23 今日のうちに
立石さんは私と新崎さんを組織の本部の食堂へ連れてきた。ここには私たちの他にもなごやかにお茶を飲んでいる人たちがいる。
立石さんはお茶を一口飲んでから私を見た。
「僕が指示を出してからのことを聞かせてくれるかな」
「はい」
私はまず、戦いの最中に味方が増えたことと、敵が増えたり減ったりした話をした。
「……それでその後、あの子は私にはよくわからないことしました。あの子の全身が光ったので、私、危なそうって思って、頭引っ込めたんです。だから見てなくて、何がどうなったかわからないんですけど……収まったと思って見てみたらパン屋のガラスが全部割れてて、仮面の人たちの中には倒れてる人がいて、あの子は尻餅ついてて、魔獣が減ってました」
「あー……それはたぶん、とんでもない魔力にもの言わせたんじゃないかな。どうかな、秀弥君」
立石さんに意見を求められた新崎さんは「そうですね」と頷いた。それから私に解説してくれる。
「俺の矢が水を型に入れて凍らせたものだとしたら、あの少年が出したのは凍りきってない水だ。少々かかっただけなら冷たさに驚くだけで済むが、あの場合は大量だったから厄介なことになった」
「えっと、じゃあ、倒れた人は冷たい水をもろにかぶっちゃったって感じなんですか?」
「かぶったどころか、飲み込まれるとか押し流されるくらいだったと思う」
ひえええ……。
「男の子が座ってたのは、自分にも水かけちゃったからですか?」
「自分にかかったところでなんてことはない。攻撃の反動と対抗されたのが少年が立っていられなかった原因だろう。それからパン屋は少年が適当にやったのと余波で被害が出たのだと思う」
「対抗って、仮面の人たちからも攻撃したんですか?」
「ああ。同じようなものをぶつけて相殺しようとしていた」
新崎さんは、しっかり見たわけではないが、と前置きしてから、私が見ていなかった間のことを話してくれた。
男の子がやろうとしていることに銀髪家上くんたちはすぐに気が付いた様子だった。とんでもない魔力が動いたから当然といえば当然らしい。
銀髪家上くんと黄色士村さんが攻撃に動き、薄紫さんが防御に回った。
黄色士村さんは前に飛び出して、攻撃しつつも仲間の盾になった。恐らく仮面の人たちの中で一番魔術関係に優れているのが彼女だろうから、それ故の判断だったのだろうと新崎さんは推測している。
銀髪家上くんたちの行動で男の子の攻撃は威力が弱まったけれど、それでもやっぱり強かった。だから銀髪家上くんはなかなか立てず、青い涼木さんと黄色士村さんは気を失い、緑美男子先輩と薄紫さんは起きあがることが困難だった。特に黄色士村さんは受けたダメージも自分でしたことの反動も強くて回復に時間がかかったようだ。赤髪駒岡さんとオレンジ美女先輩は攻撃範囲から外れていたから無事だった。
「魔獣がいなかったら、全員何かしらのことができて、ああはならなかっただろうな」
「アズさんはどうしてました?」
「魔獣を盾にしていたな。その後に、仮面の一人が別の魔獣の餌食になりそうだったから拾って助けていた」
きっと、涼木さんが真っ先に危なくなって、それを赤髪駒岡さんが見たんだろう。それで彼女はあんな声を上げたのだと思う。
新崎さんの話が終わって、また私が話す番になった。
私が麺棒を投げてから青年と男の子が帰ったところまで話すと、立石さんは青年と男の子の発言の内容が気になったようだった。私は別の世界の言葉はわからないし、新崎さんはわかるけれど離れていたから聞こえていない。仕方がないからアズさんに起きてもらった。
「別に大したことじゃないぞ」
刀のアズさんは少し面倒そうに喋った。
「『無理はしないで帰るよ』とか『やだ、降ろせ』とか。最後には『そのうちにまた来るよ』って言ってたな」
それで家上くんは「二度と来るな」と言ったのか。ということは家上くんは向こうの世界の言葉がわかるんだろう。適当に言った可能性もあるけれど。
「無理はしない、ねえ……。キミたちと仮面の人たちを相手にするのは大変だけど、勝てないことはないってとこか。自信あるんだなあ……厄介だなあ……」
立石さんは溜め息をついた。
「悪いな、捕まえられなくて」
「いいよ。強いのが来ちゃったんだからしょうがない」
「もういいか?」
「うん。ありがとう」
ここでもアズさんは即行で寝た。よっぽど疲れているらしい。
「二人が帰った後は何かあった?」
「仮面の人たちと少しだけ話をしました」
向こうから話しかけてきたこと、お礼を言われたことをまず話して、それから男の子が魔力を感知できる人らしいことを伝えた。
「そういう人だったかー。魔術関係は大得意って感じかな。末恐ろしい」
「あと、アズさんが剣のこと聞いたら、絶対に渡せない、詳しいことは言わない、って言われました。この世界に迷惑かけてでも渡せないそうです」
「……うわあ……」
立石さんは何とも言えない顔をした。「この世界に迷惑かけてでも」に戸惑ったのかもしれないし、怒ったのかもしれないし、呆れたのかもしれないし、引いたのかもしれない。いろんな感情が混ざっているように見えた。
彼はお茶を一口飲むと普通の顔に戻って「他には?」と言った。
「魔力がないなら隠れてた方がいいって忠告もらいました」
「ごもっともだね」
「はい……」
「でも助けられて良かったね」
「はい」
家上くんを、好きな人を助けられて良かった。もしあの時、男の子の気を引くことができなかったら…………こういうのも、家上くんと美少女たちの仲のことと一緒で、あんまり考えたくないなあ……。
☆★☆
話すことがなくなったので、私と新崎さんは帰ることになった。
帰る前に私たちは一緒に事務室へ行って、食堂に入る前に預けておいた小瓶を返してもらい、封筒を受け取った。
封筒にはメモ用紙が貼り付けられていた。それには何がいくらか書かれていて、赤いの(猪)が五百円、暗い赤(狼)の四つのうち三つは三千円、残りの一つは魔力が多めに残っていたので四千円。合計で、
「いっ……一、万……」
一万三千五百円!?
今回の魔獣退治の報酬は、一万円を越えていた。
「あら、ゆかりちゃん、またびっくりしてるのね」
窓口に座る美世子さんが少し笑って、
「魔獣退治は大変なことだからなあ」
彼女の隣にいる辰男さんがそう言って、
「命がかかっているからな」
新崎さんが付け足した。そんな彼は十二匹分で二万二千円だった。立石さんに言われて私たちの手伝いに来るまでに魔獣を探し回った結果らしい。
「前のこと考えたら少なく感じるくらいじゃない? 前の五倍持ってきたのに報酬は三倍未満なんだから」
「あれは大きくて、いかにも脅威って感じだったので別にそうでも……」
大きさのわりには安いと言われたけれど。
「あらそう? でも今回の方が大変だったでしょ? 前のは大きいわりに軟弱だったでしょ?」
「確かにそんな感じでした。それじゃあ、あれは魔力が良くてあんなになったんですか?」
「そうそう。うんと残ってたの。残ってなかったら半分になってたわ」
半分というと二千五百円だ。魔力の残らなかった狼より安い。狼は大きかったけれどそれでも牛の方がずっと大きかったから、体格のわりに弱い魔獣だったということなんだろう。
「あれくらいの大きさだと、普通はどれくらい強いんですか?」
「そうねえ……確か去年出たでっかいのは、胴体にしゅーちゃんの矢が十本刺さっても動き回ってたんだっけ?」
美世子さんの言葉に新崎さんが頷いた。
「そうです。俺の矢はあまり長持ちしないので同時に刺さっていたのは最大で五本でしたが。……今思うと、強力なものを一本作って貫通させるべきでした」
「結局どうやって倒したんだっけ」
「リステアルさんが魔術で八つ裂きにしました」
知らない人の名前が出てきたから、どちら様かと聞いてみたら美世子さんが答えてくれた。
「魔術が大得意な人。ほら、前に刀の彼の実力見た時に、肌の露出の多いすっごい格好の人いたでしょ。あの人」
「……ああ、あのひらひらの……」
「そうそう」
水着と言われた方が納得できるあの服の人。そういえばあの人は見ているだけでアズさんと戦うことはなかった。
「何なんですか、あの服」
「最近のあっちの世界での流行を組み合わせて大げさにしたものなんですって。雑誌でモデルが着て話題になって、意外と人気らしいの」
「えーっ! 着てる人結構いるってことですか!?」
「さすがにあの状態で出かける人は少ないでしょうね。あれ布を付けたり外したりできるのよ。それにしたって日本人にはハードル高いけど」
高い上に厚みがあって飛び越すのがすごく大変そう……。
☆★☆
本部の建物を出てバス停に着いた時、バスが来るまであと二十分だった。……どこか寄るには短いかな。とりあえず新崎さんに聞いてみる。
「あの、前に言ってた、守り神の神社ってどこにありますか?」
「あそこの信号を左に曲がってまっすぐ行けばある。早歩きなら五分くらいだ」
往復で十分か。ちょっとお参りするくらいなら大丈夫そうだ。間に合わなかったとしても次の次はそんなに遅くない。でも電車は……まあいいや。
「それじゃちょっと行ってきます」
「そうか」
軽く走っていった先にあったのは、色鮮やかな神社だった。やけに綺麗だからあちこち塗り直したばかりなのかもしれない。規模はアズさんと会った所よりは大きくて、初詣に行く所よりは小さい。
私は封筒から五百円玉を出して賽銭箱に入れた。それから、この世界に侵入者が来ても撃退できることとか、家上くんの安全とか、ちょっと多めにお願いしてみた。
少し急ぐ感じでバス停まで戻って、バスに乗った。
家に着いた時には私はもうへとへとだった。そのわりには登山とかマラソン大会の後のように脚がすごく痛いとかはなかった。クラスマッチで疲れて、さらにアズさんが持っていったからこうなったんだろう。
それでも私は、部屋で着替えてすぐに台所に行った。座って立ち上がる気力がなくなる前に用を済ませておこうと思った。
「ねえお母さん」
「んー? それ何?」
私が持つパンの袋にお母さんが気付いた。
私はあのパン屋でパンを十個買った。一個はすぐ食べたから、袋には九個のパンが入っている。
「お土産。パン。明日食べようよ」
「まあー。どうしたの」
「今日優勝したの。だから嬉しくてね、少し遠くまで行って自分へのご褒美探してきたの」
本当は、たまたまそこにあったから隠れる場所にして、全部終わった時にお腹が空いてたからなんだけどね。
それからお礼のつもりでもある。十個も買ったのは、あの店の麺棒で家上くんたちを助けられたから。
「優勝! すごいじゃん!」
「うん。三年生に勝てたのにはびっくりした。私は逃げ回るだけだったけど……でも、ほとんど当たらなかったんだよ」
お母さんと喋っていたらお父さんが帰ってきた。
その後の私は、夕食をいつもより時間をかけて食べて、お風呂で寝そうになったから急いで出てなんとか部屋に戻った。布団を敷いていたらアズさんが起きた。
(寝るところだったか)
(はい。……あ、ちょっと話したいことがあるんですけど)
(何だ?)
(私が誰か、家上くんたちにバレてませんよね)
(大丈夫だろ。銀髪はあの態度だったし、赤毛は喋れないのかなんて聞いてきたし、正体気にしてる様子もなかったし。むしろ気になるのはオレだろうな)
(どうしてですか?)
(瞬間移動やったからな)
(なるほど……)
あの時は男の子ばかりに目がいったけれど、仮面の人たちだってさぞ驚いたことだろう。青い涼木さんを抱えていた人が消えたかと思えば、パン屋の中に現れたのだから。
話しているうちに寝る準備ができた。
すぐには寝ないで、猪の魔獣の核が五百円になったことと、その五百円を神社でお賽銭にしてきたことを話した。
(寄り道してすっかり疲れちゃいました)
(そうだろうな)
(それじゃ、おやすみなさい)
(おやすみ)
電気を消して布団に入って目を閉じる。そして家上くんのかっこよさを思い返しながら寝た。