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24 あの人の話

 月曜日が来た。

 朝、私が教室に入った時、家上くんは自分の席で読書をしていた。

 彼が読む本の表紙を見て私は少し嬉しくなった。私の好きなシリーズの第四巻だったから。あれはどちらかと言えば女子向けの本だけれど、家上くんはどう思っているんだろう。楽しんでるといいな。

 美少女三人は駒岡さんの席に集まってしりとりをしていた。


「ルーマニア」


 涼木さんがそう言うと、駒岡さんが「何それ?」と聞いた。


「国の名前」

「ふーん。あ……アメリカ」

「カリフォルニア」


 これを言ったのは士村さん。彼女は紙に何か書きながらやっている。どうも出た言葉を記録しているらしい。

 涼木さんに戻る。


「アイルランド」

「ど、どー……銅鐸」

「楓、そこはドイツでしょう」


 士村さんが駒岡さんに軽くツッコミを入れた。


「あんたから銅鐸が出てくるとは思わなかったわ」


 涼木さんは感心したように言った。私も、駒岡さんが「銅鐸」と言ったのは意外だった。


「何よ二人してー……」


 駒岡さんは不満げだ。


「ゲームにいたのよ」

「あー、あれね」

「“あった”じゃなくて?」


 涼木さんが納得して士村さんは首を傾げた。

 意外だ、涼木さんがあれを知っているなんて。ゲームで冒険するよりは少女漫画を読むタイプだと思っていた。小さい頃は冒険したい子だったんだろうか。それとも今も?


「いたの。銅鐸を元にした不思議な生き物が」

「まあ、そうですか。――く、でしたね。クウェート」


 士村さんがしりとりを再開させた。

 やけに地名の多いしりとりは予鈴が鳴るまで続いた。


☆★☆


 昼休み。

 私とはるちゃんの前を美女先輩と後輩さんが通っていったけれど、二人とも素通りだった。


(あの七人、全然私のこと気にしてませんよね)


 アズさんにそう言ってみたら「そうだな」と返ってきた。


(バレてないって思っていいですよね)

(むしろあれでわかったら、普段から主のこと気にしてるってことになるんじゃないか?)

(……それって、家上くんに気付かれないことを嘆くべきですか?)

(……気付かれたら避けられるかもしれないからそうでもない……と思う)


 そう、そうだよね。いいんだよね…………はぁ。


「どうしたの、溜め息ついて」


 はるちゃんが首を傾げて聞いてきた。


「……つくづく一方的だなあって思って。ほら、そろそろ一年経つし」

「あー、そういうこと」


 重要な所を抜かしてもはるちゃんはしっかりわかってくれる。

 家上くんのことが好きだと私が自覚してから来月で一年だ。それだけ時間が経つというのに私は何もしてこなかった。用がなければ話しかけないし、バレンタインのチョコは匿名。なんて情けない。


「……あのさ、難しいことだってわかってて言うけど。来年はさ、三年生じゃん。受験控えてるわけじゃん。だからさ、付き合って一緒に過ごしたいって思うんなら、今のうちだと思うんだよね」

「……うん。それは、わかるよ」

「自信の無いところに告白されたら嬉しいんじゃないかなあって最近考えるんだけど」

「それはまあ、あるかもしれないけど、受け入れてくれるとは限らないでしょ? あんなに美人ばっかり見てたら私のことは……」


 私だって、別にブスということはないと思う。でも駒岡さんたちを間近で見て親しくしている家上くんにとっては、私はだめな範囲に入るかもしれない。


「そうやって弱気になってるうちに取られちゃうかもよ? こないだは大丈夫って言ったけど、これからどうなるかは、わからないからね」

「うん……」


 それはそうなんだけどね、本当にもうそのとおりなんだけどね。実は他にも気にしないといけなさそうなことがあってね。


(見た目の好みとか嬉しい嬉しくないの問題はないとしても、あの剣のこと解決しないと厳しいと思うんです……)


 はるちゃんには言えない代わりにアズさんに言ってみた。


(そうだろうな……別の世界からわざわざ剣奪いに来るやつの相手しなきゃいけない状況で、関係ない人から告白されて付き合うようなやつじゃないよな、あいつ。……でも、だからって振られるとも限らないぞ?)

(え?)

(保留ってこともあるだろ。で、問題が解決したら「いいよ」って言ってくれるかもしれないぞ)


 そうだとしたらすごく嬉しいけれど……。

 もし、はるちゃんとアズさんの言うとおりだとしたら、後は私が振られてもいい勇気を持つだけ、だろうか。いいや、「振られてもいい勇気」というよりは「聞きたくない答えを聞く勇気」の方が合っているかもしれない。

 私は家上くんに振られたくない。そしてそれ以上に「家上くんが私を好きにならない」ということを知りたくない。

 今ここで楽しそうな家上くんを見ているだけでも幸せだけれど、やっぱり両思いにだってなりたい。それが叶わないなら、そのことを知らずにいたい。


☆★☆


 昼休みの後も何事もなく学校が終わった。私は今日ははるちゃんと一緒に帰る。

 昇降口を出てすぐの所に美男子先輩がいて、友達らしき男子生徒と雑談していた。

 彼らと十分に離れてからはるちゃんが言った。


「あの人もからかわれてそうだよね」

「女子に囲まれてるから?」

「うん。一緒にお昼食べて一緒に帰るのはうちのクラスの人と同じじゃん? それに三年生同士で付き合ってるなんて噂もあるでしょ。どうなんだよどうなんだよって聞かれると思うんだよね」

「そうだね。……あの人、見た目いいよね。私みたいな人が、あの人の組にもいるのかな」


 告白する勇気がなくて“かわいい女の子複数と一緒にいるあの人”を見つめるだけの人が。


「あー、いそう。三人くらいいそう。すでに振られてる人も同じくらいいそう」

「同じ組に五、六人も好きって人いるかなあ」

「小学校の時、少なくとも五人から好かれてる男子いたよ! あれは四年……じゃなくて五年の時だったかな。三十四人の組だったんだけど、私に教えてくれた子が五人だから、聞いてない子も合わせたら七人はいたかも」

「へーっ。私は三人の人しか知らないんだけど、あの人たちにももっといたのかな。あ、でも、三十人いなかったから、そうでもないのかなあ」


 六年生の時に私の同級生でモテた男子のうちの一人は、同じクラスの女子四人から好かれていて、これが最大だとされていた。でもその人のことを好きだと言っていた女子の一人が実は嘘をついていたから、私が知っているのは、最大三人から好かれていた男子が二人いたということ。


「モテる人が何人かいたら人気が分散するだろうしねー。あの組じゃあの人が飛び抜けてたから、ライバルいっぱいになったと思うんだよね。学年全体で見ても相当なものだったし」

「へー。三年生のあの人は学年の中じゃどうなのかな」

「やっぱり上の方じゃない? あ、そうそう。ちょっと前に部活の先輩に聞いたんだけどさ、三年生に、眼鏡かけててモテる男子がいるんだって」


 眼鏡の三年生の男子? 何人いるか知らないけれど私は一人知っている。


「いかにも優等生って感じで、実際に勉強できて、運動もそれなりにできちゃう人で、ついでに顔もいいっていう、すごい人で。あ、あと、目が青いとか言ってた」


 眼鏡をかけていて、いかにも優等生で、顔が良くて、目が青い三年生の男子……。はるちゃん、私、その人知ってるかもしれないよ。


「でもお堅い感じなのと、これといって目立つことがなかったから、一年生の時はそうでもなかったんだけど、二年生になってからじわじわと気になる人が増えて」


 眼鏡をかけて見た目優等生で容姿が良くて青い目のお堅い感じの三年生は、新崎さん以外にいるだろうか。……約三百二十人もいれば一人くらいいそうな気がする。


「んで、三年生になって部活よりも勉強が重要って気持ちが強くなったせいか、勉強できるその人の株がさらに上がってるっぽいって」

「そんな風になる人もいるんだ」


 三年生が部活を引退したら、さらに新崎さん(推測)がモテるようになるんだろうか。そうでもないか。勉強に追われてそんな暇がなくなるかもしれないし。でも何かの拍子に下の学年の人からも好かれるようになる可能性もあるかもしれない。


「うん。それでさ、うちのクラスのあの人、勉強できるでしょう? だから来年は」

「モテモテになるかも?」

「そこまでは行かなくてもライバルが増える事態にはなっちゃうかも」


 それは困る。でも、家上くんの良さを理解する人が増えるのだと思えば嬉しい。


「早くやれ、ってことだね」


 お昼の話題と一緒だ。三年生にならないうちに、二年生で遊べるうちに告白しろとはるちゃんは言っている。


「まあそんなとこ。善は急げって言うじゃん」

「急がば回れとか、急いては事を仕損じるもあるよ」

「うん。だから、心に余裕を持ってさくっとやろうよ」

「それができたら今こんな話してませんよぉー」

「だよねー」


 私とはるちゃんは、こんな調子でずっと喋りながら駅まで歩いた。

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