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46 まだいた

 文化祭二日目、午前十一時二十分。

 私とはるちゃんは教室にいて、迷路から出た人に景品を渡す係をしていた。

 折り紙で作ったものの他に飴も用意して、飴だけか折り紙と飴のセットで渡すことになっている。希望があればテープで服にリボンや勲章を付けてあげる。

 一番大事なお客様である小さな子とその両親を見送って、次の人を見て少し驚いた。

 小中学校が同じだった人がいた。こっちの学校に来てるわけでもないのに何でここに。そっくりさんかな。


「ゆかりさんだよね?」


 ご本人だった。相変わらずキラキラして、いやキラキラが増してるよ、この人。


「ああ、(はす)くん。久しぶり。名札が見えないなら眼科に行きなよ」

(だいぶ刺々しいな?)


 アズさんが不思議そうに言って、蓮くんの隣にいた私の知らない男子がぷっと吹き出した。


「何かいる? いらないよね。はいさようなら」

「冷たいなー。どうせなら貰うよ」


 年の離れた弟にあげるのかな。


「ああそう。好きなの持ってくといいよ」


 蓮くんはレモン味の飴と黒い時計を手に取った。友人らしき男子は飴だけだった。

 さっさといなくなってほしかったけれど、蓮くんは次のお客さんがいないのをいいことにまだ喋った。


「ゆかりさん制服似合ってるね」

「ありがとう。何でここにいるの」


 いなくなってほしいけれど気になるから聞いてみた。


「こっち遊びにきたら駅に文化祭のポスター貼ってあってさ、俺もこいつも知り合いがいるから行こうぜって話になったんだよ」

「ふーん」


 もう聞きたいことはない。とっととどこかに行ってほしい。


「授業大変?」

「別に」

「通学は?」

「ここまで電車乗ってきたなら想像できるでしょ」

史郎(しろう)どこにいる?」

「二の六」


 史郎というのは私、蓮くんと小中学校が同じ人で、おとなしくて真面目な男子だ。


「彼氏できた?」

「いない」


 何が面白いのか蓮くんの友人はにやにやしている。高校からの知り合いだと、邪険にされる蓮くんが珍しいのかもしれない。


「好きな人いる?」

「いない」

「隣の子紹介してよ」

「そういうのは一切受け付けておりません。お引き取りください」

「真面目だなー。じゃあね」


 やっといなくなった。

 高校生になっても変な人だった。冷たくされると嬉しいタイプなのかもと中三の時に思ったけれど、やっぱりそういう人の可能性大だ。誰が見ても邪険にしているのに話を続けようとするなんて。次に会ったらにこにこしてみようか。笑顔作れる気がしないけど。

 係の仕事が終わって、私とはるちゃんは中庭に行くことにした。賑やかな廊下をいつもよりゆっくり歩いていく。


「で、さっきの、はすって人誰?」


 あー、やっぱり聞きたいよねー……。


「なんか、ゆかりんに構ってもらいたいって感じだったけど」

「小三からずっと同じ組だった人。植物の蓮で“れん”っていう名前なんだけど、私が給食でゆかりご飯食べてたら『共食いだー』とか言ってきたからそれ以来はすって呼んでやってるの」

「そんでついでに冷たい態度取ってるの?」

「あれだけじゃないよ。今でこそあんなキラキラ野郎だけどなかなかにふざけたやつだったからね。中三で落ち着きが出たんだか何だか知らないけどなんかいい感じになり始めたけど私過去のこと忘れない」


 特に、黒板を爪でキー……は、許さない。何度もやられた。彼がやる度に私はやめてと言ったけれど彼はやめなかった。被害にあったのは私だけではないけれど、主な標的に私は含まれていたと思う。ある時嫌すぎて私と同じようにあの音が苦手な子と一緒に担任の先生に言ったら先生が彼を叱ってくれたけれどそれでも後日やられた。どうかしてる。


(主がそこまで言うとはなあ)

「ゆかりんをそんなにさせるなんて困った男子だったんだね」


 アズさんとはるちゃんが同じようなことを言った。


「悪男くん程じゃないと思うけどね」

「まさかあいつまでいないよね?」

「いたらどうする?」

「どうしよ。どうしようもないわ。何かしたら警察に通報でいいよね」


 階段を下ると、


「あー、春代~」


 はるちゃんの家族と会った。お母さんとお父さんと、弟くん。あれ、一人しかいない。中学生の方がいない。


達也(たつや)いないの?」

「うん。興味ないとか言ってね」

「そういう年だ」


 はるちゃんの質問にお母さんが答えてお父さんが補足した。


「ふーん。んじゃ私、ゆかりんと中庭に行くからー。じゃーねー」


 通行の邪魔にならないうちに小野家は会話を終わらせた。


「はるちゃんのお父さん、相変わらず俳優みたいだね」


 体格が良くて渋くて、警察の偉い人とか武将の役が似合いそう。


「ただのおじさんだと思うけどなー」

(オレもなかなかのもんだと思ったな)


 はるちゃん、はるちゃん。長いこと人間を見てきた刀も、お父さんのこといいって言ってるよ。


☆★☆


 中庭には三年生による模擬店と、野外ステージがある。私やはるちゃん、家上くんたちが昼休みに使っているベンチは移動させられていて、野外ステージの客席兼食事、休憩場所になっている。今はステージでは何もやっていない。

 今日の天気は晴れで気温は高めだ。でも熱いものを売るお店にも列ができている。

 三の三のお店にかき氷を買いにいったら美男子先輩が店員をしていた。彼は注文の品をお客さんに渡す係をしていて、アイドルか俳優かと思うような魅力ある笑顔を見せていた。私の前に並んでいたたぶん高校生の女子がメールアドレスの書かれた紙を美男子先輩に渡していった。美男子先輩は笑顔を少し困り顔に変えたけれど、後ろにいる人からかき氷を受け取って私に「いちごとメロンです」と言って差し出した時には営業スマイルに戻っていた。


(さっきの、一目惚れでしょうか……!)


 私は美男子先輩からかき氷を受け取りながらアズさんに聞いてみた。


(あの様子だと、気に入ったってところじゃないか? 好きとまでは行ってない感じ)

(そうだとしたらかなり積極的ですね)

(主があれくらいだったら今頃どうなってるかな)

(きっとすごく性格違いますから、好きな人も違うんじゃないでしょうか)

(それはありえるな)


 唐揚げを買ったはるちゃんと合流してベンチに座る。


(今さらだけど腹に悪そうな組み合わせだな……)

(私たちこんなことで弱ったりしませんって)


 のんびり雑談しながら食べていると、前の席に駒岡さんと涼木さんと美女先輩が座った。

 この三人がいるということはもしや。

 模擬店の方を見ると思ったとおり家上くんがいた。士村さんと後輩さんもいた。

 ベンチは四人用で詰めれば五人いけるけれど六人でどうするのかと思っていたら、


「隣いいかな」


 家上くんが私にそう言った。もちろん大歓迎。


「ど、どうぞ」


 私とはるちゃんが端に寄ると、私の隣に家上くんが座った。後輩さんも私たちと同じベンチに座って、士村さんは前の方だった。先に座っていた三人がこちら向きに座り直した。

 家上くんの隣ー! でも人が、邪魔者が多すぎる……!

 いや家上くんの方から来てくれただけでも十分ありがたいことで、これ以上は望むものではないと思う……でもでも、こんな綺麗どころばっかりなんてー!

 わかってたけどほんとに美人ですねあなたたちは!

 涼木さんはモデル、後輩さんはアイドル、美女先輩は女優をしている姿が簡単に想像できる。駒岡さんはちょっと違う有名人で、美少女選手。テニスなんかどうだろう。赤い時に剣を振り回しているからフェンシングも良さそう。それから剣道。ああ、剣道がいい。世間的には知られていないけれど剣道界ではめちゃくちゃ強い美人として有名というのがいい。大人になってから強い人としてテレビで紹介されて剣道界の外でも「この人は美人だ!」って話題になるとなお良し。士村さんは全国的に有名になることはなくて「あの家の娘さんは特別かわいい」と狭い範囲で認識されていて、有名人と違って手が届く人と考えられているような感じかなあ。

 って、私何考えてるんだろう。顔の造りがいい人たちに打ちのめされておかしくなったのかもしれない。

 隣にいるのに家上くんと話すこともできずに何分か経った頃。


「だーれだ?」


 家上くんが誰かに目隠しされた。やっているのは私服の女子で、それも美少女だった。おとなしそうというか控えめそうな子だ。今ちょっといたずらみたいなことをしているけれど。


「ゆうかだろ」


 家上くんは穏やかな声でそう言いながら美少女の手をどけて振り向いた。


「当たりー」


 美少女が嬉しそうに笑った。声が弾んでいた。

 髪は肩より少し下までの長さ。目と胸部が大きめ。身長は私より低そうだからたぶん百五十五あたり。清楚系で守ってあげたくなるような雰囲気。


「こちらのお二人も友達?」

「クラスメイトで文化祭準備の仲間だよ」


 この人は強敵だ。そんな感じがする。

 美少女が私とはるちゃんに微笑みを向けた。


「初めまして。尾高(おだか)悠花(ゆうか)です。晶とは家が近くて中学まで一緒で、簡単に言えば幼馴染みです」


 うぐうっ。家上くん、小さな頃からこんなレベルの高いのが近くにいたのか……!


「小野です」

「樋本です……」


 そして「だーれだ」なんてされる程の仲なんてもう何それー! 女子と話すの苦手そうだったし、今も一部を除いてそうっぽいのに。……もしやあれ? 本読んでるとときどきある、幼い頃からの付き合いで性別を意識してない状態だったのかな? それなら、今もそうなら、これからもぜひその状態を維持してほしいな!

 後輩さんが立って、尾高さんを座らせた。それを見たはるちゃんがさらに端に寄ったから私もずれてはるちゃんにくっついた。そうしたら私たちの行動に気付いた家上くんも動いて、私と彼の距離がとても近くなった。いっそのことぴったりくっついてしまいたい。家上くんと尾高さんの間もくっつきそうなくらいになって、五人座れるようになったところで後輩さんがお礼を言って端っこに腰掛けた。

 距離が縮まっても私は相変わらず家上くんと会話ができない。家上くんは微笑みを浮かべて誰かが話すのを聞いている。私が話しかける隙がない。でももう今日はいいかなという気がしてきた。すごいのがすぐそばに六人もいるのに、家上くんの隣の片方が私であることはとっても素晴らしいことだと思う。この状態を堪能させてもらえればそれでいい。……たとえ家上くんが駒岡さんに「アキラが作るやつの方がおいしい」なんて言われて照れていようが、涼木さんに特別大きい唐揚げを貰って喜んでいようが、士村さんにフライドポテトを勧めていようが、美女先輩と違う味の焼きそばを半分ずつ交換して食べていようが、後輩さんの口の周りが汚れているのに気付いて拭いてあげていようが、まだ何も買っていなかった尾高さんにフランクフルトをまるまる一本あげていようが……!

 昼休みの家上くんたちがどんな風に話しているのか知るいい機会だと思おう、そうしよう。美男子先輩がいなくて他校の生徒がいるという特殊な状況ではあるけれど。

 私ははるちゃんと交代で模擬店で買い物をして、家上くんたちが楽しそうにしているのを聞きながら控えめにお昼を過ごした。


☆★☆


 帰り道、私は今日思ったことをはるちゃんに話してみた。


「私にとっては、駒岡さんたちより尾高さんの方がよっぽど強敵かもしれない」

「ほう? これまた強いのがいたとは思ったけど、ゆかりんにはそこまで強力に思えたかー。幼馴染みだから?」

「それもあるけどね。まず、家上くんの対応が違った。気安いのは一緒だけど、雑さが少ないって思った」

「ふむふむ」

「それから、勘なんだけど私に近い気持ちを持ってる」


 名前を当てられた時とかの尾高さんの様子を思い返すと、家上くんに対して好意があるんじゃないかと考えずにはいられない。例えば食べ物を貰った時は、“おいしいものを貰って嬉しい”ではなくて“家上くんからおいしいものを貰って嬉しい”と思っていそうな感じで。


「ほほう」

「あと……私と微妙に名前かぶってる」

「士村さんも、っていうか士村さんの方が、花梨(かりん)だからかぶってると思うよ」

「あっ……」


 そういえばそうだった! 駒岡さんと涼木さんによく呼ばれているのに……一文字目が違うし家上くんは「士村」と呼ぶから意識していなかったのだと思う。


「まあ名前のことは置いといて。昨日いいことがあったばっかりなのにダメージくらって、ゆかりんは大変だね」

「昨日のあれは私が勇気出してみたことの結果じゃなくて、今日のと釣り合いがとれる幸運だったのかな……」

「さーて、何なんだか。それにしてもどうしてあんなレベルが高いのばっかり近くにいるのかねえ、家上くんって……。前世で徳積んだ?」

(むしろめちゃくちゃ悪いことしてきたから今面倒なことになってるのかもな)


 家上くんの前世が悪人だったと考えるよりは、かなり恵まれた人生でその反動が今なのだと思いたい。


「それなら一人くらい減らして駒岡さんのあれは無いようにされれば良かったのに。私には良くないけど」

「そういう、ゆかりんの思いやりのある所好きだよ」

「はるちゃんだって同じように考えると思うよ。好きな人が痛そうにしてるのは嫌でしょ?」

「そりゃそうだけどね、あの要素だけがなくなればいいとはあんまり思えないよ。そうなったら勝てる気がしないもん。あれが消えるなら全員まとめて消えてもらわなきゃ。ゆかりんだって、全員消えたらいいって思ってはいるけど、あの人にいい思いしててほしいんでしょ」

「うん。家上くんに友達が多いのはいいことだと思うし、綺麗な子が近くにいて嬉しいっていうんなら、すっかりなくなるのは避けたいな」


 家上くんの笑顔は素晴らしいものなんだから。


(主のことよくわかってるなあ)

(ですよねえ)


 私ははるちゃんのことをどのくらい理解できているのかな。

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