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21 私だって、少しは

 とりあえず塾の隣のパン屋に隠れていることになった。裏口が開いていたのでそこから店内に入った。


「呼ばれたらすぐに来るけど、一瞬ってわけにはいかないから、これ持っとけ」


 私と一緒に一旦店内に入ったアズさんから、厨房にあった麺棒を渡された。魔力が無い上に鍛えているわけでもない女子高生の攻撃なんて魔獣が相手では効かないも同然だけれど、何もないよりはましだということらしい。それに男の子には当たればそれなりに効く。当たれば。


「ガラスが割れるかもしれないから、十分気を付けるんだぞ」

「はい」


 アズさんは通りに面した出入り口から外に出た。

 私はパンが並んだ棚の陰にしゃがんで隠れてみた。大きな窓のおかげでここからでも外の様子が見える。

 仮面の人たちと男の子と魔獣たちはちょうどこの店の前にいた。

 魔獣の相手をする赤髪駒岡さんに別の魔獣が飛びかかって、それをアズさんが横から蹴り飛ばした。

 急に現れたアズさんに人間四人は戸惑ったようだった。特にあずき色の男の子は警戒したらしく、魔獣に攻撃を任せて自分は下がった。

 アズさんに蹴られた魔獣が、標的を赤髪駒岡さんからアズさんに変えた。

 一人で相手しなければいけない数が減ったからか、魔獣に対する仮面の人たちの攻撃が激しくなって、とうとう一匹倒した。その魔獣にとどめを刺したのは黄色士村さんで、彼女は大きい針というかもはや杭を一本、魔獣に打ち込んだ。

 男の子が戦いに戻った。どうやら銀髪家上くんを主に狙うことにしたらしい。銀髪家上くんが男の子と魔獣一匹に攻撃される事態になってしまったけれど、アズさんが魔獣の気を引いて銀髪家上くんから遠ざけた。

 銀髪家上くんが男の子と戦って、赤髪駒岡さんと黄色士村さんが二人で二匹の魔獣を相手にして、アズさんは一人で二匹に対処している。

 そこへ、空から人が降ってきた。現れたのは二人で、青色の長髪の人と、緑色の短髪の人だった。緑の人は美男子先輩で、青い人は……まだ見ていない涼木さん? 二人は仮面以外には特に変な格好はしていない。緑美男子先輩は前に見た時と同じで、青い涼木さんはジャージだ。

 まるで銀髪家上くんを守るように彼と男の子の間に緑美男子先輩が割って入り、青い涼木さんはアズさんから魔獣を一匹引き受けた。青い涼木さんの武器は、あれは剣だろうか。あまり長くなくて細い。

 アズさんと赤髪駒岡さんが魔獣を一匹ずつ倒した。男の子が魔獣を出した時は心配したけれど、この調子なら大丈夫だろう。

 不意に銀髪家上くんが何もない所で剣を振ったかと思うと、剣から銀色の何かが飛んだ。それを男の子は横に大きく跳んで回避した。そして、


「ひゃっ」


 男の子がよけたことで銀髪家上くんの攻撃はパン屋の出入り口のガラス戸に当たって、ガラスが派手に割れた。はー……びっくりした。それに危なかったかも……。居場所が悪かったら飛び散ったガラスで私は怪我をしていたかもしれない。

 また何かの攻撃がどこかに当たった時に無事でいられるとは限らないので、私はカウンターの裏に移動した。通りの様子が見えにくくなってしまうけれど、安全のためにはこうしないと。

 戸にぶつかったのはたぶん、路地で見た三日月みたいな攻撃と同じものだ。振られた剣の軌跡をそのまま前に飛ばしたらあんな感じになりそう。

 黄色士村さんが魔獣のいない方へ針を何本も飛ばした。たぶん私からは見えない位置にいる男の子を狙ったのだろうけれど、何で? 赤髪駒岡さんの援護はもうよくて、銀髪家上くんを手伝うことにしたんだろうか。

 ……あれ? 針が飛んでいった方から魔獣が現れた。その魔獣は青い涼木さんを襲おうとして、アズさんに妨害された。あれは……残っていたのがいつの間にか移動していたんじゃなくて、新しいのだ。元々残っていた二匹はそれぞれ赤髪駒岡さんと青い涼木さんと戦っている。あずき色の男の子はまだ魔獣の核を持っていたらしい。なんて厄介な。

 新しい魔獣は一匹だけでは済まなかった。動きが素早くて私にはきちんと数えられないけれど、アズさんを含む仮面の人たちより魔獣の方が多いと思う。

 大丈夫かな。危ないかな。立石さんに連絡した方がいいのかな。

 少し不安に思いながら見ていると、左の方から青い光が飛んできて魔獣の一匹に刺さった。良い所に当たったのか、魔獣は力が抜けたように地面に倒れて、そのまま崩れた。

 そう間を置かずに青い光と同じ方向から薄紫さんが現れた。彼女は風のように走ってきて戦いの中に飛び込んだ。やや遅れてオレンジ美女先輩も来た。

 おおお、七人揃ったっぽい!

 ぽーん、と通信機が鳴った。見ると新崎さんの名前が表示されていた。


『どこにいる? 姿が見えないが』

「パン屋の中です。戦えないので隠れてます」

『そうか。ところで魔獣は五匹と聞いていたんだが、七匹いるな』


 七匹なんだ。今さっき一匹減って、増える前は二匹だったから、六匹増やされたということか。


「ちょっと前に増えたんです。残り二匹だったんですけど、追加したみたいで」

『まだ増えそうか?』

「わかりません。あの男の子、ウエストポーチ着けててそこから核を出したんですけど、あれいっぱいに入ってるとしたらまだ増えると思います」

『わかった』


 通信が切れて、私は見守るだけに戻った。

 ときどき新崎さんの青い矢が飛んでくる中でアズさんと仮面の人たちは魔獣を倒していった。四匹の魔獣が消えたところで男の子はまた核を放り投げた。何匹だろう……七? 八? 八匹追加かな。アズさんと新崎さんと仮面の人たちは合わせて九人で、男の子と魔獣は一人と十一匹。九対十二だけれど、あまり心配しなくても良さそうに思える。魔獣が全部同じだから、いい対処の仕方がわかってやりやすくなったのかもしれない。

 男の子が戦いから離れてパン屋を背にして立った。また魔獣を増やす気なのかと思えばどうも違うようで、彼の全身が赤く光りだした。どういう現象だろう。色的に魔力がにじみ出ている感じ……?

 魔力というものを感じることは全くないけれど、見た目からしてなんかやばそう。

 私は急いで顔を引っ込めて、鞄を上に乗せて頭を守るようにしてみた。


「――!」


 男の子が短く鋭く叫んで、それからガラスが割れる音がとても大きく聞こえた。


「ルリ!」


 駒岡さんの悲鳴のような叫び声も聞こえた。何がどうなったんだろう。

 カウンターから顔をそっと出してみる。

 ひえええ、悲惨……。

 通りに面した窓はことごとく割れて、ガラス片が床に散らばっていたりパンに刺さっていたりする。一部のパンは床に落ちている。

 店の前に男の子が座っている。体勢からして尻餅をついたんだろう。その向こうで銀髪家上くんが地面に膝と手を着き、その横には黄色くない士村さんが倒れている。少し離れた所に緑美男子先輩と薄紫さんも倒れている。赤髪駒岡さんとオレンジ美女先輩の姿は見えないけれど、魔獣と戦い続けているのだと思う。アズさんは大変そうで、ぐったりしている青くない涼木さんを抱えながら戦っている。魔獣も男の子のしたことの巻き添えをくらったようで、見える範囲にいるのはアズさんに挑む一匹だけだ。それから向かいの建物の窓も割れている。

 男の子が地面に落ちていた鎌を掴んだ。そしてゆっくりと立ち上がる。新崎さんの矢が飛んできたけれど男の子は防いだ。

 銀髪家上くんはまだ立ち上がれそうにない。士村さんは動かない。それなのに男の子は鎌を構える。

 危ない。あの子をどうにかしなきゃ家上くんと士村さんが危ない。

 たぶん私はまだ気付かれていない。少しは役に立てるかもしれない。

 弟が二人いるはるちゃんが言っていた。

 悪ガキの年齢が二桁ならば容赦する必要はなく、殴ってくるならこちらも手足を出すべきで、かわいそうなどと思っていては相手は調子に乗るだけだ、というような感じのことを。

 だから私は、ガラスが割れて遮るものが無いのをいいことに、男の子目がけて思いっきり麺棒を投げた。

 ……嘘っ、当たった!?

 麺棒は男の子の背中にばっちり当たった。

 確かに狙った。でも当てられないと思ったし、当たる軌道だとしてもかわされると思っていた。こちらに意識を向けてもらうのが目的で、その時に何かの弾みで当たることがあってもかわいそうとか思わないという考えだった。後ろからとはいえ、魔力の無い一般人が投げる麺棒に当たるほど男の子は疲れているんだろうか。

 男の子がバッと振り向いた。彼は目を見開いていて、とても驚いているように見えた。

 いつの間にか青くなっていた涼木さんを残してアズさんの姿がふっと消えた。鞘に戻って、そのすぐ後に今度は私の前に現れた。


「――!?」


 男の子はいきなり現れたアズさんにさらに驚いたらしく、声を上げた。そんな彼に薄紫さんが殴りかかったけれどかすりもしなかった。

 士村さんが体を起こした。彼女は髪を黄色くするなり杖を出して、右手で荒っぽく振った。針が数本飛んで、それも男の子はかわした。

 アズさんが短刀を投げてもやっぱり当たらなかった。でも男の子はバランスを崩して転んで鎌を手放した。そこへ銀髪家上くんが銀色の三日月を飛ばしたけれど、上から落ちてきたものが男の子の代わりに攻撃を防いだ。

 割り込んできたのは茶髪の青年だった。男の子同様、特に変な格好はしていない。大学生の中に普通に混じれそうだ。痩せていてなんとなく頼りない感じだけれど……強いんだろうなあ。急に出てきて男の子を守ったくらいなんだから。

 青年が男の子をひょいっと抱えた。持ち上げるのが子供とはいえ、やっぱり見た目より力持ち……かどうかはわからない。魔力をどうにか使って軽々とやったのかもしれない。


「――――――!」


 男の子の言葉は抗議のように聞こえた。なんとなくだけれど「何するんだよー!」的なことを言ったんじゃないかと思う。少なくとも、守ってもらったことを感謝しているような雰囲気はない。


「――、――――」

「――――!」


 緊張感のない青年と不満そうな男の子のやりとりを見ながらアズさんが小声で言う。


「主、刀回収してくれ」

「はい」


 私は刀を鞘に戻した。

 人のアズさんは刀を出したりしまったりできるけれど、刀と離れている状態だとできないらしい。逆に人が刀の方へ移動することはできるそう。

 アズさんにぽいっとされてから魔獣と戦っていた青い涼木さんが、魔獣にとどめを刺した。他の魔獣の唸り声や戦う音ももう聞こえない。全部倒したんだろう。

 そんなことを気にした様子もなく青年は左肩に掛けていたナップザックを男の子に差し出した。男の子はしぶしぶといった様子で地面の鎌を消して、それからナップザックを受け取って開けた。中から出したのは黒い球体で、男の子はそれを前方に突き出して魔力をこめた。

 銀髪家上くんたちが男の子たちから、球体から離れるように後ろに下がる。

 球体が男の子の色のぼんやりとした光をまとった。そして、何もない所に、男の子が持つものを半分にして大きくしたようなものが現れた。最初は透けていて向こう側の景色がなんとなく見えていたけれど、だんだんと見えなくなった。

 こんな感じのものを前も見た。あれは白くて明るくて眩しかった。


「あいつら帰る気だ」


 アズさんが言った。


「……あの中に入って?」

「ああ。あれが強引な手段の帰り道だ」


 ウィメさんたちが通っていった“ちゃんとした道”であるトンネルと違って、見ているとなんだか不安になる。入ったら怖い所に行ってしまいそう。


「昔はもっと不安定な感じだった気がするんだが……」

「アズさん、あの子のことは」


 全部言う前に苦々しげな返事が来た。


「悪い、捕まえられそうにない」

「もう十分です」


 私がお願いしたのは、家上くんたちに手を貸してあげることだし、絶対に捕まえろとは言われていないし。


「――――、――――」


 青年が銀髪家上くんたちに向けて何か言って、


「二度と来るな!」


 家上くんが怒鳴った! 初めて見た。家上くんだって学校で怒ったり焦ったりして大きな声を出すことはあるけれど、今みたいに拒絶するように荒々しく言ったのを聞いたことはないはずだ。……っていうか、今の声、家上くんだった。家上くんのものだった。これで違う人だったら、私はひっくり返ってそのまま起き上がれないかもしれない。

 日本語が理解できたからなのかできなかったからなのか、青年は肩をすくめた。そして私たちをちらりと見て、何も言わずに男の子を抱えたまま半球の中へ入っていった。

 しばらくして半球がすっかり消えた時、青年も男の子もどこにもいなかった。

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