


 はるちゃんと一緒に展示を半分くらい見た頃には両親はいなくなっていた。

 全部見て廊下に出てからはるちゃんが言った。


「ゆかりんのお父さんとお母さんってさー、穏やかって感じだよね」

「うん、まあ、二人とも怒るのなんかは苦手だと思う。それでね、怒る時は二人がかりで怒ってくるんだよ。そりゃあもう、私なんか、わーっ! て泣くよ」


 喧嘩する時に一番うるさいのは、私が小さい時からずっと私のような気がする。


☆★☆


 十二時半頃に中庭に行くと、今日も混んでいた。

 昨日に比べると雲が多くて気温も低いけれど冷たいものを売る店も変わらず繁盛している。

 ステージではカラオケ大会が開かれていて、客席が全て埋まっている。立って鑑賞している人も多い。今は女子生徒が演歌を熱唱している。かなり上手い。もしかするとこの学校から演歌歌手が出ちゃうかもしれない。

 私とはるちゃんは演歌を最後まで聞いてから食べ物を買うことにした。今日も分担して買う。中庭にゆっくりできる場所はないので、いろいろ買ったら校舎内の休憩所に行ってみる。

 演歌の女子の次は男子三人の番だった。その次には女子二人が歌い始めた。女の子っぽい曲で、歌詞は、好きな人の前だとうまく話せなくなってしまうから恋心を歌に込めて離れた所から伝えてみよう、というものだった。


「ゆかりんも歌ってみたら?」


 買い物を終えてはるちゃんと合流するなり言われた。


「私ステージに上がって歌える程の度胸ないよ。っていうか伝わる? 不特定多数に向けてるふりして。彼女は画面の中じゃないとありえないって言ってる人に」

「そうじゃないの。自分が歌ってる内容を“あなた”が理解してくれるだけで今はいいってことなの、これは」

「あ、そうだったの」


 その証拠とでも言うように、「いつか正面から伝えたい」という歌詞がタイミングよく歌われた。


「でもやっぱり歌うのはなー……。だいたい、この歌の通りにするなら協力してくれる人がいるんだけど、はるちゃん?」

「いやー、上行くよりは下でライト振って応援する方だからなー。参ったね」


 私たちは適当に話をしながら休憩所となっている教室へ入った。机と椅子が通常より多く並べられていて少し窮屈に感じる。

 一番後ろの窓際の席に新崎さんがいた。彼の隣には友人らしき男子生徒がいて、二人で模擬店で買ったものを食べている。今まで見た中で一番男子高校生っぽい新崎さんだと思う。

 私とはるちゃんが一番前の席でまったりしていたら、はるちゃんの部活の先輩が来た。軽く挨拶して通り過ぎていこうとした先輩だったけれど、何かに気付いた様子で足を止めた。先輩と一緒にいた人も彼女の行動に対して不思議そうにしつつ止まった。


「ねえ、前話した優等生君覚えてる?」


 先輩の質問にはるちゃんがこくりと頷く。


「はい。眼鏡で青い目の人ですよね」

「そうそう。それがあそこでフランク食べてる人」


 先輩は後ろの方を指差した。私ははるちゃんと一緒にその方向を見る。


「へー! 見るからに頭良さそうですねー」


 前にはるちゃんが言っていたのはやっぱり新崎さんのことだった。


「それに確かにイケメンです」

「でしょー?」


 私とはるちゃんは元の姿勢に戻った。


「あれで彼女いないんですよね?」

「そうなの。噂もないよ。人気あるけどお堅くて今までアタックした人はそんなに多くないっぽいけど、毎回、自分は好きじゃないからって振ってるんだって」

「好きな人がいるんですかね?」

「それは否定してるみたい。でも本当はお付き合いしてる人がいるのかもねー」


 そんなことを最後に言ってはるちゃんの先輩は空いている席に歩いていった。


(いやー、あれは恋人いないと思うな。勘だけど)

(私もそう思います。完全に勘ですけど)


 好きな人もいないんじゃないかな。でも、恋人がいても別に私は驚かない。


☆★☆


 お客さんがみんな帰って、片付けの時間になった。この後に閉催式がある。

 まずは自分が飾った所を片付けることになったから、私はまた家上くんと同じことをすることができる。はるちゃんは部活の片付けに行った。パパッと終わらせてくるけど教室の作業はほとんどできないかも、と言っていた。

 私が家上くんに用もないのに声をかけられるのは今日までだ。変なことをしないように慎重に、でもなるべく自然に見えるように軽くいこう。


「家上くん」

「ん?」


 よし、結構いい感じ。たぶん。


「昨日も今日も雨降らなくて三年生には良かったよね。どこが一番人気だったかな」

「ソフトクリームとフランクフルトのとこじゃないかな。今日遅めの時間に行ったけど、値引きもしないでソフトクリーム売り切れになったんだ」


 大丈夫、大丈夫。このまま。変になった時にはアズさんが助言してくれる。


「そうだったんだね。昨日のお昼頃にはかき氷のとこが人気に見えたけど、今日は他とあんまり変わらない感じだったんだよね。あれはあの時の店員さんの力で、一時的なものだったのかな」

「なんか他と違う人いた? 俺、昨日はあそこちらっと見ただけなんだ」

「家上くんとよく一緒にお昼食べてる人がいたよ」

「え、その人、名札に常磐(ときわ)誠司(せいじ)って書いてあった? 売り方が上手だったってこと?」


 家上くんは美男子先輩を見慣れすぎてわからなくなっているのかな。


「うん、その常磐さん。売り方が上手と言えば上手なんだろうね。いい感じににこにこしてたし。それでね、私の前に並んでた人がね、あの人にメアド書いた紙渡してたの」

「ああー、そういうことかー! イケメン強いなー。そうかそうか、味を工夫できないのはそうやって売る手もあるんだな。来年は駒岡と涼木に頑張ってもらおう」

「工夫できるのだったら家上くん頑張る? 模擬店の焼きそばおいしいって思ったんだけど、昨日駒岡さんが、家上くんの作るやつの方がおいしいって言ってたから、その、気になってて……」


 高い所の飾りを取り払った家上くんが椅子から下りた。


「みんながいいって言うなら。でも俺、それよりソフトクリームの渦巻き作ってみたり、フライヤーで芋揚げてみたり、どうせなら普通はできないことしたい」

「ソフトクリームは私もやってみたいな。一度はぐるぐるしてみたいって人多そう」

「見てると楽しそうだよなー、あれ」


 廊下の片付けはすぐに終わった。つまり私と家上くんの会話は短かった。でも十分楽しかった。最初は準備の間だけだと思っていたのに、今日になってもまだ話せたのだから。それもなんと二人きりだったのだからもうすごい。私が家上くんを独占しているという幸せな気持ちに浸ることができた。

 はるちゃんが帰ってきた時には、教室の中で机と椅子が本来の位置に戻されていくところだった。

 すっかり片付いた後、はるちゃんが私の席に素早く来た。周りの人に聞こえないようにこそこそと話す。


「どう? 何か話せた? その顔は大成功かな?」

「うん。私できたよ」

「よしよし、偉いぞー」


 はるちゃんは私の肩をポンと叩いて、それだけでは物足りなかったようで頭をわしゃわしゃと撫でた。


「いっぱい褒めてくれるはるちゃん好きー」

「素直に受け取ってくれるゆかりん好きー」

(平和だー)


 そんなことを言ったアズさんの声はとてもゆるゆる、ふにゃふにゃで、なんだか寝言みたいな感じに聞こえた。閉催式まで仮眠したらどうかと私が提案すると、


(そうす)


 「る」を言うまでもたなかった。


☆★☆


 閉催式はそんなに長くはなかった。文化祭実行委員会が超特急で作ったと思われる三日間の振り返りのスライドショーを見て、文化祭実行委員会委員長が挨拶して、校長先生に少し喋ってもらった。諸々の結果発表は後日だ。

 下校のために私が外に出た時、空はほとんど灰色だった。

 これから校庭で後夜祭もあるけれどそれは自由参加で、私は出ない。部活に入っている人の多くが出て、入っていない人はほぼ出ないのが後夜祭だ。はるちゃんが後夜祭に参加するから今日は私は一人で帰る。

 昇降口前に美女先輩と美男子先輩と後輩さんがいて、しりとりをしていた。

 私はアズさんとのんびり話しながら駅まで歩いた。

 駅のホームではまた新崎さんを見つけた。椅子に座って本を読んでいた。

 新崎さんの隣が空いているからそこに座ろうと思って近付くと、彼は私に気付いて本から顔を上げた。


「学校で見られていた気がするんだが」

「見てました。新崎さんがモテるっていう話を聞きました」

「……」


 新崎さんの堅い雰囲気が一気に崩れた。困ったような顔をして目をそらした。

 ふふ、照れてる照れてる。

 私は隣に座って、違う話を振ってみた。


「新崎さんのところの焼きそばおいしかったです」

「……お買い上げありがとうございます」


 新崎さんの表情が通常のものに戻った。


「売れました?」

「売れた。余りは出たが少ない」

「良かったですね」

「ああ」


 私と新崎さんの会話はこれで終わって、私はアズさんと喋っていたし新崎さんは本を読んでいた。電車内でも隣に座ったけれどそれぞれ好き勝手にしていた。

 電車を降りると、雨がぽつりぽつりと降っていた。

 家に帰って着替えていたらメールが来た。はるちゃんからだった。後夜祭は大雨につき予定より早く終了となったそうだ。「びしょ濡れだよー」と困り顔の顔文字付きで書いてきたわりにはテンションが高めの文面だった。家に帰ればわくわくするものが待ち受けているからだと思う。

 私の家の周辺も雨が強くなってきた。

 はるちゃんと一緒で私も気分がいい。

 もし、ここ一週間くらいの私が家上くんとまともに話せていなかったら、今頃は窓の外を見て溜め息でもついているのかもしれない。

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