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22 お礼

 アズさんが私に向き直った。


「怪我してないか?」


 大丈夫だと答えようとして、今喋ったら声で家上くんたちに私が誰だかバレるかもしれないことに気が付いた。すでに喋っちゃったけれど。

 家上くんたちが私の声を覚えているかなんてわからない。普段話さないし特に興味のない同級生の声はわかるものだろうか。少し休み時間を思い出してみる。……わかる。教室で雑談している声を聞いて誰と誰が喋っているのかわかる。駒岡さんを除いて全員一年以上の付き合いなのだから当然だ。覚えていないとしても、今日覚えて月曜日に学校で聞いて気付くかもしれない。

 小声なら大丈夫だとは思うけれど、一応、ここは頷くだけにした。


「良かった」


 アズさんはほっとしたように柔らかい笑みを浮かべて、私の頭を軽く撫でた。

 店内に銀髪家上くんと黄色士村さんが入ってきた。どうも私たちに用があるらしい。

 私はフードを引っ張ってできるだけ顔が隠れるようにする。フードの布は薄いのでいくらか景色が透けて見える。細かいことはわからないけれど、人の動きを見るのに問題はない。向こうからはかなり近付かなければ私の顔は見えないはず。……でも心配だから顔を伏せ気味にしておく。

 フードの隙間から見ると、黄色士村さんの杖の丸い部分には緑色の石が埋まっていることがわかった。

 それにしても家上くん近い! 二メートルもない! ああ、この前もっと近くで見たいと願ったことがもう叶った! 間にカウンターあってアズさんがいるけど! でも近い! まっすぐ見られないのが惜しい。でもそれでも、はあ、もう……素敵ー! かっこいいー! コートの裾が破れていて疲れているっぽい雰囲気を出しているところがまたいつもと違った趣……!


「あなたがあの子の気をそらしてくれたんですか?」


 銀髪家上くんが丁寧な口調で聞いてきて、私が頷くと、今度は黄色士村さんが口を開いた。


「何をしたのでしょうか?」


 ああ、士村さんの声だ。今ここにいる黄色の彼女は、倒れている時の髪が黒かった。学校で見る士村さんと同じだった。これはもう確定でいいよね。……なんて思いながら私は店の外に転がる麺棒を指差してみた。すると近くにいた青い涼木さんが麺棒を拾った。


「何これ」


 家上くんと同じ期間聞いてきた声だ。青い彼女も、アズさんに抱えられている時は黒かった。染める気などさらさらないと涼木さんが公言している綺麗な黒髪だった。


「麺棒っぽいですねえ。ここのじゃないですか?」


 薄紫さんが正解を言った。


「やっぱそう? これ投げつけたってわけ?」


 そうだよ。

 また頷いたら、


「まったく、無謀なことを……」


 アズさんに溜め息をつかれてしまった。


「ともかく助かりました。ありがとうございました」


 ふぉわー! 家上くんからまたお礼貰っちゃったー!

 黄色士村さんも銀髪家上くんの横で「ありがとうございました」と頭を下げた。

 私はすぐに「どういたしまして」と言いそうになったけれどなんとか堪えた。でもどうしよう。何も言わないのは感じ悪いし、頷くだけってのはなんだか偉そうだからええと……!

 結局、私もお辞儀をすることにした。……ここでこうするとなんだかパン屋の店員になったみたいだ。


「あなた、話せないの?」


 一言も喋らない私に、店内に入ってきていた赤髪駒岡さんが質問してきて、


「恥ずかしがりで人見知りで喋るの苦手なんだ」


 アズさんがしれっと嘘をついた。いや、まあ、ハキハキ喋る人に比べたらそのとおりなんだけれど。それに家上くんの前だと緊張してしまって声が小さくなるし。


「ふーん。それにしてもよくあの子に気付かれなかったわね」


 うん、本当にね。


「たぶん、この人に魔力が無いからじゃないですか?」


 薄紫さんがそう言うと、それに納得したように青い涼木さんが頷いた。


「なるほどね。魔力でいろいろ察してたから、魔力が無い人のことはわからなかったってわけか」


 どうやらあの男の子も敏感な人だったらしい。仮面の人たちもアズさんも魔力を使って戦っていたから、男の子は魔力が動くのを感じ取って、後ろに誰かがいるとか、相手が何をしようとしているのかとかを察知できていたんじゃないだろうか。


「びっくりして固まってたから、魔力が無い人が初めてだったりして」


 青い涼木さんのそんな言葉に赤髪駒岡さんが少し笑った。


「そういう人のこと考えてなかったなら、まだまだお子様ね」


 もしそうなら、お子様のままでいてほしい。……あれ、もしかして私が少し大人にしちゃったんじゃ……学習しないとは思えない……。


「リーダー、そろそろ」


 店の外から緑美男子先輩が誰かに声をかけた。


「ああうん。わかった」


 返事をしたのは銀髪家上くんだった。リーダーということは、やっぱり七人の中心にいるのは家上くんということなんだろう。


「それじゃ俺たちは」

「ちょっと待て」


 銀髪家上くんの言葉をアズさんが遮った。


「その剣は、この世界に迷惑かけてでも渡せないものなのか?」

「絶対に渡せません」


 即答だった。銀髪家上くんはアズさんをまっすぐに見て、言い切った。


「詳しいことは言いません。……では、俺たちは魔獣を探しにいきます」


 銀髪家上くんは軽く頭を下げてから私たちに背を向けた。黄色士村さんも彼と同じようにした。

 それから青い涼木さんが薄紫さんに耳打ちされて、


「助けてくれてありがとうございました。でも捨ててったのはちょっとひどいと思う」


 とアズさんに言って去った。麺棒は店の入り口近くの棚に置いていった。

 アズさんが青い涼木さんを捨てていったというのは、私のところに戻る直前のアズさんの行動のことを言ったんだろう。地面に下ろすというより落とすような感じだったから。

 最後に赤髪駒岡さんが、


「あの子相手には良かったけど、無茶はするものじゃないわ。魔力が無いなら隠れてた方がいいわよ」


 私に、駒岡さんらしいちょっと偉そうに聞こえる口調で言って店を出た。

 駒岡さんに言われるまでもないよーだ。

 仮面の七人全員が見える範囲からいなくなって、アズさんが言った。


「接触を避けてるってわりには喋ってったな」

「そうですね。それよりアズさん、怪我してませんか?」


 見たところ血が出ているとか痣ができているとか服が破けているとかはないけれど。


「大丈夫だ。魔獣の尻尾にぶたれたくらいだから」


 ええっ、あの魔獣、尻尾でも攻撃するんだ……。


「痛いですか?」

「何ともないから心配してくれなくていいぞ」


 それなら良かった。

 アズさんと話していたら新崎さんが店に入ってきた。彼も特に怪我はしていないようだ。


「無事か?」

「はい。……あ、立石さんに連絡しないと」

「連絡なら俺がしておいた。あちらも、もう片付いたようだ。全部終わって時間があったら詳しく話を聞きたいと言っていた」

「わかりました。それで、この後はどうしたらいいですか? 魔獣探しをしたらいいですか?」

「ああ。適当に歩けばいいそうだ。――その前に、渡しておくものがある」


 新崎さんが制服のポケットから魔獣の核を四つ出して私にくれた。男の子が出した狼のものだ。


「……何回か踏んづけた気がする……」


 核を見てアズさんが呟いた。

 あの戦いの中にあったらそれは割れると思う。場合によってはつまんだだけで消えるくらいなのだから、残っている方が少なくても不思議じゃない。


「残りを仮面のオレンジが拾い集めていた。それが二人の分だそうだ」


 新崎さんが言うことには、魔獣を倒した分と、青い涼木さんを守ったお礼としてアズさんに三つ、銀髪家上くんたちを助けたお礼として私に一つ、ということらしい。

 店の外に出て、ふと遠くを見るとキラキラしていた。侵入者が全部いなくなったらしい。

 私と新崎さんは、パン屋に入る前に私とアズさんが隠れた路地にいてこの空間が消えるのを待つことにした。私は今回も座った。

 アズさんは姿を消す前に「おやすみ」と言って、鞘に戻るなり寝た。

 元に戻った時、私は地面に手を着かずにはいられなかった。新崎さんは平然と立っていた。

 立ち上がってスカートをはたいていたら、バッグの中で携帯が震えた。立石さんからの電話だった。


『やあお疲れ。強そうなの来ちゃったらしいけど、怪我はないかな?』


 立石さんの声はのんびりとしたものだった。


「はい」

『良かった良かった。いろいろ聞きたいけど、今日のところは帰りたい?』


 帰るのが遅くなるのは嫌だけれど……まあたまにはいいかな。明日以降になったら忘れてしまうこともあるかもしれないし。アズさんが頑張ってくれたから、今度は私が立石さんにきちんと説明しないと。……両親を心配させてしまうだろうけれど。


「今日でも大丈夫です」

『そう? それじゃ迎えに行くよ。場所そんなに動いてないよね? 秀弥君もそこにいるね?』

「はい、ほとんど動いてません。新崎さんも一緒です」

『それじゃあその辺りで待ってて。車がある所まで行ってからだから、時間かかると思う。二十分くらいかな。暇ならパン買って食べてるといいよ。そこのおいしいから』

「そうしてます」


 通話を終えた私は、新崎さんに内容を伝えた。


「……というわけで、パン買いにいきませんか?」


 ついでに誘ってみると、新崎さんはちょっと考えてから頷いた。

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