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 男の子が大きく一歩踏み込みながら鎌を横に振って、銀髪家上くんたちはさらに下がって攻撃をよけた。


『予定変更しよう。こっちはこのままでもなんとかなりそうだから、樋本さんたちはそこにいて、そのまま見てて。男の子が何者かわかるかもしれない。わかったらまた連絡してくれるかな』


 立石さんがそう言って、アズさんが質問した。


「場所が変わったらどうする?」

『その時はそうだな……うん、追いかけて。あ、無理はしないでよ』


 立石さんは、私とアズさんに安全を最優先にするよう言いつけて通信を切った。

 男の子の身長と鎌の柄の長さはそう変わらないと思う。そんな重そうな鎌を、男の子はバットで素振りをするかのようにブンブン振り回している。見た目より軽いのか、筋肉がすごいのか、どっちだろう。

 対する銀髪家上くんたちは、よけるか防ぐかであまり攻撃しない。その結果後ろに下がることが多く、だんだんと私たちに近付いてきている。


「家上くんたち、押されてませんか?」

「大丈夫だ。あいつら本気じゃない。相手がチビだから戸惑ってるのかもな。まあ本気じゃないのはチビの方もだが」


 赤髪駒岡さんと男の子が戦いながら何か言っている。私には二人が言い争っているように聞こえる。駒岡さんの方が熱くなっているようだ。


「ここにいたら見つかりますよね?」

「そうだな。ちょっと引っ込んどくか」


 私とアズさんは路地の少し奥にいて音だけ聞いていることにした。建物の壁にくっつくようにして屈む。こうしていれば見られてもすぐには人だとわからない……かもしれない。

 じっとしていると四人が戦っている音がどんどん近付いてきて、ついには姿が見えるようになった。

 まず見えたのは黄色士村さんだった。彼女は後ろ向きにジャンプしてきた。男の子の攻撃をよけたんだろうか。


「――!」


 男の子の苛立ったような声が聞こえて、赤っぽい何かがいくつか黄色士村さんに向かって飛んだ。彼女はそれを屈んでよけて、立ち上がりながら杖を下から上へ斜めに振った。すると今度は黄色の輝く何かが彼女の方から飛んでいった。赤いのより黄色の方が多いように見えた。

 何を飛ばし合ったかわからないのでアズさんに聞いてみた。


「飛んでたの、何ですか?」

「魔力の塊だな。あの眼鏡の矢みたいなもん。今のはでかい針ってとこか」


 アズさんが答えてくれている間に、黄色士村さんが前に移動して見えなくなった。そして彼女と入れ替わるようにしてあずき色の子が出てきた。

 塾の向かいに建つ古本屋の二階の窓と同じ高さに姿を現した彼は、着地するなり片手を前に出して、アズさんが言うところのでかい針を飛ばした。


「あいつすげえな」


 アズさんがぼそっと言った。


「何がですか?」

「道具無しでいくつも飛ばすのって難しいんだ。一つ飛ばすのだって一苦労だしな」

「へえ」


 あ、よく見たらあの子、腰にポーチ着けてる。

 また黄色い針が飛んで、それを男の子は手から何か出して防いだ。飛ぶものが針ならあれは盾といったところだろうか。

 赤髪駒岡さんが飛び込んできて右の剣を振った。剣の攻撃は防げないのか男の子が後ろに下がる。赤髪駒岡さんは逃がさないと言わんばかりにすかさず左の剣も振ったけれど、これは男の子が鎌でガードした。

 男の子が針を一つ飛ばして駒岡さんを下がらせた。自分も下がって距離を取った男の子に今度は銀色に輝くものが飛んだ。針ではなくて、三日月みたいな形をしていた。

 男の子が出した盾に銀色の攻撃がぶつかって、衝撃が強かったのか男の子は尻餅をついた。そこへまた赤髪駒岡さんが攻撃をしかけたけど、男の子は素早く手を突き出して針を数本飛ばして、赤髪駒岡さんを寄せ付けなかった。

 立ち上がった男の子に銀髪家上くんが斬りかかって、男の子はそれをしっかりと受け止めた。

 そういえば私でも戦っている様子を目で追えている。魔力のある人が本気になったら私には何が何だかわからなくなるはずだから、あの四人はアズさんが言ったように本気じゃないんだろう。

 赤髪駒岡さんと男の子の言い争いはまだ終わっていない。本気じゃなくてもやっぱり戦いながらだからか、何か言われて言い返すのがどちらも遅い。何度か攻撃し合ってから思い出したように声を荒らげることもある。主に赤髪駒岡さんが。


「あの赤毛、チビに『おねーさん、短気だし血の気が多いね』って言われてる」


 アズさんが肩を竦めて教えてくれた。

 やっぱりそう思うよね、少年。


「でな、チビのことだが、魔獣を送ってきてた組織の頭領の孫らしい」

「仮面の人たちが壊滅させたっていうのですか?」

「ああ」


 あの男の子の目的は、その頭領だったおじいさんの敵討ち。……敵討ち……。


「で、赤毛が言うには、爺さんは戦ってたら自滅したんだと」

「自滅というのは、どういう……その、敵で、自滅というからには、亡くなってるんですか?」

「そうみたいだな」


 四人の姿がここからでは見えなくなった。


「……自滅、なんですよね」

「……赤毛の言ってることが本当ならな」

「家上くんが、家上くんたちが、その、殺したってわけじゃないんですよね」

「自滅の直接のきっかけは赤毛らしいけどな。『恨むなら私を恨みなさい』って本人が言った」


 それでも良かった。家上くんはもちろん、駒岡さんでも涼木さんでも士村さんでもなくて良かった。ついでに美女先輩も美男子先輩も後輩さんも違って良かった。

 もし家上くんが手を下していたら私は…………わからない。私が家上くんのことをどう思うかわからない。

 ご老人は自滅であって、家上くんが原因じゃないとわかってほっとしたのは確かだ。じゃあほっとしないのが事実だったら?

 ぽん、とアズさんの手が私の頭に乗せられた。


「あんまり気にするな。チビのやつ、仮面のやつらが憎くてしょうがないって感じじゃないだろ? 任務のついでの敵討ちだって言ってるしな」


 ついで? 敵討ちに来たというより、任務で来たから敵討ちもしておこう、と? っていうか、任務?


「任務って、おじいさんの組織が復活でもしたんですか?」

「いいや。爺さんがいなくなってから別のとこ――今、魔獣送ってきてるとこに入ったようだな」


 立石さんの考えが当たっていたらしい。


「どういう任務かわかりますか?」

「銀髪のあの剣をぶん取ること、かな」

「え、か、家上くんのあれですか? なんかすごいものなんですか? もしかしてっていうかもしかしなくても家上くん狙われてて危ないんですか? そもそも最近侵入者が多いのって家上くんがあの剣持ってるせいとも言えるんですか?」

「落ち着け、主」


 はっ、いけないいけない。隠れているなら落ち着いていないと。冷静さを欠いて、うっかり大声を出すなんてことはしたくない。

 私は念のために口を手で覆ってアズさんの話を聞くことにした。


「あの剣がどういうものかはわからないが、チビは『おにーさんには過ぎたものなんじゃないの』って言ってて、赤毛は『あなたたちの手に渡ったら何に使われるかわかったもんじゃないわ』って言ってる」


 何に使われるかわからない? ということは、あの剣は何かに使えるんだ。


「渡したら良くなさそうな感じなんですね」

「そうだな」


 戦いの音が離れていくので、私とアズさんは建物の角の辺りまで戻った。

 また四人の様子を目で見てみる。仮面の人たちは攻撃することに少し積極的になったような気がする。


「あの子と家上くんの剣のこと、立石さんに言いますね」

「おう」


 アズさんには引き続き四人を見ていてもらって、私は通信機を操作する。

 立石さんは今度は五秒で出た。


『何かわかっ……おわわわっ!?』


 立石さんが慌てて、誰かが「ごめんなさーい」と言ったのが通信機越しに聞こえた。今のはデイテミエスさんかな。

 ちらりと通信機を見たアズさんが「何やってんだか……」と呟いた。


『びっくりした……。それで、何かわかったのかな』


 私はアズさんから聞いたことを立石さんに伝えた。立石さんは魔獣にどうやってか攻撃しながら私の話を聞いているようだった。


『奪いたくなるような剣のことは置いといて……男の子は悪い子だとわかったわけだね。できることなら捕まえたいんだけど、どう? できそう?』


 アズさんは四人から目をそらさずに答える。


「今のオレじゃ少し難しいな。仮面のやつらが協力してくれるならいける」

『協力してくれると思うよ。共通の敵だからね』

「それなら……」


 アズさんが何か言おうとしてやめて、違うことを言った。


「あいつ何するつもりだ?」


 気になったので私も見てみると、男の子が腰のポーチから手を出したところだった。

 何かを握っているらしい男の子の左手が魔力の光に包まれている。

 男の子が手の中のものをぽいっと投げた。地面に落ちたのは複数の小さなもので、黒いもやをまとっている。

 もやがむくむくと大きくなり、動物的な形になった。それから固めた泥のようになったかと思うと、あっという間に全身に毛が生えた状態になった。大きい犬……違うか、狼と言った方がたぶん合っている。

 男の子が投げたものは五匹の狼になった。どれも男の子の色に黒を足したような色をしている。


「あ、ああ、アズさん、あれって……」

「魔獣だな」


 私、魔獣ができるとこ見ちゃった!?


『樋本さん? 何が起きたのかな?』

「男の子が魔獣出しましたっ。狼みたいなのを五匹です。大きくてなんかすっごく強そうです」

『え? 待って、出したってどういう』

「ポーチから何か、たぶん核だと思うんですけど、それ出して、えっと」


 手の周りの魔力は何だったんだろう? そう思っていたらアズさんが言った。


「ありゃ魔力込めたんだろうな」


 へえ、そういうこともできるんだ。


「魔力込めて投げたら、魔獣になったんです」

『えええ、そんなに簡単に!?』


 困惑する立石さんにアズさんが追い打ちをかける。


「あいつの魔力とんでもないぞ。今の、オレでも魔力が動くのがわかった」

『ええー……』


 魔獣が銀髪家上くんたちに飛びかかって、男の子も鎌を振る。銀髪家上くんたちは素早く反応して、さらに反撃するけれど男の子にも魔獣にも当たらない。

 魔獣が戦いに加わったことで、四人の動きが速くなった。そろそろ私にはわからなくなりそうだ。

 魔獣は生き物を片っ端から襲うそうだけれど、男の子を襲う気配はない。魔力をこめた人は襲う対象にならない、とかありそう。


「あの魔獣共は厄介そうだな……」


 うわあ、やっぱりそうなんだ。魔獣が弱かったら銀髪家上くんに一撃か二撃で倒されているだろうに、まだ一匹も消えていない。弱っている様子すらない。むしろ三対六になった家上くんたちの方が危なそうな……。美女先輩と美男子先輩と涼木さんと後輩さんどこですかー!


『アイレイリーズ君。状況変わったけど、男の子捕まえられる?』

「できないことはないが、他に敵がいたら主を守れない」

「私は建物の中にいてもだめですか?」

「外よりはまあ、ましだろうけどな。魔獣が入ってこないわけじゃないし、最初から中にいることだってある。バカでわかりやすい魔獣じゃなくて頭の回る人間がいる可能性もある」

「危なかったら呼びます。すぐ呼びますから、あの人たちに手を貸してあげてください。お願いします」


 私が少し早口で言ったら、アズさんは苦笑した。


「主がそう言うなら断れないな」

「ごめんなさい。でも、ありがとうございます」


 アズさんが苦笑を強気な笑みに変えた。


「任せてくれ」

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