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25 変化

 何事もなく六月になった。

 今日から制服は夏服だ。男子は詰め襟とおさらば、女子のセーラーは黒から白になってついでに袖が七分になる。男子は袖が長いままだからかわいそうだ。半袖作ればいいのに。女子には寒い時用にスラックスがあるのだから(穿く人滅多にいないけど)、男子に暑い時用の服があってもいいはずなのに何でないんだろう。腕捲りすればいいとかそんな考えだろうか。日焼け対策にはいいだろうけれど。

 今朝の家上くんは友達と話していて、先生たちの頭髪のことで盛り上がっていた。

 美少女三人は駒岡さんの席にいて、数字のとおりに升目を塗りつぶすパズルに挑戦していた。昨日の数学の時間に「暇ならやれ」と先生が配ったものだ。

 そういえば駒岡さんの夏服姿を見るのは初めてだ。似合っている。……とても良い。

 私は席に荷物を置いてすぐにはるちゃんの元へ行った。


「強すぎるよー……」

「どうしたの、どうしたの」

「あの人のこと。綺麗でかわいいって改めて思い知らされたの」

「あー、夏服で新鮮だもんねえ。私からすれば、ゆかりんも十分かわいいんだけどな」


 はるちゃんがそう言うと、ずっと黙っていたアズさんが喋った。


(オレもそう思う)


 二人が言ってくれたことは嬉しいけれど、友達補正と持ち主補正がかかっていることくらいわかる。


「ありがとう。でもいじけていい?」

「いつもいじけてる気がするけど、まあ、いいんじゃない」


 はるちゃんに頭をぽんぽんと撫でられた。気分はへたれな妹分といったところだ。

 私は、チャイムが鳴るまではるちゃんといることにした。

 はるちゃんと一緒に家上くんたちの会話をしばらく聞いていたら、彼らは自分の将来の姿を考え始めた。


「おれ禿げそうでやだ」


 百瀬くんが髪を触りながらそう言うと、戸田くんが頷いた。


「俺も。やっぱ禿げはやだよな」

「中途半端にあるくらいなら全部なくすわ」


 潔いことを言ったのは長田(ながた)くん。


「俺は白髪出るの早そう」


 家上くんは髪の量より色が心配らしい。

 銀髪が似合うから白くても結構いいと思うよ。


「何だよストレス溜まってんのかよ。女子に囲まれといて」


 長田くんにそう言われた家上くんは不服そうに返す。


「何で女子に囲まれてたらストレス溜まらないんだよ。お前も腕捻られて背中叩かれて脚蹴られて踏み台にされてみろよ」

「やだよ」


 待って家上くん、踏み台って何!? いつそんなことがあったの?


「オレ白くなったら絶対染める。白髪なんてありませんって顔する」


 そんなことを言ったのは米山くん。彼の手にはシャーペンが握られている。いつものように紙に絵を描いているようだ。

 百瀬くん、戸田くん、長田くん、米山くんは家上くんの友達で趣味仲間だ。家上くんは、駒岡さんたちとお昼を過ごすようになるまでは彼らと一緒に食べていた。


「でも七十くらいになって真っ黒だと不自然だよね」


 百瀬くんのそんな言葉を聞いて、


「その頃は同年代みんな白いから染める気なくすだろ」


 と、家上くんが言った。


「俺たちの誰かはいなくなってたりしてな」


 冗談なのか本気なのかよくわからない口調の戸田くんに、米山くんが紙から顔を上げて文句を言う。


「そういうこと言うなよー。みんなで長生きしようぜ」

「俺、九十くらいまで頑張りたいな」


 家上くんが少し真面目な声で希望を言った。


(なんか、切実な言葉に思えます……)

(死に近いところにいるからな……)


 何だって家上くんは、この世界に迷惑をかけてでも渡せない剣なんか持っているんだろう。


☆★☆


 金曜日、また私ははるちゃんと一緒に学校を出た。

 改札を通る直前、午後の授業から寝ていたアズさんが起きた。


(主、牢が)


 え?

 改札機から出てきた定期券を取って前を向くと、数メートル先にあの膜があった。これじゃ電車乗れない……。


「どうかした?」


 何もないのに立ち止まった私を、はるちゃんは不思議に思ったようだった。


「あっちに何か変なものがあるように見えたんだけど、気のせいだったみたい」

「やだー、幽霊でも見ちゃった?」

「そんなの見ないよー。霊感なんてないもん」

「だよねー。電車来るから急ぐね。ばいばい」

「うん。また来週」


 はるちゃんは膜を突き抜けて、下りの電車が来るホームに走っていった。

 私はお母さんと組織にメールを送って、それから改札を出た。人目の多い所で急にいなくなるわけにはいかない。

 駅の中には消えても良さそうな所がないようなので、外に出て少しうろうろしてから膜の中に入った。

 アズさんからコートを借りて、通信機の電源を入れる。

 画面に表示される名前は少ない。全員の名前を見ようとしてみて、一瞬、同じ名前が二つあるかと思ったら違った。「香野ことみ」と「香野みこと」だった。姉妹なんだろうか。


「なあ主」


 呼ばれて顔を上げると、アズさんが刀を、私の目の高さと同じ位置に持っていた。……ん?


「ちょっと長くなりました?」


 刀の刃が三、四センチ長くなっているように見える。

 アズさんが嬉しそうに笑って頷いた。


「ああ。順調だぞ」


 それは良かった。

 連絡してくる人や指示してくる人がいないので、私とアズさんは適当に歩くことにした。


「私、こっちの方は来たことないんですよね」


 学校とは反対側だし、興味があるものも無いしで来ることがない。電車が来るまで時間があって暇な時に駅から眺めるだけだ。


「前の主は何度か来たぞ。奥さんに連れられて」

「目当ては美術館ですか? こっち方面にありますよね」


 アズさんの前の持ち主の奥さんは絵を描くのが趣味だったと聞いた。家には奥さんの描いた絵があちこちに飾られていたらしい。ちなみにこの話は、休日に私がちまちま絵を描いていたら教えてくれた。


「ああ。あの人は絵にはあんまり興味なくても、デートだとか言って、出かけることは楽しんでたよ」


 アズさんと話しながら駅から延びる広い道を歩くこと数分。オレンジ色の羊と、それと戦う女の子二人を見つけた。

 女の子たちは戦うのが得意でないのか、魔獣がやっかいなのか、二対一でも苦労しているように見える。二人とも魔獣に対して剣を振っているけれど、どうも毛刈りのようにしかなっていないらしい。苦労している上に髪が見慣れない色ではないから、私と同じで、なぜかこの空間に入ってしまう人なんだろう。


「アズさん」

「おう」


 名前を呼んだだけなのにアズさんは私の言いたいことを理解して行動に移した。同じことを考えたというのもあるだろうけれど。

 走り出したアズさんを私は小走りで追う。

 アズさんはある程度女の子たちと魔獣に近付くと、女の子の一人に突進しようとする魔獣に刀を投げた。刀は、魔獣のわりと毛が少ない部分である首に刺さって、魔獣をよろけさせた。その様子にもう一人の女の子が驚いた素振りを見せながらも、


「たーっ!」


 かけ声と共に魔獣の頭に剣を振り下ろした。

 ドサリと倒れた魔獣を見て、女の子二人はほっとしたのか、揃って長めに息を吐いた。

 そんな二人にアズさんが声をかけた。


「怪我は無いか? お嬢さんたち」


 女の子二人が同時に顔を上げてアズさんを見た。

 あ、この子たち顔がそっくり。

 二人はこの街の駅ビルでときどき見かける制服を着て、通学用鞄をしょっている。中学生だ。学年はわからない。


「大丈夫です」


 女の子の一人がアズさんに返事をして、もう一人は頷いた。そして、


「ありがとうございました」


 二人は全く同じタイミングで同じことを言ってお辞儀をした。


「お嬢さんたち、魔力無いな?」

「はい」


 アズさんの質問に女の子たちは頷いた。


「それならオレたちと一緒にいるか?」

「今それお願いしようと思ってました」

「お願いします」


 女の子たちの答えを聞いたアズさんが振り返って私を見た。


「いいよな?」

「はい」


 私が返事をすると、女の子たちも私に目を向けた。……うん、不審者だね、私……。

 私はアズさんの横に立って、フードを少しずらしてから女の子たちに挨拶してみた。


「はじめまして。樋本ゆかりです。こちらは私の刀のアズさんです」

「刀?」


 一人は左に、もう一人は右に首を少し傾げた。


「あーえっと、刀に人工的に魂が付いてて……この人は、刀に宿ってる妖精とか精霊的な?」

「オレが妖精って柄かよ」


 アズさんから突っ込みが入ったけれど、とりあえず女の子たちは理解してくれたらしかった。


「そういえば、そういうすごい刀があるって聞きました」

「長いこと行方不明だったんですよね」


 二人は順番に喋って順番に自己紹介をした。


「わたし、香野ことみって言います」

「わたしはみことです。わたしたちは見てのとおり双子で、わたしが姉です」


 この空間に入った時に気になった名前の二人だった。

 今気付いたけれど、片方の名前を並べ替えるともう片方の名前になるパターンは初めてだ。「たつや」と「たくや」みたいに、一字違いの双子なら二組知っている。

 私たちと香野姉妹は魔獣を探して歩きながら自分のことを教え合った。

 香野姉妹は中学三年生で、駅から二キロ程の所に住んでいるらしい。そこはこの空間の中だから、二人は家に帰ることができない。

 姉妹がこの空間に入ってしまうと判明したのは小学三年生の時。その時に貰った剣が今二人が持っているもので、最初は包丁くらいの大きさだった。それが今では刃の長さだけでも四十センチあって、まだ伸びるとのこと。

 アズさんが言うには、姉妹の剣は二番目に多く作られたタイプのものだそう。


「まあ昔の時点での話なんだが」


 そう付け足したアズさんに、ことみさんが言う。


「どのタイプのが多いかは知りませんけど、これ今は六十番までありますよ」

「そうなのか。オレは四十番までしか見てないな」

「剣に番号が付いてるんですか?」


 私がそう質問するとアズさんが「ああ」と頷いた。


「型ごと、作られた順にな。オレにも一応、一番って付いてるぞ」


 つまり香野姉妹が持つ剣は六十本作られたということらしい。でも残念なことに、ことみさんによると、現在六本が所在不明で、今までに九本が使い物にならなくなってしまった。ちなみに姉妹が持っているのは三十四番と三十五番だ。


「あっ、魔獣!」


 先頭を歩いていたみことさんが声を上げた。

 みことさんが見つけた魔獣は五匹いて、どれも水色の大きな猫だった。猫というより豹とかチーターかもしれない。


「ここで待っててくれ」


 アズさんはそう言うとネコ科魔獣に向かって走った。

 魔獣と戦うアズさんを見て、


「ああいう人っていうか、付喪神タイプ? の武器って、一つだけなんですよね?」


 と、ことみさんが私に聞いてきた。


「そうみたいですね」

「戦ってくれるなんてすごくいいものだと思うんですけど、一つだけってことは、そんなに作るの大変なんですか?」

「詳しいことは聞いてませんけど、材料の確保が難しいみたいです。作るのももちろん大変なんでしょうけど」


 あと、あまり魂をどうこうしたくないというのもありそうな感じ。


「材料…………あの人――付いてる魂ですか?」

「そうです。どうやって調達したのか謎です。資料に無いらしいですし、アズさん喋りませんし。向こうの世界の人は人工物だと考えてるようなんですけど」

「へえー。人工物だとしたら材料は何だろ……魂作るのって何がいるのかな」


 ことみさんは顎に指を当てた。その隣でみことさんが左右が逆の同じポーズをした。


「魂って言ってるけどAIってことはないかな? 刀分解したら基盤出てきたり!」


 みことさんがそんなことを楽しそうに言って、ことみさんも笑顔になった。


「それもいいなあ。でも、あの出てきてる“人”は?」

「なんかすっごい技術の結晶。で、あの“人”を作るための材料が貴重であんまり作れないの」

「わあ、ありそう。でもそれなら別に、人工の魂です、ってくらいなら言っても良さそうだよね」

「そうだね。秘密なら自然のものかもしれないね。あっちの世界なら妖精とか精霊とかふよふよいそうだよね。そういうの捕まえるとか交渉とかして入れたのかも」


 みことさんがそんなことを言ったものだから、私の頭の中に、ふわふわと宙を漂う、二頭身とか三頭身でかわいい感じの妖精のアズさんの姿が浮かんだ。……変なの。自分で言った時にはこんなこと考えなかったのに。みことさんの「ふよふよ」という言葉の効果だろうか。


「それか、誰か人の魂かも」


 ことみさんが正解に近いことを言った。


「誰かって例えば?」

「作るのに関わった人とかその家族? ほら、たまにあるじゃん。研究者が自分や家族を素体に、みたいなやつ。あんな感じ。あとはー、志願者募ったとか!」

「そういうのもたまにあるね。……余命わずかな青年、魂を武器に移して長い時を生きる。……いい……!」


 アズさんにそんな物語はない。元のアイレイリーズさんは七十四歳まで生きたそうだし。


「いい……! 戦う時だけ人に戻るのもいい……!」

「私と話したいけど鞘の中にいると寝そうな時は人で出てきますよ」

「えー……」


 しまった。これは言ってもいい情報だと思ったけれど、楽しい姉妹の会話に水を差してしまったっぽい。

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