27 来てくれた人
次に私たちが見つけたのは、魔術を使って戦う人たちだった。
場所はドラッグストアの駐車場で、魔力を持つ人は二人。相手は水色の熊複数。
「おおおおお……」
「ずいぶん感心してるな」
「あんなの見たらこうなりますって」
「あー、そうか。主はああいう戦い方は見たことないか。そういえばオレも久々に見たな」
一人はとても大きな剣を振り回していて、その刃は白いもやもやしたものに覆われている。あれは何かとアズさんに聞いてみたら、魔術で剣に冷気をまとわせているんだろうとアズさんは教えてくれた。
もう一人は、右手に持った雷をまとった短めの剣を振ったり、左手から球体の炎やら尖った氷やらを出して飛ばしたりして、それはもう派手に魔獣に攻撃している。やりすぎなんじゃないかと思うけれど、かっこいいからもうしばらく見ていたい。銀髪家上くんやあずき色の男の子がしていたような、聞いてもよくわからないものを飛ばす攻撃より、私の知っているものが次々と現れることの方が刺激的だ。
ほとんど反撃されることなく二人は魔獣を全部倒した。
二人が振り返ってこちらを見て、剣が短い方が声を上げた。
「あ、刀のお兄さん!」
あっ、あの人デイテミエスさんだった! それに大きな剣の方は、ええと、フェ……フェゼイレスさんだ。二人とも前に会った時と同じ服を着ている。
「ちょっと待ってて」
デイテミエスさんたちは魔獣の核を拾い集めて、それから私たちの前まで来た。
こうして立っているのを近くで見ると、フェゼイレスさんは大きい。アズさんより背が高くて、しかもがっしりとした体つきだから余計に大きく思える。
私を見たデイテミエスさんが首を傾げた。
「……ゆかりさん? 何でそんな格好してるの?」
私に対する疑問だったけれど私より先にアズさんが答えた。
「仮面のやつらばっかりこっちのこと知ってるのは癪だからな。主もいろいろ隠してみることにした。もちろん名前もあいつらの前では秘密だ」
「何それ」
「制服が汚れるのを防ぐことも兼ねてる」
おお、アズさんがなかなかに良い言い訳を追加した。
「学校の制服? それはできれば汚したくないね」
完全にではないけれど、納得してもらえたらしい。
「そっちの二人は初めて会うよね」
デイテミエスさんは、視線を私から香野姉妹に移して言った。
「はい」
「はじめまして」
姉妹は揃ってお辞儀をして、ことみさんから名乗った。
そんな姉妹に対してデイテミエスさんはまず自分の名前を言って、次に、
「こっちのおっかない人は」
なんて前置きをしてからフェゼイレスさんのことを紹介した。「がさつだけどよろしく」とまで言った。
フェゼイレスさんは少し不機嫌そうな顔をしたけれど、何も言わなかった。デイテミエスさん曰く、フェゼイレスさんは言い方が乱暴だったりきつかったりすることが多いので、日本ではあまり喋らないようにすることにしたらしい。
デイテミエスさんの視線が私に戻る。
「そういえばゆかりさんの学校の制服って、水兵っぽいってほんと?」
「大きい襟は付いてますけど。セーラー服の学校、見たことないんですか?」
「うん。女の子の制服にしてるのは俺たちの国にはたぶんないと思う。でも、えーっと、あー……軍人になるための学校で着てる人はいるよ」
私が聞いたことのある言葉だと、士官学校とか兵学校みたいなもの?
「セーラーじゃないならブレザーですか?」
「大体そう。あとは、ワンピース着てる所が多いかな」
ワンピースの学校かあ。この辺りだと見たことがない。
「どの形でも、結構ごてごてしてるよ。最近はシンプルなのが増えてきたらしいんだけどね」
ごてごてした制服……現実のものが思い浮かばない。思い出したのは去年はるちゃんが貸してくれたライトノベル。あれの中の学校の制服は、あちこちにフリルやレースが付いていたり燕尾服みたいだったりどういう構造なのかいまいちわからなかったりした。
「日本人が見たら、何かのコスプレしてると思うだろうって聞いたよ」
それじゃあ、あんな感じの服を着ている人がたくさん……? 見てみたい。
「終わった」
唐突にフェゼイレスさんがぽつりとそんなことを言った。彼が遠くを見ていたから私も同じ方向を見てみると、この空間が消えそうになっていた。
「はーっ、変な人に会わなくて良かったぁ」
ことみさんがほっとしたようにそう言って、みことさんも「うん。良かったー」と言った。
「なんだ二人とも。怖かったのか?」
「当たり前ですよー」
姉妹はアズさんに同時にそう答えた。
「『また来る』って言った人、強い人らしいじゃないですか」
「狙ってるのが仮面の人たちでも不安になります」
それから小声で、
「……実は最初のうちは忘れてたんですけど」
「……アズさん見て思い出しました」
どうやら二人ともすぐには思い出さなかったらしい。
デイテミエスさんとフェゼイレスさんは向こうの世界の言葉で何かやりとりして、
「俺たちはドロンするよ。またね」
そう言い残してものすごい速さで走っていった。
「それじゃオレも」
アズさんがふっと姿を消して、それを見ていた香野姉妹が目を丸くした。自分たちだって武器を出したりしまったりできるのに。
「あの二人よりよっぽど忍者じゃないですか!」
「しかも先輩もうただの高校生ですね!」
緑美男子先輩も今頃はただの高校生になっているのかもしれない。
私と香野姉妹はドラッグストアの裏に隠れた。今回は私も立っていることにした。
少ししてから落ちる感覚がして、私はやっぱりふらついて壁に手を当てた。姉妹は何ともならなかったし、私の心配までしてくれた。
「先輩、大丈夫ですか?」
「はい。……もう五回目なんですけど、慣れません」
「足下見てるといいですよ」
「ちゃんとそこに足場があるって自分に言い聞かせてれば、ちょっと不思議な気分になるだけで済みます」
「それはいいこと聞きました」
彼女たちは私を先輩と呼んでくれるけれど、不思議なこと関係では二人の方がずっと先輩で頼りになる。
☆★☆
「それじゃあ先輩」
ことみさんがまずそう言って、それから姉妹で声を揃えて「さようなら」と言った。
私は今、駅に戻る途中で、ここまでは香野姉妹と一緒に来た。彼女たちの家と駅は違う方向にあるので、あとは一人だ。
「はい、さようなら」
私も言うと、姉妹は小さく手を振ってから信号を渡っていった。……後ろ姿だと全然違いがわからない。
(左がみことさんですよね?)
(おう。ところで主。もう一人の青いやつのこと、心当たりあるだろ)
(さすがアズさん。涼木さんって、お姉さんがいるみたいなんです。きっとその人です)
(姉妹説は当たりかもしれないんだな)
(美人なところまで当たりかもしれません。……あ、そういえば、魔獣の組織の人いませんでしたね。来てなかったんでしょうか?)
(だろうな。今回もあいつらが魔獣送ってきたんだと思うけど、強引な手段の道は今も安全じゃないだろうからな、様子見したのかもしれない)
私が渡る方の信号が青になった。しばらくまっすぐ行って、赤いコンビニを右に曲がると駅はすぐそこらしい。
(安全じゃないって、何があるんですか?)
(どこかに消えるんだ。むかーし、昔、二人の男が魔獣を追いかけて入って)
怪談を話そうとする人みたいに、アズさんが声を暗くした。
(何が何だかわからなくなって……こっちの世界に着いた時、一人いなかった。残った一人がこっちの人の手を借りて、牢の中を探したけど全然見つからなかった。その時の牢は直径で一キロないくらいのやつな。魔獣にやられたかと考えられたけど、そんな形跡はなかった。実は道に入ってないんじゃないかって話にもなったけど、それも違うようだった)
(ど、どこでもない所をさまようパターンですか……?)
あの黒い半球を見た時に思ったことは外れていないのかもしれない。
(まあオチは悲しくないから安心してくれ)
アズさんの声が明るくなった。
(消えたやつは、どういうわけかあっちの世界の別の国に着いてたんだ)
(探しても見つからないはずですね)
(で、そこで会ったお嬢さんと恋愛して結ばれた)
なんてハッピーエンド!
(まあそいつは良かったわけだけど、強引な手段の道だと変な所に放り出されることがあるわけだ。もしかしたらどこでもない所をさまようはめになったやつもいるかもしれない)
やっぱ怖い。




