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39 昔の人の思い出

 日記のコピーを見ながら(読めないから見るだけ)アズさんに話を聞く。


(アズさんが忘れちゃったようなこと、書いてありますか?)

(この日は名前付いたことと、その感想と、あとは関係ないことだな。たぶん、まだ魂を分ける前だ)


 日記は両面に印刷されているので、私は紙を裏返した。


(こっちが後で合ってますか?)

(日付からしてそうだな。んー…………。この日に魂の用意ができてる。『彼の苦労のお陰で』ってあるんだけど、この彼ってのが魂の本体のやつのことっぽい。こいつが苦労して魂を用意したっていう感じにしてある)

(魂の本体のやつって、アイレイリーズさんの生まれ変わりの人のことですよね? 実際は苦労したんですか?)

(苦労と言えば苦労か……つらい思いはした。ぜえぜえいいながら転がってたし)


 アズさんを作るにあたってつらい思いを? それなら、魂に関係することかな。


(アズさんの部分を取り出す時にすっごくつらかったとか?)

(そう。オレ、あの時のことはよく憶えてないっていうか、状況を把握できてなかった感じだと思うんだけど、あいつが荒い息して横になって縮こまって震えてたのは憶えてるんだ。あいつのこと外から見てたから分けられた後のことだな。オレが何かを感じた記憶はないけど、あの様子だと分けられてる最中は相当つらかったんじゃないか。あと、こっちに来る前に本人に『あんな思いしたんだからしっかり活躍しなきゃ泣く』とか何とか言われた)


 全部読んだそうなので二枚目の紙を見てみた。びっしり書かれている。


(次の日だ。オレに話しかけてみたけど返事がなかったってさ。……ああこれ、二日分だ。二日後には、オレと少し話せたって喜んでる)

(何話したんですか?)

(『「今日は特に寒いんだが刀のお前はどうなんだ」と言ったら「わからない」と言われた。「わからない」と言ったその声がアイレイリーズのものだとすぐにはわからなかった。思っていたのより若い声だったからだろう。「今お前が喋ったのか」と聞いたら「そうだ」と返ってきた。それから、今まで俺たちが話したことは聞いていたかと尋ねた。アイレイリーズが言うことには一昨日は寝ていて、ほとんど聞いていなかった。昨日はたくさん話しかけられたことは憶えているが、話の中身はもう思い出せないとのこと。俺に話していたら眠くなったようで、すぐに寝てしまった。』……全然憶えてねえ。そもそもこいつ誰だ)

(立石さんが戻ってきたら聞いてみましょう)


 二枚目を裏返してみたら一番上に日付らしきものがなかった。表の続きなんだろうか。


(こりゃ途中からだな。オレのこと書いてあるページだけ抜き出してあるんだと思うぜ。六行目から別の日で…………。オレのことはちょっとだけだ。物覚えが悪くて心配だとよ)


 二枚目も読み終わったので三枚目に移る。


(いきなりべた褒め)


 それきりアズさんは何も言わないで、しばらくしてから紙を裏返すよう頼んできた。どうやらこの日はたくさん書くことがあったらしい。


(……あー、えっとな、オレがちゃんと動けるか確かめたようなんだけど、向こうで走ったり戦ったりした覚えはないんだよな……でもそうだよな、こういうことはやっとかなきゃおかしい。何人かに入ったって記憶しかないけど、あの時にもやったんだろうな)

(最初に言ってたべた褒めっていうのは何なんですか?)

(ああ、それはな、ちょっと表に戻してくれ。……『人の状態のアイレイリーズは本当に素晴らしい能力を発揮する。』って文で始まってるんだ。あとは、思ってたのよりずっといいのができて嬉しいし誇らしいってこととか、正式にアイレイリーズって付けても恥ずかしくないだろうって感じのこととかが書いてある。セラルードへの賞賛も混じってるな)

(へえ。気になるので、家に帰ったら読み聞かせてくださいね)

(おう)


 四枚目に移ろうかというところで立石さんが戻ってきた。


「お待たせ。はい。これなら本買ったって言ってごまかせると思ってこれにしたよ」


 立石さんがくれたのは駅ビルにもある本屋のレジ袋だった。


「読んでみた?」

「はい。これって誰が書いたんですか? まだそんなに読んでないからかもしれませんけど、アズさんには特定できないみたいで」

「ティニーマールって人。読んでくと、こっちで“ていまる”ってあだ名付けられたって書いてあるんだけど、憶えてるかな?」

(あ? ていまる? ちょっと待ってくれ。たぶんわかる)


 アズさんが昔のことを思い出そうとしている間、私は日記を封筒に戻して、貰った袋に入れた。うん、厚くて大きい本を買ったかのように見える。


(思い出した。丁寧の丁に図形の丸で、丁丸。こっちのやつらにそうやって呼ばれてたやつの本名が確かティニーマール。何ティニーマールだったかはわからん)

(本名と似た感じですね。日本っぽくして呼んでたんですか?)

(ああ)

「フルネームはわからないそうですけど、あだ名の字なら思い出せたみたいです」

「名字とあだ名だけでも思い出せるなら十分さ。昔の人、向こうの人によくあだ名付けててね。何か記録する時はそれで書いてるんだ。お陰でこっちの資料の誰が向こうのの誰なのかわからないことがあるんだよ。思い出せるなら他の人のことも思い出してほしいんだけど」

(今みたいに名前から思い出せたらいいんだけどな……。見た目があだ名になったやつも、何でそうなったか知らないやつもいるからな。正直言って、役に立たないと思う)

「自信ないみたいです」

「それでもいいよ。樋本さん、来週空いてる?」

「来週は学校の文化祭があります」

「あっ、そうだった。秀弥君に聞いてたのに忘れてたよ。再来週は……ああ、文化祭終わったら期末が待ち受けてるんだったね……。夏休み入ってからでいいや」


 別に急ぐことでもないということで、今日は具体的な日にちを決めることはなかった。

 私は立石さんに日記のお礼を言って本部を出た。バスに乗って移動している間にアズさんが寝た。駅前のデパートで買い物をして、午後に電車に乗って家に帰った。


☆★☆


 夜になってからアズさんが起きた。


(何してるんだ?)

(傘入れる袋作ってるんです)


 探せばあるのかもしれないけれど見たことがないから自分で作ることにした。紐を引っ張って口を閉じることができるようにするつもりで、今は紐を通す所を縫っている。


(材料どうしたんだ? 買ったのか?)

(はい。今日ついでに買ってきました)


 アズさんの服と揃えるために布も紐も糸も全部黒にした。


(主はこういうこと好きか?)

(どっちかといえばそうですね。あ、今日はこれ作るので、日記は明日お願いします)

(ああ。……なあ、オレ喋ってたら邪魔か?)

(邪魔じゃないですよ)


 アズさんは、日記を読んだからか思い出したことがあって、そのことと、憶えていたけれどまだ話していなかったことを私に話してくれた。

 初めて人の姿をとった時、その場にいた誰よりも背が高かったので身長を測ってみることになったことや、最初の持ち主にも身長を測られたこと、似顔絵を描いておいたらいいという話が出たけれど誰が描いても微妙だったから特徴を書いておくだけになったことなどの、本当に古い思い出だった。

 私はアズさんの昔話を楽しみながらちまちまと縫っていって、最後に紐を通して袋を完成させた。まあまあの出来だと思う。畳んで、通学に使っているバッグに入れた。

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