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45 私の名前

 はるちゃんの姿がすっかり見えなくなってから家上くんが言った。


「俺さ、この組の女子で最初に名前覚えたの、入学前から知ってる人除外すると小野さんなんだ」

「そうなんだ……」


 理由は想像つくけど複雑な気持ちー!……まあ私だって最初に家上くんの名前を覚えたわけじゃないし……。


「小野さん、入学した時に前の席だったし、ちょっと古風な名前だと思ったから覚えやすかったんだと思う」


 やっぱり。


「それでさ、小野さんと仲良くしてた樋本さんのこともすぐに覚えたって今思い出したんだ」

「え、あ、そうなの」

「あの時はまだ『ゆかりちゃん』って呼ばれてたよな。だから俺、最初のうちは『ゆかりさん』で覚えてたんだ」


 家上くんの口から「ゆかりちゃん」と「ゆかりさん」が出たー!

 好きな男子から自分の名前が出てきたこと、名前呼びが普通だった中学までだったらここまで嬉しくならなかっただろうな。


「よ、よく憶えてるね」

「本当に今思い出したんだよ。俺、“ゆかり”っていうの好きだな。樋本さんに合っててかわいいと思う」


 ……?

 …………!?

 あっわわわわわわわわー!?

 持っていたガムテープを落としそうになった。「め」の形の段ボールは落とした。

 だめだよ家上くんいくら話すのが前より得意になったからって私にそんなこと言ったらここ一週間しかまともに話していないのに十分仲良くなれたって勘違いしちゃうからー! 好きとかわいいの合わせ技はだめだよー!


(主、主。とりあえず落としたの拾おう)

(そうですね、そうですね。そうします)


 アズさんに言われて屈んだ時、


「あれ何で俺こんなことまで言ってんだろ」


 と家上くんが言った。少し慌てているように聞こえた。

 ……そっか、言う気なかったんだ……。

 がっかりしたけれど、それでも嬉しいからお礼を言わせてもらおう。

 元の姿勢に戻って家上くんを見ると、なぜか彼は私に対して申し訳なく思っていそうな顔をしていて、


「ごめん……」


 しかも謝られた。


「どうして謝るの?」

「からかってくるやつに聞かれてるといけないから……一緒にここにいる時点で何言ってんだよって感じだけど……」


 ああ、そういうことだったんだね。


「今のってからかわれるようなことかな」


 過剰に反応するのは私くらいだと思うけれど。


「樋本さん俺のことかばって喧嘩までしたから、何かあるんじゃないかって言うやつがいて……」


 うん、あるよ。一方的にあるよ。もう一年以上あるんだよ。


「それって謝るのは私の方だよね」

「待って、あのことでもう謝らないでほしいんだ。本当に嬉しかったから」

「それじゃ、あの。ありがとう。私、自分の名前気に入ってるよ」


 私がお礼を言うと、家上くんはやっと普通の顔に戻った。

 そして教室から両角くんが出てきた。紙を重ねて折った花を持っている。


「花余ったんだけどいる?」

「どうする? 樋本さん」

「貰おうかな」


 残りの字を家上くんに任せて、私は花を付けていたら、同じ班の人たちが出てきた。


「こっちももう終わるところ?」


 涼木さんが聞いてきて私はそれに頷いた。


「私たちもう帰れるの?」


 飾り付けの終わった壁を見て駒岡さんが言って、家上くんが答えた。


「まだだ。これから実行委員会がチェックに来る」

「そういえば運動会の終わりの時に言ってたわね」


 タイミング良くスピーカーから文化祭実行委員会委員長の声が聞こえてきた。私は放送を聞きながら、使った椅子を教室に運ぶ。百瀬くんが一つ引き受けてくれた。


☆★☆


 文化祭実行委員長に問題無しを貰って、私たちのクラスは下校となった。

 今日も家上くんは教室を出る前に「樋本さん、また明日」と私に言ってくれた。百瀬くんたちが相手の時のように普通に言ったけれど、直後ににやにやした涼木さんに腕をつつかれて自分の行動を考え直してみたらしく、なんだか変な顔をした。頬が少し赤くなって、落ち着きがなくなったように見えた。

 今さら女子に挨拶したことくらいでからかわれて慌てなくてもいいのに。これからとびきりかわいい子たちと帰るんでしょうに。


「また明日」


 家上くんの方から言われた嬉しさと、少しのもやもやが混ざった気持ちで私が言うと、家上くんはちょっと変な動きで廊下の方を向いた。


「じゃーね、樋本さん」

「うん、さようなら」


 涼木さんは私に帰りの挨拶をする時もまだにやにやしていた。駒岡さんは私を見ることはなく、家上くんか廊下を見ていた。

 もう、家上くんをからかわないでよね涼木さん。今後話しかけにくくなっちゃうじゃん。

 私ははるちゃんが戻ってくるのを教室で待って、彼女と一緒に学校を出た。

 はるちゃんは近くに生徒がいないことを確認すると、


「私がいない間に何があったのかなー?」


 何かを期待する目で聞いてきた。


「それがね! あのね。家上くん、私の名前好きって! 私に合っててかわいいって!」

「ひょーう! 良かったじゃーん!」


 はるちゃんは私の手を握るとぶんぶん振った。


「『好き』って言われたらどうなるかって予想してたけどどうなった?」

「すっごくびっくりして持ってたの落としちゃった。挙動不審だったと思うけど自分じゃよくわかんないよ」


 アズさんがすぐにこうしようって言ってくれたし、家上くんにあれを言う気が無かったのがわかってがっかりして落ち着いたから、変だった時間は短かったと思いたい。


「名前じゃ嬉し泣きとはいかないかー」

「うん。そこまではさすがにいかないみたい」

「ところで何でそんな話になったの?」

「はるちゃんを見送ったら一年の時のこと思い出したみたいで。はるちゃん、家上くんの前の席だったでしょ。だから家上くん、中学まで一緒だった人以外の女子だとはるちゃんの名前を真っ先に覚えたんだって。それではるちゃんと一緒にいた私の名前もすぐに覚えたって話をしてくれて、なんかこう、ぽろっと感想が出たみたい」

「そっかー。あーいいなかわいい名前って思われてて。どうせ私はかわいいより古いが先にくる名前だよ」


 言わなかったけどお見通しだった。


「前も言ったけど春代って古いかなあ。春代さんははるちゃん以外に知らないけど、ゆかりっておばさん何人もいるし、ゆかりの方が古っぽいんじゃ?」

「んなことない。はあ……“よ”って何よって、何度考えても思うよ。“な”か“か”がいい」


 こんなことを言っているはるちゃんだけれど、自分の名前が好きと言う時もある。


「ま、こんなこと今はいいわ。ゆかりんの進歩を私は喜びたいと思います! 近くに友達がいるのに二人だけで雑談したのがなんと二回!」

「ふふっ、ありがと!」

「ほんとすごい。去年全然だめだったのに。ライバルがいた方がいいってことかな」

「やれって言ってくれる人がいたからでもあると思うよ。ありがとう。はるちゃん大好き」

「私そんなに言ったかな」

「急かしといて何言ってるの」


 なんて言ってみたけれど、はるちゃんだけだと家上くんと話す回数が減っていたと思う。家上くんが人と話すのが前より上手になったかもしれないから好機だとアズさんが言ってくれないとだめだった。


(アズさん、本当にありがとうございます)

(どういたしまして。主の役に立てて嬉しいよ)


 アズさんは眠そうだ。私の幸せが伝わったはずだし今日は朝からずっと起きているから、だいぶ頑張っていると思う。アズさんがよく寝るのは大きくなるだめだけれど、普段たくさん眠っていれば、危ないことが何もないのにずっと起きているのは少し苦手になるんじゃないだろうか。


「まあねー。ライバルに比べてゆかりんがあまりにもあの人から遠いもんだからさー。もし私とゆかりんの立場が逆だったらゆかりんも急かすと思うよ」

「はるちゃんならこうならない気がするなあ。一年のクリスマスかバレンタインに」

「待って、今、傷が抉られようとした」

「あー……」

(……玉砕?)

(突撃しようとして、その前にだめなことがわかったらしいです……)


 バレンタインのチョコの材料を買った帰り道、チョコを渡したい相手が女子と手を繋いでいるところを目撃した中一のはるちゃん。受けたダメージは凄まじかったに違いない。


(ああ、それは……悲しいな……)

(今日はまだ明るいんですから寝たらどうですか?)

(あ……そんな風に優しく言われると……)


 アズさんは寝た。朝まで寝るといいと思う。


「仮の話は置いといて。明日からどうするの? 今日で終わりとか嫌になったでしょ」

「わかる?」

「うん。んで、どうする?」

「今日で終わりは確かに嫌だけど、片付けまでしか続けられないよ。特別な時じゃないとまだ無理」


 人の少ない教室ではるちゃんを待っている間に考えた。文化祭が終わってからも今日のように家上くんと話したいけれどそれができるのかと。


「そっか無理か。まあまた今度考えればいっかー」

「この調子でもっと行けみたいなこと言うかと思った」

「いやー、なんか、勘なんだけど、あんまり行くと困らせるかなって思っててさ」

「家上くんを困らせるのは嫌だな」

「でしょ。しっかり優しい人認定されてるし、同じ本好きだったりするし、何もしなくてもしばらくは意識してくれるよ、あの人なら」


 そうかな。そうだといいな。家でも私と話したことを思い出して、少しでも楽しかったと思ってくれたらいいなあ。

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