28 また一緒に
月日が経つのは早い。でもあれこれと振り返ってみると、そうでもないようにも思えてくる。
今は水曜日の四時間目。黒板の前には先生ではなく、二人の文化祭実行委員がいる。そのうちの一人、守矢さんが黒板に縦に書かれた「迷路」の二文字を赤い丸で囲った。
「じゃあ次、具体的にどんな迷路にするか決めます。どういうのがあったらいいと思いますか」
もう一人の委員、小川くんが意見を出すよう言った。
私がどうして月日のことなんか考えていたかというと、今年の文化祭でのクラス企画が決まったから。今年は教室に段ボールを使った迷路を作ることになった。この後、どんな迷路を作るかをざっくり決めて、それが終わったら次は誰が何をやるのかを決める。
迷路の内容については十分もしないうちにまとまった。出た意見が少なかったし、両立させられないような意見が出ることもなかった。
迷路を四つに区切って、普通に明るく楽しいのと、ジャングルっぽいのと、ちょっと怖いのと、幻想的な区画を作る。ちょっとした冒険気分を味わってもらおうという計画だ。“怖い”でなくて“ちょっと怖い”なのは、主なターゲットが小さい子だから。あまり複雑にもしない。
「はい次、班決めします」
守矢さんが黒板に「明るい、ジャングル、怖い、幻想的、装飾とか」と書いた。
これから、それぞれの区画を作る班と、教室全体を装飾したりゴールした報酬(折り紙の勲章とか)を用意したりする班に分かれる。
「何やりたいか、十分までに相談して考えてください。足りないとこに入るっていうのでもいいです」
このクラスにおいて「相談しろ」は、友達と話していいということ。だから私は席を立ってはるちゃんの所へ行って、こそこそ話す。
「ゆかりんの希望は?」
「ないよ。どれも一緒だと思うし」
「だよね。やっぱりあの人に合わせる?」
「付き合ってくれるの?」
「うん」
はるちゃんがあっさり頷いて、
「はるちゃんありがとう」
私は思わず彼女の手を握った。
「いいって。あの人が決めてるといいけど」
あの人――家上くんはというと、席が近い百瀬くんと座ったまま話している。休み時間と違って会話の内容は聞こえない。
家上くんに合わせるということは、彼と同じ班を選ぶということ。私は今年も彼と一緒になりたい。あわよくば必要なこと以外のことも話したい。
家上くんと百瀬くんに、二人の美人が近寄った。もちろん駒岡さんと涼木さんだ。
「あの人と一緒ってことはあの二人も一緒か……」
「チャンスだよ。ゆかりんの良さをわかってもらえるチャンスだよ。比較するものがあればより輝くってもんよ」
「それってさ、逆に、より悪く見えるってこともあるよね」
「それはまあしょうがない」
不安なことはあるけれど、どうするかは決まったので私は早めに席に戻った。
家上くんたちに目を向ける。こういう時、私の席がここで良かったなと思う。家上くんの席より後ろで、あまり離れていないから、わりと自然に彼のことを見ていることができる。
駒岡さんと涼木さんの体が百瀬くんの方に向いているから、今は百瀬くんが主に喋っているらしい。はるちゃんの席と違ってこの位置なら声が少し聞こえるけれど、何を言っているかまではわからない。
相談している感じじゃない。説明かな。駒岡さんに去年のことを話してあげているのかもしれない。
教室の時計の長針が二を指して、小川くんがみんなに席に戻るよう言った。
全員が座ると教室はすっかり静かになった。隣のクラスがざわざわしているのが聞こえる。
ふと、私と同じことを考えている人はいるのかな、と気になった。
「じゃあ、まず、明るいとこやりたい人、手を上げてください」
小川くんが各班を希望する人に手を上げさせて、守矢さんが希望者の名前を黒板に書いていく。誰の名前でも漢字ですらすら書く守矢さんすごい。
家上くん、百瀬くん、美人二人は最後の班で手を上げた。他にこの班で手を上げたのは、家上くんたちから少し遅れた私とはるちゃんだけだった。
定員は八人で、挙手したのは六人。だから、決まり! 私は今年も家上くんと同じ班! 駒岡さんとも同じだけれど、そんなこと今は考えなくてもいいや。
☆★☆
授業も掃除も終わって、私は幸せな気分で学校を出た。はるちゃんは部活に行ったから一緒じゃない。
今日はまっすぐ帰らずに、魔獣の核を提出するために組織の本部に寄っていく。本当は土曜日に行こうと思っていたけれど、金曜日の夜にお父さんから明日出かけようと言われて、土曜日は家族で遠出した。日曜日は天気が悪かったから行かなかった。
今日行くことにしたのは、授業が一時間少ない日だから。それでも寄っていたら帰るのがだいぶ遅くなるけれど、魔獣の核にひびが入ってきたから次の休日を待たないことにした。
バスに揺られていると、
(何かいいことがあったのか?)
アズさんが起きるなりそう言った。私の気持ちがわかったらしい。
(今年も家上くんと一緒に文化祭の準備ができます!)
(そうかそうか。そりゃあ良かったな!)
(はい!……今年は話せるといいんですけど)
(去年だって全然できなかったわけじゃないんだろ?)
(そうですけど、家上くんとって感じじゃなくて、みんなでって感じでしたから……。それにちょっとだけでしたし)
「家上くん」って呼んで、二人だけで話したこともあった。でもあれは用があったからできたことで、楽しい話なんてこれっぽっちもしていない。
(あいつと二人で話したいわけだな。でもそれ、友達かそれこそ恋人にでもならないと厳しくないか)
(わかってます。だから、せめて去年より少ない人数で、多く話せたらいいなって思ってるんです)
本部に着いて、事務室の窓口まで行ってベルを鳴らすと、今回は知らないおじさんが出てきた。
「はいはい、魔獣の核ですね」
「お願いします」
魔獣の核の入った小瓶を提出して十分もしないうちに呼ばれて、空になった小瓶と報酬を渡された。アズさんが倒した魔獣の核が一つ千円で、緑美男子先輩が拾っていかなかった核が四百円になった。
用が済んだので早く帰ろうと思ってエレベーターを待っていたら、開いた扉から知っている人たちが出てきた。向こうの世界から来た三人と、この組織で二番目に偉い森さんだ。
四人はどこかで魔獣退治をしてきたんだろう。シェーデさんの頬に大きい絆創膏が貼られていて、森さんのワイシャツのボタンが一つ取れている。
デイテミエスさんが私を見て目を輝かせた。
「ゆかりさん! それ学校の制服?」
「はい」
「スカートなせいかずいぶんかわいく見えるなあ。ちょっとくるって回ってみて」
私は言われたとおりに一回転した。こんなことをしたのは、一年生の時におじいちゃんとおばあちゃんの前でして以来だ。
「いいねえ。向こうでもどっかの学校が採用しないかな」
デイテミエスさんがにこにこしながらそんなことを言うと、
「お金持ちになって学校建てたら?」
シェーデさんが冗談っぽく提案した。
「無理ですよー」
自分は偉い人にはなれないし、宝くじなんか当たりっこないし、と語るデイテミエスさんにフェゼイレスさんが呆れたように言う。
「無駄話する前に出すもの出せ」
早く魔獣の核を提出しろということなんだろうけれど、フェゼイレスさんだってエレベーターの前から動いていない。ちなみに森さんは「お先に」と言ってとっくに事務室へ行った。
「へーい。――そういえば、ゆかりさんも核持ってきたところ?」
「報酬貰ったので帰るところです」
「もう帰るんだ。ちょっと残念だなあ。またね」
「はい、また今度」
私は三人に軽く頭を下げてからエレベーターに乗った。
扉が閉じる時、アズさんが、
(あいつも、女の子が好きなんだろうな)
と言った。
(デイテミエスさんですか?)
(そう。たぶん当たってると思う)
(アズさんもわりと好きですよね?)
あいつ“も”と言ったのはそういうことなんじゃないだろうか。
(そうだな。今までの主の影響だな)
アズさんは持ち主の影響を受けるそうだ。
今までの人たちが女性に対して恋愛感情を持っていたから、アズさんもそれっぽい気持ちを持っている。それに加えて、ものすごく女の子が大好きだった前の前の人の影響がまだ強く残っている感じがするらしい。私が持ち主になった時に嬉しそうだったし、たぶんそのとおりなんだろう。
女性が好きというのは、元のアイレイリーズさんが男性だということも無関係ではないと私は思う。でもアズさんが言うには最初の頃は性別を気にしたことがなかったし、誰かを見てかわいいとかかっこいいと感じた覚えがないそう。覚えていないだけの可能性もある。
(まあ主は主なんだけどな)
(私としては孫扱いに思えてきてるんですけど)
いい子いい子と頭を撫でたり昔話をしたりで。
(否定できないな。身近な子供っていうと孫だったからなー)




