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17 再びお茶を飲みながら

 食堂は、学校の教室より少し広いくらいの部屋だった。長方形のテーブルが二つずつ、二列に置かれていて、その周りにはパイプ椅子が並んでいる。

 入り口から一番近いテーブルの席に、三人の男性が横並びで座っている。一人は先週アズさんの最初の相手だったデイテミエスさんで、他の二人は知らない。二人とも二十代半ばくらいに見える。髪の色がそれぞれ灰色と水色だから、向こうの世界の人なんだろう。

 デイテミエスさんと灰色の人は同じ服を着ている。何かの制服らしい。水色の人は私服だと思う。

 テーブルの上には、湯飲みが四つと、お菓子が乗った大きいお皿、ポットに急須がある。四人でお茶していたところに笹山さんたちが来て、立石さんが私を呼びに席を立ったというところだろうか。

 立石さんは私に座るように言うと、奥の部屋へ私の分の湯飲みを取りに行った。

 灰色の人の赤い目が鋭い。……何だろう、値踏みされてる?

 少しビクビクしながら席に着いた私に、向かいの席のデイテミエスさんが笑顔で話しかけてきた。


「一週間ぶりだよね。えーと、なんかご飯の名前だった気がするんだけど……」

「ゆかりご飯のことですね」

「そうそう。ゆかりさん。俺のことはわかる?」

「えっと、カイ……カイネート・デイテミエスさん」

「全部覚えててくれたんだ。嬉しいなあ」


 デイテミエスさんはにこにこしているし、水色の人も好意的に思えるけれど、灰色の人には睨まれているような気がしてきた。

 立石さんが戻ってきて、お茶を入れてくれた。


「さて、紹介しよう」


 そう言った立石さんはまず、向こうの世界の人に、私がアズさんの持ち主であることを日本語で伝えた。それから私に三人の説明を始めた。

 私から見てデイテミエスさんの右に座る灰色の人はフェゼイレスさんで、その隣の水色の人はシェーデさん。三人は向こうの世界から今朝来たばかり。

 ここへ来た理由は、魔獣の侵入が増えたので、向こうの世界の人を何人かこちらに置いておくことになったから。向こうの人に来てもらうことは今に始まったことではないけれど、それとは別に「強い人、優秀な人」を送ってもらえる。三人はその第一弾として来てくれた。

 私とアズさんをこの場に呼んだのは、協力する機会が多いだろうということと、シェーデさんがアズさんを打った人の子孫で、彼にアズさんを見せてあげてほしいという理由だった。


「ってわけなんだけど、いいかな?」

(いいですよね)

(ああ)


 アズさんの了承が得られたので、手の上に出して見せると、


「――! ――――! ――――!」


 シェーデさんは興奮したようだった。テーブルに身を乗り出して、湯飲みを倒してしまいそう。あ、フェゼイレスさんがそっと湯飲みを遠ざけた。


「……褒められてるのか、これ」


 ぼそっと言ったアズさんに立石さんが解説をした。


「日本語で言うなら、いい意味で『やべえ、まじやべえ』ってところかな」

「そうか」


 どうやらアズさんは「やばい」というような言葉の、現代的? な使い方を知らなくて、言われて困惑したということらしい。

 シェーデさん程ではないけれど、デイテミエスさんとフェゼイレスさんもアズさんを見つめている。


「刀のお兄さん、結構な男前だったけど、これなら納得」


 そうデイテミエスさんが言って、


「日本刀は美術品でもあるからな」


 なんてアズさんは返したけれど、綺麗な刀であることと人の姿がかっこいいことに関係はないはずだ。人のアズさんはセラルード・アイレイリーズさんの若い頃の姿を取っているそうだから。

 向かいの三人が見やすいように、私はアズさんをテーブルの上に置いた。

 写真を撮っていいかとシェーデさんが私とアズさんに聞いて、それを私たちが了承すると、


「ありがとう! カメラ持ってくる!」


 シェーデさんは食堂を早足で出ていった。


「俺にも撮らせて」


 デイテミエスさんがどこからか折り畳みの携帯電話を出した。ずいぶん薄い。閉じた状態で私の携帯の三分の二くらいだと思う。カメラの部分は薄くできなかったのか、ぼこっと出ている。


「薄いですね、それ」

「うん。たぶん俺たちの世界で売られてるので一番薄い」


 あ、そうか。向こうの世界の携帯なんだ……。


「僕の前の携帯がそんな感じだったよ」


 立石さんがお菓子の包みを開けながら言った。


「あれたぶんガラケーの中で一番薄いんじゃないかな。やっぱりカメラのとこが出っ張ってたよ」

「がらけー?」


 デイテミエスさんが首を傾げた。


「地球にはガラパゴス諸島ってところがあってね……」


 立石さんがガラパゴスの意味を説明していると、シェーデさんが戻ってきた。

 シェーデさんのカメラには、謎の字が大きめに書かれている。ええと、キリル文字? に近いように見える。カメラを作った会社の名前だろうか。

 どうすればいい感じに撮れるかと工夫するデイテミエスさんとシェーデさんの間で、フェゼイレスさんが窮屈そうにしている。そんな彼らに立石さんが「席変えたら?」と提案して、デイテミエスさんとフェゼイレスさんが席を交換した。

 私の前に怖い人が来てしまった。……やっぱり睨まれている気がする。


「お前」


 うわっ、話しかけられたっ。


「は、はい」

「お前は戦えるのか?」

「い、いえ、全然」

「だろうな。……俺たちの邪魔にはなるなよ」

「はい……」


 わかった。この人は私のことを、弱そう、魔獣との戦いで邪魔になりそうと判断して、少し厳しい態度を取っているのだと思う。


「なに早々に怯えさせてるの、ディール」


 シェーデさんが呆れたようにフェゼイレスさんに言った。ディールというのはフェゼイレスさんのことだ。


「もう少し柔らかい態度を心がけなさいって朝言われたばっかりでしょ。まったく」

「――――――」


 私にはわからない言葉でフェゼイレスさんが返した。彼はどこか面倒くさそうな顔をシェーデさんに向けている。


「おれに文句言う前に言わなきゃいけないことがあるでしょうが」


 シェーデさんが日本語で話しているのは私にも内容がわかるようにだろうか。

 フェゼイレスさんが視線を私に戻した。機嫌が悪そうな顔だけれど睨まれてはいないように感じる。


「……言い方きつくて悪かったな」

「い、いいえ、えっとその、邪魔にならないようにします……」


 私が答えると、シェーデさんが満足そうに頷いてアズさんの撮影に戻った。もう結構撮ったと思ったのに。思ったように撮れないのだろうか。それともたくさん撮っておきたいのだろうか。

 デイテミエスさんはもう携帯をしまっている。彼はわさび味のお菓子を食べてものすごい顔をして、口と鼻を片手で覆い、俯いて何か言った。辛かったんだろうか。


「……食べる? 俺はもう無理」


 目にちょっぴり涙を浮かべたデイテミエスさんが私に、わさび味のお菓子が入った小袋を差し出してきた。おいしそうに見えたから貰ってみることにした。

 ……おいしい、あっ、辛い。すごく辛い!

 私は思わず、デイテミエスさんのように口と鼻を手で覆った。


「想像以上です……」

「でしょ?」


 でもこの前食べたお寿司の方がすごかったし、唐辛子をたくさん使ったヒリヒリするお菓子よりはましかもしれない。

 湯飲みに入っていたお茶を全部飲むと、立石さんがおかわりを注いでくれた。


「ああそうだ」


 急須を置いた立石さんが何かを思い出したように言った。


「樋本さん。火曜日の朝だけど、秀弥君と仮面の人たち以外に複製空間で誰か見た?」

「見てません」

「そっかー。やっぱりあっちの方には行ってないか。いやあのね、あの時に、あずき色の毛の、小学校高学年くらいの男の子を見たって人が四人いるんだよね。その子に声かけたら『せいぜい頑張れば』とか、あっちの言葉で一言二言残してどっか行っちゃったらしいんだよ」

「ちょっと嫌な感じですね」

「そうだね。かわいい子とは思えないよね。……何するつもりなんだか……」


 立石さんは大きな溜め息をついた。どうやらあずき色の子のことを悪く考えているらしい。


「何かしでかしそうだったんですか?」

「しそうっていうか、その子はもうしちゃってるかもっていうか。子供だけど、魔獣を送ってきている組織の一員なんじゃないかって僕は思ってるんだ」

「……えっ」


 かなり悪く考えていた。


「ちびっ子だって鍛えれば戦力にできるからね。魔力があれば尚更」

「何で悪者だと思うんですか?」

「言動が怪しすぎると思わない? 事情がわかってて非協力的でこっちを見下すような態度。仮面の人たちだって協力的とは言えないけど、悪い人たちじゃないからね。仮面をしてないのに僕らと喋ることもないだろうし。あ、あくまで僕の想像だからね。あと魔獣を送ってくる組織って言ったけど、最近の魔獣の原因がそうと決まったわけじゃないから。まあ個人でやるとは思えないけど」


 溜め息の前に言った、何をするつもりなのかという言葉は、あずき色の子というより魔獣を送ってきている組織(たぶん存在する)に対して思ったことなんだろう。

 立石さんがわさびのお菓子の袋を新たに開けた。特に表情を変えることなくバリバリ食べている。平気らしい。

 私はデイテミエスさんから貰ったものの残りを、シェーデさんとフェゼイレスさんにお裾分けしてみた。フェゼイレスさんは少し顔をしかめて「確かに辛い」と言っただけで普通に食べたけれど、シェーデさんは、


「んふぉっ、おおああぁあー!」


 なんか変な声を出したかと思うとお茶を一気に飲んで、テーブルに突っ伏した。彼の手とアズさんが近くて危ないので、アズさんを遠ざけておく。


「大丈夫ですか……?」


 私が声をかけるとシェーデさんはゆっくりと顔を上げた。緑色の瞳が潤んでいる。


「……びっくりした……」


 そう呟いたシェーデさんにアズさんが言う。


「オレはお前にびっくりした。芸人か、お前は」

「もしそうだったら、今頃きみの主ちゃんは心配するより笑ってくれてるんじゃないかなあ……」


 シェーデさんは自嘲気味に答えた。


★☆★


 それから二十分程ゆっくりさせてもらってから私は食堂を出た。

 エレベーターの中でアズさんと話す。


(五千円も貰っちゃいましたけど、アズさんは読んでみたい本とかありますか?)

(何度も言うけど、オレは持ち物だからな? 大事にしてくれるのは嬉しいけど)


 そう言うと思った。


(お金かけて持ち物を良くしたり、いい状態を保とうとするのは普通のことじゃないですか。ストラップとかカバーとか。せっかく意志疎通できるんですから希望を聞いてるんです)

(そうきたか。わかった、希望言う。――主の好きに使ってくれ)

(それなら貯めておきます)


 机の引き出しにしまっておいたらいいかな。

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