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35 気分

 今日はこのまま新崎さんと行動することになった。

 ファミレスの駐車場を出て、新崎さんに合わせて車道を歩く。

 私はフードをかぶっていて、新崎さんは傘を差しているというのに、アズさんは薄着で雨に打たれている。


「アズさん、今だけでも傘……」

「いいって。オレ、こうやって雨の中にいると楽しい」


 アズさんは微笑んで言った。


「そうなんですか?」

「珍しいことだからな。人間みたいに風邪ひくならこうは思わないかもしれないけど」

「寒くないですか?」

「あんまり暑いとか寒いとか感じないんだよな」

「髪の毛とか服とか濡れて張り付いて嫌だなーってことはないんですか?」

「気になることはあるけど」


 アズさんが濡れた前髪をかき上げた。

 うわあ、絵になる。間近で美形がやるのを見るとすごい。人のアズさんのことはもう見慣れたと思っていたけれど、そうでもなかった。元の人はさぞモテたんだろうな。


「嫌とまでは思わないな。……? なんか嬉しそうだな」

「今のすごくかっこよかったです」


 持ち主が褒めるとすぐ笑顔になるアズさんだけれど、今回は違って、首を少し傾げた。


「……今の?」

「髪の毛かき上げたじゃないですか」

「そういうものか?」


 どうもアズさんには、髪の毛をかき上げる姿がかっこいいという認識がないらしい。


「そういうものです。今まで、かっこいいって言ってくれた人いないんですか?」


 二人目の持ち主までなら雨の中戦うことも度々あったんじゃないかと思うけれど。


「そんな覚えな……いや待てよ……」


 やっぱりあるよね。


「三人前の主に、二枚目っていきなり言われたことがある。そう思ったからってあの人は言ってた。何でそう思ったかは聞かなかったんだけど、あの時オレ、今と同じことした」

「男の人から見てもかっこいいってことですね」


 今度こそアズさんは笑った。


「そんなに褒められたら照れるだろ」

「ふふ」


 ふと高い場所を見ると、信号が赤から青になるところだった。

 ……やっぱり、悪いことをしているような気になってくる。歩行者天国なら信号はああやって変わらない。

 今が異常な状況だというのはわかる。でもこの空間では何も起きない時間が結構ある。そんな時は生き物と車が極端に少ないだけであとは正常とも言えると思う。建物が壊れているとか、明らかにやばそうなのがうじゃうじゃいるとかがないから、普通の交通ルールを守るべきなんじゃないかという考えが出てくる。元から人も車も少ない所で、それを知っていたら、余計にいつもと違う行動を取りにくいんじゃないだろうか。それに外に出た時に何かやってしまう可能性が高くなりそう。

 落ち着かないので、新崎さんに車道にいる理由を聞いてみる。


「あの、新崎さんは、車道歩くことにしてるんですか?」

「別にそういうわけじゃない」

「じゃあ今日はどうして車道なんですか?」

「……気分」


 答えは小声だった。普通の街だったらきっと聞こえなかった。


「悪いことしたい気分ですか……?」

「は?」


 悪いことをしているとは思っていないらしい。私、気にしすぎかなあ……。

 不思議そうな新崎さんに、


「主はな、車が走ってなくても赤信号で止まるんだよ」


 アズさんが説明になっているようななっていないようなことを言った。


「ああそういう……」


 新崎さんは理解したようだった。


「俺も小三の時に少し考えた」

「そうなんですか……って、小学生の時から侵入者退治してるんですか? 新崎さんって入っちゃう人じゃないですよね」

「それなりの威力で攻撃できたから、手伝いのようなことをしていた」


 もしかして新崎さんは学業だけじゃなくて別の世界関連でも優秀なんだろうか。


「……ここは魔術で作られた街だ」

「はあ」

「そうは言われてもお前は魔力を感じないから実感しにくい。違うか?」

「合ってます」


 魔術でできているということを知ってはいるけれど、なんか変なことになっていると思う気持ちが強いのは確かだ。電気が点いているし、パン屋のパンからはいい匂いがするし、仏壇から火が出る。


「そして端からなら出入り自由だ。俺が、いや“入れない人”が思っている程ここを特殊な場所だとは感じないんだろう。それと、入ってしまう人はこの中での危機感が薄い傾向にあるらしい。だからたぶん、お前は俺に比べて、ここと元の街との区別がついていないし、侵入者を脅威に感じていない」


 えー、そうなのかな。


「お前は真面目そうだから、余計にここでも決まりを守らなければならないと思うのかもしれない」


 私は、この空間が魔術で作られたということをいまいち理解していなくて、危機感が薄くて、非常事態と知っていながら普段どおりに行動しようとする? 香野姉妹、佐々木さん、勇樹くんはどうなんだろう。魔力がなくて入ってしまう人でもない弘樹くんは?


「これは俺が大人から言われたことだが。誰かが暮らしているわけではないし、ほぼ毎回戦いの場にしかならないこんな所に守るべき交通ルールはない。ここで真面目にしていてもお天道様は別に褒めてはくれないぞ」


 ……そっか。

 誰も見ていなくてもルールを守ることは偉い。でもこの空間では偉くない。ここはそういう所。

 わかってはいたけれど、他人からはっきり言われてみるとあまりわかっていなかったように感じた。


「だが、普段と同じようにすることで落ち着いていられるということもある。それならそうすればいいと俺は思う」

「……それじゃあ私、今日はいつもと違うことしたい気分になったので、このままここ歩きます」

「そうか」


 新崎さんはそう言っただけだったけれど、少し表情が柔らかくなった気がした。もしかすると彼が答えた「気分」というのは、私と同じように「いつもと違うことをしたい」というものなのかもしれないとふと思った。

 特に目指す場所があるわけでもなく、新崎さんの気分に付き合って歩いているうちに雨がやんだ。

 もう魔獣はいないのかな、なんて思っていたら、曲がり角からとても変な人が姿を表した。私たちも向こうも足を止めた。

 現れたのは美女先輩をもっと大人にした感じの人だ。髪は長くて深緑色をしている。手には畳まれたビニール傘。

 何が変かというと、服が普通じゃない。

 色は黒で、形はチャイナドレスを悪い方向へ改造した感じ。袖がなくて肩がむき出しで体のラインがよくわかる。とてもよくわかる。なにせ胸の部分がしっかり胸の形になっている。服の胸の部分に余裕があって、大きい人だからこそできることをしているのか、服が最初からああいう形になっているのか、どっちだろう。生地が固そうだから最初からかもしれない。

 こんな大胆な服を着て堂々としているなんて、この人はよっぽど自分に自信があるのだと思う。

 森さんが言っていたのはこの人のことに違いない。

 怪しい美女はまず私たちを興味深そうに見て、次に笑った。私が今まで一度も見たことのない種類の笑顔だった。たぶん、妖艶な笑みというものだと思う。この顔を見ただけならころっといく男性が結構いそうだけれど、今の格好だと大体の人は落ちないどころか引く気がする。現に新崎さんが一歩下がった。


「――――――――」


 楽しげに何か言いながら美女は傘を放って、腰に手をやった。そこにはベルトがあって巻かれた縄が……違う、鞭だ。美女はベルトから鞭をぶら下げていた。

 大胆な格好に鞭とかもう、特殊な世界の、ご主人様? 女王様? とにかく特殊な人にしか見えない。


「――――――、――――――」


 美女が笑顔のまま鞭でピシャンと地面を打った。


「ひえっ……」


 恐ろしい。あれに叩かれたら、うっかり縄跳びの縄を自分にぶつけてしまった時よりずっと痛そう。

 思わず悲鳴を上げた私に美女が目を向けた。彼女が怖くて私はフードをかぶりなおした。


「――――――。――――――――」


 たぶん私に対して言っているのだろうけれどさっぱりわからないし、別にわからなくていい気がする。

 アズさんが美女から私を隠すようにして、私からも美女が見えなくなった。


「――――――――」


 誰に向けてか知らないけれどまた何か言っている美女をたぶん無視して、アズさんが新崎さんに言う。


「お前、何するにしても傘じゃこいつは無理だろ」

「無理だ。離れたい」

「それならオレが邪魔してやるから行け。主をよろしく」

「わかった」


 どうやら私は新崎さんとここを離れればいいらしい。


「行くぞ、後輩」

「はいっ」

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