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18 ちょっと危なかった

 週が変わって、水曜日にも魔獣が来た。場所は駅を挟んで学校とは反対側の区域で、その時の私は帰りの電車に乗っていたからあの空間には行っていない。電車に乗る前だとしてもたぶん行っていない。自分に関係ない所にはわざわざ行かなくてもいいことになっているから。もちろんいないと困る時は呼び出されるけれど。

 木曜日は何もなくて、金曜日を迎えた。

 クラスマッチの日がやってきた。

 私の通う高校には、年に四回、全校で運動をする機会がある。春と秋のクラスマッチ、文化祭でのちょっとした運動会、マラソン大会だ。今日はその一つである春のクラスマッチの日。春というより初夏だけれど。

 この学校のクラスマッチは、クラス対抗球技大会とも言え……ないんだった。ドッジボールがボールじゃなくなったんだった。

 今回から私たちの組はクラスTシャツを着用することとなった。別に強制ではないけれど全員買った。

 朝、私が更衣室で着替えてから入った教室は、いつもより人が多かった。いつもならこの時間にはまだ見ない運動部員がいる。クラスマッチで体育館や校庭を使うから、部活が休みになったか早く終わったんだろう。

 今日の家上くんは友達と楽しそうに話している。小学生の頃に流行したゲームの話で盛り上がっているようだ。平和で何より。

 美少女三人もいつものようにいる。でも士村さんは周囲から少し浮いているように見える。士村さんが着ているのは黒と緑の縦縞のTシャツで、あれが彼女の組のクラスTシャツだ。あそこは去年の秋の時点であれを作っていた。

 私が自分の席に荷物を置くと、はるちゃんが来た。


「おっはよー」

「おはよう」

「今日はなんか微妙な天気だね」

「ねー。でもあっついよりはいいよね」

「うん。ほんとにね」


 今の天気は青空が少しだけ見える曇りだ。気温があまり高くないのでTシャツだけの人は少なくて、だいたいの人は下に何か着るか、上に学校のジャージを着ている。ズボンも長い人が多い。私もはるちゃんもTシャツの下に長袖を一枚着て、ジャージの長ズボンをはいている。


「最近はもう、夏! って感じだったから嬉しいよ」

「はるちゃん暑いの嫌だもんね」

「うん。夏は成績下がるのも致し方なし。受験のシーズンが冬で本当に良かったよ」


 私たちはホームルームが始まるまで、のんびりお喋りをして過ごした。


☆★☆


 クラスマッチの競技は四つある。バレーボール、バスケットボール、サッカー、ドッジボール……じゃなくて、ドッジビーだった。ドッジボール+フリスビーだと聞いた。……あれ、「ジ」でいいんだっけ。「ヂ」だったかもしれない。

 サッカーは男子限定、ドッヂビーは女子限定の競技だ。男女共に三つの競技から一つ選んで出る。ドッヂビー以外には参加に制限がかけられていて、例えばバレーならバレー部員は二人までしか参加できないと決められている。

 私は、はるちゃんと一緒にドッヂビーを選んだ。

 ドッジビーは布製のフライングディスクを使う。柔らかいからボールと違ってあまり怖くないし、運動が得意な人が投げても、投げることに慣れていないのと風の影響でヨロヨロと飛ぶこともあって、あまり脅威にならない。でも、試合中は二つ飛んでいるから普通にドッジボールをするよりスリルがあるかもしれない。

 運動が得意でない私は、基本的には内野にいて逃げることにした。逃げられないなら受け止めようとしてみる。攻撃することと、パスカットすることはない。練習の時間に投げたら、ふんわり飛ぶのと変な方へすっ飛ぶのが大半だったから、狙って相手をアウトにすることは難しいし、相手がパスしたところに手を出すのは、私には危ないから控える。

 なるべくアウトにならないように動き回っていたら、なんと、私たちは決勝戦に進んだ。

 驚いた。私たちの組で決勝戦まで行けるのなんて、駒岡さんのいる女子のバレーチームくらいだと思っていた。そのバレーチームは準決勝で負けて、その後に三位決定戦で勝って三位に輝いた。

 私たちの最後の相手は、三の八。美女先輩の組で、本人もいる。

 どちらの組も、とっくに他の競技で試合を終えた同級生たちが応援に来ている。家上くんもちゃんといる。つ・ま・り! 家上くんが応援してくれる! 頑張るしかないじゃない!……逃げることしかできないけど。

 一セット目、私たちはあっさり負けた。さすが決勝まで勝ち上がってきた三年生だと思った。けれど二セット目は私たちが勝った。

 先に二セット取った方が勝ちなので、三セット目に入った。

 ここまで来たら勝ちたい。優勝したい。

 そんな空気がコートを包んでいる気がする。私たちも相手もどこか表情が固い。

 外野からの同時攻撃をチームメイトである葵さんと真紀さんが無事に受け止めた。私はそれに少し安心してコートの内側に向き直ったら、コートの一部が白い膜の向こうになっていた。


(アズさーん!)


 慌てたけれど声には出さなかった私を誰か褒めてほしい。


(危なかったな。外野にいたら大勢の前で消えるところだったぜ)

(ほんとですよ、もー!)


 現在の外野は四人。少ない。つまり、外野になったらよく動いて場合によっては膜の向こうまで行かなければならない。そうしなければ不自然だし、役立たず認定されてしまう。でも行ったらみんなの視界から消える。だからアウトになるわけにはいかない。

 膜の向こうで相手チームの一人がアウトになって、ディスクはコートの内側に落ちた。それを拾った人は、その場からあまり動かないで投げてきて、私の斜め前にいた葵さんがキャッチして外野に回した。

 やばい。難易度が上がっていたことに今気が付いた。

 膜の向こうにいる人の顔がわかりにくい。だから相手が見ている、狙っているものがわからない。ドッジボールにおける横投げパワータイプの、狙いなんか知ったこっちゃない男子並みの恐ろしさだ。

 普通に見えるのは私たちのチームの外野一人と、相手チームの内野二人。あ、一人向こうに行った。と思ったら二人出てきた。

 膜の向こうになっているのが相手全体でなくて良かった。投げる時は中央の線近くまで来る人が多いから、邪魔するものがなくなって表情がしっかり見えるようになる。

 目が合った。来る。

 私はコートの内側へ避難して、当たらなかったディスクは外野で美女先輩にキャッチされた。

 美女先輩はすぐに投げて、近くにいたはるちゃんに当た……らなかった。はるちゃんはディスクを抱え込むようにしてキャッチしてみせた。


「はるちゃんすごいっ」

「春代ナイスキャッチ!」


 チームメイトの賞賛にはるちゃんは親指を立てて応えて、外野にパスした。

 ディスクがまた両方とも私たちのものになって余裕ができたので、家上くんの方を見てみた。彼は駒岡さん、涼木さんと何か話しているようだった。


(あいつら、牢を気にしてるように見えるな)


 アズさんが言った。


(ってことは、少なくとも一人はあれが見えてるってことですよね)

(そうだな)


 よそ見をしていられる時間はあまり続かなかった。外野で回していたディスクを相手の内野に取られた。

 こちらが二人アウトになって、相手も一人アウトになった後、私がよく狙われるようになった。弱い人認定されたらしい。


(主、よくよけるな)

(ドッジボールで鍛えられたのが残ってるのかもしれませ、おおっと……。小六の時、県大会まで行ったんです)


 よけたらもう一つが飛んできた。ふんわりしていて安全に取れそうだったから取った。するとこちらの外野が「ちょうだい」と両手を出してきたから近付いて投げた。ディスクは阻まれることなく外野の手に渡った。


(二回戦で負けちゃったんですけどね。ボール取るのだって、結構できたんですよ)


 誰かをアウトにしたことは一切ないけれど。

 先程よけたディスクが、今度は美女先輩からビュンと飛んできた。今度もよけるとディスクは反対の外野へ行って、内野を経由してまた美女先輩の手に収まった。そしてまた私が彼女の標的になった。

 こうなったら絶対に当たってやらないんだから。美女先輩に負けるなんて、しかも家上くんが見てるのに負けるなんて嫌! 家上くんがあの空間に気を取られててこっちを見てないとしても!

 決意したのはいいのだけれど、そう経たないうちに制限時間が来た。逃げ切ったのにいまいちすっきりしない。決意したのが遅かった。

 でもまあ、勝ったからいいか。

 内野にいる人の数は私たちの方が一人多かった。だから私たちの勝ちだ。

 三年生を下して優勝した私たちはそれはもう喜んだ。相手を何度もアウトにした真紀さんは、同級生たちに胴上げされた。胴上げする人たちの中には涼木さんが混じっていた。彼女はこういうことに積極的に参加するタイプで、友人が多い。

 これで全競技が終わったので、クラスマッチは終了。閉会式は後日やることになっているから、この後教室に戻って短いホームルームを済ませたらもう下校となる。ちなみに早いうちに全部負けて用がなくなった組はとっくに帰っている。

 ホームルームが終わってすぐに家上くんたちは教室を出ていった。

 私は携帯を見てみた。美世子さんからメールが二通来ていた。一通目は複製空間が現れたことを伝えるもので、二通目はこのメールを見たらなるべく早く行ってほしいという内容だった。どうやら新崎さんからの情報で私がまだ帰れていないことを知っているらしい。

 一緒に帰れないとはるちゃんに伝えないといけない。

 私とはるちゃんは、はるちゃんの部活がない日には駅まで一緒に帰っている。今日はまさにその日だ。

 理由をどう言ったらいいかわからなかったから、とりあえず、今日はだめということだけ伝えてみた。


「そうなの? 残念」


 特に理由は聞かれなかった。言いたくないのを察したのかもしれない。

 私は校門ではるちゃんを見送ってから、人目に付かない場所に移動した。

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