19 怪しい人
膜を通過してすぐにアズさんに服を貸してもらった。これで銀髪家上くんたちと遭遇しても大丈夫だ。とっくにどこからか誰かに見られている可能性もあるけれど。
通信機の電源を入れると、今回も立石さんが連絡してきた。
『お疲れのところ悪いけど頑張ってもらうよ。今回は数が多くてね。峰川中の場所はわかるかな!』
前回と違って早口の立石さんの声の他に、ガシャーンとかグオオオとかいろんな音が聞こえる。魔獣との戦闘で中学校の校舎がひどいことになっているのかもしれない。
「市民館の近くってことしかわかりません」
『市民館ならわかる?』
「はい」
『じゃ、とりあえず市民館まで来て。あとは、誰かいるだろうし、騒がしいから音を頼りにすれば来られると思うよ! わからなかったらまた連絡してよ。それじゃ!』
通信が切れる前に誰かの怒声のようなものが聞こえた。
「今の、あっちの世界の言葉ですか?」
少し気になってアズさんに聞いてみたら、
「『くたばれ』だな」
と返ってきた。きっと魔獣に向けられたものだったんだろう。
通信機の向こうがなんだか大変そうだったから、私たちは指定された場所まで走っていくことにした。といっても私がもう疲れてしまっているから小走りだけれど。
学校から五分くらいの所で、紫色のものが空を飛んでいることに気が付いた。遠くてよく見えないから違うかもしれないけれど、銀髪家上くんが紫の熊の後に斬ったのと同じ種類じゃないかと思う。
魔獣の方も私たちの存在に気が付いたらしい。こちらに真っすぐ向かってきて、斜め下から飛んできた青い光が刺さった。
「ギャアアアアア!」
魔獣が、銀髪家上くんに斬られたあの鳥と同じ悲鳴を上げて、ドサリと落ちた。
車道で紫の塊になった魔獣を見てアズさんが言う。
「あの眼鏡だな」
「え? えっと、眼鏡っていうと新崎さんですか?」
新崎さんが、魔獣に攻撃した?
「色がそうだし……お、来たぜ」
新崎さんが狭い道から姿を現した。前と同じで、暗い青の髪になっていて、弓を持っている。やっぱり矢は見当たらない。
彼は私とアズさんのそばに来るなり言った。
「増やしたのか」
増やした……ああ、これか。増えたものといえばアズさんの謎デザインコートだ。
「はい。アズさんがわざわざ作ってくれたんです。薄くて軽くて動きやすいんです」
「主、オレがなんかいい感じに作ったみたいに言ってくれなくていいぞ」
「アズさんの思ったようなのじゃなくても、事実でしょう?」
「まあ喜んでくれてるならいいが」
魔獣に視線を戻すと、体はもうほとんど残っていなかった。そして青いものはどこにもない。
「あの、これは新崎さんがやったんですか?」
魔獣を指差して新崎さんに質問してみると、彼は頷いた。
「魔術で作った矢を飛ばした」
よくわからないけど、なんかすごそう。
「へえ! じゃあさっき魔獣に刺さった青いの、矢だったんですね。あ、それで弓しか持ってないんですか?」
「ああ」
少しだけ話して、私たちは新崎さんと別れた。街を歩き回って魔獣を探すのが彼の役目だそうだから、前のように一緒に行動はしない。
あまり進まないうちにまた魔獣を見た。
信号を完全に無視して、赤い何かが交差点を左から右へ結構な速さで横切っていった。何だろう今の……猪?
そう遠くないどこかから「グギャアアアアアアアア」と、魔獣の鳴き声というか断末魔らしきものが聞こえてきた。誰かを見つけて突撃して、返り討ちにあったんじゃないだろうか。
曲がり角で立ち止まって魔獣が行った方を確認すると、車道に赤い塊があって、そのそばに仮面の人が二人いた。
あちらが私たちに気付いて、アズさんが私を隠すように立った。
仮面の二人組の一人はこの前も見た薄紫色の人だ。小柄で、髪を低い位置で一つにまとめている。家上くんの後輩さんだろうか。
もう一人は、オレンジ色の髪をしていて、白いコートを着ている。コートの丈は長いけれど膝より下は見えていて、白いハイソックスを履いていることがわかる。手に持っているのはたぶん鞭。この人があの七人の中の誰かなら、髪の長さと体格からして美女先輩だと思う。
「あなたたちは、どこの人たち?」
私たちに向けてオレンジ美女先輩が質問してきた。女子の中では低めの声だ。私は美女先輩の声はあまり聞いたことがない。今日は近くで何度か聞いたけれど、今のように静かなものではなくて、はしゃいでいたり焦っていたりしていた時の声だったから、本人かどうかを声で判断することはできない。
「この世界を守る人? それとも迷惑な向こうの人?」
「守る方」
アズさんがやや素っ気なく答えると、
「それならいい」
と言ってオレンジ美女先輩たちは走り去った。
「ずいぶんあっさり信じてもらえましたね」
「信じていいと判断したか、疑わないバカか、どっちでもいいか……どれだろうな」
「バカってことはないと思いますけど……」
「主に魔力がないのがわかったのかもな」
「そうだとしても、私って結構な不審者じゃないですか?」
季節外れの変わった服を着て顔を隠してさらにアズさんの後ろに隠れた私は相当怪しいやつに見えると思う。
「あいつらだって似たようなもんだろ」
確かにそうだ。季節外れの服装で顔を隠しているのはあの人たちも一緒。
「何だか知らないけど顔隠してるやつ、ぐらいの認識なんじゃねえの。主はその格好でもわりと無害そうに見えるしな」
「はあ、そうですか?」
「それにその鞄。中高生がよく持ってるやつだろ? それで下校中に巻き込まれたって感じが出てる。オレは巻き込まれた子を保護したやつってところだろ」
そうなのかな。
オレンジ美女先輩たちが去った方を見て話しているうちに魔獣だった塊が消えた。
「……あの核、どうしましょう」
そう言ったらなぜか頭を撫でられた。
「貰うって結論にすぐならないのは主のいい所だと思うぜ」
ああ、そういうこと。少し嬉しい。
「なあ主。あれに残った魔力が武器に付いたことで助かる人がいるかもしれないぞ。だとしたらあれを見つけた報酬を貰うのもいいと思うんだ」
「使えなかったら?」
「あの二人がきっちり始末しなかったのを代わりにやった報酬」
「…………使い道、募金とお賽銭でどうでしょう」
いくらになるか知らないけど。
「主がそれで満足ならそうすればいいさ」
というわけで私は魔獣の核を拾って小瓶に入れた。
少しだけペースを上げてまた走る。
この道を真っ直ぐ進んで、二つ目の交差点を左に曲がってまた真っ直ぐ行けば市民館がある。
不意にアズさんが私の手を掴んで引っ張った。そのまま路地に入る。
「どうしたんですか?」
「チビがいてな」
チビ?
「前聞いた、言動がいかにも怪しい、あずき色のやつ」
ああ、あれか。立石さんが言っていた、ちょっと嫌な感じの男の子。
「どこにいたんですか?」
「ラーメン屋の陰から出てきた」
そういえば車道の向こうにそんなお店があったかもしれない。
アズさんが私の手を握ったまま建物の陰から様子を窺う。
「あっちは隠れる気はないようだな」
「立石さんに連絡した方がいいですよね」
「そうだな。……ん。おい主。銀髪たちが別のとこから来たぞ」
ええっ、家上くんまで?
私も通りを見てみた。
ここから三軒先の美容室の前に、丈の長い服を着た人が三人いる。
一人はもう見るのは三度目になる銀髪家上くん。離れているし後ろ姿だけれど、前にも見た銀髪の仮面の人だということはすぐにわかった。彼は今日も大きな剣を握っている。後ろ姿もかっこいいね、家上くん!
二人目はベージュのコートに身を包んだ、赤いポニーテールの人物。両手に細い剣を持っている。赤いし二刀流だし、家上くんと一緒だし、この人は駒岡さんだろう。
三人目は黄色い髪をしていて、白いコートを着ている。誰だろう。まだ見ていないのは涼木さんと士村さんだ。髪が短いし背が高くないから士村さんかな。コートは赤髪駒岡さんのものの色違いだろうか。この人は剣でなくて長い棒を持っている。いや棒というよりは魔法使い的な杖かもしれない。先端が丸くなっている。
あずき色の男の子は車道にいた。確かに小さい。立石さんが言っていたとおり、年齢は小学校高学年といったところだろうか。普通の長袖に長ズボンと、今ここにいる人の中で一番まともな格好をしているようだ。
男の子は銀髪家上くんたちに近寄っていく。彼らに用があるのかもしれない。銀髪家上くんたちの方からも少し男の子に近付いた。
車道で四人が話し始めた。仮面三人と男の子の間は会話をするには距離がある。友好的には見えない。
私は顔を引っ込めて、立石さんに連絡する。十秒くらいで繋がった。
『何かな?』
相変わらず通信機の向こうは騒がしかった。あの四人に聞こえるといけないので、私は慌てて音量を小さくした。
「私たち今、いすず塾の横にいるんですけど、近くにあずき色の男の子がいるんです」
『えっ。その子何してる?』
「車道の真ん中で仮面の人たちと何か話してます。いい雰囲気じゃありません」
「喧嘩吹っかけてる」
アズさんが補足した。
年上で自分よりずっと大きい相手に、しかも三人に喧嘩を売るなんて、よっぽど自信があるんだろう。
「主。あのチビ、武器出すぞ」
アズさんに言われて私がまた車道の様子を見ると、銀髪家上くんたちと男の子の間が広がっていた。銀髪家上くんたちが下がったようだ。
男の子が大きな光るものを持っている。一体何だと思った直後、光が消えて物騒な武器が姿を現した。
黒くて長い棒、その先にある曲がった大きな刃。あ、あれって……
「なな、なんか、死神の鎌みたいなの出しましたっ」
『態度だけじゃなくて武器もなんかイラッとくる子だね?』
……ごめんなさい立石さん。その感覚は私にはわかりません。
「――――、――――!」
武器を構えた男の子が何かをきっぱりはっきり言って、それに応じるように銀髪家上くんたちが身構えた。
言葉の内容がわからない私にアズさんが教えてくれた。
「『おじいさまの敵、取らせてもらうよ』だと」
え? おじいさんの敵? ちょっと家上くん、ご老人に何しちゃったの!