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31 他の

 私は体育館を出て、まずは事務室へ行った。そこで魔獣の核を提出して三千円貰った。それから階段を使って食堂のある六階に移動した。

 食堂に入ると、


「あっ、先輩!」


 そこには香野姉妹がいて、すぐにどちらかが私に気付いて声を上げた。今日の彼女たちは別々の服を着ている。

 テーブルと椅子が今日は多い。たくさんの人が来るから臨時で増やしたんだろう。

 食堂にいる人たちの何人かが、私を呼んだ彼女やこちらをちらりと見た。香野姉妹の前に座っていた人たちもわざわざ振り返った。大学生くらいの女性と、たぶん中学生と小学生の少年二人。

 彼らのそばに行くと、香野姉妹の片方が自分の隣の椅子を引いた。


「先輩、ここにどうぞ」

「ありがとうございます」


 私はお礼を言ってその席に座らせてもらった。

 テーブルの上にはトランプの山があって、大きい方の少年と女性だけがカードを持っている。五人で遊んでいて、最後に二人が残ったんだろう。

 私の隣の彼女が、にーっと笑って、


「わたしはどっちだと思います?」


 なんて言ってきた。私がまだ判別できていないのがバレバレらしい。

 隣の隣の椅子には私を呼んだ方が座ってにこにこしている。

 香野姉妹は本当によく似ている。私が知っている双子の中で一番わかりにくいと思う。性格もあまり変わらないようだし、彼女たちなら入れ替わって生活するなんてこともできてしまうかもしれない。

 前のことを思い出しつつ二人を見比べた私は、なんとなく思ったことをそのまま言うことにした。


「ことみさんのふりをしたみことさん」


 そうしたら隣の彼女も隣の隣の彼女も、驚いたような顔になった。


「あれっ。よく、わざとわかりにくくしたことまでわかりましたね。正解です」

「やった! なんとなく、そうかなって」


 小さい方の少年が拍手してくれた。

 ちょうどトランプでの決着もついて、私は初めて会った三人に自己紹介をした。彼らもしてくれた。

 女性は思ったとおり大学生だった。大学二年生で、名前は佐々木さん。

 少年二人は中二と小五の兄弟で、斉藤弘樹(ひろき)くんと勇樹(ゆうき)くん。弟の勇樹くんがあの空間に入ってしまう人で、弘樹くんは、まだ小さい弟だけの状況になると不安なので武器と白い石を持っている。

 三人ともここから離れた所に住んでいて、ここに来ることも侵入者のせいで迷惑をかけられることもあまりないらしい。

 佐々木さんがトランプを混ぜながら、


「向こうの世界に関係あること、親にはどのくらいのことまで言った?」


 そう私に聞いてきた。


「いきなりどっかに行っちゃうかも、ってことだけ言いました」

「やっぱそんな感じかあ。私ね、魔獣のことも親は知ってるんだ。ま、三歳でお母さんと手を繋いで歩いてる時に巻き込まれたから、知ってて当然なんだけど」

「そういう時ってどうなるんですか? 二人一緒に?」

「私だけだったよ」

「それじゃあ、お母さんびっくりしたでしょうね」

「うん。もう訳わからなくて、どうにかなりそうだったって。私は私で、お母さんがいなくなってすごく不安になったよ。泣いてお母さんのこと探してたら、頭がオレンジ色の人に保護されたんだけど、その人もちょっと怖かったなー」


 六人で話しながらしばらくトランプで遊んでいると、デイテミエスさんとフェゼイレスさんが食堂に入ってきた。

 デイテミエスさんが私に気付いてそばにきた。


「おはよう。みんな武器の整備に来た人たち?」


 私たちが頷くと彼は「そっかー」と呟いて、それからちょっと真面目な顔になって、


「騎士はいない。姫を口説くなら今のうち」


 何の話なのかわからない、独り言のような謎の発言をした。


「何ですか、それ」

「俺たちの世界の、そこそこ人気な漫画に出てきた台詞だよ。主人公とヒロインは別に騎士と姫ってわけじゃないけど、まあそんな感じで。ヒロインのそばに主人公がいない時に、ヒロインのことがちょっと、いや、それなりに好きな男が言うの。言ってから口説き始めるんだ。ゆかりさんって刀のお兄さんがついてるでしょ? で、アイレイリーズっていったら騎士でしょ。なら騎士が付き従ってるゆかりさんはお姫様ポジション」


 なるほど、なんとなくわかったような気がする。


「言ってみたくなったんですか?」

「うん。ついでに口説いてみていい?」


 やけにいい笑顔でそんなことを言ったデイテミエスさんの肩をフェゼイレスさんが掴んだ。


「料理が先」

「へーい」


 デイテミエスさんはちょっぴり残念そうに返事をした。そんな彼にことみさんが質問する。


「ご飯作るんですか?」

「うん。俺たち、魔獣もいないのに外出るわけにもいかないから、基本的に暇でさあ。料理に精出してるの。今日と明日は大勢のために頑張っちゃうよ」


 ぱちんとウインクしてみせたデイテミエスさんは、フェゼイレスさんと一緒に厨房に入っていった。

 異世界人二人の姿が見えなくなってから佐々木さんが、


「ウインク自然にやる人、初めて見た……」


 ぽつりとそう言って、それに弘樹くんが頷いた。

 そうしているうちに今度は立石さんが食堂に姿を現した。今日はまた違ったジャージを着ている。彼は食堂にいる人たちと軽く話をして回って、私たちの所にも来た。


「やあ子供たち!」


 今日もテンション高めな立石さんが続きを言う前に、


「子供たちと大人です」


 二十歳の佐々木さんが訂正を入れた。


「ああそうだった、そうだった。ごめんね。えっと、じゃあ、やあ学生諸君! 元気かな?」


 私たちは「はい」とか「元気です」とか返した。

 言っておきたいこと、聞いておきたいことは何かあるかと立石さんが尋ねてきたので、私は、細田さんが捕まえたうさぎについて聞いてみた。


「向こうの人に任せたよ。今頃はどこから来たか探ってるところじゃないかな」

「あの子、おとなしく抱っこされてたので、飼われてるのかと思ったんですけど……」

「どうだろうね。野生でも結構のんびりしてる動物なんだってさ。……他には?」


 伝えること、質問することのある人は私以外にはいなかったので、立石さんは他の人たちの所へ行った。彼は食堂中の人と話すと厨房に消えた。

 その後、来たかと思えば厨房へ直行した人が二人いた。

 正午前に香野姉妹と佐々木さんが、武器と消火用の道具を引き取りに行った。三人ともここでお昼を食べるということで戻ってきた。

 十二時半頃に料理ができて、私たちは盛りつけと配膳係として厨房に入った。

 割烹着姿のデイテミエスさんがいた。しかも頭には三角巾。


「その割烹着、どうしたんですか?」

「総長さんのお母さんが貸してくれてるんだ。長袖でも覆えるのいいよね。みんな使えばいいのにね」


 調理にふさわしい格好をしているのはいいことだけれど……似合わない。デザインが女性……はっきり言っておばさん向けなせいだと思う。

 やや残念なデイテミエスさんをあまり気にしないようにしつつ、指示されたとおり食器の用意をする。

 食器棚にはいろんな食器が入っていた。大きかったり小さかったり、模様があったりなかったり、安物に見えたり高級そうに思えたり。立石さんが言うには、組織の人が家からいらないものを持ってきたり、足りなくて適当に買ってきたりした結果らしい。

 盛りつけが終わって厨房を出ると、食堂にはいろんな色の髪の毛の人たちがいた。体育館にいた人たちが作業を中断して下りてきたからだった。手が離せなくて来ていない人もいるようで、何食分かが上に運ばれていった。

 シェーデさんの姿もない。アズさんに苦労しているのかもしれない。

 席に戻って食事をとる。ご飯とサラダと豚汁とお茶という至って普通のものだけれど、主に異世界人が作ったものだと考えるとなんかすごいもののように思えてこないこともない。


「こうやってみんなで同じもの食べるのって、給食みたいですね」


 私がそう言ったら、中学生以下の四人は「そうかな?」とあまり同意できない感じだったけれど、佐々木さんが笑って乗ってくれた。


「あはは。じゃあ厨房(あっち)は給食室だ!」


 昼食の後、斉藤兄弟が自分たちのものを取りに行って、戻ってきて武器を見せてくれた。勇樹くんは今のアズさんの二倍くらいの長さの剣で、弘樹くんは真っ直ぐな刀だった。

 弘樹くんの刀は全体で九十二センチでアズさんの最長記録より長い。元は半分くらいで、二年半で今のようになったらしい。

 斉藤兄弟と佐々木さんが帰って、午後二時も過ぎると食堂からだいぶ人が減った。香野姉妹はまだ帰らないで私に付き合ってくれるそう。家が近いから五時くらいになっても問題ない、と二人は言った。

 私の未来の後輩たちに、彼女たちにとっても先輩になりそうな新崎さんが最近モテているらしい話をしていたら、デイテミエスさんがやって来て、


「ちょっとこれ読んでくれない?」


 袋と本を見せられた。袋はブラウニーを作れる粉が入ったもので、本のタイトルは、


「おいしい! おやつ作りその一」


 ことみさんが読み上げた。


「俺たち、漢字ちょっとしか読めないからさー」


 代わりにレシピを読んでほしいということだった。

 私と香野姉妹は交代で音読して、デイテミエスさんはせっせとメモを取った。

 そうしているうちに一時間経って、フェゼイレスさんが来て人数分の紫色のゼリーを置いていった。ぶどう味と思って食べたら、違う味がした。ぶどうでないなら何なのか、私はすぐにはわからなかったけれど、


「いちご!」


 と、みことさんが言った。

 もう一口食べてみると、確かにいちご味に思えた。

 これはもしかして。

 用意した人がいなくなってしまったので代わりにデイテミエスさんに聞いてみる。


「向こうの世界のですか?」

「うん。ぶどうじゃなくていちごの仲間。そろそろ自分のとこのもん食べとけって、今日来た人がいろいろ持ってきてくれて、その中にゼリーの素があったんだ。ちなみに豚汁の具は肉とにんじん以外は向こうのやつ」

「えっ」


 作った人だけじゃなくて材料まで!

 香野姉妹も驚いて「えー!?」と同時に叫んだ。


「全然気付かなかったでしょ?」


 デイテミエスさんはスプーンを軽く振りながら楽しそうに言った。

 今日の豚汁は、前に貰ったパンのように知らない味がしたわけではないし、見慣れないものが入っていたわけでもなかったから、向こうの世界のものが使われているなんて考えなかった。


「実はじゃがいもはこっちの大根くらい長いのだったんだよ」

「そんなに大きいのがあるんですか?」

「長いのが普通なんだ。品種によっては長ねぎくらいになって、それを縦に切っただけで長いままのフライドポテトを出す店もあるよ」


 長ーいフライドポテトを想像してみる。……なんかいいなあ。食べるのが大変そうだけれど、楽しそうでもある。


☆★☆


 四時過ぎにメールが来た。美世子さんからで、本文に「終わったってー」と書かれていた。

 私はすぐにアズさんを受け取りに体育館に行った。見たところシェーデさんたちのそばに他の刀はなかった。

 アズさんはというと、柄に巻いてある糸が綺麗になっていた。


「これ、新品ですか?」


 シェーデさんに聞いてみた。


「うん。ボロかったから交換したの。本人の言うとおり、急いでどうにかしなきゃいけないって所はなかったよ。さ、早くしまっておいで」


 早く、と言われたので私は早歩きで更衣室に移動した。


「前と同じでいいですか?」

「おう」


 鞘に巻かれた黒い布を外して、胸に当てた。

 二度目だけれど入れるのには勇気がいる。

 鞘が刺さって、刺さっても痛くなくて、全部入って、刀を出し入れできるようになるとか本当に意味わかんない。

 でもやらないと。私の身の安全に必要なことなんだから。

 ……えいっ。

 出した時のように一気にやった。一度でほとんど隠れて、残りは服の上から押して入れた。

 本体もしまうと、のほほんとしたアズさんの声が聞こえた。


(やっぱ主はいいなあ。今人間だったら自分の部屋の布団に飛び込んでるところ)

(疲れちゃったんですか?)

(息苦しかった。あいつらときたら、何も問題起きてないのに揃って険しい顔してオレのこと見てな……。気合い入れすぎだし慎重になりすぎだった)

(しょうがないですよ。アズさんはすごいもので、わからないものですし。アズさんが教えてくれるっていっても、機械に内蔵されてる説明書みたいなものじゃないですか。教えてくれるものが壊れちゃったらどうしようもないって考えたら、気を抜けませんって)

(それはまあ、そうだろうけどなあ。……オレ以外にもあったら……いや、関わらない期間が長すぎたか……)

(いっそのことアズさんが知ってること話しちゃって、直し方を記録してもらうのはだめですか?)

(……今日の分はまず記録するだろうからな……。しばらく考えてみるよ。でも今は寝る。おやすみ)


 おやすみを言って三十秒くらいでアズさんはすっかり寝た。

 私はシェーデさんに布を返して、彼らにお礼を言って体育館を出た。

 一旦食堂に戻って、香野姉妹と一緒に駅まで帰る。


「あの赤紫の人、なかなかに個性的ですね」


 エレベーターの中でことみさんがそう言って、その横でみことさんがうんうんと頷いた。

 続けてことみさんが言う。


「わたし、あのまま未来先輩が口説かれるところ見たかったです」

「えー、何でですか?」

「だって面白そうじゃないですか! 少女漫画とか読んでにやにやする気分になれたと思うんですよね」


 またみことさんが頷いた。今度は彼女が力説する。


「別の世界から戦いにきたかっこいい人が女子高生口説くっていうシチュエーション、いいと思うんです!」

「デイテミエスさんはいい台詞言うと思いますけど、相手が私じゃつまんないと思いますよ」

「そんなことありませんって。先輩の反応がどういうのでもきっと楽しいです」


 デイテミエスさんに関係する話は地下駐車場までで、あとは高校の話になった。香野姉妹の質問に私が答えることが多かった。電車で遠くに通うのはつらくないかとか、昼休みはどう過ごしているのかとか聞かれた。

 家に帰って、自分の部屋でぼーっとしていたらアズさんが起きた。そこで私は、弘樹くんに刀を見せてもらったことを話した。


(アズさんも大きくなったら、あんな感じでかっこいいんでしょうねー)

(今だってなかなかだろ?)

(はい)

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