43 変身
金曜日。文化祭一日目の今日は学校の外の人は来ない。体育館での開催式とそれに続けての様々なイベント、それから校庭での運動会が予定されている。
今はイベントの真っ最中。体育館にはテンポの速い曲が大音量で流れていて、全校生徒が対象の大抽選会をやっている。生徒会長が三つの箱から数字の書かれた紙をそれぞれ一枚取り出して、出た数字に当てはまる人に景品が渡される。例えば二と五と十一が出たら、二の五の名簿番号十一番の人が当たり。
「はい、次はこれでーす!」
司会である文化祭実行委員会副委員長の言葉に生徒たちが一層盛り上がる。司会は紙袋を持って、生徒会長と意味深なことを言ったり紙袋の中の物のスイッチを入れたりするけれど中身を見せようとしない。当たってからのお楽しみらしい。
「去年もあれあったけど、何なんだろうね? 変なこと言ってるけど、変なもの生徒会のお金で買うわけないもんね」
声が聞こえやすいように私にくっついてはるちゃんが言った。
「ちっちゃい扇風機なんじゃないかなあ」
「あー。それいい。学校で使えないのが悲しいとこだけど」
「そのうち使っても良くなるか、学校に扇風機入るんじゃない?」
「いつになるんだか。職員室ばっかりずるいよね」
「ね」
ここはすごく暑くなる地域ではないけれど、昔に比べたら十分暑くなっているのだから、そろそろ付けてくれたらいい。
謎の物に当選した人がステージに上がる。紙袋の中身を見たその人は、司会に「どう使いますか?」と聞かれて「家で使います」と答えた。それだけのことにまた生徒たちが盛り上がる。
(若いなあ)
しみじみとアズさんが言った。アズさんの声は周りがうるさくてもちゃんと聞こえる。
(新鮮だ。主がこんな若い、それも十代ばかりの中にいたことないからな)
(アズさんはこういうのはどうですか? 私、ちょっと苦手です。楽しいとは思うんですけど、学校の行事じゃなかったらこんな騒がしい所にいません)
若者らしく騒いで盛り上がるのはいい。大音量で音楽を流すのもよっぽどうるさくなければいい。でもこの二つが合わさっていると離れたくなる。気分があっという間に高揚して、高揚して、上がった以上の速度でガッと下がる。そんな感じ。合わせ技で来られると私は早々に疲れるのかもしれない。曲が私の好きなものならいくらかましなんじゃないかと思うけれど、こういう場面で流れそうにないから確かめようがない。
(んー、嫌いじゃないな。でも混じりたいとは思わない。うん、主の中から見てる今の状況がいいんだろうな)
大抽選会が終わって休憩時間になって、その後に男装・女装コンテストがある。私とはるちゃんは休憩時間中に移動して、抽選会までいた所よりステージに近付いてコンテストを見ることにした。
休憩の間止まっていた音楽が再び流れ出して、コンテストが始まった。
まずは男装から。ステージに出てきたコンテスト参加者は十一人。学校の男子の制服を着ていたり、何でもない普通の格好をしていたり、歌劇でも始めそうだったり、コスプレだったり。
涼木さんは長い髪を低い位置で縛っている。雰囲気は若い俳優……いや、アイドルの方が近いかも。かっこいい感じにはなっているけれど、細くてちょっと頼りなく思える。隣の人ががっしりした人だから余計に。
前に話していたとおりにしているなら涼木さんの着ているものは家上くんの私服のはず。あの暗めの灰色ズボンは前に神社で見たものと同じものかな。違うものだとしても家上くんが選んだものならきっと似たり寄ったりだ。
司会(文化祭実行委員会委員長)が参加者を順番にステージの真ん中に立たせて紹介していく。参加者たちの後ろにあるスクリーンに写真と名前が表示されるので、ステージから遠い人もそれなりに参加者のことがわかると思う。
涼木さんが紹介される番になった。司会は涼木さんのクラスと名前を言った後、涼木さんへ質問をした。
「服はどうやって用意しましたか?」
「友達の男子に借りました」
「男装してみてどうですか?」
「悪くないですけど、こういう場じゃないとやらないなって思いました」
涼木さんに恥ずかしがっている様子はないし、緊張しているようにも見えない。教室で友達と話すのと変わらない調子で彼女は質問に答えた。
「最後に何か言いたいことがあればどうぞ」
「この服貸してくれた男子が女装の方に出ますので、皆さん投票してあげてください。以上です」
全員が紹介されると男装の人たちは退場した。
曲が男性アイドルのものから女性アイドルのものに変わった。女装の人たちが出てくる。彼らの脚が細くて、私の近くにいた女子たちが「細ーい」とか「いいなー」とか言った。
女装の参加者は九人だった。男装の方と同じで格好は人によりけり。頭に何か付けているのか髪の長い人が多い。長くても首までのはずの家上くんも今日は胸まで髪がある。まとめたり編んだりしていないのは普段の涼木さんを意識しているからかもしれない。
涼木さんに負けたのか、彼女のズボンは家上くんに合わなかったのか、家上くんは水色のロングスカートを穿いている。上は白で袖がふんわりとしている。夏っぽい。
小川くんの予想どおりだった。似合っていないわけではないけれど、とても似合っている人と比べると、男子が女子の服を着ているという感じが強い。一人でいたらちゃんと女子に見えると思う。麦わら帽子でもあればもっといい感じになりそう。
司会は男装と同じようにコンテストを進めていって、家上くんは五番目に紹介された。
「服はどうしましたか?」
「友達から借りました」
「服貸してくれる女子の友達がいるっていいですね」
「はい……。母親のはたぶん着れませんから、助かりました」
「女装してみてどうですか?」
「落ち着かないです……」
涼木さんと違って、家上くんは恥ずかしがっているしステージに立って緊張気味なのがここからでもわかる。声がやや高くなっている。体の前で手を組んでいることもあって、今の彼は背が高い恥じらう乙女といったところ。
かっこよくて、綺麗でかわいくもなれるんだね、すごいよ家上くん。
「最後に何か言うことはありますか?」
「俺のことはいいので、男装の方の八番の人に投票してあげてください」
「あっ、あの人の友達だったんですね。――はい、ありがとうございました」
家上くんはぎこちなくお辞儀をして元いた場所に戻った。
(幻滅するようなことはなかったみたいだな)
私の「家上くんすごい」の気持ちがわかったのか、それとも何もなかったからなのか、アズさんがそんなことを言ってきた。
(はい。こういう面も見ることができて良かったです)
嫌がっていた家上くんには悪いけれど。
コンテスト参加者の紹介の後は投票についての説明があった。後で投票用紙が配られるので記入欄に番号を書いて、校舎内の三ヶ所に設置される投票箱のどれかに入れろとのことだった。投票箱のそばには参加者の写真が貼り出されるので、後でじっくり参加者の姿を見ることができるし、校外の人も投票できるらしい。
校外の人といえば、今年も家上くんのお母さんは来るのかな。お父さんもお兄さんも一緒に来たりして。来たら息子(弟)が女装した姿を見てどう思うだろう?
☆★☆
午前のイベントが全部終わって、生徒たちが賑やかにぞろぞろと体育館を出ていく。
「コンテスト、誰に投票する? 女装はやっぱりあの人?」
出口へと歩きながらはるちゃんが聞いてきた。
「ミスターだったら迷わず投票するところだけど……票欲しいかなあ」
「どーだろ……零だったらそれはそれで相当むなしく思うこともありそうだけど」
「あーそうかも。じゃあ私あの人に入れる。男装の方はどうしようかな。男役みたいな人と、バレー部の人で迷ってるんだよね」
どうやって用意したのかいかにも王子様な衣装に身を包んだ男装の麗人か、髪が短くて体が大きくてわざわざ男装なんかしなくても学校のジャージ着てたら男子に見えるんじゃない? な感じの人。どっちにしよう。
「私は涼木さんが好みー」
「へー、そうなの? あ、誰かに似てるとか?」
「当たり! あの人のおかげで長髪の男子もいいなあって思うようになったんだ。まあ最後に髪の毛切っちゃうんだけどね」
「女装は?」
「一年の、ワンピース着てた子にする」
「あー、あの子。あの子はかわいかったね」
女子にとっても男子にとっても理想の小柄な女の子だったと思う。紹介された時にアズさんも結構褒めていた。
「むしろ普段男装してんじゃないの、ってくらいだったよね」
「ねー」
優勝するのは彼かな。