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33 私も良くならなきゃ

「今日は良かったねえ」


 帰り支度をしている時、はるちゃんが小声で言ってきた。彼女はすでに支度を終えている。私と違ってこの後は部活だけれど。


「うん。でも、変なやつって思われて……あっ、そんなことより、ごまかしてくれてありがとう」

「どういたしましてっ。『優しい』の時もああなったの?」

「なってないよ。たぶん」


 あの時はすぐに「どういたしまして」と言ったはず。今日みたいに家上くんの表情が変わることはなかったから、きっと大丈夫だと思う。


「まあ『かわいい』に比べたら威力ないもんね」

「うん。あれも十分嬉しかったけどね」


 好きな人からの『かわいい』は強すぎた。


「『好き』とか言われたら、ゆかりんはどうなるんだろうね?」

「人生初の嬉し泣きするかも」

「そしたらあの人困りそう」

「じゃあ後でこっそり」

「んっふふ。そうできるといいね」

「うん」


 本当にできたらどんなに幸せだろう。


☆★☆


 家に帰った私は、まず着替えて、それから家上くんが褒めてくれた折り紙をバッグから出した。ちなみに本はまだ使うかもしれないから学校に置いてきた。

 顔の描かれた折り紙を見つめる。女の子らしいというか小学生らしいと私は感じる。でも男の子がこういうものを作りたがることが少ないのなら、女の子らしいと言えるのかもしれない。どちらにしても、かわいらしいと思う。家上くんも褒めてくれたし。……って、どうして褒めてくれたんだろう。

 話しかけられたことと言われた単語に衝撃を受けて頭から飛んでいたけれど、本に折り紙が挟まっていたということだけ伝えられて終了にならなかったのも大変なことだ。私が作ったのかと質問されて、しかも感想まで言われた。家上くんと必要のない話をすることが、まさかの彼のおかげでもうできてしまった。ほんの少しだけれど。

 家上くんは親しくない女子相手に些細なことで質問する人ではないと思っていた。でも実際は質問してきたし、私の「うん」の後は感想だった。何で?

 もしかして家上くん、少し積極的になった? きっとそうだ。同性の趣味仲間とだけ喋っていたのが、たぶん趣味の違う異性複数と一緒にいるようになってコミュニケーション力が上がって、すぐに会話を終わらせないようになったのかもしれない。

 いいことだ。けれど、それだと家上くんと楽しく話す人が増えて、彼の魅力に気付く人も増える気がする。彼が“女子に対してそれはどうなの?”な言動をしたとしても、私のようにフィルターで気にならなくなる人だってきっと出てくる。三年生になって勉強がどうのこうのの前にライバルが増える。のんびりしていられない。でも、でも……。

 はぁ……良くなった家上くんに比べて、私は一年経ってもこのざまか……。


☆★☆


 翌朝、目を覚ますと雨の音が聞こえた。

 天気予報によると一日中雨らしい。


「はぁ……」


 家を出てすぐに私は溜め息をついた。雨の中登校するのが億劫だ。


(五回目。どうしたんだ? 土砂降りでもないのに雨ってだけでここまでにはならないだろ?)


 アズさんが心配してくれて、少し気分が良くなる。


(何があった? いや、何を考えた?)


 何かを考えたことで落ち込んだことを見抜いている。さすが。

 私は、家上くんの発言と、自分の進歩のなさについて考えたことを話してみた。


(そうかー……。好機だな)


 え? 何で?

 私が質問する前にアズさんは続きを喋り始めた。


(主は振られるのが怖くて告白できないわけだろ? それなら振られる可能性をなくす……のは難しすぎるから、低くすればいいな。そのためには相手の望むような人になるとか、仲良くなるとかしないといけない)

(わかってます、そんなこと……)

(そうだな。わかってるのにできてないから、主は何度も溜め息ついてる。で、仲良くなるには話すのがいいが、主は勇気がないし、話しかけることができたとしても緊張するわときめくわで頭が回らなくて会話を続けさせるのが難しい)

(はい……)

(でも主の考えたとおりになったなら、どうにかして話が始まればそれでいい。そうすれば向こうが自主的に続けてくれるんだからな。そして文化祭の準備期間なら、普段話さない間柄がよく話すことがある状況だ。な、好機だろ?)


 ……そう言われてみればそうかもしれない。私が家上くんに話しかける勇気さえ持てば、あとは何とかなる?


(だからさ、勇気出してみようぜ。難しかったらオレを起こしてくれ。助言するから)


 ……アズさん……!


(はいっ)

(良かった、少しは前向きになってくれたか)


 なんてありがたい存在なんだろう。守ってくれるだけで十分なのに、こんな小心者の悩み事に付き合って、しかも手助けまでしてくれる。


(ありがとうございます。本当に、いろいろと。どうやってお礼したらいいんでしょう)

(これからもずっと、今までみたいに扱ってくれたらそれでいいよ)

(無欲ですね)

(そんなことないぞ。主にはそう思えるかもしれないけど)

(それって私が強欲ってことですか……)

(違う違う。主は普通。オレは主が思ってる以上に欲が深いってこと。今までどおりにしてくれると、オレはだいぶいい思いするんだよ)


 そうなのかなあ。アズさんにとっては“だいぶいい”であって、やっぱり私と比べるとアズさんは欲が無いんじゃないだろうか。


☆★☆


 昼休みに入っても雨はやまなかった。弱くはなったけれど。

 こんな日は中庭に出ることはない。

 はるちゃんが自分の椅子を持って私の席へ移動してきた。

 お箸を出したりお弁当箱の蓋を開けたりしていると、


「家上ー」


 小川くんが家上くんを呼んだのが聞こえた。

 小川くんの席は後ろの方なので、家上くんは振り向いて用件を聞いた。


「何?」

「女装コンテスト出ねえ?」


 あらまあ、なんてすごいお誘い。

 女装した家上くんか……。見てみたいような、見たくはないような。


「……は?」


 家上くんは、何を言われたかわからない、といった様子を見せた。


「文化祭の女装コンテストに出てくんない?」

「やだ」


 今度はわかりやすく言われて、即座に拒否した。


「普段女子といるんだから女子っぽくなってみればいいじゃん」

「よくわかんない理論だな……。そもそも何で俺に声かけてんだ?」


 それは私も聞きたい。


「今のままだと参加者が少なすぎるんだよ。んで、家上は微妙に女装似合いそうだと思って」

「似合うやつなら俺じゃなくてもいいだろ」

「微妙にってのが重要なんだよ。明らかに似合うやつ出しても面白くとも何ともないじゃん」


 小川くんがそう言っている間に、士村さんが教室に入ってきた。中庭で食べない日は彼女がこの教室に来て、同学年の四人でお昼を食べている。


「あ、別に女装したところ見て笑い物にしたいってわけじゃないからな。そこはわかって」


 小川くんにそのつもりがなくても、他の人はどうだろう。似合っていても似合っていなくても笑う人はいる気がする。


「ミスターコンみたいな楽しみ方だから。お笑いじゃないから。そんな企画だったら却下されてるから。頼むよー、なんか奢るからさー」

「そう言われても……」


 家上くんは困り顔になった。さっきのようにはっきり嫌だと言わないのは、小川くんに協力してあげたい気持ちが出てきたからだろうか。奢るとまで言われてしまっては家上くんはあまり強く出られないと思う。

 そんな彼に、


「私、アキラが女装したところ見てみたい」

「出れば? 経験してみてもいいんじゃない?」

「お母さんが綺麗な方ですから、家上くんもきっと綺麗になれますよ」


 と、美少女三人がコンテスト出場を希望したり勧めたりした。


「ちなみに男装の方も参加者少ないんだけど、涼木さん、どう?」


 おっと、涼木さんにもお誘いが。

 涼木さんが返事をする前に、


「じゃあ、涼木が男装コンテストに出るなら、俺出てもいい」


 家上くんが思い切ったことを言った。


「えー……まあいいけど」


 そして涼木さんは、家上くんの出した条件を大して嫌がる様子もなく受け入れた。


「えっ。まじで? そんなあっさり。何で? 男装してもいいのか?」

「男装に抵抗がある女子はあんまりいないと思う。コンテストに出るとなると別だけど」


 涼木さんは人前に出ても平気なタイプだし、自分が男装するくらいで家上くんを女装させられるならそれでいいと思ったんじゃないだろうか。


「……そうか……女子ってスカートもズボンも穿くもんな……」

「決まり? 決まりだな。よっし。二人ともありがとー!」


 小川くんは席を立つと家上くんと涼木さんにプリントを渡して、二人にクラスと名簿番号と名前を書かせた。


「服装はどうしたらいいいの?」


 プリントをはさみで切りながら涼木さんが小川くんに質問した。


「何でもいいよ。制服でも私服でも、何かのコスプレでも」


 その答えを聞いた家上くんが、


「ってことは、別にスカート穿かなくてもいいんだな?」


 と言った。女装をするにしてもズボンならまだまし、ということだろうか。


「そこに気付いちゃったかー。でも離れた所から見ても女の格好ってわからなきゃだめだからな。来週打ち合わせがあるから、詳しいことはその時に聞いて」


 申し込み用紙を回収した小川くんは席に戻ってようやくお昼を食べ始めた。友達に「良かったな」とか言われている。

 家上くんたちはというと、食べながら作戦会議? を始めた。


「ねー、家上。あんたと私で服交換しようよ」

「そうだな」


 家上くんと服交換……! 家上くんの服を着られるのうらやましい。


「どうせならかわいくなろ? 何か着たいのある?」

「んなのあるわけない」


 涼木さんは楽しそうだけれど家上くんのテンションは低い。


「あんたはスカート嫌みたいだけど、私はスカート穿いてみてほしいわ。せっかくの機会なんだからさ」

「えー……」


 その家上くんの声は、私には「気が進まない」くらいのものに聞こえたけれど、彼の顔を見た駒岡さんは、


「そんなに嫌そうな顔しなくてもいいじゃない」


 と言った。さらに彼女は、


「どこかの民族衣装は男はスカートじゃなかった?」


 そう言って、士村さんに「スコットランドですよ」と教えられた。

 渋い顔をしたままであろう家上くんに、涼木さんは再びスカートを勧める。


「長いのならどう? 分かれてない袴だと思えばいけない?」

「袴とスカートじゃだいぶ違うんじゃないか?」

「じゃあキュロットスカートは?」


 家上くんがスカート……スカートの家上くん……スカートがいいならワンピースも……。


「手が止まってるよー」


 気が付けばはるちゃんが私に顔を近付けていた。彼女の言うとおり、私のお弁当を食べる手が止まっていた。


「今、女装姿想像してるでしょ?」

「うん」

「どう?」

「変じゃないと思う。高校生の男子って、ごついとかやたら背が高いとかじゃなければ、女装しても大丈夫なんじゃないかな。かつらが欲しいところだけど」

「そうかなー……」


 はるちゃんの目が左右に動いた。


「そうかも」

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