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37 幸運

 金曜日。午前は曇りで、午後になったら晴れた。

 今日からは文化祭の準備期間で、遅くまで学校に残ることができる。

 そういうわけで、いつもなら駅に着いている時間になっても私はまだ学校にいる。

 私たちの班は今日も折り紙だ。藤森くんと両角くんが部活でいないので、彼らが作っていた腕時計をはるちゃんが代わりに作っている。

 はるちゃんと喋りながらリボンを折るうちに午後五時を過ぎた。家上くんとは一言も話せていない。彼は百瀬くんと趣味の話でかなり盛り上がっていて、ときどき他の班の趣味仲間も会話に混ざっている。今の主な話の内容は“敵キャラ”らしい。「あいつは死なないでほしかった」とか「味方になって嬉しかった」とか「復刻したらぜってーボコボコにする」とか話している。

 折り紙のリボンが結構な量になって、気が付けば家上くんたちはだいぶ静かになっていた。趣味の話は一旦終わったらしい。

 教室の時計を見ると五時四十三分だった。


「あのさ、樋本さん」


 ふぉうわっ!

 肩がかなり震えたのが自分でわかった。声は出なかったけれど、水曜日に名前を呼ばれた時よりずっと驚いてしまった。いやそんなに驚いてはいない。過剰に反応したという方がたぶん正しい。話しかけようと決めたのに全然できない相手から逆に声をかけられたものだから。

 家上くんの顔を見ると彼は申し訳なさそうにしていた。


「びっくりさせてごめん」


 また謝らせてしまったあ!


「ちょっとのことでごめんなさい……。ええと、何?」

「去年も思ったけどさ、遅くまで残ってて大丈夫? 家どころか降りる駅着くの結構遅い時間にならない?」


 ……! わあああああ、家上くんが気にかけてくれた! やっぱり家上くんは気遣いができる人だ!


「だ、大丈夫だよ」


 この機会に何か話してみよう。でも何を? とりあえず学校を出るのが遅くなってもいい説明をするけれど、その後は?


「七時になってもちょうどいい時間に電車あるし、特急待って止まるようなのじゃないし、向こうの駅に着いたらお母さんが迎えにきてくれるから」

「そうなんだ」

「うん」


 ……今ここで出すのにふさわしい話題が何にも出てこない……! 家上くんの前だと本当に頭が回らない。


「よく毎日通えるよな。俺なんか電車にすら乗らないのに」


 お? 予想が当たった? 家上くんの方から会話を続けてくれた。


 私は止まっていた手をまた動かしながら答える。


「そんなに大変なものでもないよ。朝は最初は座れなくても途中で人少なくなって座れるし、帰りは余裕で座れること多いし。入学したての頃は確かにつらくて学校間違えたかなって思っちゃったけど……」


 去年の四月中は、ただただ大変だと思っていた。疲れて家に帰って居間でくたっとしていると、お母さんが「頑張ったね」とよく言ってくれた。週の後半ともなると夕飯の時にはぐでーっとしていて、お母さんと一緒にお父さんも「毎日遠くまで勉強しにいって偉い」と褒めてくれた。

 五月に入ってからは、時間をかけて通う価値がある学校なのかと考えることが何度もあった。あの頃の私ははるちゃんから見ると相当疲れた顔をしていて、私が学校に行くと彼女が「お疲れー」とか言いながら軽く肩を揉んでくれることがあった。

 六月になる頃にはだいぶ慣れて、そして家上くんのことが好きだと気が付いてからは、大変だけれど行けばとてもいいことがあるかもしれないと思うようになった。


「でもさ、いくら座れても快適ってわけじゃないし、他人を気にしないでゆっくりできる時間は俺よりずっと短いわけだから、やっぱりすごいと思うんだ」


 何を言っているの、家上くん。変な人たちに狙われていて、頻繁に魔獣なんてものの相手をしているのに。


「家が近くて部活みっちりやってる人に比べたら疲れてないと思うよ。よっぽど疲れてるとか具合が悪いんじゃなければ、本読むいい時間だよ」

「そんなものかな……。そういえば樋本さんって、この組で一番本読んでるよね」


 わあ、家上くん。まだ話続けてくれるの?


「どうだろう。借りた数は一番だったけど、もう違うかも。今は矢崎くんがいっぱい読んでるんじゃないかな。お昼休みに図書館行くとよく見かけるよ」


 これだけじゃだめ……! 答えるだけじゃ、だめ。私からも、何か、何か……。


「それに自分で買っていっぱい読んでる人もいそうだし」


 ……そうだ! 本を読んでいるのは家上くんにも当てはまる!


「家上くんだって、二年になってからよく本読んでるよね?」

「確かに読む量は増えたけど、樋本さん程じゃないと思うな。図書委員の戸田が、樋本さんめっちゃ借りてくって言ってたからさ」


 家上くんたちの会話に私の名前が出ていたと……!?


「それに俺が借りるの薄めのやつばっかりだし」

「私だって、大体はそうだよ。薄いラノベで数稼いで三位になったの。家上くんも、気が付いてみれば貸し出し数上位にいることになるんじゃない?」

「俺、ゲームやるからそんなに読まないかも。無料でできるのが多いからついつい手を出しちゃってさ」

「図書館だって無料だけど、本よりゲームの方が好き?」

「今のところは。樋本さんはやっぱり本が一番? っていうかゲームする?」

「そういえば最近全然やってない……。高校入ったら面白い本がいっぱいでゲームのこと忘れてたよ」

「図書館にあるので何が面白かった? 今後の参考にしたいんだけど」


 ほわあああぁぁ……家上くんとこんな話ができるなんて! 何この幸せ! 楽しいし幸せ! すごい!


「うーんと、家上くんはどういうのが好きなの?」

「興味湧くのはファンタジーだけど、読めばわりと何でも楽しいかな。あ、でも女子向けの恋愛ものはいまいち……」

「それならそうだなあ……」


☆★☆


 本のことを家上くんと話しているうちに六時を過ぎて、私たちの班は解散となった。

 私とはるちゃん、それから百瀬くんはすぐに帰るけれど、家上くんたちはまだ作業中の士村さんを待つつもりらしい。


「じゃーまたー」

「おう、またなー」


 百瀬くんが教室を出る前に家上くんに挨拶をしていったのを見て、私も思い切ってやってみることにした。


「か、家上くん。私たちも帰るね。またね……」


 ううぅ……。声は震え気味だったし、最後は小さくなってしまった。

 家上くんはというと慌てたように見えた。


「あ、うん」


 それから照れたように少し笑って、


「また来週」


 と返してくれた。

 あーやっぱり家上くんの笑顔最高! 思い切って良かった!

 教室を出てすぐにはるちゃんがくっついてきて、


「やるじゃーん」


 と小声で褒めてくれた。


「へへ、なんか、テンション上がってて、今ならできるって感じがして、やっちゃった」

「次はもうちょっとかわいくやるんだよ」

「そんな難しいこと言わないでよー」


 廊下を歩いていくにつれて、私の頭の中では家上くんとの会話のことがぐるぐる回り出した。

 ああとっても楽しかった。家上くんも楽しかったかな? 最初に過剰になったこと以外は何もまずいことはしてないよね? 大丈夫だよね? 笑ってくれたし家上くんにとっても悪い時間じゃなかったよね?

 一人で考えていても同じことの繰り返しにしかならないから、校舎を出たところではるちゃんに話してみることにした。


「ねえはるちゃん……」

「ん?」

「あの人、私と話すのは嫌じゃないって思ってもいいよね?」

「そうに決まってるじゃん。じゃなきゃ今日あんなに話してないし一昨日の『かわいい』もないから。っていうかもしかしてゆかりんに気があるんじゃないの?」

「えっ、ええ!?」


 はるちゃん何すごいこと言ってんの!?


「さすがにそれは」

「ないかなー。でもゆかりんと話したがってる感じに見えたんだよね」

「えー?」


 会話を続ける努力をするんじゃなくて?


「他の女子と話してみたいって思ってただけかもしれないけど」

「そういうことならありそう」

「でも私に話振ってこなかったからなー。ゆかりんと話せてるならついでに私とも話せるでしょ?」

「あの人にとっては難しいのかもしれないよ」

「そんなもんかねえ」


 話題が変わって、最近の天気のことを話している時にアズさんが起きた。アズさんは私が駅ではるちゃんと別れるまでずっと黙っていた。


(下校が遅くなるならオレ起こしてくれよ。あっちの世界のじゃなくても危ないやつの相手するからさ)

(アズさんならすぐ起きてくれるからいいかなって)

(良くない)


 ぴしゃりと言われてしまった。


(はい……)


 階段を使ってホームに降りると、乗っていく予定の電車が止まっていた。発車は十五分後で、まだ乗客はそれほどいない。

 電車に乗って座席に座れた私はお母さんにメールを送った。少しして絵文字と顔文字で飾られた返事が来た。お母さんのメールは私のメールよりも女子高生らしいことがよくある。私が本文にハートを一つ付けるならお母さんは三つ付ける。

 携帯を鞄にしまってなんとなくホームに目をやると、アズさんがぽつりと言った。


(こういうの見慣れてきたな)

(どういうのですか?)

(ボタン押して開けて座席が全部向かい合ってる電車。都会っぽくなったなーって思ってたんだ)


 アズさんが喋っている間にも、ボタンを押してドアを開けて電車に乗ってくる人がいた。そういえばいつからこういうのが多くなったんだろう。私が小学生の時に、お母さんがこういう電車を見て少し戸惑っていた記憶があるけれど……。


(そんなことより、今日はどんないいことがあったんだ?)

(なんと! 家上くんの方から話しかけてくれたんです! 帰るのが遅くなっても大丈夫か、って)

(ほう)

(それでその後に小説のこととか話せたんです。すっごく楽しくて幸せでした)


 約一年間、二人で話せたらどんなにいいだろうと思っていた。想像以上だった。


(そうか。それであの時あんなに)

(はい?)

(たぶん主がまだ学校にいた時だと思うんだけど、オレ一度起きかけたんだ。でもすごく心地良くて、そのまま寝てた。元々快適なところに主の幸せが伝わってきたもんだから、それはもう……)

(なんとなくわかるって程度じゃなかったんですか?)

(今日のはわかったというより、影響受けたってところだな。そうなるくらい主は幸せな気持ちでいっぱいだったってことだ。良かったな、主)

(はい。……私、近いうちに事故にでも遭うんでしょうか)

(そりゃさすがに大袈裟だと思うぞ。好きなやつと話しただけじゃないか。そこまで幸運に思うことでもないだろ)

(幸運です。とんでもないです。勇気がなくて話しかけられない相手から話しかけられたんですよ? それにいいことはまだあって、私、ちょっと頑張って、教室出る時に家上くんに『またね』って言えたんです。そうしたら家上くんが『また来週』って笑って返してくれたんです)

(でもなあ主。そんなんで事故に遭ってたら今頃世の中怪我人だらけだぞ。もし今日のことで主が怪我するとしたら、浮かれてて不注意だった、ってのが原因だな)


 む……アズさんの言うとおりのような気がする。向こうの駅や家で階段を踏み外さないようにしないと。

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