4 いろいろ聞いてみる
何事もなく家に着いた。車がないからお父さんはまだ帰っていないらしい。
「ただいまー」
「お帰りー」
台所からお母さんの声が返ってきた。
「本屋さんにでも行ったー?」
「何も買ってないよ」
私はそれだけ言って二階に上がり、自分の部屋に入った。
着替えようとして、ふと、あることが気になった。
「あの、短刀さん。短刀さんの視界ってどうなってるんですか?」
短刀さんは私の中にいる状態で周りのことがわかっている。家に帰ってくるまでに、女子高生が歩いていたら「あの子のスカート短いな」とか、若葉マークを付けた車が走っていたら「初心者だから慎重なんだろうな」とか言っていた。
(主が見せたくないって思ってるから、すこぶる悪い)
悪い? 見えていないわけではないと?
「何も見ないで何も聞かないでくださいね」
(音まで遮断とか慎重だなあ)
いかに私の持ち物といっても、話す上にあんな人間の異性そっくりの姿を見せられたら(頭の色がちょっと変だったけれど)、着替えだの何だのを見られたくも聞かれたくもなくなるのも普通だと思う。
着替えを終えてから短刀さんを呼んでみる。
「短刀さん、短刀さん、着替え終わりました」
(はいよ。ああそうだ、主の中にいる間は声に出さなくても話せるぜ。えーと、なんだ、テレパシー? みたいな)
へえ、そんなことが。……こんな感じ?
(これからご飯の準備です)
(宿題は?)
おお、通じた!
(今日は後回しです)
(じゃあオレは寝るかな。いくら物でも喋るようじゃ気を使って休めないだろ?)
なんだ、わかっているのか。
(あ、そうだ。人の形をとるためとかのエネルギーは主から分けてもらうから、これからは食事の量少し増やすといいと思う)
(わかりました)
(なんか用があったら起こしてくれ。普通に「起きろ」って言ってくれればいいから)
(じゃあご飯とか宿題とか終わったら起こします)
聞きたいことがたくさんある。短刀さんのことや、別の世界というものや、あの静かな空間についてもっと詳しく。それから、できれば銀髪家上くんのことも。
一階に下りて台所に入ると、私の顔を見てお母さんが言った。
「なんかいいことあった?」
「わかる? あのね、あのね、家上くんに『優しい』って言われたんだ」
もっともっとすごい事もあったんだけどね!
短刀さんのことも含めてああいう不思議な物事って、親に言うものだろうか。
「良かったねえ。何をしたの?」
「掃除の時に家上くんが、運んでた机の引き出しの物を落としちゃってね、私が拾うの手伝ったら言ってくれたの」
「へー、そう。やったじゃん」
「うん」
それからね、実は普通に家に帰れなくて、変な熊と鳥と、かっこいい銀髪な家上くんと、アンもびっくりな赤毛の駒岡さんも見てね、不思議な短刀の持ち主になったんだよ。
……なんて、言う?
言うとしても、家上くんと駒岡さんのことはやっぱり秘密か。見られたくないようだったし。
餃子の餡を皮に包みながら考える。
今まで楽しんできた物語の主人公や友人たちはどうしていただろうか。
言ったら、「バカなこと言うんじゃない」と怒られるパターンと「不思議なこともあるのね」と言われるパターンがあると思う。
秘密にするときは、「誰にも言ってはいけないよ」と指示される、素敵なことだから秘密にしようと考える、到底信じられないことだから言う気になれない、心配させたくないから黙っている、だろうか。あ、自分が非現実的なのを受け入れられなくて言わない、もあった気がする。
私はどうしよう。……そうだ、後で短刀さんに相談してみよう。今までの持ち主たちが家族や知人に対してどうしてきたか聞いてみよう。
だから今は、言わないことにする。
☆★☆
(短刀さん、起きてください)
自分の部屋で、私は短刀さんを呼んでみた。
(呼んだか?)
短刀さんの返事は早かった。
(呼びました。やること終わりました)
あとは寝るだけだ。
(じゃあ出ていいか? 主の中にいるとうっかり寝そう)
出るのは……まあいいか。これから一緒に過ごしていくのだから、パジャマはセーフにしよう。
(その前に、相談したいことがあるんです)
(何だ?)
(短刀さんのこととかは、家族に言うものでしょうか……)
(ああそのことか。今までの主は黙ってる人が多かったな。心配とか混乱させたくないってのが一番か? たまーにしか起きないことだから、それで問題はなかったな。ほら、主だって今日まで経験しなかったろ?)
確かにそうだ。もしかしたら気が付かなかっただけかもしれないけれど。
(まあ、主がつい最近あの中に入るようになったってことも考えられるんだが……)
原因不明の生まれつきの体質という訳ではないのか。
(言った人は、自分が急に姿を消して戻らないかもしれないことを伝えておいた方がいいって考えだった。戻らないってことにはオレがさせないけど、消えるのはオレじゃ防げないからな……)
……そうか……じゃあ伝えておいた方がいいのかも……。
(余計な混乱とか避けるために全部は言わないで、『消えるかもしれないけど、そうなっても心配するな』って伝えるのがいいんじゃないかと思う)
(なるほど……)
それがいいかもしれない。でも難しいことだ。「急に消えるかもしれない」なんて言ったら「何で?」と聞かれることは間違いない。「そういうお年頃」で誤魔化せないかな……無理か。
うーん……うん、このことは後回しにしよう。後でいい説明が思いつくかもしれないし。
というわけで、相談は終了。
「出てきていいですよ」
私がそう言うと、人の姿の短刀さんが目の前に音もなく出てきた。
「……土足!?」
短刀さんは部屋の中でもブーツを履いていた。
「あ、すまん。でも別に汚くないぞ?」
そう言いつつ短刀さんはブーツを脱いだ、というよりは消した。短刀さんが出たり消えたりするのと同じように、ふっとブーツが見えなくなった。ブーツの下は黒い靴下だった。
短刀さんと向かい合って座る。
「で、何から聞きたい?」
「まずは短刀さんのことです」
私も短刀さんも小声だ。短刀さんのことは秘密だから、話し声が家族には聞こえないようにするためだ。二階には私しかいないけれど、一応。
「短刀さんは、どういう名前がついてるんですか?」
今までに何人か持ち主がいたらしいから、仮に作られた時にはなかったとしても、今はあるだろう。
「アイレイリーズっていうのが、とりあえずの名前」
……短刀さんは外国人、じゃなくて、外国刃?
「で、最初の主が、馴染みがない響きだからって、霜月って呼んできた。その後は別の主の名前からとって田中とか、見てのとおりなんか青いから青なんたらとか、大魔獣切りとか呼ばれてきたな。だから主も好きに呼んでくれればいい。でも一応言っておくと、今は確かに短刀だけど、大きさ変わるからな」
「伸びるんですか?」
「伸び縮みできるぞ。今は無理だけどな」
伸び縮み!?
「……如意刀さん?」
ふと思いついたのを口に出してみたけれど、なんだか気の抜けるような名前に思える。にょいとー……。
「……微妙な響きだが主がそう呼びたいならそれでも」
「ち、違うのにします。えっと……」
私ではいいのは思いつかないから、今までの名前で呼ばせてもらおうか。だとしたら呼びやすいのは田中さんか。でもこれだと私の持ち物という感じがしない。とりあえずの名前を縮めてみようか。
「アイ……何でしたっけ」
「アイレイリーズ」
アイレさん? イリーズさん?……なんか女性的だ。じゃあリーズさん? 別のところで区切ってレイリーさん? 最初と最後でアズさんもいいかもしれない。うん、これにしよう。
「縮めてアズさんって呼びます」
「ん、わかった」
如意刀よりはいいと思ってもらえたようだ。
よし、次の質問に移ろう。
「アズさんは、いったい何なんですか? どういう刀なんですか?」
付喪神的な何かだったり、私の中の謎空間にまるまる収まってしまったりと訳がわからない。
「オレのこと説明すると、話があっちこっちに飛ぶかもしれないんだが、いいか?」
「はい」
長くなるようなら、他のことはまた明日聞こう。
「簡単に言うと、お詫びの印としてオレは作られたんだ」
お詫びの印? 神社では、私のような人のため、と聞いた。誰から私のような人へのお詫びなのだろうか。
「こことは違う世界で昔、魔獣を作り出したやつがいた。理由は、まあ、戦力としてだろうな」
生き物もどきだとも聞いたし、魔獣は人工的なものなのか。
「その世界にはそれより前に、別の世界に行く方法を見つけたやつもいた」
「すごい世界ですね……」
生き物もどきに、別の世界に行く方法。ゾンビとかクローン人間とかタイムマシンとか普通にありそうだ。
「別にそうでもないぞ? あっちのやつ結構バカだと思うし」
ええー?
「まあそれは置いといて。――魔獣はこの世界に来ることができる。自力でどうにかして来ちまったり誰かに送り込まれたりしてな。魔獣は人とか動物とかを襲うようにできてるから、この世界でも次々と生き物を襲う、かと思えば違う」
「閉じこめられるんでしょう?」
あの静かな空間に。変な熊と鳥がそうだったように。
「そう。どういう仕組みか知らんが、この世界は、余所から強引に来るやつを、ああいう空間を作って閉じこめる。だから魔獣による被害はほぼない。完全にないんなら良かったのにな」
「私みたいな人がいるから、あるんですね」
「それもあるし、魔獣がバカみたいに強くて閉じこめられない場合もある。そうすると本当に困ったことになる。魔獣は魔力ってもんがないと倒すのがかなり難しいんだ。なのにこの世界のやつは魔力なんか持ってない。そこでオレ」
「魔獣が迷惑をかけてるから、そのお詫びってことですね?」
「そういうこと。あっちのやつが、こっちのやつのために武器を作った。魔力がこめられてるから、魔獣とちゃんと戦える。そんな武器はいくつか作られたんだが、オレはその中でも特別なんだ。伸び縮みすることじゃないぞ?」
「作った時に、霊的? なものを付けた。ですか?」
アズさんが満面の笑みを浮かべた。
「当たり。今度の主は頭が良くて嬉しいなあ」
アズさんに頭をがしがしと撫でられた。
なぜかお世辞という気がしない。私で「頭がいい」なんて、今までの人たち大丈夫かな……。
それにしても頭を撫でられるなんていつ以来だろう。……あ、高校に合格した時にお母さんからされた覚えがある。意外と最近だった。
アズさんが私の頭から手を下ろして言う。
「魔力と武器があったって使えなきゃ意味ないからな。あっちのやつの魂のかけらを付けて、人の形を取ったそれが動くようにした」
魂のかけらというものが何かわからないし、それを武器に付けるということもわからないけれど、なんだかすごい技術に思える。アズさんは「特別」らしいし。
よし、じゃあ次。私の中にまるっと入ってしまったことについて。
「アズさんが作られた理由はわかりましたけど、人の中に入るのは何でですか? エネルギーを分けるためですか?」
「一番の目的は、魔力の維持。伸びたりオレがこうなったりするのはそのついで。仕組みはオレもよくわからないんだが……まあ、便利でいいんじゃねえの? どっかに置き忘れるとかまずないし。オレの場合、主が望めば鞘に戻るぞ」
なんとまあ便利な。
アズさんのことは、これくらいでいいか。
「次は侵入者を閉じこめる空間のこと教えてください。私があそこから出られたのは何でですか?」
「あの空間が消えたからなんだが……なあ主、神社の外で何があったんだ? 木とか邪魔でオレには見えなかったんだ。魔獣がうるさくしてたのは聞こえてたんだが」
ああ、あの石灯籠の位置からでは車道の様子は見えなかっただろうな。
「ええと、私の、同級生なのかそのそっくりさんなのかわからないんですけど……」
銀髪家上くんたちのことを私が話すと、アズさんは何でもないことのようにこう言った。
「そいつら、あっちの世界のやつかその子孫だろうな」
「えっ」
家上くんが?……もしかして、彼は普通の人じゃないと私が感じているのは、それが原因なのだろうか。
「魔獣を追いかけてきたやつとか、オレたちを持ってきたやつの中にはこっちに居着いたのがいたし、今も来てるやつがいるのかもな」
「そういう人って、見てわかるものですか?」
「オレのこれみたいに」
アズさんが自分の頭を指差した。見慣れない、青い髪。
「わかることもあるが、こんな色だとしても染めるとかして変えればわからないし、こっちのやつとの子は普段はこっちのやつと変わらないから、やっぱりわからん」
それなら家上くんを普通じゃないと感じるのは、違う何かのせいなのか。
そういえば、駒岡さんに対しては家上くんから感じるものを感じない。彼女に対しても「普通じゃない」と思うけれど、それは「変人」と同じような意味だ。私は家上くんのことを変人だとは思っていない。
と、そんなことを考えていたら、
「ふあ……」
あくびが出てしまった。慌てて手で口を隠した私にアズさんが言う。
「今日はもう寝たらどうだ? 明日も学校あるだろ?」
時計を見たら二十三時半だった。いつもなら寝ている時間だ。むう、宿題があんなにややこしくなければよかったのに。帰るのが遅くなった日に限って……。
「寝ます……」
私が頷くと、
「おやすみ」
アズさんは優しい声でそう言って姿を消した。
「おやすみなさい、アズさん」
私は押入れから布団を出して敷く。
小学生の時に、ベッドにするかと言われたことがあるけれど、落ちそうで嫌だと思って断った。当時の私の寝相が良ければ、今頃ベッドで寝ているのかもしれない。
畳に布団は嫌いじゃない。でも時々、敷いたりしまったりするのが面倒だと思う。
電気を消して布団に潜り込み、ぼんやりと今日の出来事を思い返す。いつもどおりだと思っていたのに、すごい放課後だった。
少しだけ、家上くんに近付けたような気がする。
……家上くんは、今どうしてるのかなあ……。